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長者窮子喩(ちょうじゃぐうじのたとえ)

「長者窮子喩(ちょうじゃぐうじのたとえ)」は、法華経の中に出てくるたとえ話。
幼いころに家でした息子が貧乏になって、わが家とも知らず長者の家の近くをウロウロしていた。長者はわが子と知って家人に追わせるが、最初は逃げ去ろうとしたのを、雇い人として迎え入れる。次第に重く用いて最後に実子であることを明かし、家財を譲る--そういう話である。
 窮子(ぐうじ)は、困窮している子供の意味だが、ここでは「自分の悟りばかりを考えて、他の救済活動に向かわない小乗仏教の修行者」を表している。家財は大乗仏教を表すという。
 人生に寄り道、回り道はないだろうが、元へ戻ったら「なーんだ、もともと脇道になんぞそれなくてもよかったのか」なんて、思うのもまた人生である。わははは。

 一昨日、「小学館からコメントが欲しいって電話があったらしいよ」と娘がいう。副住職が残したメモを見ると「週間ポスト、コメント」と書いてあった。
「なんだ、小学館じゃなく、週間ポストじゃないか」と思ったら、週間ポストは小学館が発行している大衆雑誌だと、昨日教えてもらった。知らなかった・・・。
 ネットで若者の間で話題になっている「般若心経 新訳」(ハンドルネーム:黄色先輩作)についての感想を聞かせてくださいとのことだった。布教師の立場からお話しして、「面白いし、OKです」と返事をした。
 それにしても、こんな私に、よくぞコメントを求めてくれたものだと思う。他にいくらでもいるだろうに。
いつ発売の週間ポストなのかは・・・聞き損なった。わはははは。
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コメント
 
 
 
長者窮子と放蕩息子 (南無)
2012-02-10 19:49:54
一部の革新派の間で、キリスト教の放蕩息子の譬と比較して、その類似性を指摘してるそうです。ただキリスト教のほうでは救いを重視するためか、労働の部分が無かったりするようです。

般若心経 新訳初めて読みました。凄い、なんか訳し方に心を動かされましたw特に真言の部分がいつまでも心のなかで響きました。
 
 
 
新訳の感想 (和尚)
2012-02-12 10:12:25
南無さん>ほう、さすが、もう読んだんだぁ。私は最後の「大丈夫、心配すんな」がお気に入りです。
 
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