◇ 『赤い博物館』 著者:大山誠一郎 2015.9 文芸春秋 刊
京都大学推理小説研究会出身という作者による本格ミステリー。
「赤い博物館」とは警視庁付属犯罪資料館ということになっているがロンドンの
「黒い博物館」に倣った架空の存在。館員と言えば黒髪、雪女のごとく色白で二重
瞼、美貌の館長緋色冴子(キャリア)。そして大きなミスを犯して警視庁捜査第
一課強行犯捜査第八係から左遷された寺田聰の二人だけ。赤い博物館は、警視庁
管轄下で発生した犯罪で一定期間経過した証拠品、捜査資料を保管し、調査研究、
教育用に役立てる目的で設置された。館長緋色と寺田の仕事はこれら証拠品にQR
コードを付してデータ入力するだけ。ところが緋色館長は興味深い捜査資料を熟
読し、捜査実務の経験がないにもかかわらず論理思考から迷宮入り事件などを再
捜査し犯人を探り出す。寺田は調査を担当する。ミステリー作家には実に好都合
な舞台設定である。本書には緋色・寺田チームが扱った5件の事件が載っている。
小生は元来あまり本格ミステリーは読まない。名探偵が終段でとくとくと謎解
きをし周囲が感嘆するという構図は好きではないし、事件を論理的に解明しよう
として無理な状況設定が多く、ストーリーが定型的でリアリティに欠けるなど理
由はいくつかあるが、本書のような短編ではさほどそんな難点を気にしないで読
めた。
<パンの身代金>
15年前の著名な製パン会社社長の身代金誘拐事件。身代金引き渡しの現場廃屋
から社長が消えた。社長は別の場所で殺されたのに身代金は置いたまま。一種の
密室ものであるが、社長が別の場所で殺人を行い、警部補が社長に変装し捜査員
の眼をくらますあたりは、論理の遊びと思えばそれでよいのだが、やはりやや鼻
白む。
<復讐日記>
大学の修士課程2年のA。長く交際していた恋人のB子がマンションから落ちて
死んだ。実は半年ぶりに「折り入って相談したいことがある」と電話があったば
かりのこと。果たして自殺か事件か。司法解剖の結果B子は妊娠3か月だった。犯
人はその胎児の父親かもしれない。やがてAの所属するゼミの講師Oは女癖が悪く
教え子Aの恋人B子に手を出しはらませていたことが判明。そしてOも殺された。
Aが犯人か?そう単純ではない。元恋人の名誉のために我が身を差し出そうとする
けなげ な思いが切ない。
<死が共犯者を別つまで>
交換殺人事件。ある日寺田聰は偶然にも交通事故死の現場に遭遇し、今わの際
の運転者から25年前の交換殺人の告白を聞く。(何という好都合な偶然か!)
さらに「それだけじゃない、俺は…」という謎の言葉を残して彼は死んだ。一種
のダイイングメッセージを聞いてしまった寺田は25年前の未解決殺人事件を調べ
る。6件の事件が浮かび上がりそのうち該当性が高い2件を調査する。
実はこの事件は単純な交換殺人ではなかった。
<炎>
世田谷区千歳台で火災が発生、焼け跡から1体の 男性遺体と、2体の女性遺体が
発見された。女性の一人は妊娠3か月であった。遺体の損傷がひどいがこの家の
住人夫婦と妻の妹である可能性が高かった。一人娘は幼稚園で無事であった。DNA
鑑定で胎児は夫婦の夫の子であると判明した。ところが窒息死と思われた死因は解
剖の結果致死量の青酸カリと判明、他殺の線が有力となった。さて犯人は誰か。
なんと夫と妹は不倫関係にあり一人娘も実は夫と妹の子を引き取っていたことが
判明。
妻は復讐を誓う。しかし「夫を寝取られた妻」という不名誉に耐えられない妻は
自分が妊娠していたと周囲に信じさせたうえで…。これも切ない話。
<死に至る問い>
26年前の殺人事件に酷似した殺人事件が発生した。模倣犯か同一犯か。犯人か捜
査陣にしかわからない状況酷似に同一犯説が有力であるが、ただ1点被害者の着衣
に残された血痕は左右と異なっている。これは何を意味するのか。
捜査本部の記者会見で結婚の血液型について質問した女性記者がいた。実はこの
記者が犯人だったのだが、かつて暴虐であった今は亡き自分の父が実の父親でない
ことを証明するために模倣殺人を犯すというかなり強引というか不自然なつくりに
唖然とする。
(以上この項終わり)