日々の幸せを育んで

ワンちゃん達がいて、孫達がいる日々の生活。小さな幸せのある暮らしを綴っています。

チベタンテリア アンの死

2019年11月18日 20時35分00秒 | 日々の暮らし

いつもブログを読んでくださっている皆様に。

17日午後4時30分に、チベタンテリアのアンが死去しました。

あまりにも突然過ぎて・・・。

15歳7日の生涯を、安らかに終えました。

               
     <この写真は、17日午前中の最後の写真です。これ以外の写真は若い頃のアンです。>

食欲が戻ってからのアンは、毎日元気にしていましたが、前日まで喜んで食べていた朝食を、17日の朝はまったく食べませんでした。

「お腹が空いたら、食べるだろう。」
って主人と話して、アンの思う様にさせました。

私達が昼食の時、アンにまた食事をあげてみたのですが、少し食べただけで、フードボールから離れて行きました。

3時過ぎに、朝から預かっていたしょうちゃんを迎えに来た娘が、アンにお薬を飲ませてくれました。
娘の後をマリーと一緒について歩いて、アンは元気そうでした。

               

マリーはカットをしてから、元気になって動き易そうになっているので、
『アンもサマーカットにして、縺れた毛がなくなったら、もっと動き易くなって、身体への負担が減るんじゃないかな?』
と思って、ネットでチベタンテリアのサマーカットを調べました。

どの写真を見ても、アンには似合わない様な気がしました。

『どうしてあげればいいかな・・・・』

               

娘達が帰ってから、主人に、
「そこのドラッグストアまでお買い物に行くか、アンの毛玉をカットするか、どちらかをしたいんだけど。」
って言うと、
「明日にしようよ。」
「今日は疲れたから、ちょっと昼寝して来る。」
って主人が言います。

               

『今週は、土・日曜日としょうちゃんを預かったので、主人は疲れているんだろう。』
と思って、私1人でアンの毛玉をカットする事にしました。

「手伝おうか?」って主人。
「いいよ。できる所だけするから。」って私。

「何か臭うな。」
「どこかに、うんちかおしっこをしてるのかな?」
「でも、そんな臭いじゃないなぁ。」
「何かすれたような変な臭いがする。」 って臭いに敏感な主人。

「そうなの?」
「私はしないけど・・・」ってあまり臭いに敏感でない私。

              

主人はお昼寝をしに寝室へ、私はサイドボードの横で寝そべっていたアンを抱きかかえて、ソファに座って毛玉を切り始めました。

アンに負担が掛からない様に、縺れている毛に鋏を縦に入れ、そのあと櫛で縺れて切った毛を取る。
そんな方法で、毛玉を少しずつ取り始めると、サマーカットにしなくても、毛の長いアンのままでいられそうな気がしました。

アンらしく・・・毛の長いチベタンテリアのアンでいて欲しかった私は、縺れ毛が大した事ではなかったのを、嬉しく思いました。

              

毛玉取りの途中、一回だけアンが「ゲホゲホ」って言ったので、背中を撫でてあげると、すぐに治まりました。

縺れた毛を取った後(時々、アンはずれて落ちそうになって行く身体を足で突っ張って、元の位置に戻していました。)、優しくブラッシングしてあげると、アンは私の右脚に顎を載せて、気持ちよさそうに眠っていました。

左側の縺れた毛が取れたので、次は右側に方向転換させようと思って抱き上げると、アンの首がだらんと折れた様に倒れたのを見て驚いて「アン!アン!」って呼びながら・・・膝に載せ直して、アンの身体を摩ってマッサージしながら・・・寝室にいる主人に向かって、
「アンが死んだ~!!」
って叫んでいました。
涙が溢れて来ます。

涙声の主人が走って来て、アンを摩りましたが・・・アンは亡くなりました。

アンを抱きかかえたまま、娘にすぐに電話で知らせ、娘が来るまでの45分間、私はアンを抱いたままソファに座っていました。

アンはとっても柔らかくて・・・とっても優しい顔をしていて・・・アンが死んだなんて、とても思えませんでした。

               

主人が「臭い」と言ったのは、アンの死臭だったのかも知れません。

『アンはサイドボードの横で、死と戦っている最中だったのかも・・・』
ってアンが死んで、そう気づきました。

『私が毛玉取りをする為抱き上げたアンは、いつも通りのアンだったし、何の問題もなく不安もなく死を疑う事もなく、毛玉取りを始めたのに・・・』

まさかアンが死ぬなんて・・・まったく思ってもいませんでした。

               

娘は、リーが死んだ時の事を思い出しながら、我が家の玄関ドアを開けたみたいです。

「あの時の様な、冷たい空気が流れているとばかり思っていたのに、ドアを開けたら温かい空気が流れていて・・・アンが仔犬の様に丸まって、嬉しそうな顔してお母さんに抱かれているのを見て驚いた・・・」
「まったく死んでいる様には、見えなかったもの。」
「アンは、きっと眠る様に死んだんだよね。」
って娘が言います。

               

今日(18日)はどんより曇った空で、今にも雨が降りそうでした。

10時45分に、霊園に行って来ました。

火葬される時、娘がアンに、
「アン、幸せだったのなら、陽を照らして。」
ってお願いしたそうです。

そしたら、あんなに曇っていたのに、アンの火葬が始まると同時に、急に陽が射して来ました。

「お母さん、陽が射してるよ!」
って娘が言いました。

その時、娘がしたアンへのお願いは知りませんでしたが、私はいつも何かの時、陽が射すのは「いいって事」と信じているので、娘の気持がすぐに分かりました。

               

アンが幸せな人生を送ってくれたのなら、もうそれだけで十分です。

アンの最期の顔は、本当にきれいな顔をしていて、幸せそうで・・・凛としていました。

アンはアンらしく、アンの人生を生き切って、チベタンテリアのアンのまま死んで行きました。

               

アンがいなくなった我が家は、とっても静かです。

アンがいても静かだったのですが、マリーとアンの2人がいる空気感と、マリー1人だけの空気感は、まるで違います。
マリーが1人になって悲しまない様に、みんなでマリーを守ってあげて行きたいと思います。

アンは本当に手の掛からない子で、リー、ナナ、マリー、アンの4人の中で1番育て易かった子です。
優しくて・・・食が細くて・・・怖がりで・・・寂しがり屋で・・・ナナと同じ様に人も犬も嫌いな子でした。
好きなのは、私達家族と哲君とナナとマリーだけでした。

リーとナナを7歳で亡くしているので、
「マリーとアンは健康で元気に、何があっても15歳までは生きてもらいたい!」
というのが、私達家族の願いでした。

               

10月末頃から、アンが食事を少ししか食べなくなり、寝そべっている時間が多くなりました。

少し痩せてしまっているアンに、どうにかして食事を食べさせようと思い、手作り食を始めると、
「アン、ご飯よ~!」
って呼んでも食事に来なかったアンが、喜んで食べる様になり、少しずつ元気を取り戻し始めていました。

「もうあと少しで15歳だから・・・」
っていう気持が、アンにもあった様な気がします。

私達家族の気持を汲んで、15歳7日まで頑張ってくれたんだと思います。

               

「アン、本当にありがとう!」

「幸せを一杯もらって・・・感謝の気持ちで一杯だよ。」

それが、私達家族の今の気持です。

               

                  ※   ※   ※   ※   ※

※トップの写真は、ネットで初めて見たアンの写真です。
私が大好きなアンの写真です。

初めてこの写真を見た時、
「何て賢そうな顔をしているんだろう!」
「こんなに賢そうな顔しているワンちゃんがいるんだ・・・。」
って思いました。

毎日毎日、「パラダイスケンネル」のHPに行っては、載っているこのアンの写真を見て、画面のアンを撫でながら、
「うちの子になって。」
「うちにおいで!」
って願う日々が続いて・・・願い通りに、我が家に来てくれたアンです。

あんなに毎日ネットで見て待ち望んでいたアンが、私の膝の上にいる事が本当に不思議で嬉しくって・・・そんな幸せな日々を送りました。

※アンの死にあたって、ブログ「ナナの死」「ナナの死2」「ナナに寄せて」「ナナに教えられたこと」を読み返してみました。
アンは本当に幸せな最期だったと思います。

               

私達家族は今、最期のアンから溢れ出ていた「幸せのオーラ」に包まれている様な気がします。
アンが私達に分かる方法で、アンが幸せだった気持ちを、伝えて行ってくれたのだと思っています。

アンがいなくなったのは、本当に悲しくて・・・寂しくて・・・涙が止まらないのですが、そんな気持ちと共に、何か温かい気持ちが、私達家族の心の中に共存しています。 


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