◇ 『Neverhome ネバーホーム』
著者: レアード・ハント(Laird Hunt)
訳者: 柴田 元幸 2017.120 朝日新聞出版 刊
これは男のふりをしてアメリカ南北戦争に参加した女性の物語である。
「わたしはつよくてあのひとはつよくなかったから、わたしが国をまもりに戦争にいった。」
愛する夫バーソロミューを故郷においてインディアナ州ダーク郡アッシュ・トムソンと名乗って男に成
りすまして反乱軍(南軍)との戦場に出向いた農婦コンスタンス。
訥々とした語り口で、運命に果敢に立ち向かい、信念を貫いたかと思えば状況に屈し折れたりし、最後
には夫を殺す羽目にもなった「わたし」の、稀有な人生の一コマを余すところなく伝える。
夫と二人で2か月も話し合ったがらちが明かず「わたし」は考えに考え抜いたすえに家を出た。死んだ
母さんに話したら「行っといで。行ってあんたをためしておいで。」と言ったのだ。
そして再び家に戻るまでの兵士としての2年間。波乱万丈の日々が始まった。
アメリカ南北戦争時に、稀有な存在であった女性兵士(とはいうものの実際には400とも1000人とも
いたと言われている)を物語の柱にしているが、多くの事例の一つ男性兵士ライオンズ・ウェイクマン
として戦った女性が夫に宛てた30通余りの手紙、南北戦争時代に書かれた膨大な量の日記や書簡を読み
漁ったのが本書の土台となっているという。
何しろ男勝りの女丈夫であった母親譲りのコンスタンス、そこいらの若造には力でも射撃でも負けない。
とりわけ射撃は誰よりも優秀で連隊長の大佐は狙撃手に推そうとしたほどである。彼女にちょっかいを出
した男はコテンパンにやられて、誰しも彼女を敬遠するようになった。
それにしても身体には晒を巻いたり、夜陰に乗じて川で水浴したり女性を隠すことに苦労しているが、
トイレの時はどうしたのだろうと心配になるが、その辺の話は出ていない。
ある日女性の民間人に礼儀正しく応対したところから「伊達男アッシュ」の異名を得た。南軍もどきの
賞金稼ぎのならず者に捕まったりしたが、一計を案じ女装して逃走に成功する。
北軍と南軍の戦闘は日増しに激しくなり、死人がたくさん出た。「わたし」も砲撃による倒木の下で身
動きができない状態になったが、傍らの老兵の言うとおりに指で土を掘って抜け出し辛うじて脱出に成功
したが、左腕を怪我しさ迷っているうちにニーヴァという看護婦に助けられしばらく一緒に住むことにな
る。ところが土地を貸してあげるから一緒に過ごそうという提案を拒み、再び連隊に戻りたいと言ったと
ころ南軍のスパイとして密告されて囚われの身になってしまった。
スパイとして捕虜収容所に収監され、反抗しては殴られ、蹴られ、独房に入れられて言語に絶する扱い
を受ける。「わたし」を理解していると思われる大佐(この時には将軍に昇進)に無実を訴えたが、助け
にはならなかった。
しかし「わたし」は驚いたことにまたも策を講じ監視役と衣服を交換し、まんまと出し抜いて脱走した。
意地悪をした連中に仕返しをし、スパイと密告したニーヴァの家に寄って、彼女が大事にしていた叔母か
ら受け継いだ磁器のポットを粉々にして恨みの気持ちを伝えた。
家に帰りついたら夫は何人ものあくどい男らにいいように食い物にされていた。「わたし」はこれらの
男どもや悪辣な保安官らを銃で撃って殺した。そして間違って夫のバーソロミューまで殺してしまった。
文法的に怪しいが、素朴で意識の流れやイメージを重視しているような文体。時折ハッとするようなユ
ニークな比喩があったりして不思議な魅力がある。翻訳が巧みであるせいかもしれない。
表題の『Neverhome』には最初怪訝に思えた。名詞に副詞がついて,しかもhomeのhは小文字。この
作者の造語「Neverhome」には、home(家、故郷)という場所はどこまで確かなものなのか、という
問いかけが聞き取れると訳者は言っている。
(以上この項終わり)