ON THE ROAD

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『無名』  沢木耕太郎

2023-01-02 20:30:09 | 


今は地域的な理由で聴けないでいるが、学生時代はクリスマスイブの夜は沢木さんのラジオ番組「MIDNIGHT EXPRESS 天涯へ」を聴くのがお約束であった。
10年ほど前だが、その番組の中で沢木さんが自身の父親の俳句を紹介し、それがずっと自分の心の中に残っていた。その句というのが、「差引けば 仕合はせ残る 年の暮」である。俳句には全く明るくない自分だが、その句の庶民的な奥ゆかしさに親しみと憧れを抱いた。

作品は沢木さんの高齢の父親が亡くなる前後のことを描いている。親の死というのは誰にでも訪れることで、当事者には少なからずドラマがあることだろう。しかし、当然ながらそこには、それまで築いてきた親子関係というのがあってこそのもである。
作中でもの述べられているが、沢木さんと父親のやり取りは非常に他人行儀に感じた。でも、そこにはお互いへのリスペクトを感じることができる。無名ではあるものの読書人であった父親を沢木さんは尊敬していたし、物書きを諦めた父親は作家となった沢木さんをまたリスペクトしていたことだろう。

そんな沢木さんの父親はどういう人かというと、自分の名を残そうとかという自己顕示欲とは程遠い人間であった。そう考えると、私が上記の句を聴いたときに感じた「奥ゆかしさ」というのは的外れではなかったのかと思う。たっと17字に人柄が出るとは俳句も面白いものだ。
また、俳句を一時辞めてもいたのだが、その理由も興味深く、引用させていただく。

俳句というのは、溢れるものをあの短い詩形に押し込めるために無理をする。押し潰し、削ぎ落とす。だが、その無理をすることで、逆に過剰になってしまうものがある。歳をとるごとに、その過剰さが鬱陶しく思えるようになってしまった

私は有名所の句を受け取って、その洗練に感嘆するだけだが、これは実際に俳句を詠む人にしかわからない悩みだろう。でも言わんとしていることはわかる。

この本を読むと自分と親のことを重ねてしまうことだろう。私は30代前半で両親も60代と沢木さんとは状況が違うが、必ずいつかはこのような日が来る。別に不仲ではないが、2年近く両親に会っていない私にも、もっと会っておけば良かったと後悔する日が来るのかな。

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