日々是好日

身辺雑記です。今昔あれこれ思い出の記も。ご用とお急ぎでない方はどうぞ・・・。

「最先端研究助成」2700億円の使い道に科学者の反応は?

2009-06-14 18:43:25 | 学問・教育・研究

昨日(6月13日)朝日朝刊の記事には驚いた。「最先端研究助成」2700億円の使い道に国民の智慧を拝借、というのである。開いた口がふさがらなかった。問題にするのは次の部分である。

 「世界トップ」の研究者30人(30課題)に総額2700億円を支援する「世界最先端研究支援強化プログラム」で、内閣府は12日、「科学技術で実現してほしいこと」の意見募集を始めた。研究費の支給対象を決める「参考」にする。

支援プログラムは公募で課題を募り、最終的に首相や科学技術担当相、学会や産業界の関係者らでつくる会議で選定される。野田大臣は「30人に(巨額の)資金が行くので、前提として国民の意思を聞きたい。将来の夢やロマンも価値基準のひとつ」と語った。

私は「最先端研究助成」よりましな2700億円の使い方があるのでは  追記有りで、この2700億円の使い方に異議を唱えた。一部の科学研究者を「金まみれ」にすることが、ひいては日本の科学研究基盤を崩壊させかねないと思ったからである。一人当たり(平均)90億円にもなる大金を上手に使いこなせる器量のある科学者が、はたして日本にいるだろうか、とこの2700億円のばらまき方に疑問を覚えたことがその根底にある。今回の内閣府の企てはまさに私の疑問を裏付けるもので、「どう考えてもお金の使い方が分からないので、国民の皆様のお知恵を拝借させてください」と言っているように聞こえてくる。こんな馬鹿げたことがなんの衒いもなくまかり通るのは、この政治主導の「世界最先端研究支援強化プログラム」が根本において間違っているからで、それは科学技術研究の本質にまったく疎い政治家という素人が口を出したからであろう。

なるほど科学技術研究に巨大な予算を注ぎ込むことが、世界の歴史を変えた事例に事欠かない。もっとも著名なのは原子爆弾開発・製造にあたった「マンハッタン計画」である。長距離ミサイル発射実験用総合試験基地であるケープカナベラル基地に始まり、月飛行計画実現に向けて拡張されたケネディ宇宙センターの建設などもよく知られているが、一方、ペニシリンの発見に伴う実用化計画も国家的規模で遂行されている。これらは「ビッグ・サイエンス」の好例であるが、ではこのような「ビッグ・サイエンス」がある日忽然と出現したのかと言えば、決してそうではない。いかなる「ビッグ・サイエンス」もその源流は個々の科学者の日々の営みであるささやかな、しかし萌芽的な研究の「リトル・サイエンス」にあると言える。そしてこれらの「リトル・サイエンス」から「ビッグ・サイエンス」の移行はきわめて漸進的なものである、とイェール大学科学史教授であったデレック・J・ド・ソラ・プライス博士は下記の本で説いている。


私がここで強調したいのは「ビッグ・サイエンス」の出現には必然性があり、「リトル・サイエンス」の成熟・増殖がその基盤になる。卑近な例は山中伸弥京大教授のヒトiPS細胞作成に発する「iPS細胞再生医療の実現化」計画などが挙げられる。上記のプライス博士に従えば「iPS細胞研究」は指数的成長の時期に入ったと言えようが、いずれはロジスティック曲線で示される飽和成長の時期が先に待ち構えているはずである。このように新しい「ビッグ・サイエンス」の出現そして成長が「リトル・サイエンス」からの漸進的な移行であることを見抜けるのは訓練された科学者・技術者のみと断言してよかろう。それを知ってか知らずか、2700億円の使い道にある種の思いつきしか期待できそうもない「国民の意思を問う」とは、税金の無駄遣いを隠蔽するための国民への阿りに過ぎない。

しかし政府の施策に疑念を覚える一方で、安保闘争世代でもある私には、今の現役科学者の「音無の構え」が歯がゆいし不気味ですらある。自分たちが研究費稼ぎにあくせくする一方で、2700億円もの巨大な資金が政治家主導のばらまきに使われようとしていることに、何一つ矛盾を感じないのだろうか。日本学術会議会員が今もわが国の科学者の代表であるなら、科学者としての自覚に目覚めてそれなりの意見表明があってもしかるべきであると思うが、何も聞こえてこないのが不思議でもありまた淋しく感じる。また何事であれ率先して声をあげるべき若い科学者がただただ大人しいのも、「草食世代」のなせる技なのだろうか。

同じ日の朝日朝刊「私の視点」に奨学金返済について「滞納招く制度の不備正せ」との意見が寄せられていた。

現在、(大学院)博士課程修了後に正規の職につけず、身分や収入がともに不安定な非常勤講師やフリーターとして生活をする「高学歴ワーキングプア」が、数万人いるとされる。この状況の最大の理由は、国が設定した「91年度から10年間で大学院生を倍増する計画」にある。国の政策として大学院生の定員を増やしているのに、専任職のような「受け皿」自体が狭いままなのである。
 増えた大学院生の多くは奨学金貸与の恩恵を受ける。ところが、修了後の就職が困難であれば、その多くが返済に行き詰まるのは当然だろう。明らかに、これが「延滞債権額」増加の一因である。

私も大学院時代は奨学金の貸与を受け、博士課程修了後、1年半の浪人期間はあったものの教育職に就くことが出来て、所定の期間その職に従事したことで返還を免除された。今やこの免責条件を満たせない大学院修了者が激増しているのである。定職はなし借金の返済は急かされる。こういう人たちを救済するために問題の2700億円を当てることが、将来の「ビッグ・サオイエンス」を育てる効果的な道にもならないのだろうか。