◇『殺人者の白い檻』
作者: 長岡弘樹 2022.7 ㈱KADOKAWA 刊
東崎病院の脳外科医師尾木敦也は休職中なのに病院長に呼び出され、脳動脈瘤
の外科手術を行った。患者は隣にある拘置所の死刑囚。手術の器械出しは敦也の
妹、奈々穂。
手術が失敗すれば期せずして復讐を遂げることができる。医師の倫理観を優先
すれば手術を成功させなければならない。深刻なジレンマである。
手術は成功した。しかし患者は右半身に麻痺が残るが、定永はリハビリに積極
的で、順調に回復している。死刑囚は健康体でないと刑は執行しない。彼は死刑
を望んでいるのかというと実は彼は盗みには入ったが殺人はしていないと否認し
ているのだが。
定永が殺人を否定していることが気になって、敦也と奈々穂はとってあった報
道記録等から改めて事件の見直しをする。はたして彼は殺人者なのか。
奈々穂がゆくゆくは結婚をと考えている理学療法士の村主。村主が担当する定
永の指導でリハビリは順調で機能回復が進んでいる。健康体になれば死刑執行可
となるのに定永は素直にリハビリに取り組む。冤罪を主張しているのに。
被害者家族である医師、看護師と死刑確定の囚人を巡る心理的葛藤が淡々と綴
られる。
バイクで怪我をして入院している久本という青年がいる。昔その父親が院内階
段で転落事故を起こし死んだたのは、主治医だった敦也の父と村主が原因者だっ
たのではないかと言って退院していった。
なぜか奈々穂は村主との結婚をやめるという。奈々穂は久木の父親の事故を巡
って敦也の父と村主の間に深刻な諍いがあって、村主が敦也の父を殺した後盗み
に現れた定永を殴り気絶させたのではないかと自分なりの推理を兄に告げる。
退院前、最後のリハビリ中に定永に抱き付かれたまま村主は脳卒中で倒れる。
定永は村主を真犯人と確信したのか。村主は定永が真相を突き止めたと覚った
のか。
なお筆者は大学の社会学出身であるが、脳外科手術場面描写のリアル感は経験
者の如く抜群である。そして組んで仕事をしていた理学療法士が医療過誤を隠蔽
するために医師を殺害するだろうか、首を絞められながら覚えた手のひら感触を
ほんとに数年後まで記憶するものかなど不自然さがあるものの、人間の手の平が
意外繊細な記憶機能を持っていることを材料にサスペンスフルな医療ミステリー
に仕上げた力量はたいしたものである。
(以上この項終わり)