4月4日から6日まで、姫路と倉敷に行ってきました。
実は去年から取り組んでいた、二分脊椎症のSさんに係る排泄障害の治療が大成功に終わり、ホッとして気が抜けた気分でいたところです。そこでかねてから憧れていた姫路城に、「桜の季節に行ってみたいたい!」という想いを実現にするチャンスが巡ってきたのです。
以前、姫路城には2回ほど行ったのですが、2回とも「平成の大改修」真っ只中でした。初回は神戸へ仕事で出かけた折に、夫に誘われて軽い気持ちで、お城を見に行きました。夫は姫路市で生まれました。当時は飾磨郡の島嶼部で、いわゆる瀬戸内海にある小島でしたが、その後、姫路市に併合されたものです。ですから、50年前の「昭和の大改修」も詳しく記憶していました。
改修中で大天守こそ入ることができませんでしたが、西の丸には「西の丸百間廊下」と「千姫化粧櫓」があり、千姫がこの櫓を休息所としていたと聞きました。私は石垣の素晴らしさに感動し、そのあともう1回訪ねました。そのとき、この改修が終わったら必ず観に行きたいと強く思うようになっていました。
今回は私にとって「3度目の正直」です。気持ちを溜めに溜めてやって来た姫路城。美しく変わった白鷺城の天守閣に登れるなんて、夢のようです。しかもなんと、桜の季節に実現できたのです。
一行は夫と私と妹の3人です。「満開」のときに、ドンピシャで行きたいのが願いでした。桜の季節はホテル・旅館も込み合いますので、1ヵ月半前には予約したい。新幹線の切符も、1ヵ月前の発売日には求めておきたい。満開どころか、開花日も発表にならないうちから、夫が満開の日を探り、「4月4日」と決めました。
ところがもう一つ問題が出てきました。それは妹が強力な「雨女」だということです。日が近づくにつれ現地では4、5の両日が雨という気象予報になりました。毎日毎日天気予報とにらめっこでしたが、雨の日は動いてくれないのです。私は、本来「晴れ女」。傘を持って旅行に行くことなどあり得なかったのです。ところが脳出血で倒れて以来、どうやら力が衰えたようです。夫は「ハブとマングースの戦いだ」と笑っていました。こうなったら、私と妹との一騎打ち(?)の気分でした。
前夜は人形町のホテルで前泊。当日8時50分、「のぞみ103号」で姫路へ向かいました。新幹線の車窓に雨粒は見えません。正午少し前に姫路駅に到着。白鷺城は国宝であると同時に、法隆寺と並んで日本初の世界文化遺産に登録された建築物です。駅前に立つと、50メートル(幅員)道路の真正面に位置しているのです。宿泊の「ホテル日航姫路」へ向かい、チェックインの時間になったら、バッグをそれぞれの部屋に運んでくれるように依頼し、いよいよお城へ向かいました。
タクシードライバーの話ですと、2日前にはお城で桜祭りがあり、人と車でごった返していたそうで大変だと聞きました。よかった。心配した天気は曇りです、しかも桜の満開にドンピシャでした。目の前に改修なった白鷺城、本当に夢のようです。その美しさ、壮大さ、重厚さ、そして圧倒的な存在感は感動ものです! この町の人々が、お城を大事にしている気持ちをヒシヒシと感じながら、今にも飛び上がりそうな気分でした。
月曜なのに、天守閣へ登るのに「1時間待ち」と、メガホンを持って係員が叫んでいます。でも、私の気持ちはまったく折れません。大天守まで登る途中も、色々な角度で天守閣が見え、それも存分に楽しめました。姫路城は大天守と3つの小天守が渡り櫓で結ばれた連立天守閣です。それが完全な形で残っており、幾重にも重なる屋根、千鳥破風や唐破風、入母屋破風が華やかな構成美を誇っています。7階建て(地下1階、地上6階)大天守閣の大柱は感動モノでした。これほどの木造建築が何百年も前に造られ、現代に残っているのが驚きです。
夜、再びライトアップしたお城へ行きました。ホテルへ帰った後は、15階の「夜間飛行」というバー&ラウンジから、ライトアップされたお城を眺めながら、飲み物を楽しみました。
翌日は岡山城に寄って、倉敷へ向かいました。倉敷もなかなか美しい街でした。少し書いて紹介したいと思いますが、旅行の疲れが十分抜けていません。何日かお待ちください。姫路城に興奮して、よけい疲れたのでしょうか。
写真を何枚かご紹介します。
姫路の街にそびえる白鷺城は国宝で日本初の世界文化遺産
千鳥破風、唐破風。幾重にも重なる屋根が美しい
ライトアップの夜の姫路城。一味違った趣が‥‥
姫路駅前から臨む夜の白鷺城