とある理髪店(りはつてん)に、冴(さ)えない感じの若(わか)い男がやって来た。どうやらこの店(みせ)に来るのは初めてのようで、店主(てんしゅ)が愛想(あいそ)よく応対(おうたい)した。その男はファッション雑誌(ざっし)を手にして、そこに載(の)っているモデルと同じ髪型(かみがた)にしてくれと注文(ちゅうもん)した。
店主はその雑誌と男を見比(みくら)べて唸(うな)った。そして、ごく丁重(ていちょう)に言った。
「これは、お客さんには似合(にあ)わないかもしれませんねえ。そりゃ、こっちは商売(しょうばい)なんだし、やりますけど…。後で、ダメだと言われても、元(もと)へ戻(もど)せませんからねぇ」
男は絶望(ぜつぼう)したような顔になった。それでも、懇願(こんがん)するように言った。
「これじゃなきゃ意味(いみ)が無(な)いんです。これでお願(ねが)いします」
店主は渡(わた)された雑誌をパラパラとめくり、別の写真(しゃしん)を示(しめ)して言った。
「これはどうですか? これだったら、男らしくて、お客さんにぴったりだと思いますよ」
男はため息(いき)をついて、ことの経緯(いきさつ)を話し出した。店主は男の話しを聞き終(お)わると、
「そうですか…、好きになった娘(こ)が、このモデルさんをお気に入りなんですね。それで、同じ髪型にして勝負(しょうぶ)を賭(か)けようと…。分かりました。そういうことなら、何とかしましょう。こっちだってプロだ。ちょっとアレンジしてお客さんに似合うようにしましょう」
男は思わず店主の手を握(にぎ)って、何度も何度も礼(れい)を言った。そして男は、
「これで、彼女に話しかけることができるかもしれません。そしたら、僕(ぼく)も――」
<つぶやき>そこからなのね。気持(きも)ちは分かる気がするけど、自分らしくいった方が…。
Copyright(C)2008- Yumenoya All Rights Reserved.文章等の引用と転載は厳禁です。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます