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奈良大好き☆お勉強日記

奈良大学文学部文化財歴史学科(通信教育部)卒&奈良まほろばソムリエ検定のソムリエを取得したヒトの色々な勉強の日記です♪

鬼よ★笑え

2010年12月09日 | 奈良検定お勉強日記
年末だけど、年始の話。
しかも、アソビのハナシです。

ひたひたと迫ってまいりました>奈良検定。
来月の今日は既に試験本番ということで、
その日の夜は残念会だか、慰労会だかワカランけど、
とにかく飲むのよ!文句ある?!(何故キレてる)

ちゅうことで、奈良検定受ける人も、受けない人も、受けられない人も(笑)
受け終わった人も、これから受ける人も、
受かった(と思われる)人も、落ちた(かもしれない)人も、
ごちゃ混ぜで、なんでもいいから、集まりましょう。

私にしてみれば「答え合わせ会」にしたいなと思っているのですが、
集まってくれそうなメンツのことを思うと
「採点してあげてもよろしくてよ会」になるかなあと★

問題を持ち寄っての「品評会」(謎)を肴に、
楽しく過ごせればなと思います。

ひと月も先のことですが、年明け早々のことだし、
三連休のナカビってこともあるので、
早めに予定をおさえておかないといかんかなと思って。

勉強も途中なのに、そんなことにばかり気が行っているワタクシ。
笑わば笑え>鬼たちよ。

ちゅうことで、参加希望者絶賛受付中!


飲む☆食う☆語る

2010年12月02日 | 奈良検定お勉強日記
12月5日の食事会。
独楽さんが音頭取ってくれるそうなので、
参加表明まだの方は、そちらのブログでお願いしまーす。
→http://blogs.yahoo.co.jp/daniillove

会場は、「蔵」でも「イタリアン」でもないところです(笑)
12月3日、12時までの参加表明まで受け付けます。
サプライズゲスト(?)もあるということなので、
奈良検定関係に興味のある方は是非どうぞ。


メシとべんきょう

2010年11月30日 | 奈良検定お勉強日記
今週末(?え、来週初め?来月あたま?)
12月5日に認定セミナーを受けに行くわけですけど。
タダでは帰ってこないのがワレワレのミッション(って誰のこと)

勉強したら腹も減る。
ということで、疲れた頭を休めるためにも、食事会をしようかなと。

1級の認定支援セミナー終了後に5時ごろから食事会をしたいと思います。
先日ねーさんたちに連れられて、ワインをちびちびなめさせてもらったんだけど
(一番ワインを「味わっている」と云われた)
その類いで、ワインあけつつ、美味いもの食べたいなあって思ってます。

前から「TRATTORIA piano (トラットリア・ピアノ)」って入ってみたかったんだけど。
(東向きと、三条通がぶつかるあたり>南都銀行の向かい)
http://piano.syncronicity.co.jp/
ピザにワインってどうですか?

ここって、メシは美味いらしいけど、オーダーレスポンスがイマイチって意見が
未だに出ているのでちょっと心配は心配なのですが。
それと、ピザは種類いろいろ食べたいけど、一人で行っても
なかなか枚数食べられないし、大人数でこそ行ってシェアできればなあと。

あと、イタリアンだと

PONTE ROSSOとか
http://www.ponterosso.jp/index.html

オリーブダイニングとか
http://www.life-food.jp/olive_dining/index.html

あーあと、イルンガってのもあるけど夜は高いからなあ(笑)
あとおススメがあれば教えてください。
って個人的に、イタリアンな気分になってるだけなんで
ほかのモノでももちろんオッケーです。

奈良検定セミナー後の集いですが、別にどなたでも参加OKです。
気になる方は参加表明してください。

奈良を学ぶ★二日目

2010年11月10日 | 奈良検定お勉強日記
さて、昨日に引き続き、奈良検定の体験学習でバスハイク。
本日は「都祁山の道を訪ねる」プログラムです。

しかし、参加する前にひと仕事♪
早起きをして生駒へGO!です。

というのも宝山寺の獅子閣が特別公開されているとのことで、
うきゃー!こりゃ行かねばってことでして。

実はわたくし、昨日の朝のうちにここへ行くつもりでした。
しかし朝イチの電車と新幹線を乗り継いでもキツキツタイトスケジュール。
一本でも遅れたらヤバイ状態だったので泣く泣く諦めたのですが。
よくよく考えてみれば、日曜の朝イチに奈良市から生駒へ出かけるなら
家から始発で出かけるよりは楽なのではないか?
計画を練り直したら、集合時間が9時10分なのが幸いして、
なんとかバスハイクの前までに帰って来れそう…。
(集合時間が9時だったらNGだったのだ>この時間設定に感謝だ)
よし、行くぜ!

ちゅうことで、早起きをして7時過ぎの電車に乗ってまず生駒へ。
生駒ケーブルに乗り換えたら、本日の行きは「ミケ」号でした。
ゴトンゴトンと5分で宝山寺駅へと登り、まずは宝山寺参拝。
8時を過ぎてから獅子閣へ。

獅子閣は明治に入ってから作られた木造洋風建築。
宝山寺の「迎賓館」としての位置づけとして作られた建物です。
雰囲気としては神戸の異人館風の建物なんだけど、
二階には「黄金の和室」があったりしてまさに和洋折衷。

ステンドグラスが美しかったり、階段が廻り階段だったり、
洋風な箇所はもちろんあるんだけど、断崖に舞台づくりされている
テラスは「長谷寺風」だったり、おさんどんの人が上る用の階段は
東大寺の急斜面風階段だったり、まさに和菓子屋が作る洋菓子な雰囲気。

本当はもっとゆっくり見たかったんだけど、20分ほどでおいとま。
宝山寺からの急な坂道と階段を飛び降りるようにピョンピョンと
駆け下り、なんとか予定していたケーブルカーに飛び乗れました。
これに乗れれば何とか奈良駅に戻れます。ほっと一安心。
近鉄奈良駅に着いたのは午前9時。
まさに綱渡りでしたが、なしえたぞー(笑)

その後は時間を気にしなくても、
あちこち連れて行ってもらえるバスハイクです。
楽しませていただきます。

本日のスケジュールは
「春日宮天皇田原西陵~光仁天皇田原東陵…太安萬侶墓~
三陵墓古墳群史跡公園~来迎寺…小治田安萬侶墓…都祁水分神社~氷室神社」
行くところは墓と、陵と、神社。
壮大な墓参りツアーですな。ははは。

まずは、近鉄奈良駅をバスは出発して10分ほどで原始林の中へ突入。
奈良ってスゴイところです。
県庁所在地からバスで10分も走ると原始林があるんだから。
山をうねうねと登って、春日宮天皇陵に到着。

はて?春日宮天皇って誰さと思えば、天智天皇の皇子・志貴皇子のこと。
奈良最後の天皇である光仁天皇が即位した時、実の父である志貴皇子を
”天皇の父”としてそれなりの地位にするべく
「春日宮天皇」を贈られたとのこと。

志貴皇子が亡くなった時に一度墓は作られていたものの、
それを改葬して、現在の陵に収めたんだとか。
本日の案内役・来村先生いわく
「風水的に見てとてもよいところに作られた墓です」
とのこと。

次はちょっとだけバスに乗って、その光仁天皇田原東陵へ。
天武系で皇位を継ぐ人が誰もいなくなり、
天智系に移ったという時に即位したのがこの人。
光仁天皇が即位したのは62歳の時。
かなりの長寿ですよね。
この人の息子ってのが、奈良を捨てて長岡京へ移っていった桓武天皇。

光仁天皇の墓も元々は聖武天皇の近所の佐保山に築かれたのだけど、
桓武天皇が「こんなとこイヤだ!」と、この人も父の墓を改葬。
(だったら最初からよい場所に作っておけと…)
大和全土をくまなく調べて見て「ここがいい!」と決定したんだとか。
ここも風水的に見てよい場所なんだそうですよ(笑)

次の太安萬侶の墓へは徒歩にて。
田舎の茶畑の、何でこんな急斜面から?って場所にありました。

昭和54年に茶畑を整備しようとしていて裏山を掘っていたら、
なにやら炭に囲まれた銅版が出てきた。
よくよく調べてみたら「げげ!太安萬侶の墓って書いてある~!!」
ここは史跡として指定されることになりました。

その出土地まで道が付いていて登れるのだけど、かなりの急斜面。
登るのはいいんだけど、降りるのが怖いような坂道でした。
道路から見上げた場所にある出土地は、
そんな高所ではないように見えるんだけど、
実際にその場にまで上ってみるとかなり眼前が開けて、いい場所です。
やっぱりここも風水的に…(以下略)。

ここで午前の部は終了。
バスで移動して、名阪国道の道の駅「針テラス」にて昼食をいただくことに。
普段は入ったことない二階の大食堂に通されて、奈良の鶏飯をイタダキマシタ。
「一杯目は普通に食べていただいて、
二杯目は薬味を乗せて出汁をかけて食べてください」とのこと。
ひつまぶしの食し方のようですが。
あとはこんにゃく炊いたのとか、ちょっちお刺身とか、冷めたてんぷらとか(笑)
おなかすいていたので全部おいしくいただきました。

午後からは都祁山道(つげやまのみち)へ。
都祁山道とは元明天皇が和銅9年に開いた、大和から伊勢へと通じる街道。
和爾下神社から東へ伸び、米谷・福住・都祁と抜けて東へ向かう、
現在の名阪国道と付かず離れずの道です。

まずは三陵墓古墳群史跡公園へ。
ここの古墳は知らなかったのだけど、
都祁の集落を治めていた5世紀後半の豪族たちの墓だとか。
ユーモラスな表情の古代人のモニュメントがとても目を引きます。
三つの古墳は、向かいのお山がきれいに見える場所が選ばれているようで、
古い古墳ほど良い場所をゲットしているようです。早いもん勝ちですね。

次なる目的地は来迎寺。
ここは中世多田氏ゆかりの寺で、創建はあの行基さんだとか(マジ?)。
平安後期には多田満仲一族が境内を開き、阿弥陀如来像を祀った
あたりからは信じられる歴史。
境内には百基あまりの五輪塔がゴロゴロと並んでいました。

本堂は本当に荒れ寺風で、破れた箇所に紙が貼ってあったり、
天井近くにビニールシートが貼ってあったり、
まさに唐傘オバケでも住んでいそうな風情です。
しかし、ここには詳しく書けないほどのお宝も所蔵してるんだとか。
おー、クワバラクワバラ。

そして本日二つ目の墓参り。
小治田安萬侶の墓です。
小治田安萬侶は奈良時代の官人。
実在の人の墓誌が出てくるのは極めて珍しいことで、
彼はこの地で火葬にされ、その場に墓が作られたということが判ってます。
(太安萬侶の場合は、あそこで火葬されたのかどうかは不明)
ここは、太安萬侶の墓よりも急斜面ではないものの、
やはり岡の斜面に立っているらしい。
現在はこの墓の前に人家が立っており開けた感じはしないのだけど、
墓が出来た当時は岡の斜面を背に、眼前に開ける光景がよい場所だったとのこと。

そこから徒歩にて都祁水分神社へ。
大和には宇陀、吉野、葛城、そして都祁と四つの水分神社があり、
どれも由緒正しい神社。
本殿の北には万葉集にも出てくる「山の辺の御井」とされる
湧き水の井戸が見られました。鬱蒼とした木々の中にひっそりと
水をためている池。なかなか趣がありました。

そしていよいよ本日最後の訪問地。
氷室神社。氷の調達を司る「氷池風神」の神社。
ここらへんは奈良市の中心部と比べて温度がかなり低いらしい。
なので、氷室が置かれていたというのも納得。
確かに生駒も大阪市内から電車に乗ってくると、
温度が2・3度違う体感あるもん。
境内の裏山では氷室の跡と思われるくぼみが残っており、
確かにこの地で氷が作られていたと見られます。

天気も悪くなってきて雨も降ってきたし、
あたりも暗くなってきたからか、どよんとした雰囲気が
おどろおどろしくて、「なんかいる」感じがしてよかった(笑)
神社は明るすぎてはいかんのだ。
神さまが出てきてくれないじゃないか。

ちゅうことで、無事本日のバスハイクはこれにて終了。
バスで奈良市内へ戻ります。
これが予定よりも一時間ほど早く着いたので、さてこれからどうしよう。
んじゃ、とばかりに、興福寺の特別開帳へ。

五重塔の初層開扉はこれで何度目かなんだけど、
今回の目玉は東金堂の後堂をぐるっと見せてくれるところ。
(背中を見て学べということなんですかね>仏像も)

東金堂は夏にも入ったばかりだけど、今回は前から拝むだけではなく、
右手から裏へ回ってぐるっと一周回れるようになっていました。
本尊の真後ろに隠れるようにして立っていたのが
正了知大将像(しょうりょうちたいしょうぞう)。

『金光明最勝王経』などに説かれる仏法の守護神で、
苦難を取り除き福を授ける神として信仰される。
東金堂の再建当初に後堂に安置されていたとのことだが、
平安時代に火災に遭い、踊り出て焼失をまぬがれたため
「踊り大将」とも呼ばれる。

残念ながら現在の像は創建当初のモノではなく、
室町時代に再興されたもので、普段は国宝館の中に収められているが、
今回の特別公開に際して東金堂にお戻りになられたとのこと。

この時、堂内で説明をしていた学生おねーさんが実に物知りで、
いろんな情報を出してくれたのが興奮もの。
「この十二神将さんはみんな靴を履いているのですが、
一体だけサンダルを履いているんですよー」とか
「この絵を奉納してくださったのが、石坂浩二さんで。
ワタシ石坂浩二さんって知らなくて、ふーんとかいってたんですよ」とか
「十二支を描いた板なんですけど、人間に害を及ぼすような
ねずみとかの絵は出してないんですよ」とかとか。
物凄いトリビアを披露してくれて興奮しまくりでした。

あと、坊様の集団がやってこられて
「おお、これが鬼子母神のダンナかあ」と例の正了知大将像を拝みぼそっと。
ええ?!そうなんだ。パンフレットにもそんなこと書いてないぞ。
「そうそう、二人でオコサマを500人も作ったという…」
ボソボソっと…えええ!(笑)
坊さんについていくといろんな話聞けてうれしいぞ。

その頃には雨はバカバカ降ってましたが、
バスハイクの前後にもあちこち見られて、
今日も一日あちこち行けて本当に充実してました。

もうどこも観れまへんって東向きでラーメン食べて、高速バスにて帰路に。
名阪国道を通って帰るので、本日二度目の針テラスというおまけつき(笑)
帰りはさすがに疲れてバスの中で居眠りしてました。

認定プログラムはコレにて終了。
あとは地道に勉強せねば。

奈良を学ぶ★一日目

2010年11月04日 | 奈良検定お勉強日記
行ってきました。久しぶりの奈良。
10月30日に行われる奈良検定の認定プログラム
『舞楽を楽しむコツ教えます』に参加するために。

久しぶりの奈良ですが、岐阜から出かける奈良は初めてだったので、
いろいろ検討して朝イチに自宅から出かけたらいいのではないかと決定。
5時に起きて奈良に行くなんて久しぶりでワクワクしました。

途中までは乗り慣れない在来線を乗り継ぐためちょっと緊張したけど。
京都にたどり着いたらそこから先は、勝手知ったる他人の庭(笑)
いつもは高速バスでたどり着くと朝イチだから、ほとんど無人の京都駅なのに。
その日は観光シーズン真っ只中で、一杯人がいてワラワラしてました。

近鉄電車で奈良へ入ると、本日の従来の予定の前に一つオプション見学。
元興寺禅室の屋根裏探検隊~♪に行くのです。

punipuniさんとyumekoさんに混ぜていただいて禅室の屋根裏探検です。
集合時間までに受付を済ませ、10時半から見学。
まずはヘルメットと懐中電灯を渡されます。
おお、人生初めてのヘルメット体験です。その姿はまるで現場監督。
お互いの姿に爆笑して記念撮影などします。

そしていざ「現場」へ。
仮ごしらえの階段を上ると、未知の世界。
禅室自体は以前、影向堂には入ったことがありますが、もちろん屋根裏は初めて。
というか、屋根裏を公開すること自体がお初なので、1300年祭様様です。
屋根は四室に分かれていて、まず第四室で説明を受けたのちに第一室方面へ移動。

屋根裏では、元祖・法興寺の頃・天武朝の頃・奈良時代の頃の部材が
あちこちに使われており、昭和の時代に行われた補修の頃の部材には
節が入ったり、ちょっとお粗末な木が使われてました。
昔はよい材木が手に入ったのに、時代が下るに従ってどんどん良い木が
入手できなくなったんだなあと判ります。

あと、ドラキュラが入っていそうな西洋風棺おけにぎょぎょぎょ。
なんでも、昭和の頃にこの寺を復興しようと尽力した和尚さんが
外国で客死され、その亡骸を納めて帰国したのがこの棺おけなんだそうな。

その坊さまというのが辻村泰圓。
元々は宝山寺の坊さんでしたが、荒廃している元興寺を再興させようと奮闘された方です。
この方は世界を股にかけて飛び回っていたけど、アメリカへ行ってるときに
亡くなってしまったため、彼の地の棺おけに入って帰国されたというわけ。

ということで帰国して仏式にのっとって葬式はしたはいいけど、
ご遺体を収めてきたその棺おけは捨てるに捨てられず、
処分に困って屋根裏にあげてまえ!ってことなんではないかと…。
(一般家庭においてもよくある話)

しかし途中、面白半分でかぶっていたヘルメットが役に立つことこの上なし。
足元に注意しつつ歩くのだけど、そうなると頭上への注意が散漫になる。
珍しいものに出くわして、そこへ向かって突進するたびにガン!ゴン!
メットは伊達や酔狂でかぶってるわけではないのでした。

はーオモシロかった。
終了したらまだ11時半前で、少し早いけど昼食をということになり、
サンルートホテル近くの「ヒサゴ屋食堂」にて”牛すい定食”を食べました。

牛すいって何ぞやといえば、牛すい≒肉吸いでして、
肉吸いを簡単にいえば「肉うどんのうどん抜き」(笑)
これ、関西というか、大阪、もっといえば、難波名物です。
詳細はこちらでどうぞ↓
http://r.tabelog.com/osaka/A2702/A270202/27002763/dtlrvwlst/465868/

ウワサには聞いていたけど、出汁がきいてておいしかったです。
久しぶりに卵かけご飯もおいしくいただきました。
汁も残さず全部完食!はー満腹だぁ。

それからようやく本日の最大の目標である「春日大社での講座」へ向かいます。
本日の内容は「舞楽を楽しむコツ教えます」

申し訳ないのだけど、舞楽というのはどういう風に見たらよいのか判らん。
おん祭りで寒い中ただ突っ立って見ているだけの舞楽の数々は、
どんなことを、どんな理由で、どんな意味を持って踊っているのかさっぱ判らず、
長時間見ているとちょっと退屈になってしまって、
そのうち寒さに耐え切れずに帰っちゃったことがあるので。
ならば、そのコツとやらを教えてほしいなと。

まずは舞楽についての講話と解説。
雅楽の元となった楽器はどこから伝わってきたのかとか、
平安時代に治部省に雅楽寮が出来て、三方楽所(さんぽうがくそ)ができたとか、
明治維新には三方楽所が解体され、宮内省(庁)楽部ができた、とかとか。

いろいろ聞いたんですのよ。
御旅所に置かれる巨大なダ太鼓は二つあり、その見分け方としては、
巴紋&金色&龍の太鼓は左側の太鼓で、
二つ巴&鳳凰&銀色は右側の太鼓とか。
雅楽は音程をとるのが難しいので、その音を合わせることを「音取(ねとり)」というとか。
(余談ながら、『某ヘキサゴン』では、雅楽を演奏する前に行う音あわせのことを
なんというかという問題では、答えは「打ち合わせ」ってなってた←現在も使うね)

しかし、しかしだ。
私が知りたいのはそんな細かなことではなくて、舞を見て楽しむほうなのだけど。

その後は舞楽装束の鑑賞。
ベースとなる衣装は、役人が着ていた袖のある、平安貴族が着てそうな上着。
そこに、よだれ掛けのような(をい)飾りを付けるのだけど、その飾りというのが
貫頭衣よろしく、長方形の布の真ん中に、丸く穴を開けた生地だったというのが衝撃的でした。
カントウイは現代にまで生き残っているのだな。

そしてその衣装の着方を実演してもらうのだけど、
面をつけるときだけは、モデルの方が退席しました。
それはやっぱアレですかね。
面を付けたら「別の人」というお約束があるから、
変身シーンは他人には披露してはいけないってことなんでしょうか。
(仮面ライダーのように、変身!って見せるようなことは謹まねばならんのかも)

その後、本来であれば若宮社に移動してから舞の奉納を見学する予定でしたが、
朝までの雨により野外での舞楽はムリということで、場所を移さず会場にて実施。
躍動感溢れる動きではない、所作が一つ一つ流れるような連続技で、まるで太極拳。
ありゃ動き回るよりもキツイんじゃないだろうかと思いました。

舞楽の方はお一人での舞いでしたが、
雅楽の方は四名入られて、その生演奏つき。
どっちかっていうと、舞楽よりも雅楽生演奏にかぶりつきになってました。

結局、どこをどう見たら舞楽自体を楽しめるのかはよくわからんままなのだけど(をいをい)。

蘭陵王(らんりょうおう)と納曽利(なそり)は、大和舞に属し、
おん祭りの中で行われる競馬でどちらが勝ったかによって
蘭陵王が先に舞われるか、納曽利が先に舞われるかが決まるとか。

そーゆーキマリごとがあって、見る人が見れば「ああ、今年の結果はそうだったのね」
というのが判るらしい。ツウならではの楽しみですな。
(私はそこまでは達してないけど)

講座終了後は修了証をもらって、次はお寺めぐりです。
まずは不空院へ。
新薬師寺へ向かう途中にあるお寺で、いつもは開門されてないのだけど、
今回は1300年記念で開いてました。

ご本尊は不空羂索観音さま。
東大寺三月堂、興福寺南円堂とともに、三不空羂索観音といわれているとか。
今は無くなってしまっているけど、ここには八角堂があり、それは興福寺の南円堂が
建てられる前にこの地に空海が建てた、試みの八角堂らしい。

通りから見てはいたけど境内には
「えんきりさん」と「縁結びさん」の神さまをお祀りしており、
そのことから「駆け込み寺」としての機能もあったらしい。

さてお次は新薬師寺。
いつもは境内のどこかにいる猫がいるのが、今回は見かけなくてちょっと残念。
でも、香薬師如来立像の写しが公開されていたので、じっくりとご対面。
普段は庫裏の隣の香薬師堂におわすのが、
今回は特別に本堂のバサラのお膝元におでましになってました。

第二次世界大戦のさなか、盗難にあって行方不明になってしまった仏様なのだけど、
この写しが作られていたので、それを特別に公開。
飛鳥の金銅仏らしいふくふくとしたお顔で、ああ、現物はいまどこに。
(時節柄、供託されて大砲の弾になんてなってなければいいのだけど)

あと、何故か「おたまさん」を拝めるラッキーなハプニングも。
おたまさんとは俗称ですが、影清地蔵尊の体内から
昭和59年に発見された裸形のお地蔵様で、まっぱだかです。
ゆえに、ミケランジェロの像よろしく…(以下略)ってのが”その名”の由来。
別料金で会える(笑)と思ったんだけど、何故か今回はそのようなことを
言われなかったので、これもある意味特別公開ってことか?

無事本日の寺めぐりを終了です。
しかし今日は土曜日。
短い奈良の夜でも、今日は奈良博が7時まで開いている日だ!
ってことで、ぎゅうぎゅう盛り込みツアーとしては最後の最後に正倉院展を組み入れ。

レイト観覧だと、料金が安くなる&おまけがもらえるということで、17時半近くになると
レイトに並ぶ人の待ち行列が出来てましたが、そんなヒマはないとばかりに
さっさと観覧券を握り締めていざ出陣!

今回の目玉はなんといっても「螺鈿紫檀五弦琵琶」(呪文のようだ)
思ったよりも第一室の入り口付近が混んでないなと思ったら、
琵琶が部屋中央にあって、それを一番前で見るための渦巻状の行列が出来てました。
一番前で見られるまでに一時間待ち?
はあ~?
裏面はその行列に巻き込まれない方向からちゃんと見えるし、
表(弦が張ってある方)だって、近くまでいけるスペースはある。
何でみんなこんな行列に並んでいるんだ???

今年は、第一室の左奥が吹き溜まりになってなかったのはこのせいかも。
まあいい混雑整理対策なんではないでしょうか(笑)
私はサクサク進んでほかのモノを見学します。

「スッポン」とか「色絵紙」とか「リボン付きバレエシューズ」とか
夏休みの宿題でよくやった、歯ブラシと網で浮き出させた写し絵とか興味深かったです。
昔から婦女子はレターセットとか、手漉き和紙とか、匂い袋とか好きだったんだなあ。
あと、道鏡の親筆ってのは「あら、あんがい××な字だわ」とか思ったり(笑)

一時間半ほど宝物を堪能して。
知識で頭を一杯にしたあとは、腹を一杯にすべく「ジェントリー」へ。

ここでねーさんたちのワインを意地汚くも味見させてもらいつつ、
ピザやパスタを上品に食べ(笑)
奈良ばなしに花をさかせ、奈良検定の将来に想いをはせたのでした。
むふふふふ~。

そして本日のお宿は奈良では珍しいゲストハウス>ウガヤゲストハウス。
外人さんに話しかけられたらどうしよう…とか思いながらチェックインしたのに
ベッドに案内されたら、すでに他の方は寝ておられました。がっくし。

バスタブは使用禁止でシャワーのみなので、例によって銭湯へGO!
宿から2分ほど西へ行ったところで、夜11時まで営業のはずなのに
行ったらばーちゃん連中に、
「ねーちゃんあんた一人やからハヨ入らなアカンで」
「タオル持ってんのか?」
「洗面器はそこの持ってってな」と散々いじられたよ。
タイルも天井もきれいなお風呂で、電気・泡・バスクリンと多種あり、
サウナもあって大変キレイ。気に入った~。

朝が早かったので宿に帰ってゴロンと横になったら、すぐ眠れましたわ。
明日も楽しい一日が待っております。

勉強放置続行中

2010年10月27日 | 奈良検定お勉強日記

そろそろ奈良行く用意しなくちゃと思って30日の分の受講票を探していたら。
すっかり忘れていた「奈良通1級」認定支援セミナーの存在を思い出した。
ぎゃー!!

慌てて公式サイトを確認したら、まだ申込期間中。
(しかし定員に達しているかどうかは不明)
あわあわあわ。
引越しは慣れているはずだけど、今回は勝手が違うこと多数で
いまだバタバタしているので、ガッコの勉強も、
奈良検定の勉強もまったく手付かず、です。
うーん。11月からは着手(てか再開)できるんだろうか。

それはさておき。
やっぱ、1級受けるのに支援セミナーって受けておいたほうがベターなもん?
受けるとしたら前半で受けたら、後半はパスでもOK?
それとも「二度と同じポロリはない」んだから、
どっちも受けておくほうがベスト?

悩むなあ。
ちなみに、受講予定の方はどちらの日付を受講されます?
11月分だと11月中限定ご開帳ものに間に合うかな~とか
不埒なことを考えたりもします。
12月だと紅葉見ごろかなあ(もう寒いか)

昨日からめっきり冷え込んできたのでそろそろ紅葉の時期ですね。
って、そんな呑気なことを云ってる場合じゃなかった。

該当者のご意見をお待ちしております。


大和の仏たち

2010年10月05日 | 奈良検定お勉強日記
引越し直前だというのに、9月26日に
奈良検定の認定プログラム「大和の仏たち」に行って来ました。

9月26日というと、室生寺五重塔の初層が特別公開されている
最後の日ということで。これよりも先にいけるアテもないし、
割りと交通の不便な地をバスで巡ってくれるじゃないか!
ということでコレに参加することに決定。

本日のコースは、
近鉄奈良駅→安産寺→室生寺→昼飯→聖林寺→阿倍文殊院です。
今回のプログラムに同行していただくのは、帝塚山学院大の関根先生。
講師付きのプログラムには初参加であります。

集合場所より奈良交通の観光バスにて一路東へ。
久しぶりに名阪国道を走りました。
名阪の上り坂からみる奈良盆地は遠くに生駒が見えた♪
小倉ICから降りて南下します。

まずは、近鉄三本松駅近くの安産寺へ詣でます。
近鉄三本松駅は室生口大野のお隣の駅。
しかし、あんまり交通の便がいい場所とはいえず。
現在では駅の下を走るR165を使っての車での来場の方が便利かと。

道の駅「宇陀路室生」にバスを止めさせていただいて、
坂道を上がっていくと安産寺です。

そこは寺というか、現在は公民館として利用されている建物の奥にお堂があって、
そこに地蔵菩薩さまがお祀りされているのでした。

このお地蔵様が今回の訪問の目的。
子安地蔵尊と呼ばれる村のお地蔵さんは、
近年実は元々室生寺におったお地蔵さんだということが判ったのです。

というのも、現在室生寺の金堂におられる地蔵菩薩の像の光背が、
なんとも寸法があわず、別の地蔵像の光背なのではと云われていた。
はてさてどうしたもんか。

一方、安産寺の地蔵様はこんないわくつきのお地蔵様。
なんでも、大雨で増水した宇陀川をこの地蔵様が流れてきたらしい。
『村人達は驚き慌ててお救いした処余りにも優しい美しいお姿にみとれつつ、
安置する場所を求めて集落へとお運びして来たが、俄かに足が進まなくなり
『ああシンド』と腰を降ろしたら、仏像も動かなくなった」そこで村人達は、
この場所にお像を祀れと言う御託宣(お告げ)ではないかと悟り、
早速そこに堂(新堂)を構えてお祀りしたのが、子安地蔵菩薩堂本堂
(のちに安産寺と改名)であるという話が今も語り継がれている。』
(安産寺パンフレットより)

ちゅうことで前々から、この仏さんは室生寺から流されてきたのではないかと
いうことは薄薄はわかっていた。

それが決定的になったのは、昭和62年に奈良博で行われた
「仏教団諸外国菩薩展」に出展されたとき。
室生寺の光背に、安産寺の地蔵菩薩を合わせてみたら…。
なんということでしょう。ぴったんこ。

やはりこの光背は、安産寺の地蔵様の元々の光背だった、
かつ安産寺のお地蔵様は元来室生寺の仏様だった、
ということが立証されたのでした。

かねがねそんな話は聞いていたものの、三本松か~となかなか行けないことを
理由に見にいってませんでしたが。
今回はバスで近所まで連れて行っていただけるってことで、ホントにラッキー。
(というか、これがあったのが、コース選択をした決定打だったんだけど)

安産寺では村の古老さんが説明をしてくださいました。
博物館で見た、室生寺の光背を背負って立っている地蔵様のお姿は、
見慣れた「うちの地蔵さん」よりも光り輝いている気がして、
いつも見ている地蔵さんとは違うような気がする。
そこでなかなかそばに行って見られなかったんだとか。

エライさんに「何してんの、こっち来て見ぃや」といわれ
近寄ってよく見てみると、確かに「うちとこの地蔵さんやー」
って判るんだけど、見慣れない光背を背負ったお姿ってのはホント違うらしい。

一杯ずつお茶を振舞っていただき、お寺お寺したところではなく、
拝観の管理をされている集落の方による説明ともてなしは
なんともはや、心やすらかなる「村のお地蔵様」がもたらすものでした。

次は室生寺、のはずだったのですが。
バス車中にて「予定変更して参拝だけですが、龍穴神社に立ち寄ります」とのこと。
やったー!!

室生寺には何度も行っているわたしも、
そこからすぐの龍穴神社には一度も行ったことがなかったのです。
せっかく室生に行くからには、ついでに立ち寄ってきたいではないかと思って、
実はバスに乗車する前に「昼休みに自由時間はありますか?
龍穴神社に行ってきたいのですが」といってみた。

したら「自由時間はないし(ないだろうなあ…)
あそこらへんは観光するような見るものもないし(知ってる)
龍穴神社は食事の場所から遠い(室生寺からなら歩けるじゃん)」
といわれてしまったので残念に思っていたのですが。

思いもかけないサプライズに一人ガッツポーズ。
バスは室生口大野からのメインルートではなく、
室生トンネルを抜ける新しい道を通ったため、
どうせ通過するならということで降ろしてくれたようです。

おお。こりゃ、安産寺さまさまだわ
>あっちから来ると、その道を経由するほうが近いから。

ということで、大急ぎで龍穴神社のうんちくをバスの中でお聞きして、
降りると同時に参拝して、写真バシャバシャ撮って、慌しくバスへ乗り込み。
滞在時間5分程度(笑)だったのですが、まあ個人行動してもそんなくらいしか
時間は取れないと思うからいいや。とりあえず一度は着てみましたよってことで。

ここは古来より雨乞い&雨止みの祈祷をするお社。
前回のセミナーで上った春日山原始林の中にある池から、
竜神さんがお引越してきたのがここだというハナシ。
これで猿沢の池→春日山山中→龍穴神社と転居された足跡が辿れました。
(でも龍神さんに、足ってあるのか?)

もっと時間がある場合は、奥の奥の方に龍がすむという名も名も「龍穴」へ
行ってみたらということですが、室生に一日仕事で居るならともかく、
次から次へと渡り歩くバスハイクではちょっとムリですね。

龍穴神社は元々室生寺の神宮寺という位置づけだったけど、
今では室生寺の方が断然有名。

そしてバスに乗るまでもない距離をバスで移動して駐車場へ入り、
室生寺参拝です。

本日のメインイベントは「五重塔初層ご開帳」
最終日の日曜日にしてはあんまり人がいなかったのはラッキーかも。

金堂方面へあがる階段の脇には石楠花。
「室生寺の階段わきには石楠花ってのは、2級合格者のみなさんなら常識ですね」
といって関根先生は笑いをとっておられました。

今回は特別に弥勒堂に上げていただきました。
これぞまさしく観光バスの威力(え?奈良検定の威力かな)

こちらの弥勒さんは通常の「あーかったるー」な雰囲気が少なく、
元気はつらつ(?)とされている印象がありました。
そのお隣には色白な釈迦如来坐像さま。
あれ。もしかして、東京でお会いしましたっけ>三井記念美術館で。
おひさしぶりでございます。
東京で思いがけずお会いできた時もうれしかったですが、
こうして現地でまたお会いできるというのも大変うれしいです。

そして金堂へ。
遷都1300年記念のご開帳で期間中は外陣からの見学をさせてくれますが、
それは今年の12月からのハナシ。
今回は特別に「奈良交通」バッチの威力として、
またまた外陣にまで上げていただけました。
おお、団体客であるメリットもたまにはいいもんだ。

そしてここが仏密度200%、ぎっしりたんまり詰め込んでみました~な空間。
舞台造りのお堂には
★十一面観音◎文殊菩薩★釈迦如来◎薬師如来★地蔵菩薩
とゴレンジャーさまご一行が並び立ち、その姿は圧巻。

この向かって右端の地蔵菩薩さんの光背が、さっき見てきた
安産寺の地蔵さんのもともとの光背なんだそうな。
そういわれてみれば、このお地蔵様の光背としては、ちと背が高すぎる。

★印の仏さまがもともとこのお堂におられたお方で、
◎印の仏様は後からやってこられた方であると推察されている。
中でも中央のお釈迦さんは、もともとは薬師さんで(へ?)
◎の薬師さんがやってきたときに、お釈迦さんとして祀られる様になったとのこと。
なんでそんなことになったかというと、いろいろあるんですよ(をい)。

ここはもともと興福寺の力が強く及んでいたお寺だったために、
興福寺の神さまたち(四柱の神さまと、若宮さま)との本地垂迹説にのっとって、
五レンジャー仕様に仕立てられたらしい。

春日さんの神さまといえば
「たけ・ふつ・あめ・ひめ」(をいをい)+若様ですから。
十一面観音(ひめ)・文殊(若)・釈迦(たけ)・薬師(ふつ)・地蔵(あめ)
と当てはめると、しっくり5柱の神さまと、仏様が無事対応するという仕組み。

もともと中央のお像が薬師さんだったという痕跡はそこここに残っていて、
・ゴレンジャーの前にいる十二神将は薬師さんの眷属であること
・光背には七体の薬師仏が描かれており、それを背負う仏様は当然薬師如来であること、
・金堂の梁には薬壷(やっこ)が描かれており、もともと薬師さんのお堂としてたてられていたこと
などなどからも判るそうな。

はー、仏像度高い空間で、人間もギシギシに詰まって見学させていただきましたわ。
ここから先は自由行動ですってことで、バラバラに散ります。

金堂からさらに階段をあがると本堂(灌頂堂)と五重塔。
本堂は混雑していたようなので先に五重塔へ。

初層公開ってことで、中におられる仏様を期待しましたが、
開かれた扉の中には仏様はおらず。
新柱がぐるりと四方からみえていました。

はて?と思ったら、こちらでお祀りされている仏様は、
本堂にて特別公開されているのでした。

そこで本堂へ。
ここはバスツアーには入ってないということで、特別手出しをして志納して中へ入れてもらいます。
その中におられました>五重塔のほとけさま。
どうやらこのお堂の中で横一列に並んでおでまし。
おお、圧巻です。

ここの五重塔が倒木でなぎ倒されて、その復興工事の特別ご開帳の時に、
ここのゴレンジャーを拝ませてていただきましたが。
五重塔の初層開帳は記憶にないなあ。
(一緒に行ったオットは、公開されていたというのだけど)

ガイドさんに「奥の院はあきらめて下さいね」といわれていたけど、
あきらめられず、ちょっとだけ上って「暖性シダ類」の看板写真だけ撮ってきました(笑)
※そうそう室生寺の植物といったら石楠花で、
けっしてシダ類はメジャーじゃないと思うぞ。

そして集合時間。
五分前に行ったはずなんだけど…すでに人は集まっており、
私が最後の一人だったようです。あわわ。気をつけねば。

ここで昼ごはんです。
川沿いを歩いて、バス停近くの「志まづ」さんへ。

室生の赤橋のたもとでご飯を食べたことはあるけど、
ここでご飯食べたことってないなあ。
斜面をどんどん登って、三層になった一番上のレストランです。
(一階はみやげもの屋というものの営業しておらず。
二階は喫茶店というものの、ここも開いておらず)

お座敷に通されたら、既にお弁当がスタンバイしていてさっそく食べ始めます。
なんだか集合時間までに30分しかないとのことで、みんな黙々と食べます。
ゴマ豆腐が美味で、お土産に買って帰ろうかしら、なんて思ったものの、
本当に時間が短くて、食事とトイレ休憩を済ませたら本当にギリギリ。
弁当かっこんで…まではいかなくても、それに近いものはありました。

まあ私の一人旅なんて、食事すらまともに取れない行程を組みますから、
まだこれなんて良いほうかと。

そして慌しくバスに乗って今度は桜井方面へ。
次なる目的地は聖林寺と安陪文殊院。

室生寺から旧道を下りてきて、広い道路に出て、
室生口大野の駅近くには大野寺が…。
ちょこっとだけ遠景を眺めてそのまま素通りです。
さすがに、龍穴神社にも立ち寄ってしまったし、
こっちに寄る時間はなかったようです。

途中なんだか小洒落た集落(っていうかな。ニュータウンっていうか)を通ると、
案の定すでに桜井市。忍坂ってこんなにひらけてましたっけ?って感じ。
途中で見慣れた道に合流して、談山神社への道に入り、その途中が聖林寺です。

何度も来ているはずなのに、お寺までの坂道ってこんなにきつかったっけ?
というのが偽らざる感想。それは年をとったってことなんでしょうか(うげ)。

山への途中の立地で、さらに寺に入るのにひどい坂道を登るので、
山門からの眺めはヨイヨイ。
正面には箸墓古墳も三輪山も見えています。

ここで有名なのは十一面観音なのだけど、実はこの人は客仏(笑)で、
このお寺のヌシは石造の子安延命地蔵。
なんかおしろいぬりたくったようなのっぺりした白いお顔が特徴の、
のほほんとした仏様なんだが、ここの子授け&安産の霊験はあらたかでして、
お参りをした人がたちどころに孕む(笑)というのは
いいんだか悪いんだが。
私も一応ナムナムしてきましたが、果たして首尾はいかに(笑)

この像はさる坊さまが女性のための地蔵様をお造りしようと
全国を托鉢して廻り、その浄財で作られた仏様だと記憶していたのだが。
何でもお話を聞けば「奈良の地で石仏を作ってみたいと思っていた石工」と
「この地に石造の地蔵様を建てたかった坊様が」ばったりとであって、
この像が出来たというお話もあるんだとか。

それはともかく、やっぱりここは十一面観音様でしょう。
国宝ですよ国宝。
本尊様よりも高い場所に、渡り階段をつけた上の上に居られて、
客人もとい、客仏として、下へは置かない心意気を見せられた気がします。
もともとは本堂の地蔵さんのお隣におったのが、国宝認定受けちゃったもんだから、
さあ大変。専用のお堂が作られましたとさ。

こちらの十一面観音様は残念ながらガラス張りの中におられて、
ぐるっと1周してみることはできませんが、
それでも近くまで寄ってみると本当によいお顔してます。

そしてこの仏様の美しさはその指のしなやかな表現。
あのポーズをとることはなかなかフツーの人間には難しいと思う。
(指の神経が切れてないと、あれだけ一本一本違う場所に指を配置できない)
手のアップだけ見ても「おお、これは聖林寺の十一面さん!」と判るくらい。

このお姿で足元の蓮弁がものすごく反っていて、
ぷっくりした感じが横から見えます。
奈良時代の木心乾漆造の像で、古い時代の蓮弁はこうして肉厚の、
そりのきついものが主流。
これが平安時代になると、蓮弁はペターっと厚みをなくし、
反りも少なく、ぺたぺたと固まった感じになるそうです。

で、客仏というからにはどこから来たかといえば、
大神神社の神宮寺だった大御輪寺から。
廃仏毀釈の憂き目にあっていた十一面観音さんが
こちらにお越しになったのだとか。

明治初年頃は西洋人がせっせと日本美術を買い漁って、
海外に流出したものも多かったけど、
燃やされたり壊されてしまうよりはずっとよかったと先生はおっしゃいました。
確かに。失われてしまったものはもう戻せないけど、
海外で無事に過ごしていられるのならば「里帰り」ってのも可能だし。
現在でも拝むことができる。
そういう買いあさりは結構なことじゃないか。

そして最後の訪問地。安陪文殊院。
まずはいつものようにお抹茶を一服いただきながら。
坊様のブラックジョークを聞く。
(ここの坊主も薬師寺に負けず劣らずオモロイのお)

そして本堂へ。
本日二つ目の特別ご開帳。
普通文殊菩薩は獅子に乗っているけど、
現在はその獅子から降りているお姿が拝めるという。
いつもは遠くから、上の方を眺めているのだけど、
今回も奈良バスの威力でまたまた近くまで入れていただけました。
ラッキー♪

この像は快慶さんの作。
穏やかな顔の安阿弥陀仏様式で、あー好きだーカイケー(笑)
お獅子は後補のものらしいけど、
すっきり乗りこなしておられるんだから大したもんだ。

修理の際に獅子から降りられて、今までも40年に一度は単独になられていたけど、
その姿が公開されたのは今回が初めて。(遷都1300年の目玉)

「また獅子から降りられるのは40年先ですので、
その頃にはいない方もおられるかと…」
「わははは」
笑ってる場合じゃない。
あ、あたしも危ないや。40年後なんて。
ということで、この出会いはまたもや一期一会なのでした。

本堂を出て、境内にある古墳を見てから自由時間。
朱印をもらって、コスモス迷路を見て、もう一個の古墳を見ていたら
集合時間になってしまいました。

なんだか始まる前は、結構ゆとりのあるスケジュールだなって思いましたが、
一日まわったらあっという間で、時間的余裕もあんまりありませんでした。
これを電車時間とバス時間と合わせて回ると、全部廻りきれなかっただろうな。
なので、よい思いをさせてもらったし、コンパクトに回れたし、
ご飯はおいしかったし、行きたかった龍穴神社にも行けたし。
今回の参加は大成功だったのではないかと思います。

大野寺はまた次回にしよう(あそこなら電車でいけるし)

飲まずにいられない

2010年09月07日 | 奈良検定お勉強日記
連日暑くて暑くて暑くて暑くて、
今ってホントに九月?!とか、
今は単衣の時期ぃ?!とか
「ミナミぃ~なんかイライラする!」
な気分全開でございます。

いつになったら秋めくんでしょ。
とりあえず、積極的に秋の話をしよう秋の。

現在あんまり先の、大きな話はできないんだけど、
今現在決まっている予定では、10月30日(土)に
「舞楽を楽しむ」って奈良検定の講座があるので、それ行きます。

次の日は「都祁を巡る」ってのも連荘で参加なので、
土曜日は奈良泊まりです。

ちゅうことで、土曜日の夜はフィーバーフィーバー(古っ!)
夜飲みしましょか。

いや、私は飲んだくれることは出来ないので
付き合い程度でありますが。
ガシガシ、ワシワシ、飯を食うってのしたい。

土曜の講座は15時解散という中途半端な時間でお開きなので、
その後ひとつくらい「どっか」行きたいし。
春に行けなかった”レンジョージ”にでも行こうかなと思っているのですが。
夜は夜で集まりたいです。

一緒に飲み食べしませんか?

来年のはなし

2010年08月20日 | 奈良検定お勉強日記
奈良商工会議所から奈良検定の実施要項が送られてきました。
おお、そんなお知らせが来るのね>過去受験者には。

来年の試験は1月9日ということで、お正月連休のナカビか~。
私は今年2級を東京で受けたので、奈良での受験はお初になる。
ま、奈良大の試験ではさんざん奈良での受験ってしましたからね。
(さんざんって程受けてないと思うが)

1級の支援セミナーは二回。
11月14日と12月5日か。
どっちかっていうと12月の方がいいかなあ。
11月は何かと忙しいような気がするし
>その日まで公開の特別ご開帳ものも多いしさ。

で。
びっくりしたことに、2級の支援セミナーで、
なんだか懐かしい名前が出てるじゃないですか。
おお、うちの母校だ★
しかも市ヶ谷。
便利なところじゃん。山手線どまんなかだし。総武線でこれるし。
(ま、多摩校舎なんて設定しても誰もこれないだろ)

しかしだ。
去年、東京で支援セミナーなんてあったっけ?
それと去年はソムリエのセミナーは帝塚山じゃなかったっけ?
会場が奈良女子大と商工会議所と法政大学って、便利じゃーん。
奈良大やら帝塚山に比べたら、雲泥の差(笑)

セミナーはどっちを受けてもいいんだよね?
てか、どっちも受けていいんだよね?
そこまでつぎ込む価値はあるのかどうか判らんけど。

あー、ドキドキしてきました>今頃から。
正直2級はなんとかなるだろうと思っていたけど、
まじ1級はヤバイんじゃないかって感じだし。
べ、べんきょうしなくては。

その前にさ。
その前の日と当日は奈良大学の奈良大での最終試験日でもある。

うーん。
この日を逃がすと、また来年も大学生♪状態なのだな。
まあそれでもいいのだけれど。
いい加減根性入れて残り科目やりたいなって思うだけ思って
毎年うっちゃってるこんな私をどうにかしたいって思っているのもジジツ。
はー。

1月8日に奈良大学の試験受けて、
1月9日に奈良検定の試験受けるのはどうでしょう。
場所はいずれも奈良大学と変わり映えせず。
慣れた環境が一番いいという気もしなくもないし。

んじゃその前に何が無くても試験勉強だろ。
いや、さらにその前にはレポートだレポート。

ごおおおおおお。
暑さで壊れかかっております。

奈良検定お勉強日記始める

2009年07月10日 | 奈良検定お勉強日記
このブログは『奈良「大学」お勉強日記』。
今度始めるのは『奈良「検定」お勉強日記』。
字面があんまり変らないので、あんま目新しくもないんだけど。
まあ、中身もあんまり変らないか>奈良に関する勉強の話だし。

ってことで。
唐突ですが、始めます>『奈良「検定」お勉強日記』

読んで字の如し、奈良検定のお勉強を始めるに当たって、
私のお得意パターン「レコーディング勉強法」をしたら、
結構続くのではないかなって思って。

今回はメールマガジンが主体。
自分が過去問で勉強したことをメルマガに載せて配信するという、
結構自分に義務感を負わせて、プレッシャーをかけつつ、
お勉強していきましょーってことで。
「まぐまぐ」に「こんなん出してくんないかい?」って頼んだら、
「出してもいいよー」って返事をもらったので、配信開始します。

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そんでもって、それについてのサイトも作っちゃいました。
奈良検定お勉強日記

こんなことば~っかりして、勉強してないんだな>大学の。
ま、奈良の勉強はしてるってことでご勘弁を(謎)