経営コンサルタントへの道

コンサルタントのためのコンサルタントが、半世紀にわたる経験に基づき、経営やコンサルティングに関し毎日複数のブログを発信

◆【経営コンサルタントの独り言】  経営コンサルタントがお薦めする書籍「経営コンサルタントの本棚」 C27

2023-12-27 17:03:00 | 【話材】 経営コンサルタントの独り言12

 

  【経営コンサルタントの独り言】 経営コンサルタントがお薦めする書籍「経営コンサルタントの本棚」 C27

 

 

平素は、ご愛読をありがとうございます。

経営コンサルタントのプロや準備中の人だけではなく、経営者・管理職などにも読んでいただける二兎を追うブログで、毎日複数回つぶやいています。

 

■ 経営コンサルタントがお薦めする書籍「経営コンサルタントの本棚」 C27

 

 ちょっとした情報が、私達の智慧となることは多々あります。

 その情報が知恵の源泉であることに気づかないで機会損失を起こしていることは、それ以上に多いのかもしれません。

 毎週火曜日は、日本を代表する経営コンサルタントの先生方のご協力で、経営・時事・コンサルティングなど、ジャンルを問わず、読者の皆様に感謝を込めてメッセージを発信しています。

 第4火曜日には、ブログで定期的に「経営コンサルタントの本棚」をお届けしています。

 その契機は、「経営コンサルタントがどのような本を、どのように読んでいるのかを教えてください」「経営コンサルタントのお勧めの本は?」という声をしばしばお聞きしたことによります。

 日本経営士協会の経営士・コンサルタントの先生方が読んでいる書籍を、毎月ご紹介します。

  経営コンサルタントの本棚   http://blog.goo.ne.jp/keieishi17/c/90c4bd41c5f0c767b0a389f846a67f04

ドアノブ)

 

◆ ツイッターでのつぶやき 

konsarutanto

 

【経営コンサルタント(志望者)へのお勧めブログ】

 ◇ 経営コンサルタントになろう  ◇ 経営コンサルタントQ&A  ◇ 独立・起業/転職

 ◇ 心 de 経営  ◇ 経営マガジン  ◇ 経営コンサルタントの独り言  ◇ 経営四字熟語

 ◇ 杉浦日向子の江戸塾  ◇ ニュース・時代の読み方  ◇ 時代の読み方・総集編  ◇ 経営コンサルタントの本棚  ◇ 写真・旅行・趣味  ◇ お節介焼き情報  ◇ 知り得情報  ◇ 健康・環境  ◇ セミナー情報  ◇ カシャリ!一人旅


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

■■杉浦日向子の江戸塾 15- 江戸情緒に学ぶ 江戸の居酒屋

2023-12-27 12:03:00 | 杉浦日向子の江戸塾

■■杉浦日向子の江戸塾 15 江戸情緒に学ぶ 江戸の居酒屋

 江戸のエコや風俗習慣などから、現代人は、エコという観点に絞っても学ぶところが多いと思っています。杉浦日向子の江戸塾から学ぶところは多く、話のネタとなります。エッセイ風というと大げさになりますが、独断と偏見で紹介してみたいと思います。

 私がはじめて杉浦日向子女史を知ったのは、「お江戸でござる」というNHKの番組でした。お酒が好きで、飾らない人柄、江戸時代に生きていたかのような話しぶり、そこから江戸のことを知ると、われわれ現代人に反省の機会が増えるような気がします。

 「杉浦日向子の江戸塾」というカテゴリーを作りましたので、一層ブログのバックナンバーが見やすくなりました。

■ 江戸の居酒屋

 江戸の居酒屋というのは、現代の居酒屋を連想するのとは少々違っていました。

 つまみは味噌とか目刺しくらいしかなかったのです。それをつまみながら升酒をキュッと引っかけることができる場所でしかなかったのです。現代の立ち飲み屋を想像すると近いかも知れません。

 もちろんメニューはありません。時代劇でメニューのような物が壁面に貼ってあったりしますが、あれは時代考証がきちんとできていないのです。

 メニューがないし、その日によって出せる物が異なることがあるので、客は「できますものは?」と訊くのです。

 テーブル席もありませんでした。畳の上に銘々膳やお盆をおくスタイルです。

 では、飲み屋で何かを食べたいときにはどうするのでしょうか。

 持込です。近所の屋台に頼んで、自分が行く飲み屋を指定して持ってきてもらいます。現代の雀荘のスタイルです。

 

■■ 経営コンサルタントの一口情報 ←クリック

 経営コンサルタント歴40年の経験を活かし、経営コンサルタントのプロやこれから資格取得を目指している人に、目から鱗の情報と提供しています。

  http://blog.goo.ne.jp/keieishi17/e/c0de6df80dd146916f8efdb2b4de2a54



【経営コンサルタントのプロ集団+育成と資格付与】

 日本経営士協会は、ご存知かと思いますが、戦後復興期に当時の通産省や産業界の勧奨を受け、日本公認会計士協会と母体を同じくする、日本で最初にできた経営コンサルタント団体です。

 詳しくは、サイトでご覧下さい。 

  ↓↓ クリック

jmca 日本最古の経営コンサルタント団体・日本経営士協会とは
enkaku 日本経営士協会の歴史が日本の経営コンサルタントの歴史
shikaku 経営コンサルタント資格は中小企業診断士だけではない
shoukaku 暗記力よりも経験・実績・実力を重視した審査
nyuukai  資格を持っていない人でも入会でき、プロから学べます
contact  お問い合わせや入会・資格取得のお申し込み

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【小説風 傘寿】 老いぼれコンサルタントの日記 12月26日 函館・トラピスチヌ修道院で心が洗われる

2023-12-27 08:03:00 | 【小説風 傘寿】老いぼれコンサルタントの日記

 

  【小説風 傘寿】 老いぼれコンサルタントの日記 12月26日 函館・トラピスチヌ修道院で心が洗われる

 

 平素は、私どものブログをご愛読くださりありがとうございます。

 私の後進として会社を託した竹根好助の経営コンサルタント起業経験や、その会社の日常業務、自分の思いなどを「【小説風 傘寿】 老いぼれコンサルタントの日記」として連載しています。

 日記ですので、原則的には毎日更新、毎日複数本発信すべきなのでしょうが、表題のように「老いぼれ」ですので、気が向いたときに書くことをご容赦ください。

 紀貫之の『土佐日記』の冒頭を模して、「をとこもすなる日記といふものを をきなもしてみんとてするなり」と、日々、日暮パソコンにむかひて、つれづれにおもふところを記るさん。

【 注 】

 日記の発信は、1日遅れ、すなわち内容は前日のことです。

■【小説風 傘寿の日記】

 私自身の前日の出来事を小説日記風に記述しています。

 

 西の空に傾く満月を見ながらの早朝ウォーキングでした。

 とはいえ、雲も多く、雲間から見える満月でした。

 

 【カシャリ!ひとり旅】で旅をしてきていますが、写真の整理はなかなか追いつきません。一方で、時間がある時に、一息入れるために、かつてアップロードした写真を見直すこともあります。

 今年も余すところ少なくなり、クライアント訪問なども少なくなっていますので、1月開催のクリティカル・シンキング講習会の準備をしました。

 合間に、写真を見ながらのゆったりとした時間を過ごすことができました。

 

◆函館・トラピスチヌ修道院

 

 

 

 
北海道  函館・トラピスチヌ修道院 

 https://www.hakobura.jp/db/db-view/2010/04/post-49.html

 

 日本初の女子観想修道院として1898(明治31)年に「厳律シトー会天使の聖母トラピスチヌ修道院」として創立されました。

 この修道院は、真ん中に函館市街地を挟んで、函館山がその対極に位置しています。やや高台に、ひっそりとたたずまいをしています。

 発足当時は、1893(明治26)年にパリ外国宣教会のアンドレ・ベルリオーズ司教が70ヘクタールの土地を購入して建てた旧孤児院を使用していました。

 1903(明治36)年、大嵐で木造の修道院は崩壊し、その2年後に、レンガ造り2階建ての本館正面棟の一部が完成しました。1913(大正2)年までに竣工した本館正面棟と聖堂は、1925(大正14)年に発生した火災で焼失するという被害に遭っています。

 教皇ピオ11世から義援金や各修道院からの寄付金が寄せられ、1927(昭和2)年に再建された聖堂が現存しています。煉瓦の外壁、半円アーチの窓などゴシックとロマネスクの混在するデザインが印象的です。

 

 修道女らは祈り、労働、聖なる読書を日課の3本柱に共同生活を送っています。祈りは3時半の起床から、19時45分の就寝までに一日7回行われます。

 生計を立てる収益事業として製造するマダレナケーキやクッキーは、修道院を訪れた際の土産物として人気です。

 立ち入ることができるのは前庭のほか、売店併設の資料室の見学が可能で、院内での生活や修道院の歴史などを紹介しています。2016年以降、定休日なしにオープンされています。

 トラピスチヌ修道院の前に市民の森があり、そこの売店のソフトクリームは有名ですので、食べてみるのもよろしいでしょう。

 森には、白樺の木もあり、北海道に来たという感動を得られます。

 

カシャリ映像でお楽しみください
https://youtu.be/wD6QxQFAx48

 

11 北海道
写 真
  札幌 支笏湖 定山渓温泉 洞爺湖 時計台 函館 函館ハリストス正教会 函館山 北海道神宮 北海道大学 北海道庁旧庁舎 藻岩山    
 
北海道
映 像

 

北海道札幌1  札幌 藻岩山 7分
札幌市内を一望でき、ロープウェイに乗って展望台へ。そこからの夜景はまた格別
北海道札幌2  北海道神宮 9分
北海道開拓を象徴する北海道神宮。円山公園に隣接し、三つの末社と共に北海道をささえる大神宮です。
北海道札幌3  北海道庁旧本庁舎 6分
北海道・札幌市を代表する「赤レンガ」は八角塔を有し、歴史的建造物ですので、いろいろな角度から眺めました。
北海道札幌4  北海道庁旧本庁舎前庭 5分
旧道庁舎「赤レンガ」だけでもすばらしのに、それを引き立てるだけではなく、主役にもなれる、四季を通じて楽しめる日本庭園
北海道大学1  北大構内を散策 7分
日本を代表する大学のひとつだけあって歴史や重みを感じられました。観光の視点から、北大を紹介します。
北海道大学2  豊かな水の北大構内 7分
庭園のような中央ローン、そこを流れるサクシュコトニ川、クラーク像などの見どころ
北海道大学3  北大ポプラ並木 7分
観光客にとって北大というと、花木園にあるポプラ並木ですが、大野池周辺も見逃せません。

 

■【今日は何の日】

  当ブログは、既述の通り首題月日の日記で、1日遅れで発信されています。

  この欄には、発信日の【今日は何の日】と【きょうの人】などをご紹介します。

 

■【経営コンサルタントの独り言】

 その日の出来事や自分がしたことをもとに、随筆風に記述してゆきます。経営コンサルティング経験からの見解は、上から目線的に見えるかも知れませんが、反面教師として読んでくださると幸いです。

 

 「3共」って何だろう??? c26

 

 製薬会社のことではありません。
 共産主義賛同者というわけでもありません。

 経営士資格取得をしているコンサルタントなら、知らない方がおかしいくらい、そこではあたり前のことです。
 経営の高度化・専門化が進んで来ている今日、ひとりのコンサルタントだけでは、優れた支援サービス提供はできません。

 中小企業診断士や税理士をはじめとした士業・専門業の先生方の「異業種交流組織」としての活動理念です。
 「ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために」という三銃士の名言があります。
 毛利元就の「三本の矢」という逸話があります。
 それとはちょっと異なりますが、複数の専門家が集まると大きな力となります。

 3共は、大きな力を作るための思想ですし、行動指針でもあります。

 

(特)日本経営士協会のサイトを見ると「3共」とか「共業・共用・共育」という言葉が出てきます。

 同協会には、質の高い会員が、「共育」と言って相互研鑚し、「共業」と言って相互に強みを発揮できる協同業務を行っています。そこで蓄積された協会の共有財産を皆で使えるように「共用」を大切にしています。

 定期的に研究会や研修会を開催するだけではなく、メーリングリスト(インターネットを使ったグループ活動)を通じても共育と共業をしています。また、当協会にコンサルティングや講師依頼などがありますと、それを会員に紹介し、これらを通じて質の高い業務遂行を行っています。

 当協会では、経営コンサルタントだけが集まっているのではなく、これから経営コンサルタントを目指そう、経営コンサルタント的視点で経営を行おうという人たちにも仲間になって欲しいと考えていて、一般会員という制度も作っています。

 一方で、資格会員である経営士という実力を有する人たちの集まりである当協会においては、協会が会員に何かをしてやるというより、会員が協会で何ができるかがポイントと考えています。かつて、ケネディ大統領が「国が国民に何かをするというより、国民がアメリカ合衆国に対して何をすることができるかが重要だ」という言葉を思い出しました。別の言葉で言うと「会員の皆様にも汗を流していただきながら、会員とともに協会を育てていくという考えが浸透しているから「共業・共用・共育」が可能なのです。

■【老いぼれコンサルタントのブログ】

 ブログで、このようなことをつぶやきました。タイトルだけのご案内です。詳細はリンク先にありますので、ご笑覧くださると嬉しいです。

>> もっと見る


■【小説風 傘寿】老いぼれコンサルタントの日記 バックナンバー
  https://blog.goo.ne.jp/keieishi17/c/a8e7a72e1eada198f474d86d7aaf43db
 


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

■【きょうの人】 1227 松平 定信  江戸幕府8代将軍・徳川吉宗の孫、寛政の改革 ■ ケプラー,ヨハネス ケプラーの第1法則の提唱やケプラー式望遠鏡の設計 ■ 鈴木 三郎助(二代目) 味の素で成功

2023-12-27 06:33:00 | 【話材】 きょうの人12月

 

  【きょうの人】 1227 松平 定信  江戸幕府8代将軍・徳川吉宗の孫、寛政の改革 ■ ケプラー,ヨハネス ケプラーの第1法則の提唱やケプラー式望遠鏡の設計 ■ 鈴木 三郎助(二代目) 味の素で成功

 

 独善的な判断で、気になる人を選んでご紹介しています。

 そこに歴史や思想、人物、生き方などを感じ取って、日々の生活やビジネスに活かしてくださると幸いです。

 

■ 松平 定信  江戸幕府8代将軍・徳川吉宗の孫、寛政の改革


 まつだいら さだのぶ
 宝暦8年12月27日(1759年1月25日)-文政12年5月13日(1829年6月14日)


 江戸時代中期の大名、陸奥国白河藩3代藩主で、老中を務めました。江戸幕府8代将軍・徳川吉宗の孫に当たります。

 1787年から1793年まで寛政の改革を行いました。定信は、田沼の政策の経済政策をことごとく覆したとしばし言われます。

 天明の大飢饉における藩政の建て直しの手腕を認められた定信は、天明6年(1786年)に家治が死去して家斉の代となりました。田沼意次が失脚した後の、天明7年(1787年)、徳川御三家の推挙を受けて、少年期の第11代将軍・徳川家斉のもとで老中首座・将軍輔佐となります。

 田沼意次の政治により、武士の世界は金とコネによる出世が跳梁しており、農村では貧富の差が激しくなり没落する貧農が続出していました。

 天明の打ちこわしを期に、幕閣から旧田沼系を一掃粛清し、祖父・吉宗の享保の改革を手本に寛政の改革を行い、幕政再建を目指しました。

 幕府財政の再建の為に、大胆な財政緊縮政策を行いました。田沼時代の運上金、冥加金の上納を引き換えとして特権を与えるなどといった商業資本重視の政策は、下層への搾取を生み、富商・富農の誕生を促進させたと判断した対応でした。

 一方で、農村で大量離村が発生したりして苦慮しました。対策として倹約や風紀粛清に尽力しました。福祉政策として、飢餓に備えて各藩で「社倉」「義倉」に穀物を備蓄するよう命じたりもしています。

 教育政策では、朱子学による学問吟味=官吏登用試験を行うことによって、幕府に忠実な封建官僚群を育成しようとしました。

 ヨーロッパの情勢が変化する中、定信は消極的開国政策を示し、ロシアなどの対外政策を実施しました。

 松平定信の改革は、一定の成果をあげましたが、その厳粛な厳しい政治に対する反発から失脚しました。

 

■ ケプラー,ヨハネス ケプラーの第1法則の提唱やケプラー式望遠鏡の設計


 Johannes Kepler
 1571年12月27日 - 1630年11月15日


 ドイツの天文学者で、天体の運行法則に関する「ケプラーの法則」を唱えたことでよく知られています。

 理論的に天体の運動を解明したという点において、天体物理学者の先駆的存在だといえます。また数学者、自然哲学者、占星術師という顔も持っていたそうです。

 ケプラーは、1571年12月27日、神聖ローマ帝国で居酒屋を営んでいたハインリヒ・ケプラーとカタリーナ・ケプラーの間に生まれました。母のカタリーナは宿屋の娘 Katharina Guldenmannとして生まれ、ヒーラーとして薬草を用いて治療を行っていた人だったそうです。

 ケプラー家の経済状況は貧しくなりつつあり、父のハインリヒは収入を得るため傭兵となり、ヨハネスが5歳の時に家族と離ればなれになり、17才の折に死別しました。

 ヨハネスは、4歳の時に天然痘にかかり視力を低下させ、手もいくぶん不自由でした。

 6歳の時1577年の大彗星を目撃し、天文学に関心を持ったようです。

 ケプラー以前の天文学では、「完全なる神は完全なる運動を造られる」と考えられていたことから「惑星は中心の星の周囲を完全な円軌道で運行する」と考えられていました。

 一方で、惑星は逆行運動をすることが知られていました。

 ケプラーは、周転円の考えを導入することでそれを解決し、最終的にはクラウディオス・プトレマイオスによる地球中心説(天動説)を説明したのです。

 しかし、コペルニクスにより地動説が唱えられ、ケプラーの影はかすれてしまいました。

 ところが、ティコ・ブラーエによる、火星観測の正確なデータをもとに、地球の軌道は完全な円にかなり近いのですが、火星の軌道は楕円でることを照明するケプラーの第一法則の発見へ繋げました。

 ケプラーは、ケプラー式望遠鏡を設計しました。しかし、自分で政策をすることは中田壮です。

 

■ 鈴木 三郎助(二代目) 味の素で成功


 すずき さぶろうすけ
 1868年1月21日(慶応3年12月27日)- 1931年3月29日


 日本の実業家で、味の素の創設者です。

 明治17年(1884年)18歳で2代目三郎助を襲名、呉服商辻井家の次女テルを妻に迎えますが、三郎助の商売は当初は順調でしたが、次第に資金繰りに躓き、それを埋めるために米相場に手を染めていました。

 商売を、かじめ焼きに代えましたが、国内で生産過剰となったヨード製品に目を付けます。かじめ焼きが輸出され、日露戦争で需要が高まり、莫大な利益を上げました。

 明治41年(1908年)、東京帝国大学の池田菊苗がグルタミン酸を主要成分とする調味料の製造方法を発明し、特許が認められました。鈴木は知己を通じて開発中から池田博士と面談して、この特許の実施契約を得ました。

 弟に研究を任せ、はじめはうまく行かなかった味の素ですが、それが市場に受け入れられ、今日の味の素社の基礎を築くことができました。
 

◆ 【きょうの人】 バックナンバー

 歴史上で活躍したり、仏教など宗教関係の人であったり、ジャンルはいろいろですが、彼等から、学ぶところが多々ありますので、それをご紹介します。

  https://blog.goo.ne.jp/keieishi17/c/b57a13cf0fc1c961c4f6eb02c2b84c9f

◆ 【今日は何の日】は、毎日発信しています。

 一年365日、毎日が何かの日です。 季節を表す日もあります。 地方地方の伝統的な行事やお祭りなどもあります。 誰かの誕生日かも知れません。 歴史上の出来事もあります。

  https://blog.goo.ne.jp/keieishi17/c/b980872ee9528cb93272bed4dbeb5281

◆ 【経営コンサルタントのひとり言】

 経営コンサルタントのプロや準備中の人だけではなく、経営者・管理職などにも読んでいただける二兎を追うコンテンツで毎日つぶやいています。 

  https://blog.goo.ne.jp/keieishi17/c/a0db9e97e26ce845dec545bcc5fabd4e

【 注 】

 【きょうの人】は、【Wikipedia】・当該関連サイトを参照・引用して作成しています。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

■【今日は何の日】 12月27日 浅草仲見世記念日 池田勇人首相と所得倍増計画

2023-12-27 00:03:00 | 【今日は何の日12月】

 

  【今日は何の日】 12月27日 浅草仲見世記念日 池田勇人首相と所得倍増計画

 

 一年365日、毎日が何かの日です。

  季節を表す日もあります。地方地方の伝統的な行事やお祭りなどもあります。誰かの誕生日かも知れません。歴史上の出来事もあります。セミナーや展示会もあります。

  これらをキーワードとして、私たちは自分の人生に、自分の仕事に、自分自身を磨くために何かを考えてみるのも良いのではないでしょうか。

  独断と偏見で、エッセー風に徒然のままに書いてみました。皆様のご参考にと毎日続けていこうと・・・というよりも、自分自身のために書いてゆきます。

   詳細 ←クリック

今日は何の日インデックス】  日付を指定して【今日は何の日】を閲覧できます

 

■ 池田勇人首相と所得倍増計画 

 

 1960年12月27日は、池田勇人首相が所得倍増計画を発表した日であると、ラジオが報じていました。10年間で国民総生産を倍増させることを目標に掲げた長期経済計画でした。戦後日本の発展は、これが契機であったと言っても過言ではありません。

 昨今の日本は、税収より国債の方が金額が大きいのですから、赤字になるのはあたり前。

  日本の借金体質を健全化できるスーパーマンが出てきてくれればと他人事のように考え、願うだけではいけないと思いつつも、目先の自分の仕事に追われながら、今年もあと5日を切ってしまいました。

 

■ 浅草仲見世記念日

 明治維新の政変による寺社所領没収で、東京・浅草寺の境内も明治新政府による公園法制定で、仲見世が持つ以前からの一切の特権が取り上げられてしまいました。

 1885(明治18)年12月27日に、東京府は仲見世全店の取り払いを命じ、泣き泣き退店した後、煉瓦造りの洋風豊かな新店舗が同年12月に完成、近代仲見世が誕生しました。このビルは、1923年の関東大震災で倒壊し、鉄筋の建物として再建されました。

 仲見世ウェブサイトによると下記のような説明があります。

 今の仲見世には東側に54店、西側に35店、合計89店の店舗があり、長さは約250メートル、美しい統一電飾看板と四季折々の装飾が石畳に映え、雷門をくぐった海外からのお客さまなどは、みごとな日本的情緒に思わず「ワンダフル」を連発いたします。

 

 Gooブログ

 アメブロ

 FC2ブログ


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする