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読書・水彩画

明け暮れる読書と水彩画の日々

フィルディナント・フォン・シーラッハの『禁忌』

2017年11月26日 | 読書

◇ 『禁忌』(原題:TABU)
       著者:フィルディナント・フォン・シーラッハ(Ferdinand von SCHIRACH)

               訳者:酒寄 進一  2015.1 東京創元社 刊

     

    
著者が邦訳にあたりドイツの原書と同様表紙カバーにこの写真を使うようこだわったという。
  写真左目のきつさ、眉の太さといい、何やらいわくありげな女性のポートレイトであるが、
 本書のテーマとも思える物事の二面性を象徴しているようで興味深い。ドイツのみならずヨー
 ロッパ読書界に衝撃をもたらしたという本書は、冒頭から簡潔ながら行間にいささか難解な
 部分もあり、すいすいとはいかず手強い本。

  主人公のゼバスチァンは裕福な事業家の息子であるが、15歳の彼が寄宿学校の夏休みで家に
 帰っていた時に父親は猟銃で自殺した。母親は再婚した。彼は文字も含め万物に色を感じる共
 感覚の持ち主で、長じて写真家になり鋭敏な感覚の映像や奇抜な画像処理で名を成した。

  本書の構成は主人公の共感覚にひそみ緑・赤・青・白の4章建てとなっている。ゼバスチャン
 の生い立ちと写真家としての活躍、ソフィアという恋人を得た時代を描いた緑の章。
  次の赤の章では、突如ゼバスチァンは若い女性の殺人事件の被疑者となって拘留される。死
 体はないが、怪しげな女性からの電話と部屋にある夥しい血痕と写真、SMグッズという
状況証
 拠だけで逮捕されたゼバスチァンは、拷問にかけるという刑事の脅迫に屈して殺人を自供する。

  そして青の章。ゼバスチャンに弁護を依頼された刑事弁護士として著名なビーグラーはソフィ
 アと共に真相究明に当たるが、一向に真相に行き着くことができない。ビーグラーは担当刑事が
 拷問という脅しで自白供述を取ったことを取り上げて審理無効を申し立てる。

  そして最後は白の章。
ゼバスチャンは無罪となった後最終陳述をする(普通あり得ないが)。
 一つはチェスをするトルコ人形、二つ目は合成された被害者(とされた)異母妹とソフィアの写
 真。そして三つめは異母妹の遺伝子鑑定書。これによって物理的にも無罪が証明されるというこ
 とであろうが、なんとも奇妙な取り合わせで読者は戸惑う。。

  確かにストーリーとしては一応完結しているが、なにしろわかりにくい。時折「私の脳みそは
 オレンジレッドで、塩っぽかった」、「美は左右対称なだけ。滑稽だ。私は滑稽だ。」などと支
 離滅裂な言葉を口走り、恋人となったソフィアも時折「あなたがこわいわ」と言っているし本人
 も「私も自分がこわい」と言っている。途中思わせぶりなセーニア・フィンクスという隣室の女
 性が登場するが役割不明。ゼバスチャン逮捕のきっかけとなった女性からの電話、彼の部屋にあ
 った血痕やなど合理的な説明のないまま捨て置かれている。白の章の最後ではゼバスチャンは子
 供も生まれて普通の人になって生活している。あっけない結末である。

                                  (以上この項終わり)

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吉野せいの『洟をたらした神』

2017年11月24日 | 読書

◇『洟をたらした神

  著者: 吉野せい 1984.4文芸春秋社 刊 (文春文庫) 

  

 著者は70歳を過ぎてから小説を執筆し、1975年「洟をたらした神」で大宅賞、田村俊子賞
を受賞した。そのわずか2年後に亡くなった。
 本書で序文を書いた串田孫一は「刃毀れなどどこにもない斧で、一度ですぱっと木を割った
ような、狂いのない切れ味に圧倒された」と書いている。実際長年荒野を開墾し6人の子供を
産んで、詩人の夫と、実に貧しくつらい人生を送った彼女が、人生のありのままを恨むでもな
くただ淡々と綴っているその瑞々しさが心にしみこんでくる。昨今の中身の薄い多作の作家に
読んでもらいたい16の掌編である。 

<春> 冬から春を迎える開墾地の息吹と開墾の実際が詳細かつ鮮やかに描かれる。飼ってい
 る鶏の一羽が行方不明になった。3週間後に隠れてひなを産み育て帰って来た雌鶏。愛情い
 っぱいの優しい眼差しが伝わってくる。

<かなしいやつ> 農民詩人と呼ばれる親しい友人猪狩満直の想い出の記。北海道移民募集に
 飛翔の機会と応募したものの成果を上げられず失意のまま故郷に帰り、養鶏などに手を出し
 たが病を得て40歳の若さで世を去った詩人へのオマージュ。

<洟をたらした神> かぞえ年六つの次男ノボル。甘えたりものをねだったりしない。根気よ
く何かを作り出すことに熱中する性質の彼が、ある日重たい口で2銭のかねをねだった。今は
やりの「ヨーヨー」を買いたいという。2銭あればキャベツ1個、茄子20個、小味なら15匹買
える。チビた鉛筆で書き悩んでいる長女のタズに新しいのを買ってやれる…などと思い「学校
に上がったら新しい帽子やカバン、いろんな本など買ってやるよ…」などと言った後「ただ貧
乏と戦うだけの心の寒々しさが薄汚く、後悔が先立って何もかも哀れに思えてきた。」
 その夜親子の歓声が沸き起こる。ノボルが手作りのヨーヨーを上下し始めたのである。めっ
たにものをねだらないノボルの切ない願いへの対応を後悔し、自戒するせい。
 ものづくりが巧みな自慢の息子への温かい心がにじみだした作品。

<梨花> 昭和5年せいは二女(4人目の子)を亡くした。生後半歳足らずの仄白い静かな子だ
った。いつも笑ってせいを和ませてくれた梨花が熱を出し一進一退の症状を見せながら次第に
衰弱し、最後にろうそくが消えるように世を去った一部始終を、冷たい田んぼの畔に置いたま
ま冷えさせた自分のせいと、後悔に苛まれながら、医者への支払いが心配で明日見せようと躊
躇した自分が許せなくて泣くせい。そんな母親の切ない思いが切々とつづられる。右手を父親
左手を母親の指をつかみながら逝った幼児の最期は読む人の涙を誘う。 

<赫い畑> 一町六反の開墾地に梨を植えてようやく目鼻がついたころ、父親が3人の子を連
れて芋ほりに出かけた。そこに2人の特高と村の巡査が着て父親の混沌を連行する。巡査は言
う。「私は盗人を捕まえるのは張り切るが、特高のやることはどうもわけがわかんねえ。…今
日ここさ来るのは気が重かったな。でもそれが命令だっぺ」
 子どもらは母親を支えようと、健気にも父親がやり残した仕事を無言で続けていた。

<公定価格> 昭和18年1反ばかりの梨畑。公定価格以上の値段で梨を売ったと巡回中の査察
官に糾弾され、つい一言楯突いたばかりに始末書を持って明日警察に出向けと言われる。翌日
街に出かけたせい。実情を知っている町の巡査に「神妙に出頭したから、説諭だけで許してお
こう」と言われて心が軽くなり涙がにじみ出て、柄にもなく姿勢を正して叮嚀にお礼を言った
自分が疎ましい。

<いもどろぼう> 丹精込めて作ったサツマイモ。小麦・馬鈴薯に次ぐ第三の供出品を狙い夜中
に盗人が現れた。開墾14軒で共同で盗難防止に 当たる。犯人は大勢の農民に小突かれ蹴ら
れて、二度としない見逃してくれ、警察にだけは突き出さないで。子供らも路頭に迷うと哀訴
する。心優しい夫の混沌は最後に言う。「つかまえねばよかった」

 ほかに<ダムの影>< 麦と松とツリーと><鉛の旅><水石山><夢><凍れる><信と
いえるなら><老いて><私は百姓女>

 著者吉野せいの夫混沌が亡くなって、せいが72歳の時、夫の友人草野心平の言葉「いいか、
私たちは間もなく死ぬ。私もあんたも、あと1年、2年、まもなく死ぬ。だからこそ仕事をしな
ければならないんだ。生きているうちにしなければ—。わかるか」
 この時せいは72歳。
(<草野心平の言葉>梯久美子 「明日への話題」2017.11.15日経夕刊から)

  この短編集発刊の折、作者は「あとがき」でこう書いている。
「その時々の自分ら及び近隣の思い出せる貧乏百姓たちの生活の真実のみです。口中に渋い
後味だけしか残らないような固い木の実そっくりの魅力ないものでも、底辺に生き抜いた人間
のしんじつの味、にじみ出ようとしているその微かな酸味の香りが仄かでいい、漂うていてく
れたらと思います。」 

                        (以上この項終わり)

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西川三郎の『欲』

2017年11月22日 | 読書

◇ 『

              著者: 西川 三郎 2017.10 幻冬舎 刊


  

     サスペンスに分類されているようであるが、内容はサスペンス性に乏しい。

  主人公の結城彩35歳。ウェルネスという訪問介護会社のヘルパーをしていて、仕事
 には誇りを持っている。肺がんの末期で抗がん剤と放射線治療に入っている牧野とい
 う老人(72歳)の介護にあたることになった。「寡黙な独身女性」という注文を付け
 たところが胡散臭い。牧野は人材派遣会社の創設者で今は息子に後を譲りマンション
 で一人暮らしである。

  バツイチであるが長身で美形の彩を気に入った牧野は毎日来てほしいと頼み込む。
  牧野は彩の勧めで別の病院でNK細胞療法を受けることになる。そのおかげか元気
 を取り戻した牧野は彩に言い寄り男女の関係を求める。彩は不承不承ながらこれに
 応える。事の後気息奄々で血痰を吐く、そんな体ながら隙を見ては身体を求める牧野。
 「もう僕は君なしでは生きられない」

  そのうちに存命中面倒を見るという条件付きながら彼のマンションを譲る申し出が
 あり、登記も済ませた。間もなく彩は牧野が眠っているすきに金庫の暗証番号の在
 りかを探り当て、5千万円の現金を確かめる。そしてどこからか塩化カリウムを手に
 入れて牧野を死に至らしめた。
  この辺りは、昨今流行りの婚活殺人事件に似た話である。

  牧野の息子はケチな父が資産を預金ではなく金庫に入れてあるのは知っていたが、
 それが無くなっていること、マンションをヘルパーに譲り直後に急死していることか
 ら事件性を疑い彩に詰め寄る。しかし解剖も行ってないため決め手がなくうやむやに。

  一方彩は割ない仲になっている会社の専務沢村から、社長の妻薫が反対しているグ
 ループホーム事業参入に協力してくれと頼まれて、牧野の金庫から手に入れた金を差
 し出す。筆頭株主になって社長の薫を追い出す条件で。
  ところが沢村もさるもの…。

  この作家は意外と歯切れがよく、テンポよく読めて疲れない。特に前半はフムフム
 と納得して頷く場面が多いが、後半ややもたついてきて、最終的にはそれほど意外性
 のない締らない結末に。
  女と男の欲が交錯し、それぞれ思ってもいなかった方向に流れてしまうというお話。
  著者の作品の女主人公は料理と掃除が得意である。『罠』、『瘤』よりは面白いか
 もしれない。

                             (以上この項終わり)
 

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C・J・ボックスの『狼の領域』

2017年11月20日 | 読書

◇『狼の領域』(原題:NOEHERE TO RUN)
         著者:C・J・ボックス(C・J・BOX)
         訳者:野口 百合子 2016.10講談社 刊 (講談社文庫)

  

    おなじみの猟区管理官ジョー・ピケットシリーズ。ワイオミング州トゥエルブ
・スリーブが担当区域。妻のメアリーベス、シェリダンとルーシーの二女の父。
新しい後任の管理官に引き継ぎをする前に、5日間の猟区パトロールを終えれば愛
する家族と一緒に暮らせることになる。

 近頃キャビンが荒らされたり、射止めたエルクの肉が誰かに解体され横取りされ
たという気味悪いことが頻発しているという噂があり不安な心を抱えてパトロール
に出たピケット。その不安は的中、とんでもない事件に巻き込まれることになった。

 手製の弓矢を発見したピケットは得体のしれない双子の兄弟に出会う。彼らは狩
猟許可証も持たず違反切符・召喚状も燃やしてしまう。立ち去るピケットに鋭い矢
が突き刺さる。乗る馬も殺された。ピケットは這う這うの体で森の中を逃げ出す。

 一方2年前オリンピック出場を目指す女性ランナーが山中で行方不明になった。
ピケットは重傷を負って逃げる途中この女性に助けられる。この女性は例の双子と
知己の間柄に見え疑念を抱く。

 川に沿って道なき道をたどりようやく帰還したピケット。不明女性の両親がピケ
ットに娘の救出を懇請する。もう二度とこの件にかかわらないとメアリーベスと約
束したのであるが、妻も気の毒に思って友人のネイトと共に再度山に入る。

 実はピケットが追う双子兄弟は州犯罪捜査部のお尋ね者であった。悪辣な上院議
員マキンティが土地開発を目論み、兄弟の家族クライン家所有の広大な土地を収用
にかけ、合法的に取得してしまった。銃を取って収用に反対した家族は銃撃戦の末
に母親と兄を喪い、兄弟は広大な森に姿を消していたのである。

 追跡劇はピケットのほか州警はもとよりFBI、ATF,マキンティ上院議員の雇った
追手らが入り乱れての乱戦。ついにピケットらは先んじて兄弟を発見した。彼らは
言う。「この山に入ってくるな」、「俺たちを放っておいてくれ」。ピケットは生
真面目なので一緒に下り法廷でけりをつけようと説得する。しかし…。

「俺たちの土地を返してもらいたい。謝罪してもらいたい。上院議員が刑務所に入
るのを見たい。土地開発業者がリンチされるのを見たい。そして何よりも放ってお
いてもらいたい。」、「そうなるように努力する」、「あんたのような連中の言い
そうなことだ」。


 アメリカ中西部のワイオミングの山岳部の手つかずの自然が描写され読んでいて
光景が浮かんでくる。Googl Eearthで画像検索すると実際どれだけ魅力的な山岳
地帯かがよくわかる。

(以上この項終わり)


 

 
  


沈黙の森

 

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秋の広池学園を描く

2017年11月18日 | 水彩画

◇ 広池学園・麗澤大学構内の広場

  
   ARCHES F6         

  先週木曜日は写生会。柏市光が丘の広池学園構内に10人の仲間が集まった。朝方は風が冷た
 かったが日中は風も弱まり、雲一つない秋晴れとなった。

  桜並木やなんじゃもんじゃの木、ハンカチの木などをみたり初夏の新緑を描いたりと何度か
 訪れている広池学園の広場。今回は欅の大木を右にみて、前景に楷の大木を置いて、奥に建物
 を置いた。散歩中の人物も入れてみた。他の欅はすでに紅葉している広場中央に佇立する欅は
 不思議と紅葉が遅い。
  左手前の「楷の木」は80年以上前に中国から寄贈された種子が育った珍しい木。羽状複葉と
 いう独特の葉形をしているが丁寧に描くとまた神経症なりそうなので印象だけ。


                                 (以上この項終わり)

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