雑文の旅

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猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第六回  人買い三太

2014-06-05 | 長編小説
 近江は、商人の町である。豪商と言われる大店の屋敷が競い合うように立ち並ぶ。町全体が活気に満ちて、行き交う人々の愛想笑いが、自然に町に溶けている。
   「これ安吉、店の前に子供が倒れているじゃないか、お商売の妨げになります、退かしなさい」
   「あっ旦那様、これは気付きませず申し訳ありません」
 子供は、腹を空かせて目をまわしているようである。安吉は、ここの手代であろうか、子供の様子を気にするでもなく、事も無げに子供を抱えると、近くの空き地に運び、捨て猫のように置き去りにした。
   「へい、稲荷神社の空き地に捨てて参りました」
   「そうか、ご苦労でしたな、ここへ来てお水でも飲みなさい」

 三太は、近江の草津を出て、石部の宿場に向っていた。赤い鳥居が立っていたので、一礼して拍手(かしわで)をひとつ打ったところで、空き地に子供が倒れているのに気が付いた。駆け寄ってみると、死んではいなかった。
   「どうしたんや、気分が悪いのか?」
 子供は三太に気付き、空ろな目で「腹が減った」と、訴えた。
   「待ちいや、いまどこかで食い物を貰ってきてやる。それまで動かんとじっとしとりや」
 三太は駆け出していった。立派な屋敷の表戸が開いていたので飛び込み、息を切らして頼み込んだ。
   「すんまへん、何か食べるものを貰えませんか?」
 手代が顔を出した。
   「うちは、食べ物屋ではない、他をあたってください」
   「他をあたれと言われても、近くに食べ物の店はありまへんやないか」
   「ここから十町ほど行ったところに、お餅屋があります」
   「そこの空き地で、子供が腹を空かせて目をまわしているのです」
   「ああ、あの子ですか」
   「知っていますのか?」
   「はい、店の前で倒れていたので、邪魔にならないところへ私が運びました」
   「助けないでか?」
   「そんな何処の子かも知れない者を、何故助けなければならないのですか」
   「同じ人間やないか」
   「金にもならないことは、近江商人はしません」
 三太は、呆れかえってしまった。近江商人は、客には丁重に接するのに、利益に繋がらない者には薄情極まりない。三太の近江商人に対する悪い印象が、定着してしまいそうであった。
   「ほんなら、お金を払いましょう」
 奥から、旦那らしい男が暖簾を分けて出てきた。
   「いらっしゃいませ、それでは梅干の入ったおにぎりでも作らせましょう」
   「へえ、四個お願いします」
 三太の分も入っている。
   「それでしたら、一個十文で作らせてもらいましょう」
 三太は驚いた。
   「高いなあ、四個で四十文ですか」
 旦那はちょっと「むっ」としたようだった。
   「それで気に入らないなら、他所へいってください」
   「払いますがな、それに水を付けてか」
   「それなら、水を竹筒にいれて、これも十文です」
 足元を見やがってと、三太はかなり頭にきていたが、空き地で待つ子供のことを考えて、おとなしく五十文を払った。おにぎりを受け取って帰り際、三太は振り返って、
   「薄情者、お前ら死んだら地獄落ちや」
 と、悪態をついた。
   「旦那さん、あいつ、あんなことを言って行きました、店の前に塩を撒いておきましょうか?」
   「馬鹿、何を勿体無いことを言うのだ、塩も高いお金を出して買ったものではありませんか」
 それを撒くなんて、とお説教が続く。
   「撒くのなら、釜戸の灰を一つまみ撒きなさい、灰の中には塩も含まれています」
   「へい、一つまみでいいのですか?」
   「灰も、篩(ふるい)にかけて取っておくと、お線香立ての灰として売れます、青御影石の粉を少し混ぜますと、高級極楽灰として高く売れるのです」
 
 空き地に戻ると、三太は子供に水を一口飲ませた。ぐったりしていたが、おにぎりを「喰うか?」と、見せると、貪り付いた。
 三太の算段では、二人で二個ずつの積りであったが、あっと言う間に四個平らげてしまった。
   「わい、三太や、お前は?」
   「新平です」
   「家まで送ってやろう、家はどこです」
   「草津です」
   「なんや、また後戻りかいな」
 また新三郎に江戸まで五十三日かかりそうだと言われそうである。いや、この調子ではもっとかかるかも知れない。
   「家へ帰っても、追い出されるだけです」
   「本当のおっ母ちゃんやないのか?」
   「本当のお母です」
   「それが何で追い出されるのです?」
   「お母は、おいらが邪魔なのです」
   「邪魔、 何で?」
 聞けば、母は新平が乳離れするまでは母の親元で育てたが、その後は新平を郷に残したまま飛び出してしまった。昨年、郷の祖母が死んだ。村の人に「新平の母を草津で見た」と聞いたので、知り合いの人に探して貰ったところ、旅籠で飯盛り女(遊女)をしていた。
 母は、仕方なく新平を引き取ったが、旅籠に住み込むことが出来ずに、ボロ家を借りて母子二人の生活が始まった。
 母は客の男を家に引き込んで商売をするのだが、その度に新平は外に放り出された。半時も外に居たので「もういいだろう」と、家に戻ってみると、男が未だ居て、母親にこっ酷く叱られる羽目になる。
 いつしか新平は、母に「死ね」とまで言われるようになった。
   「お前なんか、山へでも行って、山犬の餌になれ!」
 それから、新平は山を見ると、自然に涙が出るようになった。
   「おいら、度胸がないから、自分で死ねません」
 思い切って、池に飛び込んだが、気が付くと岸まで泳ぎ着いていた。橋の上から川に飛び込もうとしたが、下を見下ろすと足が竦み、首を括ろうにも、小さくて木の枝に縄をかけられない。
 そこで、思い付いたのが、大名行列だった。
   「行列の先で、おいら、うんこしてやろうと思いました」
 これなら、確実に手討ちになると、子供心に考えたのであった。そう思って待っていると、大名行列などには出くわさないもので、ならばと、歩いている侍の刀の鞘を汚い手で握った。
   「無礼者、そこへなおれ!」と、怒鳴られるだろうと震えて待つと、
   「これ子供、お前わざと拙者の刀を握ったであろう、訳を言いなさい」
 侍は優しかった。
   「腹が空きすぎて、前後の見境もなくしていたのであろう」
 許してくれて、焼き芋を買い与えてくれた。

 新平は、三太に向って土下座をした。
   「三太さん、その腰に差した刀で、おいらを殺してください」
   「アホなこと言うたらあかん、これは木刀やし、町人が人を殺したら打首獄門や」
 三太は、草津へ戻ろうと思った。戻って新平の母に逢い、真意を確かめようと思ったのだ。

 三太と新平は、肩を並べて草津の新平の家に辿り着いた。
   「新平のおっ母さん、新平は死のうとしておりました、かまへんのですか?」
   「放っておいとくれ、女の子ならまだしも、男の子は三文でも売ることはできない」
   「おっ母さん、実の子になんと酷いことを言うのです」
   「漸く(ようやく)出て行ってくれて、ほっとしていたのに、あんた、連れて来ないでくれるか」  
   「おっ母さん、新平が三文でも売れないと言いはりましたな、ほんなら、わいが三文で買う」
   「売りましょう、どうぞ連れて行って、煮るなり焼くなりしておくれ」
 三太は、三文を放り投げ、泣きじゃくる新平の肩に手を添えて、家から出た。
   「泣くな、新平、わいが江戸まで連れて行ってやる、ほんで、わいのお師匠さんに頼んであけます」
   「うん、江戸まで付いて行く」
   「ところで、新平は何歳や」
   「六歳です」
   「なんや、弟みたいに思っていたが、一緒の歳や、新平のお父さんはどうしたのや?」
   「初めから居ません」
 母親すらも父親は誰か分からないのだ。数さえ分からない男客の中の一人が新平の父である。
   「そうか、憎たらしいおっ母ちゃんやけど、今限り憎むのをやめようや」
   「うん、そうします」

 こうして、三太と新平の下り東海道中膝栗毛が始まった。新平が一緒なので、三太は「新さんおんぶ」と、言えなくなった。

 
 草津を出て少しのところで引き返したが、改めて石部の宿に向って、二里の道のりをテクテク歩いていると、新平が立ち止まった。
   「親分、おいらも三度笠と合羽が欲しい」   
   「わいは親分かいな、売ってはったら、買ってあげる」
   「ここに売っている」
   「何や、先に見ておいたのか」

 二羽の旅雀が、チュンチュン喋りながら行くと、旅役者の一座と出合い、女形が三太に声を掛けてきた。
   「旅鴉の兄ちゃんたち、可愛いなあ、何処まで行くのかい?」
   「へぇ、駿河の国へ戻るとこです」
   「駿河の生まれか?」
   「へえ、駿河の国は清水でおます」
   「名は?」
   「へぇ、山本長五郎、人呼んで清水の次郎長でおます」
   「そちらの坊は?」
   「山本政五郎、人呼んで大政でおます」
   「小さい次郎長と大政ですねぇ」
   「へぇ、子供の頃の次郎長と大政です」
   「嘘つきなさい、上方弁ベタベタですよ」

 旅の一座は、宿場、宿場で興行しながら上方まで行くそうであった。
   「坊たち、付いてくるか? 舞台に立たせてあげるよ」
 せっかくここまできたのに、振り出しに戻ってしまう。三太はぴょこんと頭を下げて、お断りした。

 
 石部の宿に着いた。まだ日は高い。三太と新平が頑張ってもっと歩こうかと相談しているところに、男が叫びながら走ってきて、二人を追い越して行った。
   「喧嘩だ、喧嘩だ、喧嘩だ」
   「喧嘩やって」
   「恐い」
   「何が恐いことあるかいな、おもろいから見物して行こう」
 行く先に人垣が出来ていて、中で二人の男が怒鳴り合っていたかと思うと、いきなり見物人の悲鳴に変わった。片方はドスを、片方は鑿(のみ)を出した。
   「わあ、派手に喧嘩しとるわ」
 一人は遊び人風、もう一人は堅気の職人らしく手拭いで鉢巻きをしている。
   「わい、鉢巻きのおっさんに、だんごかける」
   「じゃあ、おいらは鉢巻をしていない方が勝つとかける」
 近くに寄って、二人は声援を始めた。
   「鉢巻のおっさん、がんばれ! わい、おっさんに団子かけているのや」
   「鉢巻していないおっさん、頑張れ!」
 喧嘩の二人が三太と新平に気付いた。
   「こら、小僧二人、あっちへ行け」
   「そやかて、団子がかかっているんや、あっちへ行けるかいな」
   「団子がなんだ、わし等の喧嘩は命がかかっているのだぞ」
   「へー、どっちかが死ぬのか?」
   「そうだ、カブトムシの喧嘩とは違うのだぞ、わしらの命に団子一皿かけやがって」
   「違う、違う、わいらはなあ、一皿三個の団子を、どっちが二個食うか、かけているのや」

 男二人、あほらしくなって喧嘩をやめてしまった。
 
  第六回 人買い三太(終) -次回に続く- (原稿用紙15枚)

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