真っ暗な空間(くうかん)にしずくの姿(すがた)がただよっていた。何も見えず、何も聞こえず、そして何も感じることのない世界(せかい)。現実(げんじつ)を受(う)け止められずに、彼女が逃(に)げ込んだ場所(ばしょ)――。
その世界に、どこからか一筋(ひとすじ)の光が差(さ)し込んできた。そのかすかな光は、しずくの胸元(むなもと)にあるペンダントの赤い石を照(て)らし出した。すると、まるで命(いのち)を吹き込まれたように、その石がほのかに赤く光りを放(はな)ち始めた。
それと同時(どうじ)に、しずくを呼ぶ声がかすかに聞こえてきた。
「しずく…、しずく…。さあ、起きなさい。何をしているの? あなたは、あなたのやるべきことを成(な)し遂(と)げなさい。あなたなら、きっとみんなの希望(きぼう)になれるはずよ」
その声は老婆(ろうば)の声にも聞こえ、また母親(ははおや)の声のようでもあった。だが、しずくが目を覚ます気配(けはい)はなかった。声は何度も何度も繰(く)り返された。
――しずくが寝(ね)かされている部屋には、柔(やわ)らかな外光(がいこう)が射(さ)し込んでいた。ベッドの方へ目を向けると、しずくの身体(からだ)がほのかな赤い光で包(つつ)まれていた。突然(とつぜん)、部屋の扉(とびら)が開いた。赤い光はその直前(ちょくぜん)に消(き)えてしまった。部屋に入ってきたのは千鶴(ちづる)だった。
「ハル…、アキ…。もう、どこへ行ったのかしら? 食事(しょくじ)の時間なのに…」
千鶴は、しずくの顔をしばらく見つめていたが、かすかに微笑(ほほえ)むと部屋をあとにした。
<つぶやき>しずくはいつ目覚(めざ)めるのでしょうか? そして、つくねたちに魔(ま)の手が…。
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