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蝶になりたい

いくつになっても、モラトリアム人生。
迷っているうちに、枯れる時期を過ぎてもまだ夢を見る・・・。

オペラ座の怪人

2009-01-26 | お出かけ
「オペラ座の怪人」の有名な歌曲「The Phantom of the Opera 」を
私は、目覚まし音楽にしている。
それと、特定の、ある人物からのメール着信音にも設定している。
これまでに映画でミュージカル版を観たことはあるが、今回は、劇団四季の舞台だ。

1986年にロンドンで初演され、東京でも1988年に劇団四季が上演を開始。
日本でも上演劇場を変えながら断続的に長期公演を行っている。
ということで、さっそく、ハービスエントの大阪四季劇場へ足を向けた。

舞台美術は素晴らしい。衣装も目を見張る美しさ。
さすが、ショービジネス!と、感心した。
メインとなるシャンデリアをはじめ、大道具類にも技とお金がたっぷりかかっている。
展開もテンポよく、舞台を十二分に盛り上げていた。
火薬や、照明をうまく取り入れ、巧みな演出でメリハリを効かせていた。
ゴージャスな衣装、音楽、ダンスは、絢爛豪華な時代を髣髴させた。

ただ、私としては、メインとなる役者
クリスティーヌ・ダーエ 役(苫田亜沙子)&怪人役(村 俊英)には、
満点をつけるところまではいかなかった。
なぜか私の目には、あまり魅力的には映らなかった。
家に帰って、インターネットで彼らの歌声を再生して聴いたら、とても上手に聞こえたのに。

なぜだろう?
映画のほうが、よかったからなのか?
どういうわけか、感性に響かなかった。
主役の女優、男優ともに小さく見え、
迫力、透明感や、ミステリアスな魅力に欠けるように感じた。
何よりも、歌のスキル、テクニックは上手いが、
心に訴えかける部分の歌唱力に問題があるように思った。



他に細かいことを言うと、最初のシーンでの衣装の着方が気に入らない。
主役の女優の胸もとが、やや大きく開きすぎだった。
全く同じ衣装を纏っている他の女優陣たちは、若干もう少し胸の開きが詰まっていた。
衣装の開きが揃っていないとすると、お粗末だ。
それとも、わざと主役を目立たせようとしているのか?
肉感的な面は、すべて排除して、透明感あふれる役作りを私は期待する。
もし胸の大きな女優なら、露出を控えるとか、工夫が欲しい。

西洋人の場合は、そう大して感じないのかも知れないが、
小じんまり見えるタイプの日本人の場合は、
胸が大きく開いたドレスは、私個人の感覚としては、好きではない。

最初にあまりよくない印象を持つと、それ以後も、動作、演技が気になった。
童顔が幼いかんじに映り、ダイナミックさに欠けた。

踊り子たちがバレエを踊るシーンは、好きだ。
クラシックバレエの基本の動きに則って軽快に、静かに、
トウシューズが床を舞う音の耳さわり、
パタパタ空気の回る気流を感じるのが、なぜか私は好きなのだ。
音楽もキレがよかったが、「ウイーン版エリザベート」のように、
生オーケストラというわけにはいかないようで、その分は臨場感は敵わない。

客席は、両サイドに少し空席があった。
今まで私が観た観劇、ミュージカル、ショーや舞台で、空席があったのは、初めてだった。
お客さんのノリもあまり良くないと感じた。
アンコールや、スタンディングオベーションも数回あったものの、
わたしはなぜか、不燃焼。
一緒に行った人は、「お客さんのノリは、それほど悪くなかった」と言っていたが。
あれこれ観るようになって、私の嗜好が、変化したのか?
好みが、はっきりしてきたのか?
感性が、鈍ったのか?

しかし、主役の俳優以外は、飽きさせない演出は良かったと思う。
うーーん・・・主役の俳優のどこが私にとって不完全燃焼なのか・・・・・???
やはり、「ウイーン版エリザベート」と比べてしまうからだろうか・・・
「ウイーン版エリザベート」の歌曲は、今でも耳に残っているような気さえする。
歌唱力が違うのか・・・?

ただし、クライマックスでは、しっかり涙がほろほろと、知らないうちに流れていた。



プリザーブド フラワー アレンジメント

2008-11-06 | お出かけ
今回は、こんな出来栄えとなった。

友人のレッスン練習にお付き合いしたサクラの生徒は、前回と同じ顔ぶれ、2名のみ。
ロスタイム、たっぷり、製作時間、ちょっぴり。
で、ばたばた大急ぎで、作った。
レッスン料タダで教えていただいて、文句は言えないが、
もう少し、準備などに、時間を有効に使えれば、言うことなしだった。

きっちり、緊張して完璧にやろうとすると、ボランティアで教えてくれている友人も疲れると思う。
本格的に、他人に教えるとなると、こういう時間配分にはならないだろうけれど、
まあ、無駄も、贅沢時間のひとつかなぁ・・・と。(むりやり、弁護)

レッスン代金無料という身分では、何も発言権はないので、ただただ、感謝するのみ。
友人たちとコミュニケーションがとれただけでも、楽しかったわけだし、
時間は無駄に過ぎたのではなく、この手作り作品がおみやげとなった。


恒例、秋の東京

2008-10-18 | お出かけ
今日から、イベント目白押しだ。

午後の便で、関空から東京へ。
毎年行われる、都内のホテルで開催される恒例セミナーに参加。
厚生労働省の最新の動きについて、新聞社論説委員の専門家が報告。
他に2人ほど、業界専門分野での発表がある。

服装を考えるのが、頭が痛い。
前年と同じでいいか、なんて思っているが、パーティ会場で
スナップ写真を撮られたりするので、同じ服装は気が引ける。
見た目にこだわっても、長時間にわたると、疲れる服装は、うんざりだし・・・。
ドレスアップというのも、ちょっと違うし・・・。
ドレスコードは、なんだろう? 
想像すると、セミ・スタンダード?(意味わかりにくいけれど)

セミナー後は、立食パーティ。
真っ赤なロングドレスに白いブラウス、一糸乱れぬ髪はシニヨン、メークはばっちり、
パーティーレセプタント美女たちが、総勢30~40人?ぐらい待機し、
あれこれ世話をしてくれる。
彼女たちは、年齢20~35歳ぐらいで、身長158~165センチぐらい、
北朝鮮の喜び組といったかんじの、粒ぞろい、調整のとれた美しさ。
一流ホテルへの派遣なので、美しさだけでなく、立ち振る舞いや、
言葉遣い等もちゃんと教育されている。
ずらり勢ぞろいぶりは、昔のグランドキャバレー(実際は知らないけれど)の、
目的を修正した、正統派豪華版、みたいなかんじ?
はじめは大勢の美女軍団にびっくりしたけれど、
今では、気兼ねなく、なんだかんだと頼める便利屋さんとして、重宝している。

立食とはいえ、ホテルの大広間で、繰り広げられる豪華なメニューで、
お腹一杯になっても、まだ食べてしまう。
会社の営業担当者が、次から次からへと役職の高い人々を連れて挨拶に現れるので、
食べることに専念できないのがタマにキズ。
しかも、担当者がお皿をあれこれ、運んできてくれるので、食べるペースが乱れる。
管理職もまじえ、話を心地よく合わせてくれるが、食べていると、話すのが面倒。
適当に笑顔で応対し、いつも私はせっせと料理をテーブルに運んでくる。
社長も大勢の部下をひきつれて、必ず回ってくる。
ご苦労様。
何年も行っていると、途中で、大企業同士が合併になったり、
副社長だった人が社長に昇進したり、企業組織沿革の顔が見える。

以前は、立食パーティの後、接待が個々にあったのだが、こういうご時勢、
それもなく、皆さん、すごすごとパーティが催されたホテルの各部屋に消えていく。
元気がありあまっている人は、それから自費で、夜の東京に繰り出すのだろうが、
私は、いつも、そのまま部屋に直行する。
翌朝は、周辺を散歩して、午前の便で帰る予定だ。

以前は、東京都庭園美術館や、出来たばかりの頃のお台場周辺や、六本木ヒルズなど
新スポットに足を運んだが、最近はそそくさと引き上げる。

参加できないときも、たまにあるが、このパターン、もう何回繰り返しているのか?
別段、心待ちにしているものでもなく、こなしている、というかんじではあるが。
恒例秋の行事となっている。


野球選手、古田って、人気あるんだ

2008-10-15 | お出かけ
スワローズ一筋に18年。
監督、選手、球団営業マンという3つの経歴を持つ古田敦也氏。
球界再編成騒動では選手会長として奮闘したことは記憶に新しい。

古田選手は、川西出身。
無名といっていい川西明峰高校から立命館、さらにトヨタ、ヤクルトへと歩む、
その軌跡を、テンポよくユーモアをまじえて、披露してくれた。
なかなか明るく、楽しいトークショーで、1000人は入る会場だったが、
ぎっしり、両端まで、臨時に椅子が用意され、人で埋っていた。

前に参加した、浅野史郎氏のときの2倍は集客力がある。
人気野球選手は、カンタンに人が集まるんだ・・・と、意外だった。
野球選手は、芸能人と同じで、強い人気があるんだそうだ。
前回の浅野氏は、講演を一人でこなし、ステージ狭しと、あちこち動き回り、
居眠りしている人にも、これでもかこれでもかと、刺激を与えようと必死だった。
「地方自治」を専門とするあたりが、普通の人にはお硬くて、すでに眠いのかも。
集客ジャンルとしては、ハンディかも知れない。

このたびの古田氏は、元NHKレポーターの植田聖子氏をまじえて、トークショー形式で、
自分に関するネタを好きなようにしゃべるから、進行しやすい。
笑わせながらも、今後の「プロ野球」業界を引っ張って行ってくれる、熱意が感じられた。
12球団存続への道筋をつけた実績を活かし、今後も、ぜひ、頑張って欲しいものだ。

地道な活動経歴のあるお役人より、芸能人のほうが、一発で人が集まる。
テレビに出ている人の知名度は、選挙には、めちゃくちゃ強い。
同じ弁護士でも、無名な弁護士と、タレント弁護士である、橋下現府知事が、いい例。
大衆とは、怖いものだ。
「民衆と愚衆」について、語った政治家が昔、いたような・・・
多数決や民主主義も、ちょっとしたことで、思わぬ方向になびく危険性をはらんでいる。


古田が好きで、わざわざ時間を割いて来ているはずなのに、やはり、
居眠りする人はいる。
時間になれば、古田がまだ喋っていても、とっとと退場する人も、ちらほら。
所詮、ご招待、というものは、こういうニュアンスだ。
やはり、自分で身銭を切らなければ、真剣に取り組まない。

私が、最たる実例だ。

ターシャ テューダー展

2008-09-30 | お出かけ
心斎橋・大丸の大丸ミュージアムで開催されている、
ターシャ・テューダー展を見に行った。
展覧会は、マイペースでじっくり見るので、
いつものごとく、ひとりだ。
最終日ということで、会場は混んでいた。

ターシャは、アメリカ・バーモンド州の村に住み
30万坪の広大な庭で、四季折々の自然に囲まれて暮らす絵本作家。
1800年代の生活様式を好み、
生活のほとんどは、手作りで、スローライフを守り続ける。
絵本作家としても有名で、100冊もの作品を出版し、
数々の栄誉ある賞を得ている。
また、多くのガーデニング・ファンに大きな影響を及ぼしている。

今年6月18日、愛する家族や友人に見守られて、
バーモンド州の自宅で、92歳の生涯を閉じた。


ターシャは、1915年8月28日、
マサチューセッツ州ボストンの名家に生まれた。
父は、ヨットや飛行機の設計技師、母は、肖像画家。
電話を発明したグラハム・ベルを始め、
マーク・トゥエインやオルコット、アインシュタインなど
華々しい文化人たちが集まる環境のなかで育つ。
しかしターシャはそんな華やかな世界が好きになれず、
社交界デビューを断って、パーティから逃げ出してばかりいた・・・。

その後、両親は、ターシャが9歳の時に離婚。
両親の友人の家に預けられ、自立の道を歩む。

23歳で結婚。処女作の絵本を出版。
30歳で、ニューパンプシャーの田舎に引っ越す。
4児をもうけるが、43歳で離婚。
56歳で、自分の好きな道を究めるかのごとく、
更に田舎のバーモント州で一人暮らしを始める。


なんでも、手作り。
セーターは、羊から毛を刈り取って、毛糸作りから。
石鹸、ろうそく、バター、・・・
今なら、電話一本、メールひとつで済ませられることも、
ものすごい時間とエネルギーをかける。
しかも、そんなに力むことなく、そのこと自体を楽しんで。
文明の力に頼りすぎる現代の生活は、はたして本当に
人々に幸せをもたらしたのだろうか。

手作りのレース、ドレス、マリオネット、ぬいぐるみ、絵本、
目を見張る力量、技。

本職の絵においては、母親のDNAを譲り受け
細かい筆致、やさしい色合い、正確な観察、
幸せをたっぷり包んだ、愛のメッセージ・・・。
90歳近くになっても、あんな絵が描けるなんて
芯がきちんと通った、強い精神がベースにある。


楽しみは創り出せるものよ
幸せとは、心の持ち方のことよ
思ったとおりに歩めばいいのよ
何かを始めなければ、何も起こらないわ
時間をかけるということは、それだけ愛情を注ぐことよ
庭仕事は体が疲れても、心が満たされるの
楽しいことは、それを待つ喜びも嬉しいのよ、
 春は必ずやってくるのだから
人生は短いのよ、好きな事をしなくちゃ
 文句を言っている暇などないの、
 目の前にある幸せを、精一杯味わうことよ
今が人生で一番幸せよ


ターシャの生き方に触れ、心温まるとともに、
強いエネルギーをいただいた。
「料理に、近道はないのよ」という言葉に代表される
シンプルなポリシーが印象的だった。

この年齢だから、とあきらめることはない。
もう、なにも振り回されるものはない。
自信と確信をもって、我が道を進みなさい。
そんな幸せになるためのメッセージに、
やさしく背中を押された。



はるか悠久の東大寺

2008-09-04 | お出かけ
前に来たのは、いつだろう・・・・
12年ほど前だろうか。

あの頃と同じ風景。
全く変わらない。
変わったのは、自分とそのまわり、時間が過ぎ去ったことだけだ。

一口に12年と言っても、なにもないようでも、いろいろある。
いろんなことを思い出しながら、
鹿の大群に驚いたり、
奈良の鄙びた空気に、癒されたり。

目の前に、最近、付き合い始めたばかりの、かわいいカップル。
大仏殿の前で、はいっ、ポーズ! シャッター、パチリ!
「わーーっ。それって、絶対、私、変な顔になってない??」
「なってない、なってないってぇ」
「なってる、なってるってぇ」
真っ黒だけど、かわいい、イマドキの女の子だった。

お線香を焚く二人。
頭に煙をかけながら
「お線香って、無料なん?」と女の子。
私が、お線香を取って、お線香代をお賽銭箱に放り込むと、
「こういうのは、気持ちの問題やからな」と男の子。
お賽銭箱に、ちゃりーん、と彼はいいところを見せる。

若いっていいなぁ。


大仏殿の中では、中学生達が課外授業か、おじさんに案内され
おとなしく見学していた。
まだまだ幼さの残る、あどけない顔,顔、顔・・・
中学1年生かな?
ああいう、毒されていない中学生の集団を見ると、ほっとする。

西洋人の観光客も、ちらほら。
若い男性(学生?)連れもいる。カップルは少ない。
東大寺は、カップルには渋すぎる?

奈良時代の中頃、聖武天皇の発願によって創建された東大寺。
今の建物は江戸時代に建て直された、3度目のものだ。

部屋のお香として楽しむために、お線香を買い求めた。
東大寺にしか売っていない、限定もののお線香らしい。
自宅に戻って、焚いてみると
はるか千年、時空を超えたような、
ほのかに甘い、残り香がした。


ある、夙川の一日

2008-07-27 | お出かけ
先週、夙川のあるお宅で、
染色作家・山下房子氏の作品オークションがあった。

山下先生とは、以前、仕事でご縁があって以来、
ずっと作品展のお知らせをいただいている。
だが、なかなか時間がとれす、行けないままにしていたら、
闘病生活に入られ、全作品のオークションを開催するという
お知らせを、先日受け、出向いた。

オークション会場は、お弟子さん宅。
阪急夙川駅を降りて、徒歩7分ぐらいの場所に、そのお宅はあった。

夙川は、素敵なところだ。
谷崎潤一郎でおなじみのスポットが点在する、
関西屈指のお屋敷街として有名な高級住宅街。
以前に「いかりスーパー」に何度か訪れたことがある。
うんと前は、学生時代にバイトで、
また10年以上前にも仕事で、車でよく通った。

駅を降り立った時、周りの風景は見覚えのないものだった。
記憶とは違う印象を受けた。
今回の訪問先は、純然たる住宅街といったかんじだった。
以前に来たところは、川沿いだったので、エリアが違うのだろう。

戸建ての家々の間に、ブティックやインテリアのお店、飲食店が、
さりげなく店を構えている。
それぞれの個人宅も、力むことなく洗練されていて、
さすが高級住宅地だと感心した。
(しかも阪急電車の特急停車駅!!これは、大きい)
一軒の家だけでなく、センスのいい、広い邸宅がバランスよく寄り集まり、
調和され、街全体の付加価値を高めていた。

決して、これ見よがしなところや派手さはないが、
美意識の高いこだわりは、随所にあり、ひとつずつ見ていて飽きない。
とは言うものの、真昼間の、ものすごい猛暑のなか、
くるくる回るうちに、いつものごとく、方向を間違えて、右往左往。

ついには、住宅街の中にある医院に来られている方に、
地図を見てもらいながら、行き先をお教えいただいた。
私は、いつも単独行動なので、人に振り回される心配はないが、
自分自身に振り回されている。
誰よりも、自分が一番信用できない。

オークションが行われるお宅は、
私の居た反対方向の、夙川カトリック教会の近くにあった。
1週間にわたり、オークションは行われるが、結果は最終日に決定の運びだ。
展示されている作品の中から、作品番号と価格を記入してBOXに入れる。

何かを訴えているような、心に響く、印象的な作品に出会った。
山下先生ご自身も、思い入れが大きく、
今まで決して売りには出されなかった作品だそうだ。
恐る恐る価格を提示したが、
その翌日、この値段では無理だろうと、私は思い切って価格を上げた。
ところが、「別の方によって、破格の値段がついてしまいました」
と今朝、お弟子さんから連絡が入り、困っている。

最終日の今日、私が最高額より上を提示しても
破格の値をつけた人が引き下がらず、さらに、セリ上げられる可能性もある。
自分は価格に、ついていけるか・・??? 

どき、どき、どきどきどき・・・
「金額変更の場合は、こちらから連絡します」と伝えておいた。
時計とにらめっこしながら、迷いに迷った。
優柔不断のせいもあり、時間切れにより、アウト。

あの作品は、諦めた。
実は、「薔薇曼荼羅」という大きなタペストリーを、当日セリなしで買い、持ち帰った。
さらにもう一点、小品ではあるが、スペイン風景画をセリ勝っているのだ。
だから、まあ、もういいか・・・なんて、消極的に思っている。

本当にお気に入りの作品が手に入らなくなるのに、それでいいのか・・・???
自分の目に、まだ確信はないし、金銭的な事情もあるし・・・
自問自答を繰り返した結果、
とりあえずは、ここのところは引き下がることにした。

自分で自在に好きな色、形、感触のものが生み出せれば一番だけれど、
自分の力量と、人生の残り時間を考えれば、
お気に入りを収集するほうが良さそうだ。
また別のジャンルのものが欲しくなるかもしれないし・・・。

あっちこっちで、思い出の品々をコレクションするのは、
私の喜びになっている。
いつか遠~い将来、人生の終末期を迎え、施設か病院に入るときが来る。
そのとき、「どれも大好きだけど、どの作品を持っていこうかしら」と、
あれこれ迷いながら選択する楽しみが、またひとつ増えた。
(その時は心身ともに、そんな余裕はないだろうけれど・・・)

楽しい夙川の一日を満喫できたのだし、私はそれで十分満足だ。
この染色作品を見るにつけ、美しい夙川の風景を思い出すことだろう。