哲学とワインと・・ 池田晶子ファンのブログ

文筆家池田晶子さんの連載もの等を中心に、興味あるテーマについて、まじめに書いていきたいと思います。

『不可能性の時代』(岩波新書)

2008-10-04 20:01:20 | 時事
 題名が、あのアローの不可能性定理をもじったものかと思いきや、読んでみるとアローの不可能性定理とは何の関係もなかった。しかし、この本がタイムリーだと感じたのは、(決して著者は意図はしなかったのだろうが)最近報道で話題になったべシャワール会のことが末尾に触れられているからだ。


 この本の内容をあえて一言で紹介すると、現代日本における社会現象を精神分析的に著述したもの、とでもいうのだろうか。オタクの分析など、冗談ぽく感じられるが、実際には徹底的に真面目な社会学の本である。むしろ新書にしては、多くの情報を短い文で圧縮して書いているような、難しい言い回しが多くて、やや理解を難しそうにしているような内容であった。

 さて、著者の論旨の大まかな流れを端的に整理すると、戦後の「理想の時代」は60年代がピークであったが、70年を境に「虚構の時代」となり、90年代以降から現代を「不可能性の時代」とする。「理想の時代」とはアメリカ(もしくはソビエト)を理想とした戦後民主主義の時代であり、「虚構の時代」とは高度成長の終わりよって、求め得なくなった理想の代わりに虚構を作り出した(家族ゲームや東京ディズニーランドなど)時代であり、「不可能性の時代」とは携帯メールを用いて密接に他者を求めながら、引きこもりのように他者を避けるといった矛盾した志向の時代を表現している。

 著者は、殺人事件や映画、文学など様々な社会現象を挙げて、各時代の精神性を分析しており、大変面白い内容である。


 また、この本の中には、池田さんの言葉と共通するフレーズがいくつか見られ、結構親しみやすいものを感じた。例えば、いきなり冒頭で「現実は、意味づけられたコトやモノの秩序として立ち現れている」とある。現実とは意味以外の何ものでもない。また、丸山真男氏の考えの紹介ではあるが「理想は現実の一局面である」という。理想を志向することこそ現実的なことであるわけである。