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蝶になりたい

いくつになっても、モラトリアム人生。
迷っているうちに、枯れる時期を過ぎてもまだ夢を見る・・・。

吹き出たマグマ

2011-12-06 | 人生

5日、NHK午後7時のニュースで、こんなことが報告されていた。

妊娠中と、子供が生まれてから(1歳になったとき、2歳になったとき)
どれぐらい、配偶者に対して愛情が変化したか、調査結果が紹介されていた。

夫は妻に対して、20パーセント近くダウンしているが、
妻から夫へは、激減、40パーセント近く愛情がさめているそうな。

夫は夜遅くまで仕事が忙しく、子育てのノウハウも、家事のノウハウもないので、
育児に参加もできないし、妻を納得させるほど十分な理解を示すこともできない。
一方、妻のほうは、夫の育児不参加に不満を抱く。

これ、よくわかるのだけれど、
専業主婦の妻が、夜遅くまで仕事している夫に、赤ん坊の入浴を期待するって、どう?
無理でしょ、そんなの。
専業主婦なんだったら、奥さん、あなたが、やりなさい。
十分すぎるほど社会的に活躍できる能力があるのに、
余儀なく嫌々、不本意に専業主婦をやらされている、気の毒な可愛そうな母親もいる。
たまたま、いま、仕事の都合で、夫が働き、妻が家にいる。
だったら、そのまんま、夫は仕事していて、妻は家事・育児しててもいいと思う。
それを無理やり、夫に育児を強制的に手伝わせようとする、
その時期の仕事の状況ってものがあるはず。
それをまったく理解せずに、
なにがなんでも、手伝ってくれなければ、愛情が急速にさめる、それって、どうよ。
(感謝や、ねぎらいのコトバをかけると全然違うそうな。要は気持ち、意識の問題)

どうしても夫に子育てしてほしければ、
奥さん、あなたが、あなたを含め、夫や子供、
場合によっては、あなたの親や夫の親の生活費をすべて稼ぎなさい。
夫に子供を預け、一人で家計を担いなさい。大黒柱になりなさい。
それで、主夫の夫に、「妻が仕事に追われて、赤ちゃんをお風呂に入れてくれない」、
って、そう言われ、妻への愛情がみるみるうちにさめていったとしたら・・・
あなたは、どうしますか?

いまは、仕事と育児・家事と、分業するしか方法がない、そういうハードな時期なんじゃないんですか?
子育てに追われる大変な時期は、誰にでもある。
仕事も家事・子育ても、両方、不真面目、いい加減の人は、言語道断だけれど。


でも、でもですね。
夫には、仕事ということだけでは理屈に合わない、育児や家事への目に余る不参加ぶりがある。

わたしは、このニュースを見て、
とりあえずは、今の専業主婦または、パート主婦、または正社員主婦の言い分を聞いて、
複雑な心境になった。

それは、理屈では解決できない、わたしの、過去の未解決なままの、夫へのウップンが
マグマのように、どどどっと噴出し、押し寄せてきたからだ。
我々の共通の子供を育てるという子育て時期だけではない、
夫がおんぎゃあとこの世に生まれてきてから、今日に至るまで、
夫が生きてきた期間、まるまる、すべての時間が、わたしには、理解しがたいものがある。

いったん火がつけば、止まることを知らないが、
それだけに、もはや羅列したり、書いたりすることは、実に無意味な、虚無的な気分にさせられる。
夫とは、ニュース、世の中の出来事、ちょっとした会話や笑い話、たわいない話には乗るが、
こころの奥底にある矛盾と無理解、平行線はどこまで行っても一生、交わることがない。

こんなになるまで、増長させ放置した責任は、すべて自分にあると感じる。
反省のあとは、問題解決への努力が必要。

今の若い夫婦も、ありえないような要望をお互いに出し合い、おおいにケンカし、
化学変化を起こしてほしいと思う。
塩漬けにしたまんま、ガチガチにして手をつけられなくならないように。



死後、夫の家の墓に入りたくない妻は、「死後離婚」するというそうだ。
生きている間は、平和を装い、こころの中では憎しみ抜いて、死んでから死後離婚するって、
すごいものがある。

ブッダのコトバによると、死後の世界はあっても、ないのと同じだそうで
いかに生きるか、死後のことなんぞ考えずに、現世をいかに一生懸命生きるか、
それが生き様であり、死後の世界そのものだという。
死後の世界の展開は、すでに、生きている間に、生き様に付随しているそうだ。
生きている間に、死後を待つまでもなく、生き様の結果が返ってきている。


愛情は、さめたり、またホットになったり、いろんな事柄をともにして育むもの。
うどんを茹でるときに、びっくり水を足すように。
マイナスの面だけでもない。

激情が、ちょっとしたキッカケで、どどどッと吹き出る。
わたしは、ちっとも傷は癒えてないんだと感じる。
いい時ももちろんあるけれど、今後、死ぬまで、痛みを感じながら生きていくんだろうなあ。
それが、生きるってことなんだろう。

 

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ついでに、言っちゃえば、(引火して、芋ずる式)

今のことろ、わたしは、夫の家の墓には入りたくない。
嫁は婚家の宗教を強制されることで、踏み絵の如く
自分のアイデンティティを踏みつけられ、嫁入り前の自身を抹消された後、
真っ白に生まれ変わり、嫁としてイエの方針に染まれ、ってことは、
耐え難い苦痛を感じる。
しかしながら、入るところがないとすると、じゃあ、どこに入る?
空にまく、海や川に流す→環境汚染につながらないか、人に迷惑をかけやしないかと心配。
死を間近に感じる瞬間には、どう心境の変化があるのかは、わからないけれど。 


代々の宗教を自分の代で、きっぱり止めるということはないにしても、(消極的・偽りの信者)
宗教は、ぎゅうぎゅう強制されないようには、できないんだろうか。
息子には、代々のものを引き継いでほしいという 矛盾した気持ちもある。
(消極的信者のバトンタッチ)


本宅と、別宅

2011-12-05 | ブログ

人気パリ・ブログのメンバー限定記事を読みたくて作った、もうひとつのブログ。
作り始めた頃は、ほんとうに気軽な気持ちだった。

自分のブログというカタチはとっているものの、目的は人のブログを読むためのもの。

そんな「読み専用ブログ」、どうせ誰も読んでないんだから、と、
ここには書けないような、けしからんことも、空気抜きに書いてしまえ、とばかりに
あやしい記事もアップしたりしていた。
(後に「一人旅ブログ」として色合いを絞り込んだ時に、けしからん記事は非公開にした)

最初は、恋人未満、お付き合いにも至らない、その場さえよければ、と、
ほんのデキごころ的、気軽に手を出したっぽい、おアソビのお相手のようなもの。

一回限りのオアソビと思っていたが、
一度、手を出すと、気になり始め、だんだん逢う回数(見に行く時間)が増えてきた。

家庭(この、ブログ)があるのに、特定のアソビ相手を見つけてしまった。
そんな気じゃなかったのだが、気になるので、ちょいちょい見に行った。

見に行くと、ほっておけないので、住まいを借りてやり、しだいに、通うようになった。
アソビのつもりが、恋人になった。
家をもう一軒持つと、水をやり、手入れをし、けっこう、手がかかる。

そのうち、毎日、通うようになった。
お給料も本宅よりは少ないものの、定期的に手渡すようになった。(毎日のように更新)

余裕がないときは、本宅と同じ食事を運んだ。(パリでのリアルタイム記事は、同じ内容)
余裕が出てくると、別々の楽しみ方をした。(記事は別、写真も別)

そちらでの顔見知り、知人もでき、やがて子供が生まれてもいい覚悟。

そうこうしていると、ブログ村でのOUTポイントは、逆転した。
本宅に手を抜いて、愛人宅ばかりに力を入れているわけではないのだが。
しかし、思ってもみなかった、若く魅力的な「パリ」という名の新恋人は、
切っても切れないセカンド・パートナーになってしまった。

訪問人数は、本宅のほうが、明らかに多い。
第一、年数が違う。
ブログ村のポイントは、上下するが、ブログの訪問人数は一定している。


そこで、分析してみた。
(あくまでも、ブログ村のランキングについて、のみ)

愛人宅(セカンド・ブログ)は、旅のブログ。
つまり趣味というくくりで、老若男女が集っている。
本宅(蝶ブログ)は、主に年齢でくくられている。
蝶ブログは、エッセー・カテゴリーにも登録しているが、毎日、顔を出す人は、わたしをはじめ、そう若くない。

リアルパリの記事をアップした頃から、ぐんぐんブログ村のポイントが下がった。
それまでとは正反対に。
おそらく、中途半端なパリ報告など興味を示されないのだろう。
実際に行動に移さずに、ぐだぐだ言っているほうが、ポイントはずっと多かった。
そして、パリから帰ってきたら、二度と浮上せず。

ある程度の年齢になった人にとっては、
実践してパリに行ってしまう人間は、好感をもたれないのだろう。
共通点を見出しにくいのだろう。
若い人は、その逆で、夢がある。(と思うけれど、ムツカシイ現状もあるのも事実)
実現しようが、できまいが、いちおう、人生にはまだ未知がいっぱいで、夢がある。
高年齢になれば、いい年して(わたしのこと)お遊びのことでウツツを抜かしていること自体が、気に障るのかも。
というか、
自分とは別もの→共感しない→読んでもおもしろくない→読まない

それと同時に、リアルパリの時はそうでもなかった別宅が、帰国後、だんだんポイントが上がってきて、
本宅と別宅が、好対照、ま逆の反応で、ついには逆転、おもしろい結果となった。

あくまでも、ブログ村ポイント集計(ちいさな、ちいさな世界)での分析、考察ではあるが。
そんなことをまったく気にせず、自分のブログだけを見ると、
パリに行こうが、ドブに落ちようが、わたしの蝶ブログに訪問してくださる方の人数は、一定している。

とても、うれしい、ありがたいことで、励みになっている。

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いつも、ご訪問していただき、ほんとうに、ありがとうございます。
別宅(パリブログ)とは、ときどき、内容がリンクすることもありますが、
ブログの向こうに見える顔を想像すると、本宅と別宅、少し違っているような気がしています。

とはいうものの、わたしの本質は同じ。
別の顔をわざわざ創作する嗜好は、ありません。

 

 

 

 

 


実りある秋

2011-12-04 | 暮らし

 

庭のモミジ、葉っぱが落ちてきた。

秋模様。モミジの絨毯。

木の上のほうは、葉っぱが落ちて、おとうさんの髪の毛のような・・・
さびしくなってきた。

何年もこのシーズンは、ブログに庭のモミジをアップしている。
かつてはデジカメで、ちゃんとした写真だったが、いまは、ケータイ。
画像の質は明らかに落ちているが、カンタン、便利、スピーディ。

今日は、お天気もよく、町内会の掃除。
皆さん、お久しぶりのお顔。
子ども会、子どものお誕生会、PTA、参観日、運動会など学校行事、自治会、
そういったところで、何度も顔を合わせる、20年来の顔なじみ。

上の子が結婚した、だの、下の子が、一人暮らしを始めた、だの、
真ん中の子が、来月、子供を生む、だの、
下の子が遠くで、仕事に振り回されてる、だの、
枯葉をかき集めながら、お互いのいろんな情報を、交換。

近所に住んでいても、滅多に顔を合わせることがない。

まだ、結婚話には余裕がある年齢のお子さんをお持ちの人は、
行ってきたコンサートや、好きなミュージシャンなどの話に余念がない。

子供の年齢が順々に上に上がってくるにつれて、
就職話から結婚話になる。
それぞれの家庭で、それぞれの進路。
それぞれに、ご両親の愛に包まれ、成長し、やがて、離れていく。

世の中、不景気だけれど、
自治会の掃除には、皆さん、顔を出す人は出して(出さない人は、全然出さないけれど)
あたたかくて、しあわせな陽だまりを感じる。

自分が住んでいる地域に、やっと、
そろそろ愛着を感じ始めた、今日この頃だ。

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季節は、まさに、秋。
黄昏にはまだ早い。

過ぎ去ったことも、いろいろ、失敗も、いろいろ。
あれこれ、足したり、引いたり。

人生も、実り多いといいな。



 


サンタが街にやってくる??

2011-12-02 | 日々のこと
今日のモミジ、ものすごくマッカッカ。
一昨昨日にもブログにアップしたが、あれから、さらに赤が濃く、苦しいほど。

かなしいかな、写真で見ると、同じ写真を使っているように見える。

夜には、庭にライトアップできるようにしているが、
ライトを設置して10年以上経つ間に、ライトアップしたことは、ほとんどない。

街ではクリスマス・イルミネーションが、美しいようだ。
帰宅時、うちのお隣さんも、とても美しく、華やかに盛り上げてくれる。
その隣(うち)は、いきなり無人のごとく、真っ暗。
メリハリ。

さらに、数件、坂を下がった角の家も、すばらしいクリスマス・イルミネーション。
そこは、別の場所でリフォームや建材を取り扱う会社を経営している人の自宅なので、
魅せるショーウインドゥといったところ?

もうすぐ、クリスマス。
景気は、悪いけれど、目の前の華やぎだけでも楽しもうか。

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ちなみに、
写真と、タイトル、まったく合ってませんね。

枯葉、かさかさ

2011-12-01 | 日々のこと
いま、ひとつ、記事を書いたが、ボツにした。
起承転結をつけた、まとまったものなのだが、思うことあって、公開するのはやめた。
困った。時間がない。

こういうときは、気持ちが集中していないってこと。
さっさとあきらめるに、限る。

さて、あれと、これと、それ。
しなきゃいけないことが、わんさかあるのだが、
先方の反応、リアクション、返答待ちの、微妙なものばかり。
時間は迫るし、気が落ち着かない。

わさわさ、ざわざわ、かさかさ、
枯れ葉が、風で角の隅っこに集まって、微小な動きをしているようなかんじ。

こういう、あがいても、しかたないときは、
ブログの更新は、またの機会にいたします。



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