詩の現場

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さいとうさんの雨

2018-05-15 | フリー Poem
さいとうさんの家の前を通ると
大きな雨粒が落ちてきた
さいとうさんの家の庭には
大きな葉っぱの紫陽花が植えられていて
花はこれからという時期に
葉っぱが宇宙へ手を拡げている

葉っぱの上には
水たまりができていく
雨粒は着地点を見つけると
つぎつぎに仲間を呼び集めて、

さいとうさんの家はますます
緑色に覆われていく
片隅に咲きだしていた名もない
小さな花は片目をつぶり
雨の行先を見守っている
名もない花とは
さいとうさんの家の前を通る
名もない私たちが勝手に呼び名にした花
さいとうさんが聞いたらさぞかし残念そうに
そして、風に倒れかけた花をいたわるように
この世界にひらいた花の名前を
一つ一つ丁寧に教えてくれるはずだ

だから、 名もない私たちも
お礼にそっと、さいとうさんに
自分の名前を告げていく

名前とは秘密の儀式のようなもの、
ひとつだけの鍵穴に合わせていくような、

さいとうさんの家の庭には
名前が溢れていく
花が咲き乱れる時の移ろいが
土なかに
種となって沈んでいく
昨日の今日の
記憶というものの堆積が
さいとうさんの庭の土壌を肥していく

ああ、そうなのだと
わかりかけていく
たいてい、記憶というものは
どこでも堆肥となっていくのだが、
名前というものが記憶を取り出す術である以上、
私たちの覚えたての名前は、
まだまだ踏めばカサカサ音立てる枯れ枝や枯れ草のようであって、

もう少し、長い止まぬおしゃべりの雨の筋を見ていこうか
途切れることを知らぬ雨の語り部が
降りてくる
細い細い糸のような雨筋を伝わって降りてくる

緑色の紫陽花の葉っぱの上の
ささやかな水たまりに止まる時間というものを、
さあ、数えてごらん、と言われたような気がして。
1粒2粒と数えていくのだよ、時と言うのはね、雫であるのだからね。と

さいとうさんの家に降る雨に
すっかりずぶ濡れて
では皆さん務めに行って下さい。
1粒2粒の時間が回り出す朝に
さいとうさんの家の
緑色の雨を
コートのように着込んで
見送られる
さいとうさんに
さいとうさんの雨に。



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