私が住んでいる街でも梅の花が目につくようになった。昨日までの陽気は春そのものだったけれど、今晩からはまた寒くなるそうだ。梅は櫻のような華やかさはないけれど、梅の花を見れば春の到来を感じる。平安時代までは花といえば梅であった。
東風吹かば にほひおこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ
大宰府天満宮の本殿に向かって右側に「飛梅」があった。この梅の木があの「飛梅」なのかと眺めたことを思い出す。菅原道真の愛した梅は、主を慕って一夜に京都から大宰府へ飛んできたというものだ。それにしても、道真はどういうつもりでこの歌を詠んだのだろう。梅の木に匂い起こせと命令し、自分がいなくても春を忘れるなとは何を意味しているのだろう。
昨日の衆議院本会議で、菅直人首相は民主党がマニフェストに子ども手当の支給額を月2万6千円と決めたのは小沢一郎氏が代表の時で、金額の大きさにビックリしたと発言している。誠に正直と言えばそうなのだろうけれど、これが首相の言葉かと思うと情けない。小沢さんが決めたことだからというニュアンスがにじみ出ている。マニフェストは民主党のみんなが責任を持ってやろうとした公約だということを忘れている。正直に言えばそれでいいわけではないし、ましてや菅さんは首相としてその公約実現の最大の責任者だ。
遠い田舎に母親を残してきた男がいる。父親は何年か前に亡くなり、母親はひとりで暮らしている。もう80歳を超えたのだから、「こちらで一緒に暮らさないか」と男は母親に言うのだが、「まだまだ元気だから」と言い続けてきた。その母親から男がいない時に電話が入った。男の妻は電話で母親の用件を聞く。「歯医者に行ったら薬をくれたけれど、胃薬と一緒に飲んでもいいのかね。先生は飲んでいいと言うけど」と母親は言う。「先生がいいと言ってるなら飲めばいいじゃーないですか」と妻は言う。男が帰って来た時、「お母さんから電話があった」と妻は話した。「どういう電話だった?」と男が聞くので、妻は一部始終を話した。
聞いていた男は急に「どうしてそんな言い方をしたのだ」と怒り出した。妻はなぜ怒るのか理解できない。「お袋はひとりで暮らしているんだ。もっと大事にできんのか」「大事にしてるじゃない」「大事にしてるんなら、そんな言い方はないだろう」「どこがいけないの。お袋、お袋って私とお母さんとどっちが大事なのよ」‥‥。ついに泥沼のような夫婦喧嘩になってしまった。そんな話を聞いて、男が母親思いだということはよくわかるけれど、妻にも甘えていいのではないかと私は思った。妻に怒ってしまって、「それなら、あなたがお母さんの面倒をみればいい」とでも切り返されたらどうするつもりだったのだろう。
男は妻に「先生がいいと言うなら飲めばいい」という紋切り型ではなくて、母親とじっくり話して欲しかったのだろう。それを「そういう言い方はない」と自分も決め付けてしまっている。言葉は使い方で剣になってしまう。剣よりは甘い御菓子の方がいい。自分がしてもらいたいように甘えたなら、喧嘩にはならないだろう。年を重ねると甘えることが恥ずかしくなるから、これではダメだなと思ってはいるが‥。
東風吹かば にほひおこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ
大宰府天満宮の本殿に向かって右側に「飛梅」があった。この梅の木があの「飛梅」なのかと眺めたことを思い出す。菅原道真の愛した梅は、主を慕って一夜に京都から大宰府へ飛んできたというものだ。それにしても、道真はどういうつもりでこの歌を詠んだのだろう。梅の木に匂い起こせと命令し、自分がいなくても春を忘れるなとは何を意味しているのだろう。
昨日の衆議院本会議で、菅直人首相は民主党がマニフェストに子ども手当の支給額を月2万6千円と決めたのは小沢一郎氏が代表の時で、金額の大きさにビックリしたと発言している。誠に正直と言えばそうなのだろうけれど、これが首相の言葉かと思うと情けない。小沢さんが決めたことだからというニュアンスがにじみ出ている。マニフェストは民主党のみんなが責任を持ってやろうとした公約だということを忘れている。正直に言えばそれでいいわけではないし、ましてや菅さんは首相としてその公約実現の最大の責任者だ。
遠い田舎に母親を残してきた男がいる。父親は何年か前に亡くなり、母親はひとりで暮らしている。もう80歳を超えたのだから、「こちらで一緒に暮らさないか」と男は母親に言うのだが、「まだまだ元気だから」と言い続けてきた。その母親から男がいない時に電話が入った。男の妻は電話で母親の用件を聞く。「歯医者に行ったら薬をくれたけれど、胃薬と一緒に飲んでもいいのかね。先生は飲んでいいと言うけど」と母親は言う。「先生がいいと言ってるなら飲めばいいじゃーないですか」と妻は言う。男が帰って来た時、「お母さんから電話があった」と妻は話した。「どういう電話だった?」と男が聞くので、妻は一部始終を話した。
聞いていた男は急に「どうしてそんな言い方をしたのだ」と怒り出した。妻はなぜ怒るのか理解できない。「お袋はひとりで暮らしているんだ。もっと大事にできんのか」「大事にしてるじゃない」「大事にしてるんなら、そんな言い方はないだろう」「どこがいけないの。お袋、お袋って私とお母さんとどっちが大事なのよ」‥‥。ついに泥沼のような夫婦喧嘩になってしまった。そんな話を聞いて、男が母親思いだということはよくわかるけれど、妻にも甘えていいのではないかと私は思った。妻に怒ってしまって、「それなら、あなたがお母さんの面倒をみればいい」とでも切り返されたらどうするつもりだったのだろう。
男は妻に「先生がいいと言うなら飲めばいい」という紋切り型ではなくて、母親とじっくり話して欲しかったのだろう。それを「そういう言い方はない」と自分も決め付けてしまっている。言葉は使い方で剣になってしまう。剣よりは甘い御菓子の方がいい。自分がしてもらいたいように甘えたなら、喧嘩にはならないだろう。年を重ねると甘えることが恥ずかしくなるから、これではダメだなと思ってはいるが‥。