赤ちゃんのための階段の通行止

2007年06月19日 | 住まいづくり
 9ケ月になった孫が本格的なハイハイを始めた。問題は階段である。手摺りがついているので、ホームセンターの既製品は付かないというので、一番簡単な方法を考えた。もちろん考えたのは私だけど・・・・・。実際施工してくれたのは社長である。

 「落とし」の原理だ、昔の土蔵の中にある「つぶし」は何枚かの板で少しづつ入口を閉じていく。
階段の上下の両側にそれぞれ2本の桟で溝をつくる。そこへコンパネを落とし込む。当初断熱材でと計画していたのだ。軽いから取外しが楽だと思って。
しかし私は口だけで、現場は社長と息子の合作なのでおまかせであった。夫はその間中孫を抱いていたという。抱いて動いてくれる夫の受けは非常にいい。

 もう1週間もしたら階段に突入のような雰囲気だったのでやれやれである。
ほんの一時のことだけど、みなさん悩まされる。建てたばかりの時ってこんなこと薦められないけど、築8年も経つと孫優先になっちゃいますよ。
これから子育てする予定の方は最初からプランに入れとくのもいい考えですね。
                          美恵子
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新築お祝いにご招待いただきました。

2007年06月18日 | 住まいづくり
 新築のお祝い に、棟梁・設計士・監督はじめ私たちまで総勢7名もご招待いただき建築の労をねぎらってくださった。

 お引渡しから2ケ月たった所だが、今のところ120%満足していますとおっしゃってくださった。本当に有難うございます。

 家は住んでみて初めて分るということも沢山でてくることと思います。工夫すればもっと快適に暮らせるという場合もあることでしょう。
 今年はエアコン無しで暮らしてみますとのこと。朝夕の冷気の取り入れの工夫と西日を遮る工夫をすれば充分快適に暮らすことができるのではないでしょうか。
 
 私が一番気になっていたのは、お孫さんのアレルギーの状態でした。
それが改善しているとお聞きして何よりも何よりもうれしかったのです。
発作で苦しむ我が子の経験があったので、それが解決できる住まいであって欲しいという気持ちがあったからです。

 元気で飛び回るお孫さん。もう食事制限もなく何でも食べられるようになったとのこと。後は体力がつけばきっと発作からも解放されることでしょう。

 我が息子も体力がついてきた小学校入学時には解放されました。でもダストがアレルゲンでしたから、畳を持ち上げた時や旅先で古い陣屋を訪れた時などは、高学年でも夜中に発作におそわれました。

 そして、今はソーラーサーキットの家に住んですっかり快適のよう。時たま我が家に泊まると相変わらず鼻の頭をぐじゅぐじゅとこねます。それはもう極端な変化です。それだけ普通の家にはダストが多いのですね。これは掃除の仕方の問題ではなくです。 
 
 ほんとうにごちそうさまでした。ご家族の皆様の温かいお気持ちに触れ私たち一同とても幸せな1日でした。
 これからもよろしくお願いいたします。
                           美恵子

 
 
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田舎暮らし案内人

2007年06月16日 | 住まいづくり
昨年5月に長野県庁に「田舎暮らし案内人」なるものが設置された。宅建業協会の佐久平地区の女性委員会で、その方のお話をお聞きしょうということになりそうである。

 2年前人が動き始めたのを肌で感じ、研修会でその当たりを聞きたいという案を出したが、すかさず却下された。ネットを使って仕事をしていない人には実感できなかったのかも知れない。

 しかしもう肌で感じるのネットうんぬんでなくても、確実に団塊世代が動ごいている。

 軽井沢・御代田・佐久平は東京駅から新幹線で1時間ちょっと、高速だったら1時間半の世界である。軽井沢というのブランドもある。
その軽井沢よりも暮らし易いといって佐久平を選ばれる方も多い。買い物・医療にも申し分ない地域である。なんと男性の平均寿命日本一はこの地である。寝たきりの人も医療費も少ないのも特徴である。晴天率も高く、夏もカラッとしていて、冬も雪が少ない。本当にお勧めの過ごしやすい地なのである。

 先日お見えいただいたお客様も今土地を探されている。土地とは周辺の環境(隣人も)を含めての購入になるので、価格だけでは決定はできない。
さらに永住といえども、何かの事情で手放すことがあるかもしれない。その時には売り易い土地ということも視野にいれなければならない。
 そしてどんな暮らし方をなされたいのか、そこを明確にしてそこからの出発である。

 土地探しに通って来るのが大変なので引っ越してこられる方もいらっしゃる。
土、日を待って来ると、これという場所は売れてしまうのだそうだ。コツは表にでる前の物件、担当者と仲良くなるのが一番のようだ。とは経験者のお話である。

 不動産屋さんでの重要事項の説明書だけではわからないのが土地である。周囲の価格から見て格安だったら、何がその原因なのかを確認してから決める必要はある。

 以前永住型の別荘を建てたいというお客様が購入予定の土地を案内してくださった。その土地を見た社長は「本当にここの場所でいいんですか」と止められることを提案した。熊注意という看板が出ているただの山林である、「奥様お一人でここに夜居られますか」、どうしても換金したいので全部買って残りは売ればいいと薦められたとのこと。当事者が売れないものをどうして売れましょう。

 後で伺ったところ、その土地を当社を含めて工務店3社に見せたとのこと。当社以外は皆さんはいい土地だとおっしゃつたとのこと。
 結局もう少し時間をかけて探されることをお勧めし、それから半年当社のモデルハウスに時々宿泊しながら希望に合う土地を見つけられた。
私たちもその土地を昼も夜も同行して確認をした。

 家よりも土地探しでみなさん苦労なされているようだ。                                美恵子
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禁煙続行中

2007年06月15日 | 日々のこと
 2階の事務所から灰皿が一つ下りてきていた。最後の灰皿だ。
社長と専務が禁煙を誓ったらしい。動機付けははっきりとしている。

 この1週間NHKの朝5時半頃の健康番組は折りしも禁煙だった。早起きして聴いているわけではないので定かではないが、今朝は禁煙が成功したように見えた時の油断についてだった。動機付けがはっきりしていないと、とは禁煙に限らずのことではあるが。そして失敗しても自信を無くさずにという話でもあった。

 事務所も来客用机にもふだんは灰皿はお出ししていない。勝手知った方は自分て置場から持つてお座りになる。

 昨日禁煙の話がでたら、吸っていたお客様があわてて止められてしまった。
いえいえそんなつもりでお話したわけではないんですよ。

 それにしても社内のほとんどが禁煙してから、窓のよごれが極端に減った。
それまでは窓拭きした時の汚れをみて、たばこの煙から逃れれない私たちの肺もこんななんだろうなといつも思っていた。

 嫌煙権なる言葉がでてから、私たちも嫌なものは嫌と口に出すことができるようになった。

 とりあえず2人とも続いているようだ。少なくとも会社内では吸っていないことは確実だ。
しばらくはガムを噛む音ぐらいは大目にみよう。私たちが肺がんになるよりはいいんだから。
                           美恵子
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瀬戸内寂聴さん

2007年06月14日 | 読書
 松井さんのブログで瀬戸内寂聴さんのお名前が出て、またまた昔を思い出しました。彼女が出家したのは73年のこと。その3年前だから、彼女が40代後半の頃であったと思う。東中野の新日本文学の事務所の2階で野間宏校長のもとで文学学校が開講されていた。週に2日夜2時間の講義の中で講師のお一人としてお会いした。

 人生経験のない20歳の私には彼女の生き方はすんなりと胸に落ちなかった。白いスーツでほんとに輝いてみえたが、彼女の作品も理解するほどには読んでいなかったから、ただその激しい生き方のみが印象に残っている。今もどこか探せばその日のノートが見つかるだろうか。

 出家する時のテレビの映像も偶然見て、複雑な気持ちになった。

 あれからもう30年以上たつ。本気なのかしらと思ったのも事実だが、その後の彼女の活躍振りは周知のとおりである。

 
 彼女の作品もかなり読んだ。講演の録音なども聴く機会もあったり雑誌や新聞でも目にした。
出家して俗世から離れるどころか、その人間ぶりを上げた生き方には敬服していた。
先日も新聞のコラムで9条を変えてはいけないのは、戦争を知っている年代の責任であるというようなことを書いていたような気がする。

 60歳だ70歳だなんてまだまだ序の口なんだとわが身に叱咤激励しちゃうね。
わたしも「秘花」読んで見ます。

                      美恵子
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10歳若いお肌

2007年06月12日 | 日々のこと
 かの有名な化粧品会社、日の内半分は製造ラインを分解して洗浄しているという会社である。もう基礎化粧品は絶対に変えないという強い心情でいたのに、アトピーで苦しんでいた娘がそこの化粧品に変えた。首筋の赤い輪が1週間もしない内に消え、見るも気の毒と思われたほほもきれいになったねとお世辞抜きで声をかけられるほどになったのだ。

 昨年の秋からいままで丈夫であった肌に異常が発生していたので、娘の様子を見て心変わりがしたのである。

 試供品を試して後でなければ購入できない仕組である。
お手入れとはここまですることをいうのかというカルチャーショツクである。いままでのお手入れなるものが形だけだというのがよく分った。

 しかしながら3日目にかゆみが発生。ストップせざるを得なかった。
そして年齢よりも10歳若い肌は夢となった。
1週間の間に使い心地の確認の電話が来ることになっていたが、電話で相談をしてみると「○○がお話しをうかがわせていただきます」と名乗られた後お詫びの言葉を言われた。試供品をじっくり試せばよかったのは私であり、肌に問題をかかえていたのも私、娘がよかったから私もと思い込んだ早とちりが生んだ結果である。

 7種類の内Ⅰ部だけでも使えればという願いもむなしく、止められたほうがと提案された。送り返してください、にはもっとびっくり。
そんな申し訳ないです、娘に回しますからと言いつつも、50代と30代では使うものが違い、一部を返品という結果となった。

 決して安い化粧品ではない、幾つになってもという女心からすれば、お金には代えられないのが化粧品なのである。今までテレビのコマーシャルや、新聞一面の広告を見て、すごい会社だという認識は充分あったが、自分が消費者になってみてそのすごさにびっくりした。

 商品だけを売っているのではない。10歳若くみられるという女心の夢もそうかもしれない。安心・安全そして満足をも売る。それは戦略と言ってしまえばそれまでだが、企業がそれを全うすることがいかにむずかしいかは、自分の事ならずとも日々目の当たりにすることである。

 企業の行き方やコンセプトが問われる時代になった。
今朝のニュースを見ながらさらにそう思った。
                          美恵子
 
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私のかっこう

2007年06月11日 | 日々のこと
 毎年5月の20日過ぎに「かっこう」が鳴く。ここ30年の内1年だけは鳴き声をきかなかった。今年も私の「かつこう」が来たと安心する。声を聞けども姿は見ずと思っていたら、昨年私の頭上で挨拶をしてくれて感激であった。

 6月の初めには桐の花が咲く。しかし我が家の隣地の畑の隅に植えられていた桐もお嬢さんが結婚する頃伐られてしまった。でもタンスにも下駄にもなった話は聞かなかった。無役になったしまった桐の木はこうしてどんどん伐られていく。
私の中の風物詩がこうして消えて行く。

 そして今「野あやめ」の咲く時期である。草原が消えて「野あやめ」のような
野の花はどんどん見ることができなくなった。
「なでしこ」も「ききょう」もしかりである。
日本中の田が構造改善事業で四角になった時から、土手の草花の種類が変わった。というべきかもしれない。

 野の小さな花が好きだ。折々の花を求めて歩いても、自然もその歳月の分変わっていて出会うことが出来ないことが多い。

 7月下旬頃は湿地に咲く花の季節である。私の中の風物詩を探しにいこう。
 
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その名もベビーシッターイス

2007年06月08日 | 日々のこと
その名もベビーシッターイス。マダムランチならぬ昼食会のレストランで見つけた。大人のイスに乗せて使うのだが、ぴったり座れて座りこご地がいいらしい、子供でもじっと座っている。

 お店でどこで買えるかきいたが、前の持主からの引き続きでわからないという。
ひっくり返してみたら、アメリカ製だった。
一緒に行った姪が調べてくれて、今日届いた。大と小の2種類あったが2歳児だったら小で充分のようだ。

 さっそく9ケ月になる子を座らせたら具合がよさそうだ、ヘビーイスもいろいろあるが、買ってはみたものの使わないということがままあるらしい。
その点これは持ち運びできるので、外食の時も使える。ちょっとした優れものか。
それぞれに送ったので反響が楽しみ。

                          美恵子

 
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お役所はサービス業?

2007年06月07日 | 日々のこと
お役所が変わった、といっても地方事務所である。時代の流れもあっただろうが、ほんとに変わったと思ったのは田中知事時代に入ってからである。

 民間の発想が入ったということだろう。これは中で働く人たちにはどう受けたかはさだかでないが、サービスを受ける側からみると歓迎された変化であったと思う。

 用事があっても、誰に声をかけていいかわからなかったが、今さっと来てくれる。あちらが座っていてこちらが立ったままというのは当たり前だったが、今はイスを勧めてくれてあちらが立って説明してくれる。ものを尋ねに伺えば関係部署の人を集めて対応してくれる。

 何もかも必要以上にといことは、原資が税金であるだけに望まない。
ただ人としての心遣いがうれしい。

 新知事になり変わったというか戻ったものも多い。たとえばセクションの呼び名。横文字から昔に戻った。私も過去が長いからわかりやすいといえばわかりやすいが、田中時代の縦割りではない人員配置もおもしろかったなと思う。
 名詞から始まって書類の作り直しには莫大な費用がかかっただろうと案じてしまう。


 どちらにしても、あまり戻しすぎないでねと思う。
                          美恵子
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記憶力

2007年06月06日 | 日々のこと
お産で里帰りしている姪が日中祖母と過ごしている。今年90歳になる母は介護保険のお世話にもならず、毎日彼女の言う「お仕事」をして過ごす。雑巾縫いである。自分の中でノルマがあるらしく、来客でそれがこなせない日は夜なべまでするというから驚きである。

 これがボケない秘訣かもしれないと、そのけなげな仕事ぶりにも家族一同あきらめている。
 姪は家を離れて10年以上だから離れていた時間分ショツクがあるようだ。
「おばちゃんね、私3回までは初めて聞くような顔をしているのよ。」とのこと。
わかるわかるその気持ち。「毎日おうちにいるんだから、新しい会話も無いと思うからね」やさしい子である。
「赤ちゃんが産まれたらおばあちゃん、面倒見てねと言ったらかなりその気のようよ」なるほどいい考えだ。

 長野県の労働基準協会の冊子のコラムに年配者の中には、昔のことほどよく覚えていて最近のことはあまり覚えていない方がいる。

 記憶力は、3つの能力によって構成されており、昔のことを覚え続ける「保持力」と新しいことを覚える「記銘力」、そして必要な記憶のみ取出す「想起力」があり、若いうちはどの能力も活とのこと。活発だが、年をとると「保持力」はそのままで、「記銘力」と「想起力」は低下する。

 ですから、新しいことを記憶する力かが薄れ、さらに覚えていることでもすぐ思い出せないことが多くなり、その結果、印象が深い昔の記憶だけが残ってくるということです。とのこと。

 先輩の行く道は我が行く道です。この頃よくこれがわかる様になりました。
私が同じことを言っても、3回ぐらいまで我慢してよね。と今から洗脳しなくちゃ。おいおいその前に「3つの力」の保持に努力してよね。と言われそう。
                                美恵子
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