ゆーぱの部屋 ~幸福の科学の教えから~
幸福の科学の教え(大川隆法先生の書籍)で、みなさまの人生の悩みや疑問などを解決するお手伝いをします。
 



政教一致の問題って、過去何度も形を変えて、教えてもらったと思うんだけど、も一つ納得できないんだよね? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『猛女対談──腹をくくって国を守れ』(幸福実現党)で、次のように説いておられます。

 宗教が政治を行うことに関して、「政教分離規定があるから、どうのこうの……」と否定的に捉える人もいます。憲法の政教分離規定だけを捉えて、そのように言うのは構いませんけれども、それでは、憲法一条の「天皇制」はどうなのでしょうか。本当に政教分離を言うのであれば、実は、天皇制が成り立たなくなるのです。そうすると、日本国憲法が最初から崩れてしまうんですよね。(中略)
 戦後、歴史の教科書からは消えているかもしれませんが、「天照大神の子孫が天皇家である」ということになっています。
 したがって、憲法上、象徴制であろうがなかろうが、天皇家が日本国の中心でなければならないし、天皇制があるために日本は存続しているわけです。
 現代のアメリカ民主制的なものの考え方で、そのままストレートに考えたら、天皇制と国民主権とは、合うはずがないではありませんか。全然、合っていないですよ。どうして、それが合いますか。
 天皇制というのは、はっきり言えば、王権神授説の考えですよ。(中略)「神様やその代理人が地上に降りてきて国を治めているのだ」という王権神授説がありますが、君主制などは、みな、そうですよね。
 これを打ち破ったのが、フランス革命で、王様たちをギロチンにかけて首を斬っていきました。そういうフランス革命的なものを民主主義と呼ぶのであれば、天皇制とは合わない。つまり、最初から、憲法として矛盾する形態になっているんですね。
 そのようなものをくっつけてやっているのは、実は、政教一致、祭政一致の考え方が裏にあるからです。要するに、「天皇家は神々の子孫だから、やはり別格である」という考え方が裏にあるために、天皇制が成っているわけです。(中略)
 国民の総意に基づいて天皇制がある一方で、国民主権というものがあります。この部分は、法律論的、憲法論的には、本当はぶつからなければいけないところなのですが、なぜか、訳が分からないまま、うまくくっついています。
 その理由は、実は、「宗教と政治が一体化しているのが日本の政治の本質だから」なんですよ。(中略)
 この部分を無視して、政教分離だけを言っているわけですから、憲法学者もジャーナリストも、本当はまったく分かっていないのだと私は思います。(中略)
 右翼も、「皇室を守る」と言っていますが、「天皇は神々の子孫だと分かっているのか」と言えば、それは、全然、分かっていないのです。そもそも神棚が消えていますのでね。
 だから、もう少し根本的に考えなければいけないですね。
(32~35、38~39ページ)

宗教が政治を行うことに関して、憲法の政教分離規定だけから否定的に捉える人もいるが、本当に政教分離を言うのであれば、、憲法1条の「天皇制」が成り立たなくなり、日本国憲法が最初から崩れてしまう。

天皇制というのは、はっきり言えば、王権神授説の考えであり、現代のアメリカ民主制的に考えたら、天皇制と国民主権とが合うはずがないが、なぜかうまくくっついている。

それは、実は、天皇家は神々の子孫だから別格であるという考え方が裏にあり、宗教と政治が一体化しているのが日本の政治の本質だからであるから、もう少し根本的に考えなければいけない──。

つまりは、憲法の「政教分離」規定だけをいう人に対しては、日本国憲法の天皇制をどう説明するのかを問えばよいってことなんだと思います。

これを機に、日本という国の特質を、もっともっとしっかり考えてみたいと私は思うのです。

 

『猛女対談』大川隆法著


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