「基本指圧」に憧れて ― 村岡曜子のブログ

我が国固有の指圧を広く浸透させ、社会の保健と福祉の増進に寄与したい。

東京都美術館の「都展」へ、出展作品は昨年よりレベルアップ?

2014年11月26日 | 私の趣味

 勤労感謝の日の振替休日にあたる24日、夫と一緒に上野の東京都美術館で開催されていた「都展」へ出かけました。昨年9月の、「済州島と日本一周クルーズ」で知り合ったSさん夫妻の絵が展示され、案内が届いていたからです。昨年、Sさん夫妻に誘われて初めて都展に出かけましたが、なかなか素晴らしい作品が多かった。今年も2人とも出展したということで、楽しみにしていたのです。
 ところが指圧の患者さん・SEさんに話したところ、「私も出展しているのよ」という話でした。「知り合いの作品を1点多くみられる、ラッキー」というのが正直な気持ちでした。

 都展は、東京都美術館で開催する公募展で、東京都およびその近郊に在勤・在住する絵を描く人たちが、自由に個性ある作品を発表できる場です。SEさんの「春が待ち遠しくて」と題した水彩画は、繁った木の葉の上から地上の子どもを俯瞰した、珍しい構図でした。しかし色使いにそこまで春が来ている「暖かさ」が伝わってくるようです。日本はこれから寒い冬を迎えるので、ことさらその暖かみが嬉しいですね。

 Sさん夫妻のうち奥さん(SHさん)は会員、ご主人(SKさん)は一般の出品でしたが、今回、会員になれたそうで、「次からは展示で落とされることはない」と話していました。
 SHさんの作品は、「希望」と題し、労働者の姿を描いたもの。ペルーに旅したおり目に焼きついた様子を題材にしたらしい。ご主人の作品は「燈下」、これもどこか外国がテーマになっているようです。

 出展作品のレベルが、昨年よりいちだんと上がったのが感じられました。もちろん人によって技量は違いますが、真剣に取り組んだ作品を見るのは楽しいものです。
 最終日の24日は展示が2時30分まで。少し早すぎるかと思ったのですが、夫妻と4人でライオンビアホールへ繰り出し、そのあとカラオケとアルコールを楽しみ、帰宅は10時近くになりました。心地よく疲れた、なかなか楽しい1日になりました。

 出展者の名前はご本人たちの許可を得ていませんので、ローマ字のイニシャルにしました。しかし絵の「写真」と「題名」を出したら、その意味がなくなるでしょうか。悪しからずご了承ください。


上野公園のイチョウ、すっかり黄葉しました


東京都美術館全景、前庭に巨大なモニュメント


SEさんの作品「春が待ち遠しくて」


SKさんの「燈下」


「希望」と題したSHさんの作品 


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11月練習会で肩甲下部の圧し方を学ぶ、基本練習の大事を改めて確認

2014年11月21日 | 指圧の活動

 11月16日午後1時30分から、豊島区勤労福祉会館で月例練習会が開催されました。
この日は、肩甲下部の練習をすることになりました。肩甲下部を圧すときの構え方を説明しながらデモンストレーションを行い、各自の練習に入りました。

 個々に見てみると、根本的な間違いやちょっとしたミスなどがあり、基本練習は本当に大事だと改めて思いました。実はこのとき、テニスプレーヤーの錦織圭さんの話が出ました。彼は基本練習を数多くこなしている、しかも中学生レベルがやる練習をしっかりやると聞きました。いい譬えが出てきました。基礎練習の大切さを、改めて皆で確認することができました。
 この日は参加人数が少なかったので、メンバーの細かい所まで目が届き大変有意義でした。

 来月はもう年の暮れ、1年の締めくくりです! 月日が経つのがこんなに早いなんて、驚くばかりです。


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藤原一枝先生の愛情あふれる一冊、ぜひ読み聞かせたい絵本を紹介

2014年11月19日 | お知らせ

 絵本「ちょうかいちょうのキョウコちゃん」は、脳神経外科医の藤原一枝先生が、動物園で実際にあった、ニシキヘビのキョウコちゃんが便秘で苦しむ姿をとおして、教示しようとされたものです。運動不足は便秘の原因、体操も必要、それに加えてマッサージがとてもいいことを経験に基づいて書かれた、いわば「快調な腸」を保つための絵本です。

 先生は東京都立墨東病院で、長年にわたって脳神経外科医長として活躍。その間にホモ・ルーデンスの会を立ち上げ、1999年からは藤原QOL研究所を設立。高次脳機能障害の方の相談・支援を行っておられます。ご存知のようにQOL(クオリティ・オブ・ライフ)とは、人がどれだけ人間らしい生活をおくることができるか、その生活の質を考えるということです。医療でいう場合は、病気や障害を持ちながらどれだけの生活の質を保つことができるか、ということなのでしょうか。
 先生は医師であると同時に絵本作家、エッセイストとして活躍され、多数の著書があります。絵本「まほうの夏」は、夏休みにお母さんのいなかに行き、虫取り、海水浴、木のぼり…海釣り! 大自然のなかで思いっきり遊んだ、「ぼくと弟のまほうの夏」の想い出を描いた絵本です。英語、中国語、ハングル(朝鮮語の文字)、その他の外国語にも翻訳され、世界で親しまれているものです。

 私は指圧師をしていますが、ふとしたきっかけから二分脊椎症患者の「排泄障害」改善に取り組むようになりました。そのとき、ボランティアで施術を始めた少年の縁で先生にお目にかかり、勧められるまま学会発表(口演は藤原先生)もさせていただきました。
 ところが思いもかけず、私が脳出血で倒れるという事態になりました。夫の話では、緊急搬送された病院で「開頭手術」を言い渡されたたそうです。夫が先生に電話で相談したところ、錦糸町から川越の病院まで来てくださり、相談の上、東京警察病院への転院手続きまでしてくださいました。
 退院以来、私はこれも藤原先生の紹介で、某国立リハビリ病院で、言語聴覚士(ST)の方から失語症のリハビリを受けました。ところがある程度日時が経過して、回復の進展がそれほどはかばかしくなくなると打ち切りです。そのあと藤原先生のご厚意で、先生の研究所に隔週通い、音楽療法のリハビリを続けています。先生との出会いがなかったら、私が倒れた時に開頭されていたでしょうし、現在の自分はなかったかと思うと、いつも感謝しています。

 実は今回、週刊薬事新報に「ちょうかいちょうのキョウコちゃん」について、「週刊薬事新報に連載中の『今日のクスリは』の(141)(145)からすてきな絵本が生まれました!」として、編集室風栞舎の柏原怜子氏によるたいへん素晴らしい書評が掲載されました。
私の思いも伝えたいと思ったのですが、読むほどに実に立派な書評です。下手な私の文章を伝えるより、長くなりますがいっそ全文を紹介したいと考え、以下に引用させていただいた次第です。
    
     

    ******************************************************************
             
   ちょうかいちょうのキョウコちゃん


                        作:藤原一枝 絵:岩永 泉
                        定価:本体1,200円+税
                        発行:偕成社 2014年5月

いわゆる医療(医学)的科学絵本とでもいうべき作品は、そう珍しいものではない。中でも名作と言われるものには、マリー・ホール・エッツ女史(1893~1984年)の『赤ちゃんのはなし』(1939年)がある。人間の生命の誕生を、感動的に描いたもので、アメリカ医学協会の機関誌で激賞されたという絵本である。
マリーは結婚後まもなく夫を病で失い、30歳を過ぎて再婚した相手が医者であった。彼の医学的アドバイスを得て、受胎から出産までを正確に、リアルで美しい彼女の手による絵と共に生み出した作品である。
日本においても、加古里子の『人間』(1995年)など、このジャンルでの優れた絵本もある。しかし、やはり数としては少ないことは事実である。今でこそ、いろいろな意味での、いわゆる科学絵本というものは、種々、世に送り出されてきているが、全体としては決して多くはない。

さて、標題の絵本だが、作者は小児脳神経外科医として長年、現場の医療に関わってきた。もちろん自身が医者であるから「あとがき」にもあるように「子供の便秘をたくさんみてきた」わけである。しかも、作者は二人の息子の母親でもある。しかしこの2つの事実が揃っても、絵本が生まれるわけではない。
作者は、人並み外れて好奇心旺盛な女性で、しかも人間好き。かつ、動物好きでやさしい。だからこそ、静岡市の日本平動物園に2010年までいたというビルマニシキヘビの便秘の匂い(?)を嗅ぎつけて、電話をかけたのである。
なんと、この動物園では、体長2.5メートルもあるニシキヘビと子どもたちが触れ合うイベントをやっていたのだ。獣医さんや飼育員の人たちも、子供たちと動物とが触れ合い、たとえ大きなヘビとでも、仲良くなれることを願い、生きもの、生命についての共感や興味を抱いてくれればうれしいと考えていたのである。
子どものような心を持ち続けている作者は、早速共感し、そして、医者としての知識と母としての愛情を土台に、一冊の絵本に仕上げたわけである。もっとも、それは、便秘の苦しみならぬ、産みの苦しみを味わったうえでのことだそうだ。
ともかく、世の先入観や常識に囚われない自由な発想をする女性であるからこそ完成させ、出版にまで漕ぎつけることができたのであろう。

そもそも、子どもというのは、大人のつまらぬ常識の枠など、いとも簡単に跳び越えて、自由に飛び交う生きものである。そんなことは、母である作者は百も承知であったろう。
そして、もう一つ、作者はすでに「おばあちゃん」でもある。自身もきっと、自分のおばあちゃんが大好きで、大切に思っているだろうことがこの絵本から窺える。
絵本のもう一人の主人公、「ボク」は、自分が便秘をして困った時、「おばあちゃん」のあったかい手でマッサージしてもらったことを思い出す。
「ボクにまかせてよ」と言って、ニシキヘビのキョウコちゃんの長いおなかをそっと、押してやるのだ。
すると、ビー玉のようなウンチが1こ、次に野球ボールの大きさのが3こ、可愛い音を立てて出てきた。そして、とうとう「キョウコちゃんのからだが、ウーンとしなったかと思うと」、サッカーボールのようなウンチが、9こも出てきた。

読者は恐らく、いつのまにか、怖がっていた子どもも、眉をしかめていた大人も、ウンチの匂いも、ニシキヘビのぬるぬるも、すっかり忘れて、ほっとしたり、やった! と思ったりしているに違いない。
便秘の苦しみなど知らない子どもたちでも楽しくなる絵本。一見フラットな絵だがキョウコちゃんとウンチのボールたちに健康な暖色を使った絵の温もりや親しみやすさも、この絵本を活かしている一因だろう。なんと言っても、この絵本は、〈絵が語る〉のだ。
しかし、ここで終わらないのは、やはり、作者は医者である。ちゃんと、人間にも効き目のあるという便秘解消体操まで編み出して、ボクとキョウコちゃんとで実行するのだ。あくまでも、薬に頼り過ぎないようにというメッセージも忘れない。

毎日新聞の記事(2014年5月19日付け静岡東部版)によると、このキョウコちゃんは、せっかく便秘が治ったのに、2010年6月15日に「産みきれなかった卵を詰まらせて、6歳で死んだ」という。
何か切ない後日談だが、もしかすると、この絵本が生まれて、一番喜んでいるのはビルマ(ミャンマー)のジャングルに魂となって還ったキョウコちゃんかもしれない。元気な子どもたちに抱かれて、楽しく遊んだ動物園の時間を懐かしく思い出しているのではなかろうか。
いずれにせよ、優れた絵本は子どもにも大人にも愛される。どうやら、それは真実のようである。(編集室風栞舎 柏原怜子)


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二分脊椎症の排便障害に対し、基本指圧で機能改善を目指す(3/3)

2014年11月11日 | 指圧の活動

 (前回のつづき)
 
平成26年には私が主宰する特定非営利活動法人・基本指圧研究会に「公益財団法人 二分脊椎・水頭症研究振興財団」(神戸市須磨区・会長・松本悟)から「二分脊椎患者における直腸・膀胱傷害への対処、排便・排尿の改善を目指す」として研究助成金を受けました。私の治療院のスタッフで、基本指圧研究会会員の加納慎一(指圧学校52期生)を共同研究者として、すでに仕事に着手しています。

 
研究対象は3名です。7歳女児福岡在住
               
15歳男子青森在住
               
23歳男性埼玉県在住
 
試みにこの3人の母親に、私は自宅で指圧ができるように指導し始めました。地方在住のお母さん2人にも2回、川越まで来て勉強してもらいました。以後、記録を付けるように話し、電話とファックスのやり取りで進めています。

 
青森在住の15歳男子は、去年ゴールデンウイークの5月3・4日に初めて川越の治療院に来院しました。2日間、本人とお母さんを施術し、教科書で勉強してビデオ撮影し、映像を見て自宅で圧していこうという試みなのです。ありがたいことにその約3ヵ月後、7月末に東京の病院へ定期検診と検査で来ることができたのでラッキーでした。間隔をそれほど空けずに治療ができ、母親の指圧練習も進めることができました。
 
お母さんが子供の状態を記録し、電話とファクスのやり取りで指導しながら進めました。これは親子なればだとしみじみ感じました。洗腸の水を量はずいぶん減らしていたので、週に2~3回、1回70㏄を5回から7回ほどに分けて浣腸器(注射筒のような形状)を用いて行っていました。

  去年の冬休みには、お母さんが意を決して、自力排便目指し一生懸命圧していたので、ファクスと電話で応援していました。冬休みがチャンスでした。頑張って圧すことに専念し、人工的なものに頼らずすむように頑張ろうと本気になっていました。
 
2013年1月21日のファクスを見ると自力排便が出来るようになっていると思われる文面です。お母さんは自分が圧すことで良くなっているなんて? と、不安もあるようですが、「快挙」を疑うことはできません!

  青森へは、
今回の助成金で一番いい時に決定打になるように出かけました。彼の環境が変わらないように現地に行って治療をしたいと思っていたからです。
  施術は今年5月9~11日、2泊3日で出かけ、合計4回施術しました。子供の指圧の効果を出すにはお母さんも圧すことが大切だと教えられています。10日、11日2回、のお母さんの施術にもあたりました。会った時から顔色が優れないのは気になっていました。圧してビックリ! 障害を持って生まれた子供の育児は大変だったと思います。やっと中学生になりホッとしたのでしょうか、長年の疲れが出たのでしょう、甲状腺が腫れていました。「この1か月ほど体調が悪く辛い…」というのです。
 
お母さんは2回施術し顔色・表情見違えるほど改善し、後日、病院に受診しましたが薬も出なかったと喜んでいました。指圧の効果を実感できたことは、この後、自信をもって圧していけるので大変有意義な経験でした。

 
8月2日、3日。大学病院の定期健診と検査で上京したと川越の治療院に来院。合計10回目の基本指圧(1年3ヵ月)とお母さんの自宅での指圧で、彼は自力排便ができるようになりました。

 
23歳の男性は、隔週1回の治療中です。加納慎一が勉強しながら奮闘しています。

 
このあと今年中か来年初めごろ、福岡の女児の指圧に行く予定です。これも一番効果的な時期を選んでいきたいと思っています。この後もしばらくは、ファクスと電話のやり取りは続けようと思っています。また報告します。ありがとうございました。(おわり) 


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二分脊椎症の排便障害に対し、基本指圧で機能改善を目指す(2/3)

2014年11月10日 | 指圧の活動

 (前回のつづき)
  その後、開放性二分脊椎症の18歳の男子(東京都在住)と女子に対し基本指圧を施しました。東京都在住であった男子には、2回目からは鈴木林三先生にお願いしました。彼は車椅子生活でしたので、家人に病人が出て1人で治療を受けに行くことができなくなり、しばらく断念していました。しかし翌年春から就職して寮生活に入ることが決まっていたので、指圧を受けていた感覚を頼りに自分で圧すことを工夫して自力排便ができるようになり、かなり好結果を得ることができ、その効果は今も続いています。

  また状態の厳しい埼玉在住の女子に対しては、週2回の施術を実施し、平成21年12月13日~平成22年9月5日まで基本指圧を約9か月で合計63回施術し、排便の自立を得ました。彼女は生後18年間で全身19か所も外科手術を受けています。身長も成長が止まったと思われていましたが、指圧を始めて9か月間で6.8センチも大きくなりました。

  生理時に必ず起こしていた尿路感染も、指圧を受け始めてから無くなりました。治療終了時、J医大病院の医師による腹部レントゲン撮影の結果、腸内の様子が明らかに改善しているのが確認されました。1年前のレントゲン写真では、腸内は宿便でいっぱいで、鎖状にコチコチ便が連なっていたのが、腸内の左側に少量と直腸に少し便があるだけで「腸の右側に便が無いのはいいことです」と診断していただきました。
 
この2例も2011年6月30日、日本二分脊椎研究会(千葉県こども病院長(脳神経外科))において発表させていただきました(口演は藤原一枝先生)。

 
二分脊椎症の方々と関わり、学んだことの多さは、たいへん貴重な経験でした。現在まで9名の二分脊椎症患者に基本指圧を施術し、6名が自力排便できるようになりました。この中で、排泄を下剤で管理していた女性からは(当時30歳、脊椎脂肪腫二分脊椎症)「基本指圧に出会い人生が変わりました」と、涙なくして読めない長文の手紙をもらいました。
 
彼女はこれまで、1回も自力で排便をしたことがなかったのです。施術は、2014年2月9日から始めました。あまりにも全身が硬いので体の状態を見ながら慎重に全身指圧を施し、下剤を止めるチャンスを見ていました。ちょうど彼女が仕事を退職した時を契機に、自分の意志で3月30日から下剤を止める決意をしました。週1回の全身指圧とお腹の状態を見るため週の途中に腹部中心の部分指圧(30分程度)を施術し、57日目に自力排便になったのです。

  この日は施術中に何回もトイレに行きながらの治療で、私は徹夜も覚悟していましたが、施術2時間半ほど経過したところでしっかりした腹部の手ごたえで大丈夫と思い帰宅してもらいました。その日深夜11時、自力排便となりました。そして今年3月、諦めていた結婚に踏み出せたのです。人生が180度変わり幸せに生活している例を身近に見ることができ、基本指圧の素晴らしさを強く感じています。(つづく)


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二分脊椎症の排便障害に対し、基本指圧で機能改善を目指す(1/3)

2014年11月09日 | 指圧の活動

  永年指圧治療に取り組んできましたが、思いがけないことから二分脊椎症(にぶんせきついしょう)という病気と向き合うことになって7年半になります。二分脊椎症とは、先天的に脊椎骨が形成不全で起きる神経管閉鎖障害の一つで、下肢の麻痺や変形、膀胱・直腸障害に因る排泄障害などが症状として見られ、水頭症の合併も多く見られます。
  症状によっても異なりますが、多くは出生後速やかに脳神経外科か小児外科によって手術をするそうです。成長過程でも色々苦労が多く、身体のあちこちにメスを入れることが有り、病院と縁が切れずに成長するのが当たり前のようになっています。

  ことに排泄障害に対しては、人工的に排泄させるのが当たり前なのが厳しいところです。排尿はカテーテルで導尿し、排便は下剤、浣腸、洗腸などに頼るため、結果、非常に不便な生活を強いられているのが現実です。彼らと触れ合ったことで、人間の尊厳にかかわる部分がままならない人たちがいることを知りました。この7年半の間に10名の二分脊椎症の方に出会い(1名は、現在しばらくは治療を諦めています)、それぞれに基本指圧を施術したので結果を報告します。

  2007年9月~翌7月までの10か月間、以前は週2回の洗腸で排便を管理していた開放性二分脊椎症の患者に対して全身指圧22回、腹部中心の部分指圧137回を施術し、自力排便に導くことに成功しました。この施術が画期的だと東京都立墨東病院元脳神経科医長・藤原一枝先生から勧められ、2009年7月4日、東京国際フォーラムで開催された「第26回日本二分脊椎研究会」(順天堂大学医学部小児外科主催)において「洗腸6年の後、排便の自立を得た一例」として発表させていただきました(口演は藤原一枝先生)。

  当時(2007年春)仕事をしながら、何となく通りを見ていると、制服も真新しい中学生の男の子が下校していくのが見えます。午後4時ごろになると一生懸命歩いて帰るのですが、足が不自由なのが誰の目にもわかる歩き方です。車も警戒して距離を置いて通り過ぎますが、彼は一生懸命歩を進めるのです。雨の日など傘は持っていても身体の揺れが酷いのでずぶ濡れです。ある時、彼がこっちを見ているのがわかったので手を振ってみました。するとその次の日から通りのこちら側を通るようになりました。
 
聞くと、足の筋肉の訓練を兼ねて45分程の道のりを歩いて帰るといいます。学校と自宅の中ほどに私の治療院があり、そこで一息入れて帰るようになりました。不思議な縁で、治療院の患者さんの中に彼のお母さんがいることもわかり、彼が二分脊椎症という病気で排泄も自力でできないと知りました。

  ボランティアで何とか力になってあげられないかと考えました。身体の運動機能を指圧に生かす方法がないかと月1回、桐朋学園大学教授の矢野龍彦先生と講師の長谷川智先生に川越まで来ていただきました。先生はナンバ体操の権威です。先生に彼のためにプログラムを組んでいただき「チャレンジ・ナンバ」と名付けました。彼の歩きの検証と指導をお願いしたところ、歩き方は見る見るよくなったのです。
  ある時、下校途中少しの時間ですが指圧をしてみると、腹部にまったく手応えがなく、これが人のお腹とは? とショックを受けました。仕事の時間を工夫し、毎日のようにわずかですが圧し始めました。どんどん体の調子が変化していくのがわかります。少しずつ洗腸の水の量を減らしながら圧し進めて行くと最後には、なんと! 夢のような出来事ですが、洗腸がいらなくなってしまい自力排便が可能になりました。

  途中、洗腸しなくてもすむようになれば、本人の負担がどれほど軽くなるかを、お母さんに理解してもらうのがとても大変でした。ケンカごしの話し会いもありましたが結果、2008年2月19日、洗腸を止めて47日後ついに(途中2回だけ洗腸)自力排便ができるようになったのです。当時の私は、何かに憑かれたように一生懸命やっていたのを覚えています。(つづく)


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「北斎展」(上野の森美術館)で浮世絵の楽しさを堪能

2014年11月05日 | 私の趣味

  3日の文化の日、上野の森美術館で開催されている「ボストン美術館浮世絵名品展 北斎」に出かけました。上野の森美術館へ行ったのは「ダリ展」以来ですから、5、6年ぶりになるでしょうか。
  気象学からいうと11月3日は「晴れの特異日」です。数日前までの天気予報では雨だった記憶がありますが、思ったとおりこの日は「晴れ時々曇り」、安心して出かけることができました。ところが祝日ともあって、混雑ぶりは尋常ではありません。到着したとき、列の最後尾に「入館までおよそ50分」と書いた札を持った係員が立っていました。

  ボストン美術館に秘蔵されてきた莫大な浮世絵の中から、今回、葛飾北斎の絵を約140点展示していました。ボストン美術館所蔵の浮世絵は展示される機会が少ないそうで、ほとんど色あせもなく彩色の美しさは十分目を楽しませてくれます。私が以前ボストン美術館展を見たのは両国の江戸東京博物館だったと思います。
  冨嶽三十六景のうち「神奈川沖 浪裏」はよく目にする作品です。三十六景はそのほかにも20点ぐらいあったでしょうか。
  興味深かったのは北斎の三女、葛飾応為(おうい)の作品です。名は栄(えい)、応為は号(画号)です。「三曲合奏図」は初めてみる応為の作品ですが、肉筆画は「父を超えた」と絶賛されたそうです。素晴らしい絵でした。

  見ごたえのある展覧会でしたが、私らの前には二重の人垣があり、とうてい「よく見る」ことなどできないのが残念でした。しかし久しぶりに浮世絵の素晴らしさ、面白さを味わうことができた、貴重な展覧会になりました


上野の森美術館の前は長蛇の列


北斎の代表作と目される「神奈川沖 浪裏」


北斎の三女・応為の作品「三曲合奏図」


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