わたしは野良猫。物心がついたころはホームレスだったので、自分の名前は知りません。数年前から私に声をかけてくる指圧治療院の院長が、「チャトラン、チャトラン」と呼ぶからきっとわたしのことなのでしょう。以前、どこかでフランス語っぽい呼ばれ方をしていた記憶もあります。
実は、わたしの左耳の先はⅤ字カットされています。ノラの去勢・不妊手術がおこなわれた目印で、オスは右耳、メスは左耳がカットされるといいます。そういえばわたしにもかすかな記憶が残っています。
朝な夕なに治療院の付近に顔を見せていたチャトランが、この2年ほどあんまり見かけなくなっていました。居心地のいい場所が他にもできたのかな? と思っていました。とても人懐っこいよく太った猫で、大人も子供も通る人が、振り返って見てるほど可愛いのです。
以前、飼い主にかなり可愛がってもらっていた猫なのでしょう。歩く姿勢も堂々として朝になると決まった方向から「出勤」して来ます。近所の人気者で写真に撮られることにも慣れているのか、じっとポーズをとり、通る人が皆、振り向くほど存在感のある猫です。10歳はとうに過ぎているでしょう。今は毛のツヤも衰え、時の流れの哀れを感じさせます。
最近、チャトラン大好きな近所のおばさんに話を聞きましたが、ショックで私は言葉を失いました。なんと通りがかりにチャトランを叩く(殴る)人がいるそうです。酷い人もいたものです。可哀想に! 同時に憤りと恥ずかしさを感じました。
チャトランは、この話の間、ずっと私とおばさんの間に座っていました。なにを思っていたのでしょうか。
もうひとつ、チャトランにも「コロナ」の影響が、及んでいると知り驚いたことがあります。治療院の近所に50年以上営業している魚屋さんがあります。この店、朝市場で品質の良い魚を仕入れ、客は、「今日は、何が並んでいるかな?」と見に行くのです。店の人が「今日は、〇〇が旨いよ! △△が脂がのっているよ! との言葉で、多くの人がそれを購入します。おじさんが勧めてくれた魚は必ずといっていいほど美味しいのです。「信頼が命」の商いをしている貴重な魚屋さんです。人気店なので夕方は、30分ほど並ぶのは当たり前でした。
私も患者さんに、美味しいお魚情報ということでお知らせすることもあります。ところがこの魚屋さん、コロナ以後なぜか売り上げが伸びず困っているそうです。今は店先に並ばなくても、美味しいお魚が手に入ります。この美味しい魚のアラを魚屋さんに貰い、それを湯がいたものがチャトランのエサになっていたとおばさんが話しました。ところが売り上げが少ないので、最近はアラが少なくなっているというのです。
「魚屋さん、頑張ってください」。
チャトランのエサになるのなら、我が家の夕食に生きのいい美味しいお魚をもっと出さなきゃいけませんね。
おばさんも魚屋さんも治療院も、そしてチャトランも。コロナに負けないように頑張りましょう。エイエイオー!