前回までの記事では、東北地方太平洋沖地震(以下、東北沖地震)が発生した時、海底や地下で何が起きていたか、なぜ「想定外」の巨大な揺れや津波が襲ってきたのか?
その後、東北沖の海はどうなったのでしょう。
何か変化はあったのでしょうか。
海底は地震前の状態に戻ったのでしょうか。
そして次の地震は?
どこもここも限界に来ていますから、少しのショックを与えると「大地震」が起こってしまう状態です!!
9年を経ても余震は起き続けている
お寺の鐘をゴーンと突くと、しばらくの間、ウワーンというような「余韻」が残ります。
これは突かれたことで一時的に変形した鐘が、もとの形に戻るまでの過程を聞いているとも言えるでしょう。
断層がずれて大地が変形する地震にも、しばらくの間、余韻のようなものが残ります。
そのうち実際に音をたてる、つまり地震波を伴う余韻は「余震」に相当するでしょう。
一方で音をたてない余韻もあり、それは「余効変動」と呼ばれています。
まずは余震についてです。
東北沖地震の余震は、これまでに何回くらい起きたと思いますか?
気象庁の資料によれば、2011年3月11日から2020年3月7日までの9年間で合計1万4240回です。
ただし、そのうちの8000回以上は最初の1年間に起きています。
直近の1年間では、その約20分の1、マグニチュード(M)4.0以上の地震に限って言えば、約30分の1に減っています。
しかし安心してはいけません。
たとえ30分の1だったとしても、東北沖地震が起きる前の平均的な地震発生回数と比べれば、まだ多いのです。
余韻は響き続けています。
起きる地震の規模も全体としては次第に小さくなっていますが、突発的に大きめの地震が発生することもあります。
そこが鐘とはちがうところです。
東北沖地震の最大余震は、本震の約30分後に発生したM7.6です。
これは1978年の宮城県沖地震(M7.4)を上回る規模です。
その後もM7.0以上の余震は起き続け、5年後の2016年にも1回、発生しています。
M6台の余震だと、2019年でも3回、起きています。
長野県や静岡県でも誘発された地震
ただ何年も後に起きたそれらの地震は、ほんとうに余震なんでしょうか。
他の地震とは、どう区別されているのでしょう?
『広辞苑』で「余震」をひくと「大地震の後に引き続いて起こる小地震。
ゆりかえし」と、かなり大雑把です。
『大辞林』だと「本震発生の直後からある期間、本震の震源域やその付近でおこる、本震より小さい地震」とあり、わりと親切です。
それでも「ある期間」とか「その付近」などと、ぼかした表現が入っています。
実は、先ほどの気象庁の資料では
「余震活動の領域(余震域)」
というのを定めています。
東北沖地震の震源域を含む、幅約360km、長さ約640kmの長方形をした領域です。
その中で2011年3月11日以降、現在までに起きた地震を、東北沖地震の余震とみなしているわけです。
長方形でエイヤと区切ってますから、便宜的な定義だと思わざるをえません。
その外で起きた地震は、どうなるのでしょうか。
「余震て、たぶんすごく色んな意味の幅があるんですね」と尾鼻さんは言います。
「地震断層面上の割れ残った所とか、大きくすべった所の周囲とかで、本震と同じようなメカニズムの地震が起きるっていうのが、たぶん余震の正当な意味だと思います。」
「ただ本震とはちがうメカニズムだけれども、本震が起きた影響によって、本震の断層面とちがうところに、それまでとちがう力がかかったことで地震が誘発されるっていうのも、広い意味では余震ではないでしょうか」
そうなると、さっきの長方形の外で起きた地震も、余震になりえます。
やや極端な例になりますが、2011年3月12日には長野県北部で最大震度6強の地震(M6.7)が発生しています。
また同年3月15日には静岡県東部でも地震(M6.4)が発生し、やはり最大震度6強を記録しています。
どちらも内陸の活断層が震源で、東北沖地震が起きたプレート境界の断層からは遠く離れています。
しかし東北沖地震によって誘発された可能性があり、広い意味では余震とも言えるのです。
海溝軸より東側の断層にも影響
一方、長方形の中にあっても、本震とは断層の場所もメカニズムも異なる余震が起きています。
前の震央分布図で、右端のあたりを見てください。
例えば最大余震に次ぐM7.5の余震が、本震の約40分後に発生しています。
また2013年には、そこから100kmほど南でM7.1の余震が起きています。
この二つの余震の特徴は、日本海溝の海溝軸より東側(海側)の太平洋プレート内で発生していることです。
本震は海溝軸より西側(陸側)のプレート境界で起きました。
そして二つの余震を起こした断層が、引っぱられてずれる「正断層」である一方、本震の断層は圧縮されてずれる「逆断層」です。
これだけ特徴が異なっていても、やっぱり余震とみなされているのです。
「アウターライズ」は「海溝外縁隆起帯」と訳されることもありますが、沈みこもうとする海洋プレートがたわんで、少し盛り上がった領域のことです。
海溝軸に沿って、海側に100km程度の幅があります。
アウターライズの表面には、海溝軸とほぼ平行に凸凹の筋が何本も走っています。
このうち高まりになっている部分は「ホルスト(地塁)」、溝になっている部分は「グラーベン(地溝)」と呼ばれています。
高低差は800mに達する場合もあります。この「ホルスト・グラーベン構造」をつくっているのが正断層で、アウターライズ地震の多くはそこで起きています。
近くに消しゴムがあったら、ぐっとアーチ状に曲げてみてください。するとアーチの外側には引っぱりの力がかかっているとわかるでしょう。
あまりきつく曲げると、ひびが入って割れてしまうかもしれません。
プレートが曲げられても同じで、ひび割れは正断層となります。
一方、アーチの内側には圧縮の力がかかり、プレートの場合には逆断層ができます。
ホルスト・グラーベンとして、海底地形図にも断層が表れているくらいなので、アウターライズ地震の震源は浅いと言えます。
となると津波を起こす可能性も高そうです。
セットで起きるアウターライズ地震
あまり多くはありませんが、普段でもアウターライズ地震は起きています。
ただプレート境界で大きな地震があると、とたんに頻発する場合があります。
沈みこんでいる海洋プレートが、深い方へ一気にすべるため、アウターライズも普段以上に引っぱられる状態になり、地震が起きやすくなるからです。
そして通常は圧縮されているアーチの内側までが引っぱられ、正断層型の地震が大きくなる可能性もあります。
そして1933年には昭和三陸地震(M8.1)が発生し、津波により3000人以上の死者・行方不明者を出しています。
これはアウターライズ地震で、明治三陸地震に誘発されたと考えられています。
37年もの時を経て、ほとんど変わらない規模の「余震」が起きたのです。
最近では2006年11月15日に千島列島沖でM8.2の地震が発生し、2ヶ月後の2007年1月13日に、やはり千島列島沖でM8.1の地震が起きています。
これも前者はプレート境界型地震で、後者はアウターライズ地震です。
日本海溝の北に続く千島海溝をはさんで、それぞれ陸側と海側に震源があります。
このようにプレート境界型地震とアウターライズ地震はセットで起きることがしばしばあり、似たような規模になることもあるのです。
東北沖地震の発生からは、まだ10年。
今後、数十年の間にアウターライズで巨大地震が発生する可能性も否定はできません。
本震がM9.0ですから、それに近い規模。
地震後の宮城県沖は反対に動いている!!
次は東北沖地震の静かな「余韻」についてです。
「余効変動」という、ちょっと聞き慣れない言葉を出しました。
平たく言えば地震の後に起きる地殻変動のことなのですが、その中には「余効すべり」と「粘弾性緩和(ねんだんせいかんわ)」という、やはり一般には馴染みのない現象が含まれています。
このうち次の地震がどうなるかという予測につながるのは、余効すべりです。
「アスペリティ」という言葉が出てきたのを、覚えているでしょうか。
プレート境界の中にある「すべりにくい場所」のことでした。
その周囲には、いつも静かに、ゆっくりとすべっている「安定すべり域」があります。
アスペリティはすべり遅れているわけですが、同じプレート上なので、いつまでもふんばってはいられません。
ある時、一気にすべって周囲に追いつきます。
これが地震です。
余効すべりも、現象的には安定すべり域の「スロースリップ(ゆっくりすべり)」に似ています。
ただスロースリップはプレートの沈みこみにともなって自然に発生し、多少、遅くなったり速くなったりはしますが、ずっと続いていきます。
一方、余効すべりは地震の後だけに発生し、一時的には通常の沈みこみより速くなることもありますが、だんだん遅くなっていきます。
そして、いつかは止まるか、通常のスロースリップになります。
ざっくり言ってしまえば、余効すべりはプレートが「勢い余って」しばらく止まれないでいる状態でしょうか。
なので、すべる方向も地震時にすべった方向と同じです。
東北沖地震では、陸側の北米プレートが東向きに動きました。
その大きさは第2回でお伝えした通り、牡鹿半島の先端では5m、海溝軸付近の海底では50m以上です。
ということは余効すべりも東向きになっているはずです。
ところが地震後の陸上や海底の動きを、これも第2回で紹介した「GPS音響測位法(GPS-A)」などで調べたところ、宮城県沖では反対方向、つまり西向きに海底が動いているとわかりました。
これはいったい、どういうことなのでしょうか。