近研ブログ

國學院大學近代日本文学研究会のブログです。
会の様子や文学的な話題をお届けします。

鎌倉合宿を終えて

2013-03-14 22:30:38 | Weblog
はじめに、今回の合宿を運営してくださった佐藤さんを中心とする合宿委員と、お力添えをいただいた根本さんにお礼を申し上げます。楽しい合宿をありがとうございました!

では、2日間を振り返ってみようと思います。

3月2日(土)
当日まで何ともなかったのですっかり失念していましたが、もう花粉の季節は始まっていたのですね……。酷かったです。目は痒いわクシャミは出るわで。むずむずを我慢しつつ、最初の目的地である鶴岡八幡宮へ向かいました。花粉にはこの2日間ずっと悩まされ続けるのですがまあそれは置いておくとして。
本殿のお参りを済ませた後、岡崎先生に牡丹園へ連れて行っていただきました。すぐ思い出すのはそこで見た真っ白な牡丹です。牡丹というと一枚一枚の花びらが大きく花全体も大振りで華やかなイメージが強かったからか、そうした期待通りの牡丹の間に咲く真っ白な牡丹は印象深かったです。清楚で繊細な、美しい白でした。

昼食は鎌倉ごはん海月さんでおばんざいランチをいただきました。小分けに盛られたおかず一つ一つおいしかったです。
次に向かった報国寺では竹林を散歩しました。しなやかに伸びる色の薄い竹に木漏れ日が弱くあたる竹林の中は静かで落ち着いていて、ゆっくりとした時間を過ごせました。
浄妙寺の後は江ノ電で由比ヶ浜駅へ移動し、鎌倉文学館へ。目に鮮やかな青色の屋根に洒落た外観が素敵でした。展示室では鎌倉文士の資料を中心に見学し、作家の作品だけではなく実生活の方ももっと知りたくなりました。

宿で夕食をいただいた後、太宰治「黄金風景」の読書会を山下さんの司会で行いました。話題に上がったのは、「私」が悪行だと捉えていた行為をお慶がよく夫に肯定的な話として聞かせ、「私」と会った後も夫に「誇らしげ」に「目下のものにもそれは親切に、目をかけて下すった」と言えるようになったのは何故か、苛立ち発せられた「負けた、負けた」と結び近くの「負けた」の意味合いなどについてでした。
お慶に対する「私」の「悪行」の部分は「私」による一人称の過去回想の語りなので、当時お慶が「私」をどのように評価していたのかはわかりませんし、実際に「私」がお慶に行った行為はそこまで非道なものだったのかは確かめようがありません。しかし、岡崎先生のご指摘通り「一生おぼえております」の回想部分は取り分け具体的で鮮明であり、強烈に記憶されています。したがってこの記憶を確かなものであるとすると、当時のお慶は私に対して恨むなり憎むなりの感情を持っていたのでしょう。また、「私」はそう思い続けていました。それにも関わらずお慶が「目をかけて下すった」「私」を「誇らしげ」に語る。このお慶の善良さ、素朴さに私は動かされます。このような語りの問題や、それに続いて読書の楽しさなどにも話が及びました。

読書会の後は懇親会を行い、1日目は終了しました。


3月3日(日)
宿を出発し、まずは長谷寺へ向かいました。山門をくぐった先の庭園に植えられたいろいろな植物や、上境内にある久米正雄の像や仏足石などを見学しました。
高徳院で句碑や歌碑を巡り大仏を見た後は北鎌倉へ向かい、昼食に新とみさんのまいたけ丼セットをいただきました。大変ボリューミーで食べごたえがありました。

新とみさんの近くにある東慶寺では、田村俊子や高見順のお墓をお参りしました。あの「生血」を書いた方がここに眠っているのかと思うと、急に作者が作家ではなく同じ一人の人間として感じられたような気がして不思議な感じがしました。人間なのは当たり前ですし頭では分かっていたんですが、こう、身近に感じられたというんでしょうか。高見順に関しても同様で、短い評論を授業で読んだだけだったのですが、この方の考えの書かれた評論が読み継がれそれを私も読んで考えを受け取ったのかと思うと感慨深かったです。

そして、円覚寺です!夏目漱石「門」のモデルになったお寺と言うことで、かなり楽しみにして見に行きました。周囲を圧倒するような存在感を発する山門、仏殿、静謐な空気の漂う広大な敷地…!別世界のようでした。

それから鎌倉へ帰ってきて、また小町通りを散策し、鎌倉駅で解散しました。


今回の合宿は傳馬先生やOBの方々は御都合でいらっしゃれず残念でしたが、岡崎先生や合宿委員の方々、参加者の方々のご協力のおかげで円滑に行程が運び、合宿も盛り上がり、とても楽しませてもらいました。ありがとうございました!

来年度もよろしくお願いします。
では、失礼します。

2年 今井

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