『ウランバーナの森』は奥田英朗のデビュー作。どうやら「幻のデビュー作」らしい。今月20周年を記念して新装版が講談社文庫から発売されました。
舞台は1979年の軽井沢。リバプール出身の世界的ポップスター・ジョンは、妻と愛する息子との静かな隠遁生活を楽しんでいたはずだったのですが、街中で母親に似た声が「ジョン」と呼んだのを聞いて以来、彼の悪夢が再発してしまい、便秘に悩まされて、医者に通い、靄に包まれた森の中で不思議な体験をするというストーリーです。
この物語は、著者後書きによると、かのビートルズで活躍したシンガーソングライター「ジョン・レノン」の1976-1979年の「隠遁生活」の後に作られた曲がその前のとは一線を画し、家族愛に満ちていたことから、その隠遁生活おいてあったと思われる何らかの「癒し」に着目して、トラウマを持った中年男性の治癒過程を描写したものだそうです。
「ウランバーナ(Ullambana)」とはサンスクリット語(梵語)で、インドで夏安居(げあんご)の終わった日、死者が受ける逆さ吊りの苦悩を払うため供養したのを起源とする7月15日を中心に死者の霊を祀る行事を指し、「盂蘭盆会(うらぼんえ)」と音訳されています。つまり「お盆」のことです。
小説の主人公ジョンは、タイトルから想像がつくように、軽井沢の森でお盆の時期に彼のトラウマになっている過去の人たちと遭遇し、その度に一つ一つトラウマを癒していきます。
しかしながら、これが「癒しのプロセス」の話なのだと分かるまでに、決して心地よいとは思えない彼の悪夢、心身症的症状、便秘(過敏症大腸症候群によるものらしい)との戦いのかなり微細な描写を読み進めなければならず、前半部はかなりの苦痛を感じました。
こと便秘、もとい過敏性腸症候群は著者自身の体験に基づいて描かれたそうです。そのせいか非常に具体的で実感のこもった描写でした。ただすでに述べたように、読んでいて面白いものでも、気持ちの良いものでもありません。
お盆に絡めて、トラウマの元になった、すでに亡くなった人たちと会って、対話することで心を癒すというか、過去を克服していくという発想は興味深いと思うのですが、作品としては全体としてあまり面白いとは感じられませんでした。残念。