近研ブログ

國學院大學近代日本文学研究会のブログです。
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2019年6月10日 田村俊子「木乃伊の口紅」読書会

2019-06-15 02:19:42 | Weblog
こんにちは。梅雨に入り、じめじめとした天気が続きますね。
6月10日におこなわれました、田村俊子「木乃伊の口紅」読書会のご報告をいたします。
司会は修士一年長谷川です。

田村俊子というと現代ではあまり顧みられない作家ですが、女性の享楽と自立とを描いた作家として、同時代には文壇の寵児とされました。
「木乃伊の口紅」は、大正2年4月に「中央公論」にて発表され、翌年6月に牧民社刊の同名の単行本に収録されました。
田村俊子の代表作のひとつとして数えられ、作家の実生活に取材していることから、自然主義色の強い私小説的作品とみなされています。
同時代には、夫婦の生活を精緻に描いた点が評価されていますが、理念に乏しく冗長であるとの指摘が目立ちました。
研究初期には作家の実生活と照らし合わせた論が多くあります。その後、ジェンダー論・フェミニズム的観点から論じたもの、芸術至上主義的点を論じたものなどが提出されています。
いずれも、結末部でみのるが見た夢の解釈が争点となっています。

読書会では、まず同時代に理念に乏しいとされたのはどうしてかという問題提起がなされました。これには先生から、みのるの考えにはゆらぎがあり、同時代にはそれが瑕とされたが、そのゆらぎこそむしろこの作品の読みどころなのではないかとのご助言をいただきました。フェミニズム的観点からは否定的に捉えられがちな義男ですが、みのるも完全に新しい女として描かれているわけではなく、あらゆる主義の立ち位置からは徹底しているとはいえません。むしろその混乱ぶりが描かれていることこそリアルであると先生はおっしゃいます。
そもそも新しさとは外から見た評価であり、後から付与されるものです。詳細に、ゆらぎをそのまま描くことで、貧困の中でも芸術を捨てることができず、情緒に生きる女性みのるの、固有の姿が浮かびあがってくるのではないでしょうか。

次に、演劇のエピソードが挿入されたことにどのような意味があったのかという問題提起がなされました。「演劇の方に、熱い血が通つた様な印象があるとみのるは思った」とあるように、みのるの芸術を求める姿勢にとって重要な意味があったという意見が出ました。また、みのるが自分の容姿を卑下する場面で、眼にのみ自負があるという点が、結末の木乃伊の眼と照応しているのではないかという指摘がなされました。
そこから、女木乃伊の見つめる先が義男なのか、義男を突き抜けたその先なのかについて議論がなされました。
また、木乃伊が示すものについて、ふたりの芸術の限界性を示しているのではないかとの意見が出ました。

みのるが義男から離れられないさまが示されているとされる木乃伊の夢について、自立した女となることの挫折ととるか、その離れ難さを積極的に評価していくかが議論になりました。また、ガラス箱に入ったふたりの木乃伊をみのるが外側から眺めている姿まで夢に含まれていることに留意しなくてはならないという意見も出ました。
先生からは、論理的には説明できず、当人たちにも認識できていない、みのると義男の離れ難さを評価していけば、同時代評で冗長と批判された部分も、細かく描く必要があったと考えることができるとのご意見をいただきました。
また、語りでは互いに愛情がないことが強調されていますが、作中人物の言動やエピソードから、互いへの愛情が読み取れるとの意見も出ました。

次に、みのると義男の姿は名前の他に「女」「男」と呼びなされており、「妻」「夫」という呼称はほとんど出てこないとの指摘がなされました。これには、女性性、男性性が強調されているのではないかという意見や、ふたりの関係は伝統的な家制度に見合うものではなく、固有の関係性であることを示しているのではないかという意見が出ました。

結末の後、ふたりが別れるのかどうかについては意見が分かれました。しかし、何度も離婚を持ち出しながらも別れない点や、ふたりの仲を繋ぎとめる存在として描かれるメエイを撫でる義男の描写で物語が幕を閉じることから、ふたりは結末の後も別れないのではないかという意見が優勢でした。

また、みのるの心情描写が多く描かれていますが、義男に内的焦点化し、義男の視点からみのるに鋭いメスが入れられている点に着目した意見も出ました。同時代にはみのるが作者の考えを代弁させられているとの指摘もありましたが、決して女性からの一方的な視点で終始している作品ではないことに留意していかなければなりません。
これに対し、本作をはじめ田村俊子作品は女性作者であることを殊更に強調されてきましたが、女性作者であることを意識せずに読んだ方がより広がりをもって読めるのではないかという意見も出ました。

次に、師匠のエピソードの機能について議論になりました。師から離れるのがみのるの自立の第一歩であったという意見、師匠夫婦の互いを想い合う姿がみのるに響いたという意見などが出ました。

最後に、家の裏に墓地が設定されており、墓地が繰り返し登場するという指摘がなされました。これには、木乃伊と照応すると共に、日常生活に隣接し、みのるが感情を溢れさせる場として設定されているとの意見が出ました。
また、雨の描写が多い点についても指摘がなされました。

長い作品のため、まだまだ議論の余地はあると思いますが、先行研究において否定的に捉えられていたゆらぎや矛盾を積極的に評価していけた意義深い読書会となったと思います。
次回は樋口一葉「十三夜」の読書会です。同じく女性作者による夫婦の不和を描いた作品ですので、今回の議論を生かしつつ、より発展的な議論ができればと思います。

今週末は新歓コンパです。今年も新入生が入ってくれ、嬉しい限りです。既に会に馴染み、積極的に発言してくれる頼もしい新入生たちですが、より仲を深めていきたいと思います!


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