『黄砂の籠城 上・下』(講談社文庫)は松岡圭祐にしては珍しい歴史小説です。
1900年春、砂塵舞う北京では外国人排斥を叫ぶ武装集団・義和団が勢力を増しており、暴徒化して教会を焼き討ち、外国公使館区域を包囲していたところ、列強11か国をまとめて攻防戦に臨んだのは日本の新任駐在武官・柴五郎でした。「義和団の乱」として知られている事件です。
しかし、小説は現代2017年の櫻井海斗とエリック・チョウの商談に始まります。チョウは櫻井の高祖父の北京での功績を持ち出し、また駐日英国公使であったクロード・マクスウェル・マクドナルドの言「日本人こそ最高の勇気と不屈の闘志、類稀なる知性と行動力を示した、素晴らしき英雄たちである」を持ち出して、ぜひ日本人と仕事がしたいと申し出ます。
このマクドナルドは1900年の義和団の乱で柴五郎と共に籠城戦を指揮した人物で、櫻井の高祖父である櫻井隆一は柴中佐の下で語学が堪能であることを理由に重用されたのでした。
こうしてストーリーは1900年の北京に飛ぶのですが、最後に現代に戻ってくることはありません。そのため全体としてなんだか尻切れトンボのような印象を受けます。
歴史的描写自体は非常に迫力があります。紫禁城東南にある東交民巷という公使館区域に閉じ込められ、援軍との連絡も取れないまま、西太后が義和団を支援し、開戦を決議したことで清の正規軍まで東交民巷包囲攻撃に加わったことで追い詰められていく様子が鬼気迫る筆致で描写されています。謎の内通者による殺人も起こり、スリル満点。その中で櫻井伍長の活躍が描かれているわけですが、それがどのように後世に伝わったのかは謎のままです。
マクドナルドが日本人を褒めたのは史実でしょうが、なんとなく「日本礼賛」的な臭いが強く、戦前復古・軍国主義に向かっていく安倍政権及びそれを後押しする日本会議などの現代の文脈を鑑みると、この本の意味が胡散臭く感じられるのは私だけでしょうか。