あたしは秘湯(ひとう)をめぐるのを趣味(しゅみ)にしている。あたしが目指(めざ)すのは、そんじょそこらの秘湯ではない。まだ誰(だれ)にも発見(はっけん)されていない、まだ誰も入ったことのない秘湯を探(さが)すのだ。
あたしは観光地(かんこうち)になっている温泉(おんせん)には興味(きょうみ)はない。ひたすら山に分け入り、沢(さわ)を歩き、時には断崖(だんがい)をよじ登ったこともある。それでも、発見できるとは限(かぎ)らない。
温泉に入れる見返(みかえ)りがないからなのか、一緒(いっしょ)に始めた仲間(なかま)たちは次々と脱落(だつらく)していった。今だに、目指す秘湯にめぐり合えていないので、それも仕方(しかた)のないことだ。
あたしもいけないのだ。リーダーとして、みんなの気持ちを汲(く)み取ることができなかった。秘湯のこととなると、あたしは周(まわ)りが見えなくなってしまうようだ。時には、弱音(よわね)を吐(は)く仲間たちを怒鳴(どな)りつけたことも――。反省(はんせい)することばかりだ。
でも、一人だけ、まだあたしについて来てくれる人かいる。彼は、あたしのために山岳(さんがく)ガイドの資格(しかく)を取ったり、秘湯のありそうな場所(ばしょ)をいろいろ探してもくれた。あたしにとっては、最高(さいこう)のパートナーと言えるだろう。もし彼がいなかったら、あたしもとっくに止(や)めてしまったかもしれない。彼には感謝(かんしゃ)しかない。
そんな彼が、有望(ゆうぼう)な場所を見つけてくれた。そこなら目指す秘湯が見つかるかもしれない。あたしは逸(はや)る気持ちを抑(おさ)えて、彼との待ち合わせの場所に急(いそ)いだ。
<つぶやき>彼女の執念(しゅうねん)はすごいのです。でも、彼の方は下心(したごころ)しかないのかもしれない。
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