風来庵風流記

縁側で、ひなたぼっこでもしながら、あれこれ心に映るよしなしごとを、そこはかとなく書き綴ります。

北の核保有国宣言?

2018-04-22 15:43:48 | 時事放談
 北朝鮮の金正恩委員長が核・ミサイル実験中止などを発表したことについては、昨日は産経Webから号外が出るなど注目されたが、よくよく読むとさほど驚くにはあたらず、一日経つと冷静な記事が出るようになった。確かに核・ミサイル実験中止は米中協議が目指す非核化議論の前提であり、信頼醸成措置として前向きに評価する向きがあるものの、日・米がかねて主張してきた「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(=Complete, Verifiable and Irreversible Dismantlement (of nuclear weapons)、略してCVIDと呼ぶらしい)」の履行を保証するものでは一切ないと言われればその通り。それでも朝日新聞社説は「国を指導する朝鮮労働党の中央委員会の決定として、自ら公表した」ことから、「今回は特別な重みを持つ」と持ち上げるが、産経新聞社説は「『核保有国宣言』に他ならない」とずばり本質を衝いて手厳しい。今回、ことさらに廃棄を決めたと宣言する豊渓里の核実験場だって、昨年9月の水爆(とされる)実験でダメージを受け、これ以上の実験には耐えられず、さらに実験を強行すれば坑道が崩落し放射性物質の拡散が起きる恐れがあると分析されているシロモノである。
 トランプ大統領が4日ほど前、米朝首脳会談の見通しについて、朝鮮半島の「非核化」という目標が達成できないと判断すれば、会談の途中でも協議の席から離れるとの姿勢を強調したことに反応したのかも知れないが、むしろ韓国のある大学教授が指摘するように、今週行われる南北首脳会談を前に韓国世論を味方につけ、会談でより多くの成果を得ることを狙った、韓国向けメッセージだったのかも知れない。
 韓国・文大統領にとっては、金正恩委員長が1月の「新年の辞」で南北関係改善に意欲を示したことに反応して、韓国は北朝鮮の平昌五輪参加や芸術団派遣などに応じて対話を進め、今回、金委員長自らが核・ミサイル実験中止を表明するという形で返してきたと肯定的に受け止めているようだ。このあたりは、金正恩委員長の思うツボ、描いたシナリオ通りに進んでいるのだろう。米国の専門家を中心に、北朝鮮の核・ミサイル開発には、依然、核弾頭の小型化やミサイルの大気圏再突入技術に課題があると指摘されながらも、北朝鮮は自ら昨年11月末の大陸間弾道ミサイル発射実験成功により「国家核戦力完成」を早々に宣言し、もはや核・ミサイル実験は必要なく、いよいよ3年目に入った国家経済発展5カ年戦略に邁進するという自国民向けストーリーでもある。その障害の一つとなっていた核・ミサイル開発(のための投資)を凍結し、もう一つの障害となっていた国際的な経済制裁の包囲網を、先ずは韓国を手懐け、次いで中国を後ろ盾にし、ようやく米朝首脳会談という正面突破に漕ぎ着けて、解除しようとしている。そこで体制保証をとりつけ、国際社会に復帰することを目論んでいるのであろう。そのときに「核保有国」の看板に固執するのかどうか。
 冷静に考えれば、北朝鮮のGDP規模は(大きく見積もっても)韓国の50分の1に満たないと言われる。米国に至っては、韓国の12倍以上(名目ベース)だから、北朝鮮とは実に600倍以上の開きがある。強大な米軍の力を以てすれば北朝鮮などひとたまりもない。それでも僅かばかりの(しかも不完全な?)核とミサイルを武器に、対等の交渉に臨もうとしているのだから、金一族にとっては間違いなく千載一遇のチャンスである(相手がアメリカ大統領の地位やプライドに拘泥せず、予測不能なトランプ氏だからこそ、であり、韓国が北に甘い左派政権だからこそ、であるが)。一方、交渉に絶大な自信をもつ(しかし、昨年のシリア攻撃にはびびったとされる所詮は不動産セールスマンの)トランプ大統領は、秋の中間選挙に向けた一つの大きな成果を掴むべく、歴史を動かすことが出来るかどうか・・・かかる巡り合わせから、ちょっと期待させる状況ではある。

(補足)
 因みに、核放棄の方式に関していくつかの先例がある。先ずは南アフリカの「自己解体型」で、アパルトヘイト政策で制裁を受ける中、1989年に就任したデクラーク大統領は、人種隔離と核開発の双方の終結を決断し、核兵器を解体させて核拡散防止条約(NPT)に加入した(しかし、金正恩委員長はそんなタマではないだろう)。次いで、旧ソ連崩壊で旧ソ連の核を引き継いだウクライナは、1994年のブタペスト覚書により、NPTに加盟し核兵器をロシアに移送することと引き換えに、署名国(当初、米・露・英、後に中・仏が加わる)から安全を保障された(後にロシアからはクリミア併合で踏みにじられたが)。さらに、現在進行中なのがイランの核開発合意(JCPOA)で、国連安保理・常任理事国5カ国とドイツに、国際原子力機関(IAEA)が加わって、核開発を凍結し監視を強化する作業計画が策定され、今まさに履行中である(但し、トランプ大統領は生ぬるいと、見直しを主張している)。最後に、アメリカの国家安全保障担当大統領補佐官に就任したボルトン氏が主張している「リビア方式」(「米・英解体型」とも言われる)で、カダフィ大佐が米・英両国との秘密交渉を経て2003年12月に核放棄を宣言したことを受け、IAEAが査察入りし、米・英の専門家が核施設を解体し、機材は米国に引き渡された(後のカダフィ大佐殺害の悲劇は、核放棄がもたらす失敗の教訓として、北朝鮮が肝に銘じているところ)。北朝鮮が中国を後ろ盾にしたのは、「リビア方式」を警戒し、「段階的な非核化」を探るものと見られ、交渉は難航することが予想される。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする