笑顔抱きしめ

小さな幸せの元を探して
身の回りのこと・大好きな木村拓哉さんのこと

拓哉のディレクション

2019-04-22 | FLOW
GYAO、木村さ~んは、 アニメ・声優の専門学校、体験入学。
アニメ・声優専門学校って、拓哉君を誘うのにとっても誘いやすいばしょだよね。

発声の指導を受けている部屋。
後ろで拓哉君が一緒に練習していることに気がついた生徒さんは、「すごい!」と熱い歓迎。
ここにいる人たちだったら、ハウルの声優をしたこともきっと知っている。
ジブリの声優って憧れだよね。
そんな人たちとの、つながりは、はやり声優経験話。

宮崎駿さんのハウルについての説明が『ハウルはね、星に当たった少年なんです。』
いわれて、困惑しながらも「ハイ」といった話は、
笑い声とともに、拓哉と生徒さんを一発でつないだよね。

「声というカテゴリーのみで、キャラクターを担うことによって、
すべて、感情も温度も全て、見る人に伝えなければいけないという
非常にハードルの高い仕事だと思ってます。」

宮崎駿さんのハウルについての説明が
『ハウルはね、星に当たってしまった少年なんですよね。そういう感じで・・・』
(ここ、宮崎さんのマネかな。学生よく笑ってる)という説明受けて
100%理解できてないのに、分かりました・・・といった話は、
笑い声とともに、拓哉と生徒さんを一発でつないだよね。

「実際にやってみてと言われたことって、できるのはその自身だから、
自分がどうすればいいんだろうって自分が全部担うのではなくて、
自分ができることは声だったり、温度だったり。
自分がスピーカーとして何ができるんだろうってことで、
頭でっかちになって考えがちなんですけど、
結局現場に行くと共演者がいてくれたり、監督がいてくれたり、
ここでいったら、多分先生がその立場になってくれていると思うんですけど
僕はそういう人たちとの共同作業だとおもっているので、
自分が全部背負うことは、難しいんじゃないかなと。
学校の人たちも、いてくれてるってことをもっと把握した方が良いんじゃないかな」


と、経験者として、真摯な、そしてあたたかいエールだね。

線とさんたちに、木村さ~んのインフォや、題名コールをお願いしての録音。
拓哉のディレクション。
上手いなぁ。
指示の仕方が的確で、
ほんと、上手に彼らを導いている。
指導なんだけど、上から目線のところは全然なくて、
一人一人に合わせてるし。どんどん言い作品になっていく。

いいなぁ。

ファーストコンタクトから、大先輩!!

2019-04-20 | FLOW
岡本健一さんがゲストのメレンゲを見ました。
岡本さんと後輩との関わりの話の中で、いとうあさこさんが
あさこ:若い頃、木村拓哉さんをずいぶんかわいがっていらしたという・・
 (わしゃわしゃ、なでてかわいがる仕草をするあさこさん。)
岡本:そんな(かわいがってなでる様子・・)はしてないけど
 よく一緒に遊びに、この店が面白い。これ面白い、この音良いよ。・・・。
久本:それすごくないですか!!なんで、ピンポイトで木村君だったんですか?
岡本:なんか、寂しそうだったんじゃないですかね。
   向こうも、興味を持ってくれてた。

4月になってからのFLOWをはじめ。拓哉君側から岡本君との交友を聞いたことはあったけど、岡本君の言葉は初めて聞いた。
「寂しそうだったから」・・・
拓哉の姿が浮かぶ。
自分だけ名前を呼ばれなかった。のけ者にされた拓哉の。
あの頃、目に見えること見えないこといろいろあったんですよね。
その中で”先輩”として大きな存在だった岡本君。あの頃(から今も)岡本君がいてくれて良かった

↓、Ⅱ週間遅れましたが。4月第一回のFLOWです。
あの頃のこと今も鮮明に覚えている拓哉。
岡本君が話してくれる、20才前の拓哉の姿も可愛い。

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拓哉:そもそも、自分と岡本くんの最初の出会い的な部分なんですけど。
 出会いというか、原宿の生活スペースに自分らが出入りしてたっていう状況じゃないですか?
岡本:そこに俺らがいて、生活してた?(拓:してた) まだ部屋もあった?
拓:いましたね。岡本君と、諸星くんと……。
岡:あと、(城島)茂がいたんじゃないの?
拓:いました! 耳かきしてました(笑)。城島茂は、耳かきしてました。

岡:じゃあ、けっこう後半の頃だよね。少年隊もいないし…。
拓:いや、ギリいた感じですね。
 植草君のいちごミルクみたいなやつが冷蔵庫に入ってて、美味そうだなと思って勝手に飲んで、
 元の場所に置いておいたら、すごい剣幕で「誰だ! 俺のいちごミルク飲んだの!」みたいな感じで。
岡:「はい」って言った?
拓:言わなかったです、言うわけないです(笑)。
 その時に、とある先輩が「おい!」って、言って
「 中居(岡:うん)、森(うん)、稲垣(うん)、香取(うん)、草なぎ(うん)、来いよ(うん)! 服やるよ」ってなって、
 あれ? 俺は?っていう感じになってた時に、
 ちょうどそのタイミングで、確か岡本君が(岡本:俺いたの?)通りかかって、
なんか、わかんないですけど、「おい木村! 飯行くぞ!」って言って、連れて行ってくれたんですよ。
岡:どこいったの?
拓:えっと、あそこです。原宿にあった「OH! GOD」
岡:地下のね。流れているところ、半地下のね。、
拓:唐揚げがのかってるピラフみたいなの? あれをご馳走してくれたんですよ。

拓:その時に、“この人は、こういう風にしてくださる人なんだ”っていう、感覚になりました。(岡:へ~!。)

拓:で、その後に,これも覚えているんですけど、岡本君に、「髪どこで切ってるんですか?」って聞いたんですよ。
そしたら、「通り挟んだ、あのビルの1階奥に入ってったところに『MORIO FROM LONDON』ていうのがあるよ」って言われて、
 へ~っていってそこに行ったんですよ。(岡本:へ~)
 お店行ったら、諸先輩方のサインが鏡のところに書いてあって、
 みんなここに来てるんだって思いながら髪切ってもらったのを覚えてています。
岡:当時はそこだったんだろうね。多分ね。
拓:それ、すっごい覚えています。
岡:全然覚えてない。

岡:俺覚えているのはテレビ東京にでてるのに、劇中ドラマにSMAP来たような・・・。。
拓:いや、うちらは、番組アシスタント的な感じで。
 全身マジックテープの素材でできているようなのを着て、お客さんが投げたボールが何個つくかという標的のようなことをしていました。(笑)
 そういうことを繰り返しているさなか、また、当時あった原宿の合宿所で、
 何のタイミングか分からないんですけど、黒のエレキギターを岡本君がくれたんです、。
 やるよって言われて、
 それからですね、自分がシャカシャカやるようになったのは・・・。

岡:その間なんなんだろうね。遊びにいったんだろうね。
拓:僕、72年です。
岡:おれ、49でしょ、おれ、69年だから、三つ下になるんだ。
 俺が、20ぐらいの時に、17。

拓:岡本君が19の時に滝の白糸やった。僕見に行った、日生劇場に。
 そんとき、僕、16なんです。
 17才との樹に、僕、盲導犬の時も出てたからな。

岡:その関係があったかもしれない。おれ、稽古場よく言ってるじゃない。
拓:僕が、ベニサンピットで、舞台を。それこそこのブースとサブを合わせたぐらいのSpaceで
 目の前で、お芝居してるのを見に行ったときに
 とんでもないことをしてるなこの人って感覚的に思って、それですごい興味わいたんですよ。
 そん時からじゃないですかね。

岡:拓哉が教習所行って、「俺仮免取ったんですよ、。」って
 仮免取ると、運転できる人と一緒に、ドライブできるように・・・。
 おまえいくつで取った?18の時?
 そん時、Zじゃないの。
 そのとき代車が来てて、クライスラーのね。ニューヨーカーっていって
 ベンチシートのやつだから、運転席と助手席が境のないやつで、
 「拓哉運転してみろよ。」って運転させて。
 俺が横に乗っていて、「いいじゃない?この曲かけようよ」。
 どっかの、陸橋カーブを拓哉が全然曲がり切れてなくて、
 俺が横で「そうじゃないそうじゃない」って言ったのが、すごい覚えてる。

拓:僕のところでは、方南町の信号のところでおまえ立ってろよって言われて、Zで迎えに来てくれたのを覚えています。
 とりあえず俺行くから、信号のとこ立ってろよって言われて、30分ぐらい立ってたら、来てくれて
 一緒に、高田馬場の中華とか(岡本:地元だね)連れて行ってくれて、
 それこそ、芝浦に会った、GOLDだったりとか、そういうところに
 「いかねえか?」って、一緒に連れて行ってもらって

岡:ココ面白いよ、こいつ面白いよって。
拓:走馬灯のように、いろんなシーンが出てくる。
その当時、男闘呼組とは別に、親交のあるドラマの人だとかカッコイイ人がいたんですよ。

岡:ROCKとか、すごい影響を受けてたから、
 でも、うちの事務所にいると、なかなかそういう交友が
 ROCKというか、ハードロックなのに、すごい影響受けてたから。
 自然と、こっちの方向で行った方が自分の楽な・・・・。
 髪の毛染めるとか、ピアスするとか、衣装も私服っぽい感じで出るって言うか、そういうのを開拓していこうぜ。って
拓:こういう先輩がいたんで、自分的には影響されて、金髪にしたじゃないですか!メッシュしたじゃないですか!
 先輩やってるから俺もやろうって、それで、
「光ゲンジのバックで、Youたち出てもらうから来なよ。」って、横浜アリーナでるってなって、
 金髪にしていったら「You最悪だよ!」って言われて、黒い髪スプレーかけられて
 スポーツ紙の取材に写ったみたいな。

岡:そっからもうちょっとたって、俺は事務所に呼び出されたことがあった訳よ。
「相談があるって、拓哉のことで」って、あいつなんかやったのかなって思ってったら
 上の偉い人と、担当のマネージャーとかいて
 「拓哉があなたのマネをして髪を伸ばしたり、メッシュを入れたり、ピアスしたり、
 ほんとに、あなたからものすごく悪い影響を受けてるから、
 あなたからやめなさいって言ってあげて、そうしたら、彼も切って更生すると思うから」って言われて、
 え、俺から言うの?俺から言えばやめるの? っていうか、俺、そんなダメ? みたいな。
 だめなの俺って(笑)
拓:あなたのマネを後輩がしているから、あなたが言うとやめるからっ言って。
 ていうオフィシャルなシーンなのに。言わされた人は。
岡:俺がだめなの?
 俺ってだめ?俺のやってること全部だめなの?

岡:分かった。じゃあ俺が言うよってなって。
 拓哉が売れてきているっぽい時だった訳よ。
 今、来るような感じだから、今好きなこと全部やれ!!って、
 伸ばしたかったら膝まで伸ばせ、絶対切るなって言ったことを・・・・思い出した。
 ありがたいでしょ!
拓:ほんと、ありがたいです。

『令和』へ

2019-04-01 | tak日記
新しい年号が発表された。
『令和』

weiboで拓哉君が、え
平成から令和へということで、更新してくれてた。

4月1日 12:07
从「平成」变成了「令和」
即使元号改变了,自己应该做的事情也不会改变,所以我会在每次的现场发挥自己所能全力以赴! 拓哉 ​​​​

これは、「平成」から「令和」になり
元号が変わっても、自分がやるべきことは変わらないので、どの現場でも自分のできることを全力を尽くして発揮します!
という意味だと和訳があった。

どんなときも、どんば場所でも、自分の全力で・・・・。
どこまでも、変わらない拓哉。

私も、自分の今を一生懸命生きたい

来別からは、令和・・・・

なので、今月中は、平成の中で、拓哉を生きた拓哉の記録をアップしていきます。
再掲もありますが、良かったらお付き合いください。

グーパーウォーク1