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笑顔抱きしめ

小さな幸せの元を探して
身の回りのこと・大好きな木村拓哉さんのこと

約束!

2016-10-16 | ざまをみろ!と開放区
ざまをみろ!Vol62「約束」

正直すぎるほど正直。、嘘が、いちばん苦手。
そんな人間にとって、約束はとても重いものと、いうコメントがある。
開放区にもある回。

開放区と、ざまをみろ!を比べようとして、両方の記事を開いたとき
一番最初に目に飛び込んできたのは色紙の文字。



あるのは、人間性だけかも!!
読んだとたん、一連の騒ぎが浮かんできた。

文章は、小さい頃からの事。
木村家の親子で交わされた、「男と男の約束だからな」と言う言葉。
子ども心にも凄く重いものに感じだという。

自分自身と約束したことがあるという。
約束だと相手があってのことだけど、自分を見てくれている人相手だから
拓哉君からの一方的な約束。

それは、どんなことがあったり起こったりしても、
その答えは、これから自分のやっていぐ仕事の内容とか結果で見せていく。
それに取り組む姿勢で、自分の周りの人に対する恩を返したい。
で、俺。絶対、ひとりの人間として、恥ずかしくないって言える仕事をしてみせる。
そのためにも、今まで以上に、いろんなことに本気で取り組むつもり。

自分が好きなものや選んだものをべ否定したくないじゃん。
もし否定するようなことなんかしたら、それは自分を応援してくれたり、気持ぢを寄せてくれる人に対しても、失礼なこと。
最終的には、ひとつの判断基準として、だっせー行動はとりたくない。
自分で考えて、納得できる行動をとる。

読んでいて、今の姿に重なる。

わっつでいっていた、体調不良。
それは、単に、風邪を引いたのでは無いと思う。
いろんな事が彼を痛めつけた。
もがき苦しんだ。その心が体を病ませたのだと・・・。

でも、拓哉君は、まえを向いて進もうとしてる。
きっと、この『約束』のとおり。
これからの拓哉君が届けてくれる作品を楽しみに待っていたい。

ざまをみろ!t開放区の写真は、々場所での別ショット。

こちらは、ざまをみろ!



こっちが、開放区



柊二が抜けて、また雰囲気が変わってきていますね。



あるのは、人間性だけかも・・・・・そうだね。

Energy充電できてますか

2016-10-09 | ざまをみろ!と開放区
ざまをみろ!VOL.61 『Energy』
“好きなこと”が日常にあふれてる環境にいたい“
2000年「ビューティフルライフ」か終わって、沖島柊二から木村拓哉にかえる時の掲載です。



ドラマの最終回が放送された次の日すぐに、海に行ったという拓哉君。
海の上で初めて会った人たちが「ドラマ、お疲れさま」って、声かけてくれ。
「おかえり!」と。「ドラマ最高によかったよ」と。
その言葉が、何よりもうれしかった。
あのドラマ見てくれた人ひとりひとりに会える機会はないけど、その言葉だけで十分。
結果として数字がよかったからってだけで、いいドラマだったっていうふうには思われたくない。
とも。


そんな拓哉君が”仕事”つて何なんだろって思ったら・・・・。
ある意味、そこで自分を消費すること、自分の一部をそこに置いてくることなのかと思う。と。
それが自分の役割だし、責任だと思う。
でも、そうやってると、自分が減っていっていつかなくなっちゃうような気もする。
今は、少し自由になった時間で。ただやりたいことをやってられたらいいなとは思う。

仕事も、ほんとにそれ自体、ほかの何の理由からでもなく「好きでやってたい」と思う。
決して無理してじゃなく、自分の持ってる力で、自然な形で、好きなものに囲まれてる生活を手に入れられたら、それがいちばんの理想なんだけどね。

これが、2000年。
その状態になるには、まだまだ力不足で、簡単なもんじゃないとは思うといってるけど
そういう状況になるべく、いつも努力してきたんだろうなと思う。
これから、自分のしたいこと、仕事が「これがm好きでやってる」という環境に近づくことを祈っています。

「ビューティフルライフ」のラスト直前の特集。

テレビジョンと、テレビガイド




ドラアカ主演男優の部門でぶっちぎりの一位

自然な笑い

2016-09-29 | ざまをみろ!と開放区
VOL.60 『笑う』。

2000年4月に発売されたMYOJO6月号。
これは、開放区には載ってない回です。
書いたのは、「Beautiful Life」が終わったすぐあたりでしょうか。

いつもは、1ページに1枚の写真なのに、珍しくこの回では、4枚の写真が使われている。



見にくいので、1枚ずつを切り離してのせますね。



拓哉君が見てたり、持っていたりと、どの写真にも使われているパネル。
これは、「知人の家で、バーベキューをやったときに、日本じゃないみたいな風景だったから、撮ってみたんだ」
ということで、拓哉君が撮った写真を気に入って大きく引きのぱしたパネル。

カメラのファインダーを覗くと笑顔を撮りたくなる。やっぱ、笑朋が好きだから・・・と、話す拓哉君。
その時の会話でも思い出しているのでしょうか、とっても楽しそう。

毎回、端的に内容を表してる、見出しのⅠ行は
『その人の笑顔が見えた瞬間、受け入れてもらえたって思える』

笑いって、その結果をほほえましぐ思ったり、かわいいと思ったり、こっけいに思ったり、
共感したところに生まれる。パヅと見だけじゃ笑えない。
「そうなんだよね」って、うなずきあう感じ。
だから逆に大げざだったり、特別だったりするもので人々笑わせようとするのって好きじゃない。
俺自身、番組の中でも、見てる人を笑わせようと思って何かやることりてないもん。
結果的に、笑ってくれる人がいたら、それはそれでいいし。どう見てくれてもいいと思う。

コンサートもSMAP全員揃うけど、これは、うちらが楽しませる側にいるもんじゃないと思う。ステージの上にいるけど、こっぢも客席側からじゅうぶん楽しませてもらってるから。
笑いって、立派なコミュニケーションツール。



1ページずつざまをみろ!を、読み込んでいく。
どれも、ずっと以前に書かれた文章で、この回も、16年前の文章なのに、ほんと、拓哉君は変わらないと思う。
そして、読んでいけば行くほど、今の気持ちにも重なる部分がある。
5人の感じ方が、凄く違ってることが、読んでいくほどわかる。

笑いというものをみても、拓哉君の考えているものと反対の考え方をしているだろう人のことも浮かんでくる。
どの回を読んでいてもそう。
痛くなるぐらい。

ドラマが終わったぶん海に行くよ・・・コレも変わらない。

そして、ラストは・・・・。
また、長期のの休みがとれるんであれば、ユタに行きたい。
ああいう場所に、自分を置きたい。カメラも持っていりて、写真も振りたいし。
そういう時間を過ごせれば、この冬の間凍りがちだりた心をとかして、きっと心からの自然な笑いを取り戻せるような気がするんだ。

今年、ユタのかわりに拓哉君の心を温めるものが存在して・・・るよね。
家族とか、RESPECTしあってる仕事仲間とか現場とか。海とか・・・・
そして、自然な笑顔が取り戻せていけますように。、

ルール

2016-09-26 | ざまをみろ!と開放区
ざまをみろ!Vol59「ルール」

校則が無かったという中学時代。
でも、集団で動く限り、ほっといても、ルールは自然とできてきてたという。

これって、凄く大切なことだよね。
自分たちで考えて、作っていく。
結局、ルールって、人間関係をどう作っていくかっていう、そういう感じに捉えたんだもの。



スポーツも、そうだという。拓哉君。
ルールを受け入れて、初めて参加できる。
ルールがあるおかげで、世界中が同じことで喜べるし、くやしがったり、泣くこともある。
決められたルールの中で実力を発揮して、すごいプレーをするから、
素晴らしいプレーヤーが、神様ともよばれるようになる、

俺の身近な場所にあるルールは、時間を守ることだったり、重いものはみんなで持つことだったり、
疲れてるヤツとか、弱ってるヤツがいたら、手を貸したりすること。

SMAPに関しては、メンバーの間で、ルールつて言えるようなものってほんとない。
お互い、必要以上に干渉しないことくらい。するのもされるのもヤだからね。
そりゃ、ステージとかでも、フォローしあったりすることはあるよ。
でも、特別なことでも何でもない。

子どものころから、親に「何やってもいいから、人に迷惑だけはかけるな」つて言われてきた。
だから、自分の中に、ルールがあるとすれば、それが根本になってるかな。

それと″できない″つていうんだったらいいけど、”やらない‘つていうのは、いちばん許せない。

これは、ほんとに、拓哉君の根本にある揺るがないものだよね。
ずっと、変わらない。
人のことも、自分に対しての厳しさも。

仕事の現場でも、“やらない”のが一番いや。怠慢っていうのが大嫌い。
そういう人といっしょにいるのは嫌。

反対に、一生懸命な人は、ほんと大好き。マジで。
いっしょにがんばっていこうっていラ気持ちになるし、負けたくないとも思う。
だから自分の中にも、怠慢なとこが見えたりすると、すげ嫌なんだという。

拓哉君は、人をよく見ている。
そして、すごく、認める言葉を口にしてきたよね。
メンバーに対してもそう。
慎吾の・・・な、ところ。剛の・・・・って。
仲間が頑張ってるんだ!!って、心から喜んで話してた。

こういう拓哉君、今、一番辛いだろうなぁ。
冠番組での様子、見てると、痛いほど感じることがある。

LIVEリハ、ちゃんとやろうよ!!
自分たちの力の一生懸命で出来るように頑張ろう!!
ずっとずっと、そう言ってきたよね。

でも、初日を公開リハといったり、へたなのを笑いにしたり・・・。
最初は、みんなで頑張ろうっていってたことが、だんだん、そういう環境で無くなっていく。

リハの時間と場所を確保しないでスタートする。
メンバーでとことん話し合わないで、進めていく。

そういうことが、ずっと、続いていた。
それが、ここにきてしまったんだって思ったりする。


職人さんが好きな拓哉君。
思いっきり、役にはいって演技する人達と
よりよい作品にと、話し合い、作り上げていくスタッフさんたち。
はやく、一生懸命な人達が集まってる場に参加出来ますように・・・・。

↓は、この頃の現場、
杏子の髪をスタイリングする柊二


ざまをみろ!の写真は、ルールと言うことから、ルールを破った人という感じですね。




綺麗!

2016-09-25 | ざまをみろ!と開放区
VOL.58」「綺麗」             

この綺麗は、「Beautiful Life」の時。

綺麗という言葉からの拓哉君の連想。
まずは、ロケ現場で目にする光景。たとえば空。
冬の澄んだ空気の空。ターコイズーブルーに近い水色。
太陽の角度が低くなってきてる時期の夕陽。
街のイルミネーション。
乳母車の赤ちゃん。
ピッカピカに磨いたクルマ。

拓哉君の美しいと思えるから、彼の美意識を感じる。

そして、続くのが周りの人の美しさ。
と、いっても、美しいという規準は、一生懸命さにあるんだね。拓哉君。
ファインダーをのぞいてるカメラマン。
音を拾おうとして歯を食いしばってる音声さん。・・・・とづつく。

写真は、ホットリップスの中の柊二。
ざまをみろ!の写真


そして、別カットの開放区の写真。


この写真を撮ったときの柊二としての拓哉君。


美容師の柊二のことを、ただ髪を切るだけじゃなく、もっとあったかいハートフルなふれあいをしようとしてると話してる。
結局それは、人としての関係があってこそ、出来ることだと。
写真は、杏子の髪を切っているときの柊二。
綺麗な瞳。


実際に、拓哉君も髪を切ってもらってもらってる人ととの関係。
座っただけで、気持ちを察してくれる。
髪型のことについてなんて、何も話さないでも、いつもちゃんと満足いくスタイルにしてくれる。ある意味、“整体”
その人に触れて、その人を癒す。

髪を切るって、メーキャップみたいに重ねていく作業と逆で、削っていく作業。
削っていくことできれいになっていく。。

       ‐     -
自分自身のことを考えたとき、気持ちをきれいにするために削り落としたいものって、
“木村拓哉”つていうものに対して持たれてるイメージみたいなもの。

だから、新しいドラマとか、新しい何かに挑戦するとき、毎回、イメージを裏切るように努力すること。
自分の周りにいつの間にかできていた実体のないイメージを、削ぎ落として削ぎ落として、新しい自分にいきたいと言う。

さあ、また、新しい拓哉君にであえるよね。
待ってます。

HAPPYでここちよいNEWSが受け取りたいね

2016-09-14 | ざまをみろ!と開放区
ざまをみろ!Vol 57「NEWS」

前の号から、MYOJOは2000年になった。
2000年に連載された、ざまをみろ!12回のうち、10回分が開放区に掲載されている。
その抜けている2回のうちの一つが、このNEWS。

この回は、「グッドニュース・・・思い浮かべようとして、すぐに川てこない自分」のこと
ちょっと、問題なぁと思う拓哉君ではじまる。

強いて思い出したら、H月13日の日の出が凄く綺麗だったこと。

ああ、お誕生日が素敵な形式で始まって良かったねって思ったけど、
考えたら、日の出を見てたんだよね。
眠れなかったかな?



HAPPYで、ほほえましいニュースを聞きたい!!と語る拓哉君。

今は・・・・・?
パラリンピックの選手の活躍とか、そのほか、スポーツ関係のこととか、
ほほえましいニュースとして、HAPPYに慣れてたらいいなぁ。

この号の写真は



2000年は、Beautiful Lifeで始まった。
この写真の拓哉君、柊二のヘアスタイルね。

ざまをみろ!と同じく、MYOJOにあった柊二。





ドラマの始まる前恒例の拓哉君の特集ですね。

この中に、「このドラマをやるに当たって、木村が用意したもの」という言葉がある。
答えは、バイク・ハサミ・そして、それを操る技。

柊二のカッティングのハサミの動きは、ほんと、スピーディで綺麗だった。
日頃いつも持ち歩いて、触って、動かして、なじませて・・・。
その技が自分の物として違和感なく使えるところまで。
そうやって、柊二になっていった。

-・-・-・-・・-

25周年の記念品が届き始めているという。
とっても立派な、写真集。

サンタクロースになる人

2016-09-12 | ざまをみろ!と開放区
ざまをみろ!Vol、56は『サンタクロース』
毎年、クリスマスにこのざまをみろ!のこと書いているけど。大好きなんです。この回。

前書きに「もし子どもに、サンタさんつているの?″」って聞かれたら
「もちろん、いるよ」って答えるってある。即答だねって。
このもちろんいるよって、もう、このまま、私の頭の中では拓哉君の声に変換できる。
やさしくって、あたたかな声。
きっと、尋ねた子どもの目の目の高さにしゃがんで、頭をなでながら、微笑んでね

文章の書き出しは、「サンタになる人はね、家系で決まってるの。」っていう。
10何代目かのサンタなんだけどね。小さいころから。「お父さんみたいな立派なサンタになりたい」つて思いながら大きくなるんだよ。」
って、続く、暖炉のまえで、可愛い子たちに素敵な童話を話してくれてるみたい。

サンタには、嫌いな子っていないんだけど、その中でもゴハン残さない子が好きみたい
ちっちゃくても、ちゃんと「来年もまた米てね。ありがとう」つて言える子を好きみたい。
ってね。ずっと、かわらない拓哉くん。

この回を読んだときは、そのあたたかい物語もだけど、ひとりぼっちでバスに乗っている姿と

特に、開放区のほうは、だれもいないシートを抱きしめてるもの


色紙の文字が切なかった。


でも、あれから、拓哉君はサンタになれたね。

拓哉君ちの天使もおなじように「ねぇサンタさんって本当にいるの?」って聞いたよね。
そして、拓哉君がやさしく「もちろん、いるよ」って答えたはず。

楽しい時間はもちろん、お仕事がタイトなスケジュールの時も、今回のような辛いときも
拓哉君には、あたたかい家がある。
帰ったら、微笑んで向かえてくれる人が居る。
そのことがほんとうに、良かったって思う。

静香さんが、肝っ玉のお姉さんで良かった。
マスゴミにも負けない人で。

凛として・・・。
2人とも、いい姿勢だよね。いつも。背筋を伸ばして

拓哉君は、可愛い天使のサンタクロース。
そして、わたしたちのサンタクロースでもある。

戦うとき

2016-09-07 | ざまをみろ!と開放区
ざまをみろ!と開放区と言うテーマで、ずっと、upしている
雑誌に掲載された順番どおりにあげているので、現在1999年。
映画「2046」のⅠ度目の撮影中です。


今回のテーマは『Vol、55、聖戦』
これは、開放区には、掲載されてない回ですね。
掲載されなかったのは、多分、「2046」の撮影の話が中心だから。

開放区Ⅰが出たのは、2003年。
映画『2046』の公開は、2004年10月23日。
本の出版時点では、映画がどうなっているのか、続くのか終わったのか判らなかったからだとも思う。

そう、『2046』には台本がなかったのよね。
この文章を書いているときも、どのシーンが撮られているのか、撮影がどこまで行っているのか
ということも、ストーリーすらも判らないで毎日、言葉の違う世界に居た。

シーンを撮って、最終的に監督が繋いで映画にして行く。
だから、このシーンの意味すらわからないで、香港で、毎日撮影に向かう。

「ここで、バックレたら、俺、そこまでだな」
「コレを乗り越えれたら、俺、相当強くなれる」
その二つが自分に対する口説き文句だったとある。

その言葉と、重なって、色紙がある。

この色紙を見ていたら、今もこの思いなんだろうなと、胸が痛くなる。

ありがとう!!
私たちからの「ありがとう」も、一杯集まって拓哉君の大きな力になりますように・・・。

映画『2046』は、2003年に撮影が再開され、2004年のカンヌ映画祭に出品された。
その試写の反響で、最終的に公開時には、拓哉君の出演時間が倍以上になったと言う。
カンヌの赤いカーペットを歩く拓哉君。



-・-・-・-・--・-

明後日の9月9日に向けて、行動を起こしている人達がいるらしい・・・。
確かに、世界に一つだけの花は素敵な曲だけど、教科書にも載ってたことがあるし、学校でながしてもいい曲だとは思う
でも、それと、9月9日にながしてくださいって、送りつけるは、意味が違う。
SMAPが素敵なグループだと、大切に思ってもらえるためにすること・・・もっと、考えて欲しい。

私が拓哉君のために出来る事って、あるのか判らないけど、
それでも、彼の出る番組、CMを見て、感想をつぶやいたり、特番の希望などをお願いするすること。
雑誌を、買って、その素敵を感想を送ること、。
わっつに、応援メッセージや、拓哉君大好き!!や、What'sが募集してる話題に関係したことを送ること。
嫌な場所を覗かない。クリックしない。変な雑誌は相手にしない・・・・。
あと・・・・。
何が出来るかな。
といかく、拓哉君は、前に進もうとしてる。
ずっとずっと、付いていきたい。

(昨日の日記で、「橋下」さんを橋本さんと表記してしまったところがありましたので訂正しました。失礼しました。)

不思議・・・前へ前へ転がせば

2016-09-01 | ざまをみろ!と開放区
ざまをみろ!Vol52「不思議」
この回は、開放区にのVol 10としてある。

使ってある写真も同じといえば同じなんだけど、コントラスト、明るさが違う。
ざまをみろ!の写真、


開放区の写真。

開放区の方が、表情がよくわかる。

彼のとっての不思議・・・目を閉じて何を思ってる?
楽しい事ではなさそうな・・・。

「何が不思議って言えば、この年になって、実際こんな事やってる自分が一番不思議かも知れない。」
という、一文で始まる。

そして、毎回、赤い文字で書かれている、文章の要約になってる赤い文字は
「色恋沙汰にまでこんなに関心を持たれる自分が、一番不思議」とある。

関心を持たれる・・・それは、fanがじゃないよね。
彼女と居るところを取材され、「木村拓哉は、公人ですから」って言った人達。
「公人」って意味知らないんじゃ無いのって言いたくなるひと。

関心・・・じゃ無いよね。
一挙一動、プライベートも何もかも見張られているような
今も、というか、もっとひどくなってる。

今回の空港でも、拓哉君は、一人で帰国し、ちゃんとした応対をした。
それは、どんな時でも、逃げない、まっすぐに向き合うという姿勢であったし
これは、「木村拓哉」のことであり、家族には関係ないという姿勢。

その、家族を待ち受けてたマスゴミ。
木村家の大切な天使達にカメラを向け、紙面にのせた。ひどい質問をぶつけた。

不思議・・・・じゃ無いよね。異常だよ。

それでも、拓哉君は、誠実で、全力で・・・・。


色紙の言葉が、今、そのまま、重なる。

「前へ、前へ転がせば・・・・」

これからの道が開けてくるよね。」

-・-・-・-・-・-

今日から、9月。

多くの小中学校で、新しい学期が始まった。
その、夏休みラストディだった昨日。

東北、北海道を、台風が襲い。大きな被害があり、悲しいことも・・・。
そして、熊本では、また、大きな地震。

今回は、すぐに熊本のお友達と連絡がとれた。
「大丈夫」とのことに、ほっとした。
子どもたちの学校が始まるねと、話したら、熊本地震の関係で、ずっと授業が出来なかった分、夏休みが短く
もう、すでに、新学期は始まっているのだということだった。
ただ、前の地震がトラウマになっていて、それが・・・・と。

夕べの地震で、また・・・・。
どうか、明るい笑顔の明日になりますように・・・・のんのん

人から始まるルーツ

2016-08-26 | ざまをみろ!と開放区
ざまをみろ!Vol 53『ルーツ』

連れて行かれて、ポンとひとり置いて行かれた、お父さんの方の実家。
そこで、おじいさんや、ひいおじいさんと過ごした子どもの頃の夏休みの話で始まる『ルーツ』
その中で、じいちゃんや、オヤジに教わったことを、いつか自分の子どもにも教えたい!
って、語ってる拓哉君。

教わったこととは、釣りをはじめとする遊びの技術だったり、
最終的には、生き様、人としての関わり方だったりするのでしょうね。

この回は、開放区にも掲載されていて、両方とも同じ写真。
写真は、ざまをみろ!

開放区
撮影場所は、札幌とあります。
LIVEの合間の撮影ですね。

男の子に、いろいろ教えたいといいながら、
「今の自分の立場と、子どもを持つことは両立できないと思う」とも語ってる。

それは、事務所のこと、グループでの活動であることもだろうし、スケジュールも。
そして、なにより、四六時中みんなの注目を浴びている存在でもあるから。

この時期、大切な人との別れがあったことも・・・ね。

でも、ちゃんと両立できてるよね。
木村拓哉としての存在は、ますます大きくなるけど、あたたかい家庭を持ち
素敵なパパでもある。

ただ、今回のような、あまりにひどいマスゴミの報道を見ると、辛い。
何よりも大切な天使。
どうか、これ以上、拓哉君の大切な家族に、辛い思いをさせないように。
神様、どうか、護ってください。

色紙は、


何を語るにも。何をするにも、まず「人」というのが、拓哉君の中心。
それは、小さい頃から、ずっと、ずっと、今も変わらない。
いえ、大人になってからはよけいにそうだと思う。

-・-・-・-・-

今日は、金曜日、わっつの日。

もう、謝らないでね。
拓哉君がそこに居る・・・それだけで、いいから。

グーパーウォーク1