6月28日付朝日新聞朝刊で「君が代起立条例」(大阪市、2011年4月成立)について、大阪府知事 橋下徹氏と元自民党衆議院議員 野中弘務氏の「争論」の記事があった。
①強制の必要はあるか
②思想・良心の自由を守れるか
③「教育の独立」は保てるか
を中心にそれぞれが述べられていた。
それぞれ、読者として様々な受け止めがある。また、考えは当然ながらそれぞれがあってよいはず。貴い莫大な数の人の命が奪われた戦前の苦い教訓から新憲法で良心の自由を規定している。また、その暗い時代を生き抜いてきた一人として、野中氏の言葉は重みがあり、共感する。一緒に考えていきたいと思い、以下に朝日新聞から引用する。
「暗い時代を知っているからこそ、私は物事を一色に染め上げるような動きに対して生理的に反発するようになりました。でも日本人は一色に染まりやすい。小泉改革のときも、民主党が政権をとったときも、国中が熱病に侵されたようになってしまいました。わかりやすい敵を作り、徹底的にたたいて支持を広げるポピュリズム政治がはびこる土壌があります。
橋下さんが支持されているのも同じ構図じゃないでしょうか。ポピュリズムはナショナリズムと結びつきやすい。小泉さんの時代もナショナリズムが盛り上がりました。我々はバランス感覚を持って物事をみないといけません。
そもそも、政治は教育に口を出すべきじゃない。なぜ教育委員会制度があるのか考えてください。政治が教育を支配した戦時中の反省に基づいて『教育の独立』という変革をしたのです。それが戦争の記憶の風化とともに忘れられている。あの狂った時代のことを知らない政治家が増えていることに私は危機感を持っています。
君が代条例も決してささいなことだとは思いません。誰が立たなかったかチェックするなんて、そんな社会は嫌いだねえ。橋下さんは発信力の強い人だけに、日本全体が悪い方向に変わっていかなきゃいがなと心配しています。」
昨日も、地域を回って議会のことをお伝えしたり、地域の問題・個人の心配事など、お聞きする中で、明らかに政治的立場を異にする方ともお話をする(地元でも全く考えを異にする方を尊敬しており、良く議論を交わす)機会があった。しかし、異なる考えがあるからこそ、社会であるのではないだろうか?
そんな思いで関心を引いた新聞記事であった。