こんにちは。
今回は5月19日に行われました、尾崎一雄「暢気眼鏡」の研究発表について、ご報告させていただきます。
発表者は3年藤田さん、2年熊谷君、2年清水さんで、司会は私、2年石川が務めさせていただきました。
今回の発表では、尾崎一雄「暢気眼鏡」論――暢気眼鏡の下にあるものという題で、
1.芳枝の暢気さと「私」の対応および心情
2.キャッチボールの暗示
3.暢気というよりも生きることに対いて真摯な芳枝
という3項目から作品を考察していただきました。
1の項目では、経済力のない「私」との生活の中で、暢気な振る舞いや過去に囚われた発言を繰り返す芳枝と、その姿をかわいそうに思う「私」の関係を、作品全体から拾い出しまとめていただきました。
2の項目では、先行論を参考に、芳枝と「私」のキャッチボールの場面がコミュニケーションの比喩であるという立場で、考察していただきました。
3の項目では、芳枝の陽気さの底流には生きることへの真摯な態度が現れているとの読みを提示していただきました。
これらを踏まえたまとめとして、芳枝の暢気さによって作品が明るくユーモラスになっていることや、私小説としてこの物語を見た場合、「私」と作者尾崎一雄、そして本文を読むことにより立ち現われる「尾崎一雄」とを並べて考えることが必要との意見を出していただきました。
このような発表を受けて、他会員からは、題名「暢気眼鏡」が決まっていたと本文にあるが、本当にそのような前提で物語が展開されているのかという指摘や、マネキンとして芳枝が働く描写の意味、「盲者蛇に怖ぢず」の象徴するものなどの意見が出て、議論になりました。
また、最後に岡崎先生から、「私」は芳枝がただ暢気なだけではないと本当はわかっていながらも暢気だと繰り返しており、幾重にも曲折した自己の心境表現であるという点や、芳枝の無償の愛を自覚しているが正直に語ることができない「私」などを解説していただきました。
次回は安部公房「デンドロカカリヤ」の読書会です。
2年石川
今回は5月19日に行われました、尾崎一雄「暢気眼鏡」の研究発表について、ご報告させていただきます。
発表者は3年藤田さん、2年熊谷君、2年清水さんで、司会は私、2年石川が務めさせていただきました。
今回の発表では、尾崎一雄「暢気眼鏡」論――暢気眼鏡の下にあるものという題で、
1.芳枝の暢気さと「私」の対応および心情
2.キャッチボールの暗示
3.暢気というよりも生きることに対いて真摯な芳枝
という3項目から作品を考察していただきました。
1の項目では、経済力のない「私」との生活の中で、暢気な振る舞いや過去に囚われた発言を繰り返す芳枝と、その姿をかわいそうに思う「私」の関係を、作品全体から拾い出しまとめていただきました。
2の項目では、先行論を参考に、芳枝と「私」のキャッチボールの場面がコミュニケーションの比喩であるという立場で、考察していただきました。
3の項目では、芳枝の陽気さの底流には生きることへの真摯な態度が現れているとの読みを提示していただきました。
これらを踏まえたまとめとして、芳枝の暢気さによって作品が明るくユーモラスになっていることや、私小説としてこの物語を見た場合、「私」と作者尾崎一雄、そして本文を読むことにより立ち現われる「尾崎一雄」とを並べて考えることが必要との意見を出していただきました。
このような発表を受けて、他会員からは、題名「暢気眼鏡」が決まっていたと本文にあるが、本当にそのような前提で物語が展開されているのかという指摘や、マネキンとして芳枝が働く描写の意味、「盲者蛇に怖ぢず」の象徴するものなどの意見が出て、議論になりました。
また、最後に岡崎先生から、「私」は芳枝がただ暢気なだけではないと本当はわかっていながらも暢気だと繰り返しており、幾重にも曲折した自己の心境表現であるという点や、芳枝の無償の愛を自覚しているが正直に語ることができない「私」などを解説していただきました。
次回は安部公房「デンドロカカリヤ」の読書会です。
2年石川