先日の忘年会の話の中で、面白いことに気が付いた。かなりお酒が進み、もう難しい話とはオサラバした時、若い頃の話になった。お酒の席になると、やたらと自分がもてた話を自慢する人がいるが、それはたいてい男性で女性から聞いたことはない。私たちまでの世代は、女性がもてた話をすれば淫乱と蔑まれるのに、男性はまるで勲章のように話す。
先輩の中には女性の口説き方を伝授してくれる人もいるが、若い頃は結構イケメンと思われる先輩は、「家内以外に心を動かされた女性はいない」と言う。元高校の先生である。悪いことはしていなくても、心が動いてしまった女生徒が必ずいるはずだ。いくら堅物な人でも多少のことはあるだろう。「本当に?」と周りから詰問されても、「本当にそう」と言う。
その先輩のカミさんは女優になってもいいくらいきれいな女性であるが、だからといって心がカミさん以外に動かないのは合点がいかない。「同じ高校の先生はどうなのよ?」と質問が私に向けられる。残念ながら私は先輩のような聖人ではない。心が動く女性は何人もいた。それで高校生の時、いいなあと思っていた女生徒がいたが、友だちが「オレ、彼女が好きだ。取り持ってくれ」と言われ、その人を諦め仲立ちまでした話をした。
するともうひとりの先輩が「そういう時代だった」と昔を振り返る。「武者小路実篤や夏目漱石もそんな小説を書いている」。「だったら先に言ってしまえばよかったのでは」と若い人が言うが、「言わないことが美学だったのさ」と語る。まだまだ異性と一緒にいるだけで不良扱いされた時代だった。手をつないで歩きたいと思っても出来なかった。もちろん、一歩先を行く不良気取りもいたが、硬派を自認していた私は出来なかった。
カミさん以外に心が動いたことはないと言う先輩は国語の先生だ。源氏物語でも江戸文学でも近代文学でも、男女の情愛がテーマなものが多い。どんな風に読み、どんなことを生徒に話していたのだろうかと想像してしまう。いくら進学校の先生でも、「ここは入試に出るぞ」とばかり教えていたとは思えない。世の中にはこんなにも生真面目な人がいると改めて思った。