【ラビット・ホール】
作 デヴィッド・リンゼイ=アベアー
演出 藤田俊太郎
2023/4/14 PARCO劇場
「不思議の国のアリス」で
アリスが飛び込んだ穴と
パラレルワールドを想像させるタイトル。
幼い子供を交通事故で亡くした家族の日常を描いている、家の中だけの会話劇。
深い悲しみと絶望の中でも時間は確実に流れ、
ほんのひととき悲しみやその事実を忘れる時間があったり、
時には笑える出来事もあったり、
と、ああ、日常ってそういうものだよな、と改めて思う。
昨日まで普通にあった日々が、今日突然消えて、違う毎日が始まる、
というのはまさにパラレルワールドに迷い込んでしまったような感覚になるのかも。
夫 ハウイー(成河)と妻 ベッカ(宮澤エマ)はそれぞれのやり方で悲しみから抜け出そうとする。
夫婦の危機が訪れそうにもなるけれど、周囲の協力で何とか乗り越え、明るい再生の兆しが少し見えたかのようなラスト。
舞台セットは二人の家の中。
天井があって、シーンによって上下するのだけれど、
じわ~っと天井が下がって2階が見えたとき、
亡くなった息子がまだ生きているかのようなそのままの子供部屋が現れてドキッとする。
そこで遺品を片付けている、ベッカの母(シルビア・グラブ)も実は子供を亡くした苦悩を抱えていることを知る。
ポケットの中にある小さな岩のように、ときにずっしりとした感じを思い出す、というようなことを話していた。
ああ、そういうことってあるよな~、としみじみ思う。
息子を車ではねてしまった、加害者の少年の無邪気な無神経さもリアル。
妹イジ―(土井ケイト)の姉とのかかわり方も、ホントに自然。
姉を気遣いながらも、自分への無神経な態度をきちんと諭し、
リアルワールドへ引き戻す。
とにかくみんながあまりに自然で、すっと感情移入ができる。
天井があることによってか、私たちはまるでご近所の家の中を窓から垣間見ているような錯覚に陥るのだ。
とても重いテーマだけど、
会話の中でくすっと笑えるところがあったり涙ぐんだり、
この家族の近しい隣人のような気持ちで、味わうことが出来た。
終演後、思いがけず宮澤エマさん、シルビア・グラブさん、土井ケイトさんのアフタートークもあり、裏側やご苦労を聞けて得した気分。
英語が堪能な出演者の皆さんを交えての翻訳会議でニュアンスを大事にしながらセリフを翻訳していったそう。
例えば原作では「ポケットの小石」だったものを、小石では存在感が小さすぎる気がして岩にした、とか、というのを聞いて、会話がものすごく自然だったことに納得した。
終演後、思い出したことがある。
ずっとずっと昔、大学生のころ、パラレルワールドに迷い込んだような出来事が起こり、
それまでの生活が一変した。
毎日いろいろ大変だったけれど、不思議と気持ちは平静で過ごしていた。
すべてが他人事のように感じていて、それは自分の性格のせいだと思っていた。
けれど、そうではなく、周囲の友人やアルバイト先の大人たちが
私の事情を知りながらも、あまりにも普通に接していてくれたからだ、と気づいた。
劇中、ベッカの友人が気を遣うあまりに連絡を絶ってしまい、ベッカも自分からは連絡が出来ない、というシーンがあったけれど、
私の周囲はいたって普通で、何事もないような接し方をしてくれた。
もちろん、困っているときにはそっと助けてくれた。
なんて恵まれた環境にいたのだろうと改めて感謝の気持ちが沸き上がって来た。
舞台を観て、感情が動き、記憶の扉も開く。
これだから観劇はやめられない。
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