日々是好日

身辺雑記です。今昔あれこれ思い出の記も。ご用とお急ぎでない方はどうぞ・・・。

妻との八年戦争の終焉

2006-10-02 21:30:56 | 読書

私は本が大好き人間である。学生時代に本をとるか食事をとるかで、本を選択したことも珍しくはない。本を買うのが唯一の道楽であったといえる。

結婚するに際して、本を買うのに妻から口出しされてはかなわないと思った。それで付き合っている頃からデートコースはまず本屋、それも古本屋が多かったが、とにかく気に入った本ならお金があれば買い込むという私の行動に慣れてもらうことにした。もちろん嫁さんを質に入れてまで本を買うようなことはしないと、約束した上でのことである。

有難いことに妻の父は大酒飲みだった。だから酒を飲んで時には大荒れされるより、本を大人しく読んでいる亭主の方が、遙かに高尚だと思い込んでくれたようだった。

結婚してからも同業者のなかに大酒飲みもおり、その奥方が「飲み代で消えて月給袋が空っぽて珍しくなかった」なんて妻に話しているときなどは、「ボーナス袋も空だった」とついでに云ってくれたらいいのに、と思ったりした。いずれにせよ、飲み助の酒代などに比べたら本代なんて蚊の涙のようなものだと妻に思い込ませることには成功した。

私の手元にある本はわずかの頂き物を除いては、すべて私の手を触れてきたものばかりである。それを思うと簡単に手放せない。阪神大震災の時にやむを得ず処分した本はあるが、神戸の家、京都の家、それに勤め先と三カ所でとにかく本が増えていった。

定年で神戸に引き揚げることになった。家は震災で半壊の認定を受けたぐらいで、大改修するよりはとその家を処分して隠居所を建てることにした。私の最大の関心事は本の収納で、とにかく壁面で本棚が置けそうなところはすべて床を補強してもらった。

勤務先に置いていた本でシリーズものの実験書の類などは、同業者の後輩に引き取ってもらったが、それでも結構残っている。それに京都と神戸の家からの本が一カ所に集まったが、その時になって本の収納スペースが徹底的に不足していることに気付いたのである。

リビングの壁面の一面は作りつけの本棚とした。書斎にはこれまでの本棚を持ち込んだ。寝室にはこれまでの本棚に加えて、作りつけ本棚で10畳の部屋を二分した。この本棚は新書本・文庫本専用で幅がやく1.8メートルで高さが2.4メートル。奥行きが24センチメートルなので本を二重に置ける。棚は前後ろオープンにしているので両側から本を出し入れできる。この書棚と限らず、可能な限り本は棚の前後に収納した。

まずダイニングの壁面を巡って妻とのバトルが始まった。いくら何でも全壁面の独占は悪いと思って、百科事典の棚だけは確保して妻に譲った。ところがこの私の譲歩が妻を強気にさせたのである。寝室の作りつけ本棚の横には私のベッドを入れたので、ベッドの反対の壁面は当然私の権利の及ぶところである。私は新たに本棚を買って置くつもりであったのに、それを妻が認めないのである。掃除機を動かしにくいとか、私はスカッとしたのが好きとか、訳の分からないことを云ってとにかく我を張る。引っ越しの時以来の本入りの段ボール箱をそこに置いたまま、にらみ合いに入った。

  交戦中 


  戦後  


このにらみ合いがなんと八年間続いたのである。この限られたスペースがわが家の『竹島』となった。段ボール箱を置いて実効支配しているのは私、いわば韓国政府である。ところが現状変更をしようとするとそれに抵抗して座り込みをしかねないのが妻、これは日本国政府より強腰である。ただ現実の両国政府と違うのは二人とも大人であるということ。『竹島』に関してはお互いが譲ることはないが、それを種に日常生活の平安を損ねるようなことはなくまったく普通の夫婦、「Good morning!」と朝の挨拶はにこやかに交わし続けてきた。

それがどうした心情の変化なのか、ある日妻が生協のチラシを示して「これはどう?」と云うのである。組み立て本棚の広告だった。せっかく八年間も続けたのだからここで戦争を終結するのはもったいなかったけれど、段ボール箱が出っ張っているせいで、ベッドとの間が狭くなり、私はよく足をベッド枠にぶつけては痛い目をしていた。それから解放されるのはいいなと思い、私も同意したのであった。

この機会に本棚の全長を計算してみた。本を立てて並べたら何メートルになるかということである。それが161メートル。二重駐車のように一段の棚の前後に本を置いているところが多いので、実際の長さはこれより短くなる。一冊平均3センチとすると5300冊、2センチとすると8000冊。多分その中間だろう。しかし実はどうしても本棚に収まらないので、段ボール箱のまま、裸もあるが、ガレージに格納しているのがある。そのアングルの棚の総延長が32メートル。冊数は数えようがない。ところがこのスペースを妻が狙っていたのであった。

母が亡くなりその居室に妻が早々に移っていった。寝室の反対側は妻の領分、ところが横と頭のほうが天井まで本が詰まっているものだから、もう一度地震があったら本で圧死するとか何とかいって逃げ出したのである。ところが母は私に輪をかけて物持ちがいいものだから、部屋はもので充ち満ちていた。私が口出しするとことが進まないので、妻に整理をまかせていたところ、三年ほどかかってようやく不要のものの処分が終わったようなのである。それでも最終的に私がチェックしないといけない文書類をはじめ、今すぐに捨てられないものがまだかなり残っている。妻はそれをガレージに移したかったのである。

  新戦場 


私も基本的には反対ではないけれど、そうなると私の分身を処分しなくてはならなくなる。後の役はふつう前の役よりは短いと云うから、まだ三年ぐらいかかっても不思議ではない。またしばらく持久戦に入りそうである。