◇『春を待つ谷間で』(原題:STONE QUARRY)
著者:S・Jローザン(S.J.ROZAN)
訳者: 直良 和美 2005.8 東京創元社 刊
ローザンのリディア&ビルシリーズ第6作目。ハードボイルドものである。
リディア・チンは中国系アメリカ人ですっきりした美人の中年女性。一方
ビル・スミスはアイルランド系アメリカ人で無類の酒好き(バーボン)ヘビ
ースモーカーである。武骨な大男で血の気が多く、傷が絶えない。二人は時
折コンビを組んで仕事にあたる私立探偵業である。
ビルは普段ニューヨークに住んでいるがたまにNY北部の丘陵地帯アップス
テート地域のスコハリーにある山小屋に滞在する。そこで好きなピアノを心
置きなく弾く(モーツァルトの変ロ短調アダージョ、ハ短調ソナタなどが好
きだ)のが最高の時間である。
そんなある日地元の農園主イヴ・コルゲートから最近盗難に遭った大事な絵
画を取り戻して欲しいと依頼があった。ビルはリディアにイヴの取引画廊など
周辺情報の収集を依頼する。これがこの作品の中核事件であるが、なじみの酒
場の主人トニーの弟ジミーが殺人事件の重要参考人として追われ彼の行方を追
うのが加わった。そこにフランク・グライスというならず者が黒幕として浮か
んできた。この事件がイヴの盗難事件と係わりがあることが次第に明らかにな
ってくる。
そして郡の有力な実業家マーク・サンダーソンとその娘ジニー、ビルの知人
州警察主席捜査官マクレガー、郡保安官ブリンクマンなどが入り乱れ事件は混
迷を極める。
圧巻は作品の終盤でジミーが逃避している石切り場での銃撃戦。ビルもリデ
ィアも怪我、マクレガーとフランクの手下のアーノルドは死んだ。
ビルとリディアは互いに憎からず思っている間柄で二人の軽妙な会話がたま
らない魅力なのだが、ビルは今回の事件で知り合ったイヴとの間にそこはかと
ない微妙な感情が生まれる。奪われた絵画も戻って二人が別れる場面は静謐な
がら切ないほどロマンチックで泣ける。
「またこちらに来た時には会いに来てくれるかしら」
「だいぶ先になるかもしれませんよ、イヴ」
イヴが手を取った。
「私はいつもここにいるわ」
わたしはイヴを抱き寄せた。今度はほんの短いあいだ。そして、どちらから
ともなく体を離した。
(以上この項終わり)
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます