学校の先生やってるんだけど、生きがい感じないんだよね。どうしたら、生徒を呼べるような人気のある先生になれるのかな? なーんて疑問もってる人、いませんか?
幸福の科学学園の創立者でもある大川隆法先生は、『教育の法』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。
まずは、やはり、努力をする必要があります。努力をしても、給料は変わらないかもしれませんが、それは給料の問題ではありません。「子供たちに学ぶことの喜びを教えることができる。そして、子供たちは、教師である自分から教わることに幸福感を感じている」ということは、自分自身の生きがいにつながることです。
そうして、「お役に立っている」「子供たちの未来に夢を与えることができている」ということを実感できるのは、非常にうれしいことなのです。そして、そうなるためには、やはり、プラスアルファの努力をしなければいけません。
教師が、最低限の努力で済まそうとすると、生徒も必ず最低限の努力で乗り切ろうとするようになります。
今は、学校に睡眠を取りに来ているような子や、運動だけをしに来ているような子、あるいは、気分転換をしに来ているような子もいます。なかには、授業中に、教室でキャッチボールをするような子もいます。教師にとっては、まことにもって悔しいかぎりでしょうが、やはり、生徒から、尊敬を勝ち得なくてはいけないと思います。
そのためには、まず、「自分の専門の科目に関しては、ある程度、深いところまで掘り下げる」という努力をすることが大事です。 「これだけ勉強していれば、教員として、何とか給料分の仕事はできているだろう」と思える範囲はあるでしょうが、やはり、プラスアルファの努力をして、自分の専門領域について掘り下げていくことが大事なのです。
それは、必ず生徒に伝わっていきます。不思議ですが、生徒には分かるのです。教師の勉強している姿が見えなくても、「そういう人である」というのは必ず伝わります。プラスアルファの努力をしている人は、そういう雰囲気がオーラのように出てくるので、子供たちにも分かってくるのです。そのため、尊敬を受けるようになります。
一昔前であれば、子供たちに、「尊敬する人」について訊くと、親でない場合は、学校の先生を挙げたものでした。しかし、今では、学校の先生が挙がることはほとんどなく、塾の先生の名前が出てくるのです。(中略)
予備校は、「四月に入った生徒のうち、一学期が終わった段階で三分の一残っていたら、講師の腕がいい」と言われるぐらい厳しいのです。要するに、受講生は、「一時間を費やすのに値しない授業である」と思ったら、授業料を捨ててでも、どんどん逃げていきます。(中略)「役に立たない」と思われたら、もう、その瞬間に見切られるのが、予備校の世界であり、一般の店舗と同じ状況が起きているのです。
しかも、予備校のなかには、教室にカメラを取り付けて、事務局が授業の内容をチェックしているようなところもあります。「講師に人気があるかどうか」ということも、ピシッと把握されているのです。
一方、公立学校の場合、校長であっても、授業の様子を見ようとしたら、やはり教員たちから嫌がられて、できないでしょう。(中略)
しかし、世間はもっと厳しいのです。それが現実である以上、やはり、教師もプロとしてプラスアルファの努力をしていくことが大事であると思います。
(189~194ページ)
教師もプロとして、プラスアルファの努力をして、自分の専門の科目に関しては、ある程度、深いところまで掘り下げる努力をすることが大事である。
その努力の雰囲気はオーラのように出てきて子供たちにも伝わり、教師として尊敬を受けるようになる。
子供たちに学ぶ喜びを教えることができ、子供たちが自分から教わることに幸福感を感じているのは、自分自身の生きがいにつながる──。
今は荒れる学校も多く、予備校や塾との競合も激しくなっていて、学校の先生というのは、とても大変な仕事となっているように思います。
でも、ここでも「縁起の理法」(因果の理法、原因・結果の法則)が働くことを知り、プロとしての努力をしっかりと重ねることができるならば、必ずその「因」は、子供たちの尊敬や、自分自身の生きがいという「果」となって現われる、ということを今日は教えて下さっているのだと思います。
そしてこれは、どの職業にも通じる普遍の真理ではないかと私は思っているのです。
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『教育の法』
大川隆法著
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