読書・水彩画

明け暮れる読書と水彩画の日々

東京「麻布七福神」を歩く

2016年01月27日 | ウォーキング

◇「麻布七福神」を歩く
  いまや新春恒例行事となった「七福神巡り」。今回は麻布七福神を選んだ。国立新美術館のある
 東京メトロ「乃木坂」駅が出発点になる。柏からは千代田線で乗り換えなし。小1時間はかかるが便
 利である。
  
  乃木坂駅から出るとそこは国立新美術館。

  

<天祖神社>

  まずは「天祖神社」。ここは「福禄寿」ということですが、区画整理事業に合わせて工事中でした。

     

  
  地下鉄「六本木駅」を経て首都高3号渋谷線で左折。

<久国神社>
  「久国神社」があります。向かいは「アークヒルズ」。ここは「布袋尊」で、昔ながらの手押しポンプがありました。
  そばに「国威宣揚」の石柱があり、そこには皇紀二千六百年建立とある。対米英開戦の1年前、吾輩が生まれ
  た翌年です。


     


     

  もうお昼に近いので、赤坂の某中華料理店で昼食をとろうと地下鉄南北線「六本木1丁目駅」から「溜池山王駅」
  へ。「六本木1丁目駅」はアークヒルズ・サウスタワーの地下にあります。ここでは先日の積雪はまだ残っていま
  した。
  
     

  
  赤坂といえば「山王・日枝神社」。結構人出がありました。
  食事を終えて再び「六本木1丁目駅」へ。そこから「行合坂」を経て飯倉片町交差点に向かいました。交差点近く
  の区立麻布小学校は紀州徳川家が教育に力を尽くした由緒ある学校の流れをくんでいるとのことです。
  途中狸穴のロシア大使館前を通りました。何かとうるさい国だから警備が厳重です。

     

          

 <熊野神社>
  飯倉第交差点で東京タワーを左に見ながら南下すると「熊野神社」があります。ここは「恵比寿」 さま。
 有名なうなぎの「野田岩」総本家の先で道路を渡り芝公園に向かいました。

     

<宝珠院>
  豆腐料理の老舗「うかい」の脇を通り「宝珠院」へ。ここは「弁財天」。境内には絵にしたくなる池がありました。

     

  

  再び「野田岩」の店に戻り、東麻布商店街を通って中之橋へ向かいます。首都高都心環状線の下を抜けて一の橋
  交差点を渡るとそこが麻布十番商店街です。山の手繁華街というらしい。こんな商店街にこじゃれたお菓子屋さんや
  ブティック、スタバやピーコック、荒物屋の隣に百均のキャンドュがあったりして、これが山の手・・・なのでしょうか。

十番稲荷神社>
  先ずは「十番稲荷神社」。「宝船」といって珍しく船に乗った七福神がいました。

     

     

    

<大法寺>
  お次は「大法寺」。ここは「大黒天」です。入り口を間違えて、オーストリア大使館の脇の「暗闇坂」を
  2往復しました。地図を見て首をひねっていると通りがかりのおばさんが「どこかお探がしですか?」
  とご親切に教えてくれました。有難いことです。

     

   
  
<氷川神社>
  お次は「氷川神社」で、ここは遠いからパスするかと歩いていたら不安定な「元麻布ヒルズ・フォレストタワー」
  の先にひょっこりと現れたのが氷川神社。ここは「毘沙門天」です。

     

  

  
  さて七つの神社お寺さんを巡って、最後は麻布3丁目の「桜田神社」(寿老人)ですが、すでに3時半を回り、
  日も落ちかかっているので、この先およそ3キロは諦めて地下鉄麻布十番駅から溜池山王駅で千代田線に
  乗り換えて柏に帰りました。大して歩いていないのに、久々に都会の空気に酔って変に疲れました。                                                        

                                                    (以上この項終わり)  
  
  
  

  

 

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乾門の桜・・・坂下門通り抜け

2014年04月08日 | ウォーキング

今年の桜観納め・皇居乾門の通り抜け
  桜の時期は短くて、うかうかしてるとあっという間に散ってしまうので不順な天候をぬって
 あちこちの桜花を観た。

  今年は皇居乾門の通り抜けの桜が話題のポイント。
  4月4日から8日までの公開期間の最終日の前日を狙ってでかけた。大変な人で東京駅
 まで並んで、入場制限があると聞いていたが、これほどまでとは思わなかった。陽が注い
 で絶好の花見日和ではあったが、風が冷たく、朝方は肌寒さを感じるほどであった。そん
 な中、30分も並べば入れるのではないかと思ったのは飛んだ目算違いで、結局大手門
 の先から長蛇の列で高速道の渋滞並みの歩行。ぐるっと日比谷公園まで歩かされ、折り
 返して二重橋前の皇居前広場で長時間待たされた。挙句の果てに荷物のセキュリティチ
 エック、ボディチエックを受けて、都合2時間の長帳場の花見になった。時間だけはたっぷ
 りある年配者だけかと思ったら意外と若い人たちもいた。外人の姿もちらちら見られて、普
 段は入れない皇居宮殿前の桜の様子を見られるというので、大阪の造幣局通り抜けのイ
 メージで繰り出した人が多いのかも知れない。

 まるで高齢化した日本社会の縮図を見に来たかの行列にうんざりして、さて肝心の桜はと
 いえば、盛りを過ぎたソメイヨシノとわずかのオオシマ桜、蕾が膨らんだ八重の桜と満開の
 枝垂れ桜など、確かに桜はあるが驚くほどのものではない。それより秋の紅葉がよいかも
 しれない。

  皇居平川門から北桔橋門まで、平川門から大手門までの間のお濠端の桜がよかった。


        
   北の丸公園に向かう橋の桜です

        
   パレスサイドホテル辺りではすでに観光客で一杯です。

        
   日比谷公園で折り返し桜田門から二重橋へ

        
   終戦直後の皇居前広場のデモもかくやと思われる人ひと人
   ようやく坂下門をくぐる

        
    宮内庁の建物を左に見て富士見櫓からカエデを介してソメイヨシノ

        
   蓮池濠と江戸城本丸石垣   大半が女性でした。

        
   
  
        
   満開の枝垂れ桜     皇居吹上御所の通用門  北桔橋が見えます

        
   ようやく乾門へ                      平川濠の桜

        
  近代美術館前の桜     平川門        平川門から気象庁方面を  

  (2014.4.7)

◇ 桜その2  「柏の葉公園」の
   
乾門の桜見物の2日前、柏市北部の柏の葉公園でボランティアグループの花見。
 かつては戦後米軍の通信所として使われていたが変換されて敷地は東京大学や千葉大学、
 がんセンターのほか千葉県と柏市が分けて公園に使っている。

  公園は木々も立派になって桜もやや遅いかなというものの、なかなか見事だった。

        


        

  
        


        


       (2014.4.5)

◇ 桜その3 「新柏の桜通り」の桜
  この4月から東武鉄道の野田線(大宮~船橋)が「アーバンパークライン」という愛称
 になった。横文字にするとハイカラに見える、聞こえるというセンスには苦笑いする。
 いかにもに無理してアーバンとパークをひねり出した感が強い。野田線でいいじゃない
 か、昔野田醤油が主たる収入源だったといえば解りやすいではないかと思うが、車両
 も最新型になって、昔の「ださい」イメージは薄まったかもしれない。
  その野田線は大宮方面からの客は柏駅で一旦下ろし、船橋行きの電車に乗り換え
 させて船橋に向かう。ほとんどどの電車も船橋方面から大宮に向かう乗客も一旦乗り
 替えなければならないので不便この上ない。いっそ東武野田線と東武船橋線と変えて
 しまった方がすっきりするのにといつも思うのだが・・・。
  それはさておき、柏から船橋に向かって次の駅が新柏。昭和58年(1983)に出来た。
 当時にしては立派な大団地が次々と売り出され、しゃれた街になった。その駅前にはシ
 ンボルとなる欅の巨木が立ち、通りに桜が植えられた。その桜が大きくなって、見応え
 がある桜並木になった。  

            
   これは近くのゴルフ場に植わっている桜の巨木です。

            

   30年経って桜並木らしくなって

   (2014.4.1)
  

   (以上この項終わり)
  

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我孫子の「あやめまつり」

2011年06月14日 | ウォーキング

◇我孫子市水生植物園「あやめまつり」
 我孫子市の水生植物園で第28回あやめまつり(6月5日日曜日~19日日曜日)が開かれていて
11日当たりが見頃ではないかという知人N氏がブログに書いていたので、妻と散歩がてら訪ねた。
 手賀沼というと自転車か歩き.

おにぎり各自3個、ほうじ茶のペットボトル、おせんべ詰め合わせなどをバックパックに入れて歩き始
めたのが10:10。手賀沼に注ぐ「大津川」の土手を歩くが、この季節では夏草が繁って、すこぶる歩
きにくい。

    

 日曜日とあって釣り人が多い。彼らは非常な忍耐力をもって釣果を待つ。
  1時間歩いて釣り上げた人は一人も見なかった。

          

 千葉導水路が埋まっている手賀沼遊歩道はウォーキング、ジョッカ―、サイクリスト、いろんな目的
の人たちが思い思いのスタイルで楽しんでいる。
 我孫子市水生植物園までは家を出てからおよそ2時間(8.5キロ)の距離。橋を7つ越える(権現
橋、中の橋、上沼橋、二子橋、大津川橋、ひどり橋、手賀大橋)。
 久しぶりなので少し疲れて途中小休止を取った。

 水生植物園は小規模でちょっとがっかりした。
 すでに時期遅れの藤棚は最盛期では見事かもしれない。

         


         


     

 思ったほど人出はなかったが、屋台が3つ4つ出ていた。
 アジサイもそろそろ色付いてこれから見頃に。  


          

    

  3羽の生まれたての赤ちゃんはくちょうを連れたお母さんはくちょう。泳ぎの特訓中。 
  まだ羽が半分くらいしかなかった。

           

<付録>水の博物館 幼稚園くらいまでの子供を遊ばせるにはもってこい。今日は「カブスカウト」の
      子供らの集まりがあった。 

                   

                                      (以上この項終わり)
  

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青木ケ原樹海と風穴・氷穴

2010年05月20日 | ウォーキング

富士北麓の樹海を歩く
  毎年「温泉付き山歩き」をテーマにしてきた7人のおやじグループ。全員が70歳
 以上となって、人騒がせな事態を招くとみっともないから、きつい山は止めようとい
 うことになって、今年からごく軽い行程を取ることになった。そんなわけで今年は手
 始めに富士北麓の「青木ケ原樹海」歩き。

  話には聞いていたが、樹海を縫う「東海自然歩道」から見渡しただけでとやかく
 言えないが、苔むした樹根・溶岩の連なりを見ていると、原生林の凄さが伝わっ
 てくる。
  溶岩が流れ出して冷えてから1200年に及ぶ。溶岩台地は水分も栄養分も少
 いので、容易に植生が進まない。樹種はと言えばツガ、ヒノキ、アカマツなどの
 針葉樹やミズナラなどの広葉樹が混生している。その広さおよそ30平方キロで
 東京の山手線内の広さに匹敵する。
  一度入ったら二度と出られないとか、自殺の名所などと言われているが、どこ
 であろうとこんな樹林帯に入ったら迷うのは必定。また磁針がくるくる回るとか、
 飛行機が樹海の上を飛ぶとジャイロが狂うとかいうのも取ってつけたような話で、
 まことしやかに言われるほどのことではないようだ。

    
        青木が原樹海                          異様な樹根   
    

  貞観6年(1140年)富士山の側火山・長尾山が爆発した際、古い寄生火山の
 間を溶岩流が流れ下っていくつものトンネル式洞窟が出来た。見学した冨岳
 風穴・鳴沢氷穴はその代表的なもの。

   


   「冨岳風穴」から樹海の中を25分ほど歩くと「鳴沢氷穴」に着く。いずれも天然
 記念物指定を受けている観光スポットになっており、観光客が絶えない。

   
          風穴内の氷                   昔は蚕の種をここに保存していた

   
        鳴沢の氷穴                           氷穴内の氷

   さらに進むと海抜1165mの「紅葉台」という山があって、鳴沢の富士山と樹海
 を俯瞰する観光スポットである。海抜1000mの地点からほぼ一気に登るので一
 緒になった中学生の団体もひぃひぃ言っていた。
  それにしてもこの時期の新緑は未だ瑞々しく、まさに身も心も緑に染まるようだ
 った。

    


    
                 鳴沢・紅葉台からの富士山

  宿舎のホテルは河口湖畔。部屋から湖水を隔ててドカーンと富士山が迫る。
 今日は幸い天候も良く、赤くはならなかったが夕映えの富士山を満喫した。
  鳴沢の富士山よりこのほうが姿かたちが美しい。

     
                部屋から見た河口湖と富士山
 
  翌日は近くの天上山公園にロープウェイで上がって、河口湖と富士山を鑑賞
 しようと思ったが、生憎と天候は下り坂。富士山は顔を隠していた。
  ちなみにこの天上山は昔話「カチカチ山」の舞台で、タヌキがウサギに騙されて
 泥船に乗って沈んだのが河口湖という。太宰治がこれを素材に「カチカチ山」と
 いう小説を書いていたとは知らなかった。

    

  (この項終わり)

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