読書・水彩画

明け暮れる読書と水彩画の日々

マーク・ハッドンの『夜中に犬に起こった奇妙な事件』

2019年02月03日 | 読書

夜中に犬に起こった奇妙な事件
       
(原題:The Curious Incidennt of the Dog in the Night-Time)

          著者:マーク・ハッドン(Mark Haddon)
          訳者:小尾 芙佐     2016.4 早川書房 刊 (ハヤカワepi文庫)

   
  この本は世界42か国で翻訳出版されて、1000万部の爆発的売れ行きだそうです。
 この本の主人公は「これは殺人ミステリー小説である」といっていますが、なかなか殺人も
ミステリーらしいところが出てきません。
 むしろこの本の最大の魅力は、障害を持った、これまで家の通りのはずれの店までしか一
人で外出できなかった15歳の少年が、電車で150キロも離れたロンドンに住む母親を訪ねる
旅の苦心惨憺の一部始終がもたらす感動でしょう。

  ある日主人公クリストファーにとって衝撃的な出来事、つまり”夜中に隣のミセス・シアー
ズの家のウェリントンという犬が、庭のフォークで刺し殺された”という奇妙な出来事が起き
ます。この犯人を探し出そう、そしてそれを小説に書こうと決心したものの、父親に差し止
められる。実は後に父が犯人だったことが明らかになるのですが、その間ランダムにクリス
トファーが、身の回りで起こる日常の出来事を自分がどう受け止めているか、縷々述べられ、
かつまた得意な物理や数学の面白さを自作の図やイラストを使いながら紹介したりする独特
な手法が奇妙な魅力です。

  実は物語の中でクリス自身が”僕のように問題行動をする人間の世話をするストレスのために
”父と母が離婚するのではとよく考えたと述懐している箇所があります。クリスは発達障害(多
分アスペルガー)であり特別支援学校に通っています。人とうまく付き合えない障害を持って
いるため様々な苦労をし、これを何とか克服しながらこれまで経験しなかった出来事に対処し
ていく姿が物語に投影されています。著者がかつて発達障害を持つ人たちと働いたことがある
だけに、我々には彼らがどんな苦労をしているのかなかなか知ることがないので、彼らがどん
な場面でどのような受け止め方をしているのか、どんな痛みを味わっているのかがよくわかる
ように物語に取り込んであります。

 クリスは自分の問題行動の一部を説明しています。
A.長い間人と話さない。B.長い間何も飲んだり食べたりしない。C.さわられるのを嫌がる。
D.怒ったり、頭が混乱すると悲鳴を上げる。
E.とても狭い場所に一緒にいるのを嫌がる。
F.怒ったり、頭が混乱したりすると物を壊す。G.うなり声をあげる。H.黄色とか茶色とかがき
らいで黄色のものや茶色のものに絶対触らない。I.人が触った歯ブラシは絶対使わない。
J.種類の違う食べ物がくっついたりするとそれは食べない。K.人が僕に腹を立てても気が付か
ない。L.笑わない。M.ほかの人が無作法だと思うようなことを言う。

 クリスは父親から、母親ジュディは病気で入院したまま亡くなったと聞かされて育ってきま
した。
 ところがある日父親の書斎で母から送られてきたクリストファー宛の手紙の束を発見します。
そこでは母がクリスの育児に辛抱できずロジャーという男性と駆け落ちした経緯が縷々綴られ、
クリスに心から謝って許しを求めていました。そこには今住んでいるロンドンの住所も書いて
あります。
 思わぬ事態にクリスは茫然としているところを父親に見つかります。ここで父親から隣家の
犬ウェリントンを殺したのは自分であること、それはほんの弾みであったし、母親を死んだと
言ったのも、そう言うしかなかったと告げられます。そしてクリスに嘘をついたことを涙なが
らに
謝ります。

 クリスはこれ以上嘘をついた父親と暮らすわけにはいかない、ロンドンの母親のもとに行こ
うと決心します。トビーというかわいがっているネズミとスイスアーミーナイフをポケットに
持って(体に触ってきた人を刺そうと思って)。
 人混みや他人に触られることが我慢できないクリスは、幾多の困難に出会いながらやっと母
親のもとにたどり着きます。父親は警官を帯同しクリスを取り戻そうとしますが、母親のは頑
としてクリスを放しません。
 母親はロジャーという男性と暮らしていますが、狭い家にやってきたクリスを邪魔者扱いを
しはじめたのでクリスを父親の家に連れ戻します。
 クリスは一時嘘
をついた父親が嫌いになったものの、父が死んだトビーの代わりにゴールデ
ンレトリバーの仔犬を買ってきてくれたり、一緒に畑を耕してニンジンやホウレンソウを作る
ことになったりして二人の関係は修復されました。

 クリスは先生に勧められた数学の上級試験も最高の成績でAを取り、今度は特別上級試験を
受けることにしたし、物理学の上級試験も受けたい。そして大学に行って科学者になるのだ

クリスの夢は膨らみます。

 育児のストレスで家を出てしまった母親も、息子を守り育ててきた父親も、心からクリスを
を理解し、愛しています。クリスはきっと優れた科学者になれるでしょう。 
 実に心和む本でした。 

                               (以上この項終わり)

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