[12月17日14:00. 日本アンドロイド研究開発財団 仙台支部 敷島孝夫&初音ミク]
「そうか。ついに東京ドームでライブを……」
敷島は感無量といった感じだった。
「はい。お世話になったたかおさんに、わたし達のライブを見てもらいたくて……」
ミクも嬉しそうだった。
「エミリーも御一緒に」
ミクが渡してきたチケットを見ると、
「なに、関係者席なの?」
敷島が一瞬驚いた顔になると、ミクは首を傾げた。
「わたし達は財団管理ですよ?たかおさんはその財団の職員さんなんですから」
「ああ、そうか」
敷島がボーカロイド・プロデューサーから外れて、5年の月日が経っていた。
[同日15:00.同場所。敷島孝夫&エミリー]
そもそも東京ドームでクリスマスライブをやるという話はネットでも話題になっていたものの、肝心の財団事務所では何の告知もしていないという体たらく。
「あのー、敷島君から来てから、何となく空気がダラけてるんですけど……」
総務部長が笑いながら、かつこめかみには血管を浮かべて突っ込んでいた。
「あ、部長……」
「ライブ1ヶ月前にはポスターが来てたのに、貼り忘れるとはな!」
「す、すいません。いやー、南里研究所時代はボカロ達が自主的にやっててくれたもんで」
「言い訳はいいから、早くやれっ!」
「はーい!」
敷島はボーカロイド達が全員集合している写真が特徴のA1サイズのポスターを共用部に貼るべく、ビル内を奔走するハメになった。
「まず最初に貼る所は?」
「各エレベーターホールです」
エミリーは片手で、ポスターの入っているダンポール箱を抱えていた。
A1サイズのポスターが何十枚と入っている箱だから、それなりに重量があるはずだが、彼女は何らそんな顔はしない。何しろ本気を出せば、ビルの壁に穴を軽々と空けられるくらいの腕力を持っているのだ。
「各エレベーターホールぅ!?」
「イエス」
エミリーのメモリーには、掲示場所が全て入っている。そこは優秀なガイノイド(女性型アンドロイド)だ。効率よく回れるルートをしっかり検索している。
「それと、エレベーター全機カゴ内です」
「……どんだけ俺、発注したんだよ?」
因みに今の財団事務所が入っているビルは、地上20階建ての高層ビルである。敷島が脱力しかけると、
「ボーカロイド達の・更なる・躍進の・為です。頑張りましょう」
エミリーの励ましに、敷島の脳裏にミクの笑顔が浮かんだ。
「よ、よっしゃあ……」
「エレベーター関係は・それに・乗りながら、作業できます」
「そ、そうか」
さすがエミリーだと敷島は思った。
[同日18:00.同場所 敷島孝夫&エミリー]
「だいぶ一段落したかな?」
「イエス」
敷島は自販機コーナーで、缶コーヒーを買った。
「お疲れさまです。メイド長」
「お疲れさま」
ビル内を清掃するは清掃会社から派遣されている清掃員ではなく、メイドロボットである。
因みにエミリーはメイドロボット達からは、『メイド長』と呼ばれている。エミリーは分類上メイド専門ロボットではないが、ボーカロイド以外のジャンルを全てこなすことができることから、マルチタイプに分類されている。その為か、
「オ疲れさまデス。総隊長」
「お疲れ様」
館内を巡回している警備ロボットからも、『総隊長』と呼ばれている。尚、何故かここの警備ロボット達は、“スターウォーズ”のR2-D2によく似ている。明らかにそれをモデルに設計しただろとツッコミを入れたくなるほどだ。
いかついなりをした警備ロボットもいるにはいるが、R2-D2タイプの方がコミカルで人類に受け入れられやすいと考えられたのだろう。
尚、工場などでは“21エモン”に登場するゴンスケみたいなのがいるという。
「お前達。敷島さんにも・挨拶せよ」
エミリーはメイドロボットと警備ロボットに突っ込んだ。
「あ……」
「ア……」
「俺……ここに来てから、存在感無くなったな。主人公なのに……」
敷島は肩を落とした。
[同日19:00.同場所 敷島&エミリー]
「これでもう終わりか?疲れたな……。いや、これ、残業代出るかなぁ……?」
「? 一本・余りました」
エミリーが首を傾げながら言った。
「なに?何でだ?」
「検索・してみます」
エミリーは軽く目を瞑った。
「一本余計に発注しちゃったかな……???」
敷島も腕組みをして虚空を仰ぐ。
「B3F駐車場・身障者トイレです」
「あっ、そうか!あそこ忘れてたな!」
敷島はポンと手を叩いた。
ビルのオーナーからは許可が出ていたのだが、いかんせん地下3階の身障者用トイレというのは最近になって設置された真新しいトイレである。
駐車場の利用者から要望があって設置したとのこと。まあ、入り口近くに身障者用駐車スペースがあるのに、トイレは無いという不思議な話ではあったが。
エミリーのメモリーにも、ビルの図面に新しいトイレの記載が無かったため、エミリーでも忘れていたというものだ。そこはロボットらしいと言える。
「よし、行くぞ。あんまり残業がおすと部長がキレる」
「イエス」
[同日19:15.財団仙台支部B3F駐車場 敷島孝夫&エミリー]
駐車場といっても、財団やその他テナント専用というわけではない。仙台市の市街地に立地していることもあって、一般の時間貸や月極契約も需要がある。
〔ピンポーン♪地下3階です〕
「ここだ、ここ」
後付けしたこともあって、従来からある男女トイレから少し離れた場所にあった。できることなら身障者用駐車スペースの近くにあるのが理想だが、ビルの構造上、ちょっと無理があったらしい。
まあ、車から降りてほぼ段差無く利用できるので(途中にスロープはある)、バリアフリーと言えばそんな気もするが、何だかよく分からない。
「大風呂敷広げて、『共用部全部に1枚ずつ貼らせてください』と言ったのが運のツキだったか」
敷島は苦笑いをした。確かにビル管理会社の担当者が訝しげな顔をしていたのを覚えているが……。
エレベーターを降りて正面と左に駐車場に出るドアがある。右に曲がると、既設の男女トイレがある。
「ありゃ?『使用中』になってんな……」
その男女トイレを越えて、一旦エレベーターホールの外に出る。元は倉庫があった場所を改築したのが、新しい身障者用トイレだ。駐車スペースからも分かるように、車路やエレベーターホールに向かって、先客の有無を表示している。
「しょうがねぇ。出てくるまで待つか」
敷島は再びエレベーターホール内の自販機に行き、飲み物を買おうとした。
(駐車スペースに・車がいない)
エミリーは目(カメラ)を動かした。
(サーモグラフィ・起動)
エミリーはサーモグラフィを使って、身障者用トイレの中を検索した。
人の気配はあった。
しかし、あまり熱は感じられなかった。
「!」
「おい、エミリー!何してるんだ!?」
エミリーは施錠されているトイレのドアをこじ開けた。
「大丈夫・ですか!?」
「ああっ!?」
室内には倒れている老婆がいた。
敷島はエレベーターホールに舞い戻り、内線電話を取った。
「もしもし!防災センターですか!?財団総務参事の敷島です。地下3階の身障者用トイレで、傷病者発見!直ちに119番通報を!」
エミリーによる発見が早かったことと、敷島の素早い通報処置により、老婆は一命を取り留めたそうである。
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前作“ポーロカロイドマスター”ではタイトル通り、初音ミクを中心とするボーカロイド達の躍進を描く二次創作だったが、今作はエミリーなどにスポットを当てた話となっている。上記の通り、彼女が活躍するシーンが多い。
人間の主人公は敷島なのだが、本人の言の通り、確かに目立つ存在ではないかもしれない。
「そうか。ついに東京ドームでライブを……」
敷島は感無量といった感じだった。
「はい。お世話になったたかおさんに、わたし達のライブを見てもらいたくて……」
ミクも嬉しそうだった。
「エミリーも御一緒に」
ミクが渡してきたチケットを見ると、
「なに、関係者席なの?」
敷島が一瞬驚いた顔になると、ミクは首を傾げた。
「わたし達は財団管理ですよ?たかおさんはその財団の職員さんなんですから」
「ああ、そうか」
敷島がボーカロイド・プロデューサーから外れて、5年の月日が経っていた。
[同日15:00.同場所。敷島孝夫&エミリー]
そもそも東京ドームでクリスマスライブをやるという話はネットでも話題になっていたものの、肝心の財団事務所では何の告知もしていないという体たらく。
「あのー、敷島君から来てから、何となく空気がダラけてるんですけど……」
総務部長が笑いながら、かつこめかみには血管を浮かべて突っ込んでいた。
「あ、部長……」
「ライブ1ヶ月前にはポスターが来てたのに、貼り忘れるとはな!」
「す、すいません。いやー、南里研究所時代はボカロ達が自主的にやっててくれたもんで」
「言い訳はいいから、早くやれっ!」
「はーい!」
敷島はボーカロイド達が全員集合している写真が特徴のA1サイズのポスターを共用部に貼るべく、ビル内を奔走するハメになった。
「まず最初に貼る所は?」
「各エレベーターホールです」
エミリーは片手で、ポスターの入っているダンポール箱を抱えていた。
A1サイズのポスターが何十枚と入っている箱だから、それなりに重量があるはずだが、彼女は何らそんな顔はしない。何しろ本気を出せば、ビルの壁に穴を軽々と空けられるくらいの腕力を持っているのだ。
「各エレベーターホールぅ!?」
「イエス」
エミリーのメモリーには、掲示場所が全て入っている。そこは優秀なガイノイド(女性型アンドロイド)だ。効率よく回れるルートをしっかり検索している。
「それと、エレベーター全機カゴ内です」
「……どんだけ俺、発注したんだよ?」
因みに今の財団事務所が入っているビルは、地上20階建ての高層ビルである。敷島が脱力しかけると、
「ボーカロイド達の・更なる・躍進の・為です。頑張りましょう」
エミリーの励ましに、敷島の脳裏にミクの笑顔が浮かんだ。
「よ、よっしゃあ……」
「エレベーター関係は・それに・乗りながら、作業できます」
「そ、そうか」
さすがエミリーだと敷島は思った。
[同日18:00.同場所 敷島孝夫&エミリー]
「だいぶ一段落したかな?」
「イエス」
敷島は自販機コーナーで、缶コーヒーを買った。
「お疲れさまです。メイド長」
「お疲れさま」
ビル内を清掃するは清掃会社から派遣されている清掃員ではなく、メイドロボットである。
因みにエミリーはメイドロボット達からは、『メイド長』と呼ばれている。エミリーは分類上メイド専門ロボットではないが、ボーカロイド以外のジャンルを全てこなすことができることから、マルチタイプに分類されている。その為か、
「オ疲れさまデス。総隊長」
「お疲れ様」
館内を巡回している警備ロボットからも、『総隊長』と呼ばれている。尚、何故かここの警備ロボット達は、“スターウォーズ”のR2-D2によく似ている。明らかにそれをモデルに設計しただろとツッコミを入れたくなるほどだ。
いかついなりをした警備ロボットもいるにはいるが、R2-D2タイプの方がコミカルで人類に受け入れられやすいと考えられたのだろう。
尚、工場などでは“21エモン”に登場するゴンスケみたいなのがいるという。
「お前達。敷島さんにも・挨拶せよ」
エミリーはメイドロボットと警備ロボットに突っ込んだ。
「あ……」
「ア……」
「俺……ここに来てから、存在感無くなったな。主人公なのに……」
敷島は肩を落とした。
[同日19:00.同場所 敷島&エミリー]
「これでもう終わりか?疲れたな……。いや、これ、残業代出るかなぁ……?」
「? 一本・余りました」
エミリーが首を傾げながら言った。
「なに?何でだ?」
「検索・してみます」
エミリーは軽く目を瞑った。
「一本余計に発注しちゃったかな……???」
敷島も腕組みをして虚空を仰ぐ。
「B3F駐車場・身障者トイレです」
「あっ、そうか!あそこ忘れてたな!」
敷島はポンと手を叩いた。
ビルのオーナーからは許可が出ていたのだが、いかんせん地下3階の身障者用トイレというのは最近になって設置された真新しいトイレである。
駐車場の利用者から要望があって設置したとのこと。まあ、入り口近くに身障者用駐車スペースがあるのに、トイレは無いという不思議な話ではあったが。
エミリーのメモリーにも、ビルの図面に新しいトイレの記載が無かったため、エミリーでも忘れていたというものだ。そこはロボットらしいと言える。
「よし、行くぞ。あんまり残業がおすと部長がキレる」
「イエス」
[同日19:15.財団仙台支部B3F駐車場 敷島孝夫&エミリー]
駐車場といっても、財団やその他テナント専用というわけではない。仙台市の市街地に立地していることもあって、一般の時間貸や月極契約も需要がある。
〔ピンポーン♪地下3階です〕
「ここだ、ここ」
後付けしたこともあって、従来からある男女トイレから少し離れた場所にあった。できることなら身障者用駐車スペースの近くにあるのが理想だが、ビルの構造上、ちょっと無理があったらしい。
まあ、車から降りてほぼ段差無く利用できるので(途中にスロープはある)、バリアフリーと言えばそんな気もするが、何だかよく分からない。
「大風呂敷広げて、『共用部全部に1枚ずつ貼らせてください』と言ったのが運のツキだったか」
敷島は苦笑いをした。確かにビル管理会社の担当者が訝しげな顔をしていたのを覚えているが……。
エレベーターを降りて正面と左に駐車場に出るドアがある。右に曲がると、既設の男女トイレがある。
「ありゃ?『使用中』になってんな……」
その男女トイレを越えて、一旦エレベーターホールの外に出る。元は倉庫があった場所を改築したのが、新しい身障者用トイレだ。駐車スペースからも分かるように、車路やエレベーターホールに向かって、先客の有無を表示している。
「しょうがねぇ。出てくるまで待つか」
敷島は再びエレベーターホール内の自販機に行き、飲み物を買おうとした。
(駐車スペースに・車がいない)
エミリーは目(カメラ)を動かした。
(サーモグラフィ・起動)
エミリーはサーモグラフィを使って、身障者用トイレの中を検索した。
人の気配はあった。
しかし、あまり熱は感じられなかった。
「!」
「おい、エミリー!何してるんだ!?」
エミリーは施錠されているトイレのドアをこじ開けた。
「大丈夫・ですか!?」
「ああっ!?」
室内には倒れている老婆がいた。
敷島はエレベーターホールに舞い戻り、内線電話を取った。
「もしもし!防災センターですか!?財団総務参事の敷島です。地下3階の身障者用トイレで、傷病者発見!直ちに119番通報を!」
エミリーによる発見が早かったことと、敷島の素早い通報処置により、老婆は一命を取り留めたそうである。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
前作“ポーロカロイドマスター”ではタイトル通り、初音ミクを中心とするボーカロイド達の躍進を描く二次創作だったが、今作はエミリーなどにスポットを当てた話となっている。上記の通り、彼女が活躍するシーンが多い。
人間の主人公は敷島なのだが、本人の言の通り、確かに目立つ存在ではないかもしれない。