日々是好日

身辺雑記です。今昔あれこれ思い出の記も。ご用とお急ぎでない方はどうぞ・・・。

コンビニの弁当と本屋の書籍 どこがどう違う?

2009-06-24 14:04:58 | 読書

コンビニは便利だけれど値引きはしない、と思っているので、滅多に買い物をしない。ところがコンビニ店が値引きをしないのは、出来ないようなシステムなっていたかららしい。弁当や惣菜が売れ残るとコンビニ店がそれを全部引き取り、そのうえ廃棄処分するとのこと。昨日(6月23日)朝日朝刊二面にその廃棄食品がコンビニ主要10社で年間4億2千万食分に相当するとの記事が出ていた。もったいないの一言に尽きる。廃棄分を減らす一つの手段は売れ残りをつくらないことで、そのためには売れ残りそうになると店で値下げをすればよいと思うのに、コンビニ本部との取り決めでそれが出来なくなっているとのことである。これに対して公正取引委員会が断を下した。

 約1万2千店舗を抱えるコンビニエンスストア最大手のセブン―イレブン・ジャパンの本部(東京)が、販売期限の迫った弁当などを値引きして売った加盟店に値引きをしないよう強制していたとして、公正取引委員会は22日、独占禁止法違反(不公正な取引方法)で同社に排除措置命令を出した。
(asahi.com 2009年6月23日3時30分)

売る側の立場でそれぞれ言い分があるにせよ、消費者としては商品が安く手に入ることは有難いし、さらにそれが食品廃棄という食糧自給率が40%に過ぎないわが国であるまじき「神をも恐れぬ所業」を少しでも抑えることにつながれば言うことはない。今日の朝日朝刊によるとセブンイレブンは値引きを認める方針に加えて、廃棄分については原価の15%を負担するとのことである。コンビニ加盟店が声を挙げただけのことがあったようである。

ところで一方、出版業界で似たような問題のあることを二日前のasahi.comが報じていた。

出版業界の流通革命?返品改善へ「責任販売制」広がる

 小学館、講談社、筑摩書房など大手・中堅の出版社10社が、新たな販売方法「責任販売制」に乗り出した。定価に占める書店の取り分を現行の22~23%から35%に上げる代わりに、返品する際の負担を書店に求める制度だ。出版不況の中、長年の懸案だった4割に及ぶ返品率を改善する狙いがある。

 高い返品率の背景にあるのが出版業界の慣行となっている「委託販売制」。書店は売れなかった本を返品する際、仕入れ値と同額で出版社に引き取ってもらえる。多様な本を店頭に並べられる利点があるが、出版社の負担は大きい。(中略)

 出版社の在庫を管理する倉庫会社「昭和図書」の大竹靖夫社長によると、08年の出版社への返品はコミックスなども含めて約8億7千万冊。4分の1は再出荷もされずに断裁処分され、損失額は年間約1760億円になるという
(2009年6月22日3時2分、 強調は筆者 以下同じ)

この強調部分は上記の食品廃棄と同じことが書籍でも行われていると言っている。コンビニの弁当と違うところは、書籍の廃棄に小売書店が費用負担せずに済むことである。それはともかくこれまた木材という天然資源の壮大な無駄遣い(たとえ断裁処分された紙の再利用があるにせよ)であり、その金額も中途半端ではない。返品断裁するぐらいならなぜ値下げをしてでも売らないのかと思いこの辺りの事情を調べてみた。ここで浮かび上がったのは、小さい時から定価販売を刷り込まれてしまった購買者を黙らせてしまう本の価格決定システムであった。

私にとって本は定価で買うものであった。例外は大学生協に加盟していた頃で、生協の書店では定価の一割引きで買えた。どのような理屈で安くなったのかは知らないが、なんだか特別扱いされているようでこそばゆかった。定価という表示は昔からあったようで、手元にある古書では明治37年に発行されて大正3年に増訂改版の出た丘浅次郎著「増補進化論講話」の奥付きに定価金三円五拾銭とある。ゴム印で臨時定価金五円とあるのはどういうことだろう。


大正13年に発行され昭和3年に再刷された小泉丹訳「進化学説」は定価金壱円。


天皇陛下のお生まれになった二日後、昭和8年12月25日に発行された小泉丹著「進化学序講」は定価三円五拾銭。


大東亜戦争(としか言いようがないので)が始まった二日後、昭和16年12月10日発行された巴陵宣祐著「生物学史 上」は定価四円八十銭。ちなみに下巻は翌昭和17年3月25日に発行されて定価金五円八十銭也。


戦時中、昭和18年12月10日に発行された化学実験書。定価に戦時下の特別税であろうか、特別行為税相当額なるものを合わせて11.9円。5月にはアッツ島で日本軍玉砕、12月1日には第一回学徒兵入隊が行われたこの時期に、800ページを超えるこういう実験書がシリーズものの第19回配本、それも3000冊も!、として刊行されていたとはとに日本人科学者と出版人の心意気を感じて心が熱くなる。私の大学時代の恩師がこの本の一部を執筆されていることを古書店で購入してから知った。


少々変わっているのは次の本で、これには頒価金三円 外地三円参拾銭と記されている。頒価(はんか)とは頒布会などでの価格という意味があるので、もしかするとこのダーウイン全集は予約購読で頒布したのかもしれない。


奥付きを見ていると面白いのでつい脱線してしまったが、最近では価格が奥付きに印刷されるかわりに表紙カバーなどに印刷されるようになっている。そして消費税が本にもかかるので、定価(本体1900円+税)とか定価:本体1350円(税別)のような思い思いの表示になっている。前者では定価に税金が含まれるし後者では含まれない。従って定価の定義が変わってくる。

話を元に戻して、このように本の定価制は私の生まれる遙か以前から社会に定着していたようで、それが戦後、いわゆる再販制度(再販売価格維持制度)という法律により守られていると思っていた。ところが上の新聞記事を見て違和感を覚えた。新たな「責任販売制」では、定価に占める書店の取り分を現行の22~23%から35%に上げる代わりに、返品する際の負担を書店に求める制度だ、と述べられている。出版社が書店に本を売り渡す価格をこのように変えられるのなら、なぜ一般読者だけが定価に縛られないといけないのだろう。そこで再販制度を支持する立場にある財団法人日本書籍出版協会の見解と、再販制度に批判的な立場をとる著作物再販制に疑問を持つためのサイトに目を通したところ、私にとって思いがけない新事実が明らかになってきた。以下はおもに後者からの抜粋である。

まず再販制度とは「再販売-価格-維持-制度」の略であることから始まる。

ふつう、商品流通は、メーカー(製造業者)がモノを作り、それを卸売業者に売り、さらに卸売業者が小売業者に売り、最後に小売店が消費者に売る、という流れをたどります。※1

※1 出版物の場合ですと、メーカーに相当するのが出版社(版元)、卸売にあたるのが取次(とりつぎ)、小売店にあたるのが書店やコンビニです。

この「メーカー→卸売業者→小売店」という流通過程の中で、商品を次の業者に「再び販売」するわけですから、これが「再販売」です。そして、そのときどきの販売価格を「再販売価格」と呼ぶわけです。

つまり通常は、再販売価格とは、卸売価格と小売価格のことと考えていいわけです。このうち、ふつう問題になることが多いのは小売価格のほうですから、「メーカーが再販売価格を維持する」ということは、「メーカーが小売価格を維持する」ことと理解して特に不都合はありません。※2

※2 出版物でいうと、「版元(出版社)が本の小売価格を維持する」ということになります。

さらにこの再販制度はの正体が明らかにされる。

「再販売価格維持制度」という「制度」が、どこかに明示的に「ある」わけではありません。

そうではなくて、著作物の流通では、メーカー(出版社や新聞社やレコード会社)によって再販価格を維持する行為が行われても、法律違反にはならないため、そのような行為がデフォルト(基本状態)になってしまった実態があり、これを「制度」と呼んでいるだけなのです。

この意味で「再販制度」とは、要するに業界の商慣習みたいなものです。いますぐにでも、メーカーが再販制度をとらない流通を選択するなら、それでもいっこうに構わないのです。
(一部筆者による省略有り)

すなわち

「再販制度」は明示的な「制度」ではないし、法律で決まっているわけでもなく、業界の取引の実態であって、その意味では商慣習にすぎない。

と管理人は説く。きわめて説得力のある説明である。

それなら出版社が本の小売店に定価販売を押しつけることは、小売店が自由に本の価格を決めて販売競争をすることを妨げることになり、コンビニの場合と同じように独占禁止法違反(不公正な取引方法)を犯したことになるはずである。確かにその通りで、一般にメーカーが小売店と再販価格維持契約を結んで小売価格を拘束することは、独占禁止法で原則として禁止されているのであるが、なんとなんと書籍は1953年に独占禁止法の適用外になっているのである。しかも

再販制がオッケーとなったのは1953年の独禁法改正からですが、このとき出版業界などが当局に再販制を認めるよう運動した形跡などは皆無と言ってよく、業界には再販制が認められることがメリットであるという認識さえなかったことが指摘されています。

なんて説明がされている。これだと出版業界にとって「再販制度」は据え膳のようなもので、それに手をつけただけのこととなる。したがって、

独禁法では原則として違反のはずの再販制だが、公取委が認める「指定再販商品」と「著作物」は例外として認められている。著作物は条文に書いてあるから「法定再販」の商品だ、という言い方がある。
またこれらの例外規定を独禁法の「適用除外」などと呼ぶ。

こととなる。しかし次のことに注意を払う必要がある。

独禁法の再販制適用除外の規定は「義務」ではありません。つまり、小売店に対してメーカーの指示した定価を遵守するように義務づけたものではない。条文ではただ単に、「メーカーが小売店に再販価格維持を強制したとしても、独禁法違反には問われない」としているだけです。あくまでも「禁止の例外」にすぎないわけです。これ以上にも以下にも、特別な意味はありません。

したがって「書籍は定価販売が義務づけられている」というような表現は非常に正確性を欠きます。定価販売は、再販価格維持契約の範囲内で「義務」とは言えても、法的な義務では全くないわけです。再販制度は、あくまでも民間業者間の取り決めなのであって、法的な取り決めではありません。

すなわち

再販制が認められる商品、つまり「指定再販商品」と「著作物」は、必ず再販制でなければならない、ということを独禁法が言っているわけではない。再販制は法的な義務でもなければ権利でもない。ただ単に「禁止の例外」としてゆるされているのにすぎない。

と言うことになる。ここで「指定再販商品」を一応テーマ外として「著作物」に限って話を進める。ちなみに公正取引委員会の定める著作物とは「書籍、雑誌、新聞、レコード、音楽用テープ、音楽用CD」の6品目とのことである。

1980年になり定価制度の弊害を緩和する目的で「新再販制度」が設けられた。その骨子は「部分再販」と「時限再販」である。「部分再販」は出版社が自動的にすべての商品を再販契約にするのではなく、一点ごとに再販にするかどうかを決めるものであり、また「時限再販」は出版後一定期間が過ぎたら再販指定をはずし、自由な価格で本を売ることを認めるものである。「新再販制度」が導入されてかれこれ30年経っているのに、私はこのような制度のあることを知らなかった。かって触手のまったく動かないぞっき本が書店のコーナーで展示されているのを目にしたことはあるが、これが「新再販制度」の適用例だったのかも知れない。いずれにせよ引用サイト元は

こうして始まった新再販制度も、じつは形骸化しており、出版業界の努力はまったく不十分だ、ということが指摘されています。たしかに、「新再販制度」から20年以上経った今でも、部分再販も時限再販もごく例外的にしかおこなわれていません。

と述べている。これは本を作って売る側が「再販制度」をとにかく維持したがっていることから想像される当然の結果であろうと思う。それには次の文書を見ればよく分かる。

書籍・雑誌の再販制度に関する共同談話≪ 著作物再販制度維持は国民的合意≫
公正取引委員会は、平成3 年以降、独禁法適用除外制度見直しの一環として行ってきた著作物再販制度検討の結果、本日、「同制度を存置することが相当」との結論を公表しました。
この結論は、先般公取委が実施した制度見直しに関する意見照会に寄せられた2万8千件を超える意見のうち約99% が制度維持を求める意見であったこと、著作者団体等も制度維持を求めていること、多くの地方公共団体の議会においても同様の意見書が採択されていること、さらには超党派の多数の国会議員が結束して制度維持を支持する熱烈な決意を表明していること等々からしても、当然の結論といえましょう。しかしながら、今回の公取委発表文の中に「著作物再販制度の廃止について国民的合意が得られるよう努力を傾注する」とあることは、国民的世論に背くことと言わざるを得ず、遺憾であります。
私どもは、当初から書籍・雑誌等出版物に関する再販制度の意義と必要性を広く訴えてまいりました。ここに国民各位の理解と支持を得、制度維持となったことに感謝の意を表明する次第であります。
書籍・雑誌等出版物の発行、販売に携わる私どもは、その文化的使命を自覚し、制度の弾力的運用と流通の改善に努め、読者の期待に応えるよういっそう努力する所存であります。
平成13年3月23日
社団法人 日本書籍出版協会
理事長 渡邊 隆男
社団法人 日本雑誌協会
理事長 角川 歴彦
社団法人 日本出版取次協会
会 長 菅 徹夫
日本書店商業組合連合会
会 長 萬田 貴久

この強調部分はこれが本を作って売る側の「談合」結果であることは常識のある人なら容易に想像つくことで、このことから≪ 著作物再販制度維持は国民的合意≫と唱えるに至っては国民をおちょくっているとしか言いようがない。

コンビニと異なり出版・販売業界では、小売店が危険負担無しに売れ残りを返品できるシステムになっていることが大量の断裁処分を招いていることは疑いなく、その意味では今回の「責任販売制」は小売店の企業努力を呼び起こすものと一応歓迎できるが、企業努力をさらに推し進めるには「著作物」を「再販制度」の対象から除外することにつきる。とりあえずは「新再販制度」の「時限再販」を活用して、年に何回か定期的に「バーゲンセール」を、とくに専門書に重点をおいて実行して欲しいものである。この声こそ国民的合意を得るのではなかろうか。