今日が一番素敵

丁寧な暮らしを心がけながら、日々、折々のの心模様を素直に語ります。
今が一番素敵との思いを込めて。

右脳人間と左脳人間

2012-04-13 08:16:48 | 住まい インテリア

           

我が家を建築した時、家の見取り図、システムキッチン、造り付け家具の配置など、すべて自分一人でやり遂げたことについては、すでにこのブログで触れさせて頂きました。

私のどこに、そんな体力と情熱があったのか、今となっては、信じられない程のことなのですが。

但し、私は、明らかに右脳派人間と自認しているので、クリエイティブなことに臨むと、突然思わぬエネルギーが湧いてきたりします。

しかし、それもシニアー世代の仲間入りをする前までのお話し。

 

私の最後の大仕事は、我が家の庭をリフォーム時、その図面を自分で書きあげたことでしょう。

家を建てた時は、たたき台も全くなく、すべて自分一人の力で、体を壊さんばかりに情熱を傾け、頑張りました。

その点、庭づくりでは、専門の業者さんの見取り図がありました。

私は、すでに50代の後半に差し掛かかり、家建築時のような元気は、もうありませんでしたから。

しかし、その見取り図がどうしても納得がいかず、工事も途中で中断し、自分で図面を書き直し、私の願いをすべて取り入れてもらいました。

これが、私の人生の最後の大仕事だったと思います。

初孫が生まれる直前のお話です。

 

その後、60歳に到達するまでは、まだまだ元気で、真夏に、夫の夏休み休暇を利用し、孫のR君を連れ、3泊4日程の旅行を、毎年精力的にこなしたものです。

妹と共に、イギリス、ベトナム、沖縄などに出かけたのも、この頃の事。

寝たきりの両親の介護が終わり、数年後のことでした。

元気とは言え、疲れやすい体質には変わりありませんでしたが、恐らく気力が、とても充実していたのでしょうね~

人間に欠くべからざる大切なものは、体力より気力が、私の持論です。

とは言え、60代に無理がたたり、一週間ほど入院するはめに。

それを境に、体力が一気に衰えてしまいました。恐らく気力も半減かしら?

 

あら!また過去の私の悪い癖が・・・・・・私が今日書きたいと思ったテーマから、文章が完全に逸脱しています。

軌道修正します。

私は、右脳人間だといったところにお話しを戻しましょう。

私の家族で、一番私に似ているのは次女だと思います。右脳人間に近いタイプ。

でもMちゃんは、私と異なり論理的思考も、優れていますけれどね。

 

一方、旦那さまと長女は、左脳人間と言えるかもしれません。

長女は右脳派の要素も十分ありますが、夫は右脳はほとんど持ち合わせていないのでは、と思える程。

徹底した論理的、合理的思考の持ち主です。

ですから、住居観も私とは大違い。雨露しのげれば、何でも良い、といった人。

とは言え、自分の価値観を、他人に押し付けるタイプでは決してありません。

ですから、私は自由に自分の夢を追い、この家を建てることができました。

それだけで、他の我儘はすべて許せるといっていいほど、旦那さまには感謝している私です。

 

長女夫婦は、左脳派タイプと思っていた私でしたが、必ずしもそうではない、と、新たな発見をした、感動的出来事が過去にありました。

都心のマンションを手放し、そこから程遠くない好適地に、マイホームを建てた時のことです。

大学の友人だった設計士に依頼し、退社後、夜遅くまで打ち合わせを度々重ねているのを知っていました。

ですが、左脳派タイプの夫婦。さほど物事へのこだわりが強いようには見えませんでした。

ですから、家が完成するまでは、投じたとんでもない金額に見合うだけの住居が完成するのか、心配でならなかった私です。

しかし、実際に完成した家は、私が心から感動してやまない、素晴らしいものでした。

我が家とは趣が全く異なり、超モダンで開放的な佇まいの家。

そこには更に、私には手も足も出ないような、センス抜群の高級家具が据え付けられていました。

今でも訪ねる度に、心から惹かれ、羨ましくなるほどです。

 

それを見て、長女夫婦の右脳の優秀さにも感嘆した私でしたが、その後が続かない。(笑)

左脳派人間の傾向です。(笑)

それ以上のこだわりは一切なく、完成した当初のままで、日々の変わらない日常の暮らしが、ずっと続いています。

私は、若夫婦に、「もう少し、インテリアの工夫があってもいいんじゃないの。

工夫次第で、もっと素晴らしい雰囲気の空間になると思うわ」といい伝えているのですけれどね。

彼が、今一番欲しくて迷っているのは、グランドピアノのようです。

 

さて一方、次女の、家への思いは異なります。

右脳が強いだけあり、インテリアへの熱いこだわりが、私の身にもひしひしと伝わってきます。

     

     

      寝室のカーテンにも、Mちゃんのこだわりが。ループが一本の片寄せタイプです。

長女家と違い、収入も限られ、つつましやかな暮らしながら、その限られたは範囲内で、精一杯夢を追い、、工夫をしようと心がけているのが、とてもよくわかります。

お仕事も感性が必要とされる広報で、リーダー的立場にいますから、その知識も生かされてくるのでしょう。

ですから、ブロガー魂がふつふつと湧き、カメラを向けたくなるのは、次女宅の方。

長女家も、もう少しインテリア面で、工夫を凝らしてくれると、私のブログの写真の題材が増え、嬉し限りなのですが。

         

次女家を先日訪ねた時、居間を以前より広く感じ、印象が、どことなく変わって見えました。

86へ―ベー程の4LDKの居住空間です。

そのわけは、窓を背に置かれていたソファーが別の場所に移され、目線が庭まで抜けるようになっっていたからだと、後から気付きました。

家具のレイアウトで、お部屋の雰囲気が、随分変わりますね~

     

明日予定の樹木の植栽が終われば、緑が部屋のインテリアを一層引き立ててくれるに違いありません。

     

まだ新居のマンションに引っ越して数カ月の次女家族。

仕事に追われる日々ながら、住まいの空間をますます磨き、素敵な充実した日々を紡いでほしいもの、と心から願っています。

    

    

             ペーパークラフトの照明器具

先日、次回にでも、次女家の部屋の写真をご紹介しますと書きました。

そのつもりで今日のブログはいたのですが、タイトルは右脳人間、左脳人間にした方がいい内容になってしまいました。

それにしては、二つのタイプの人間性の説明がなさすぎで、中途半端な内容です。

お読みぐるしい点は、なにとぞお見過ごし下さいませ。

    

昨日の歩数 6207歩

    

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野の花に心惹かれ・・・・・・

2012-04-12 06:45:41 | ガーデニング

              

       

口数少なく、今日の日記は終わりたい、と思います。

言葉は無用な気がします。。

静かに、じっと見つめていたい、と。

私の拙い文章力では、私が今抱く感動を、とても言い表すことはできません。

そんな思いにさせる、野の花の得も言われぬ美しさです。

 

一昨日、孫、かれんと共に、さりげなく摘んだ慎ましい花の魅力に、私は、すっかり心奪われてしまいました。

お花屋さんの店頭に並ぶ、如何なる切り花も、野の花の美しさには、叶わないでしょう。

そんな気持ちにさえ、させられます。

正に天の恵みですね~

 

アメリカに在住していた若かりし頃、イエローストンに旅行し、目にした、山の斜面に果てしなく咲き乱れる野の花。

硫黄が立ち込める地獄谷の過酷な環境ながら、その場で健気に咲いていた花。

これらを見た時の感動は、今でも鮮やかに蘇ってきます。

私が、野の花に心から惹かれる発端の原点は、この時の出逢いだったかもしれません。

 

それ以来、楚々とした野の花のような草花が好きは、私の口癖。

庭づくりでも、いつも野の花が咲き乱れるような風情の庭を心に描き、理想としてきました。

 

つつましく、されど健気に逞しく道端や野辺に咲く花に、もっともっと目を向け、日々を過ごせたなら、思わぬ暮らしの潤いに、恵まれそうです。

私達、年寄り世代は、野の花に見習って、自己主張は余りし過ぎず、人生を慎ましく逞しく、生きて行けるといいですね。

野の花のように、毎年元気に蘇るのはむろんのこと。(笑)

 

ずっとしばらく、孫の写真が私のPCのデスクトップの背景写真でしたが、昨日から、次女宅で何気なく撮った野の花の写真と入れ替えました。

朝の目覚めに、或いは折々で、この爽やかで清々しい写真を見る毎に、孫の写真と同様に、元気が湧いてきます。

天の恵みに感謝♪そんな思いでいます。

 

昨日の歩行数は、一切外出せず、6700歩あたりまで行きました。

チョット誇らしい記録で、ブログに載せたかったのですが、余りに疲れ、又写真を撮り忘れてしまいました。

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かれんと共に過ごした、心和む幸せなひと時

2012-04-11 14:56:18 | 

 

心がほんわかと温まるような春の陽気に、さすがに冬のコートはさようなら、といった当地です。

今日は、幾分また冷えますが・・・・・・

昨日は、スプリングコートを羽織り、私にしては珍しく、朝早いお出かけでした。

行く先は、最寄りの駅前にある、次女宅のマンション。

若夫婦が出勤前の8時に到着です。

 

私のその日のお務めは、保育園をお休みする風邪気味のかれんちゃんの、日中のお守りでした。

数ヶ月前、同様のことをして、一気に体調を崩してしまったことがありましたが、その頃に比べると、首の痛みも息苦しさも、随分改善されています。

しかし、念のために、痛み止めのお薬をしっかり服用し、持参もして出かけました。

 

さて、いよいよママのお出かけです。パパは、一足先に出勤。

かれんちゃんは、いまかいまかと、すでに赤い小さなシューズをお手々に持って、玄関ドアーの前で待機しています。

保育園もお出かけも、大好きなかれんちゃん。

しかし、いつもと様子が違うことに、次第に察しがつくと、泣きだし、ママのもとを離れようとしません。

 

娘は、気付かれないように、そっと家を出るつもりだったようですが、私はそれはよくない旨、その理由も説明しました。

おっぱいから離れたばかりで、乳児にまだほど近いとは言え、意外と判断力は備わっているものです。

そして親の態度次第で、聞きわけが良くも悪くもなりますものね。

泣かれる我が子を見るに忍びないから、と気付かれないようにそっと出ていきたい娘の気持ちは、痛いほどよくわかります。

けれど、ここは、これから会社に出かけ、お仕事を頑張らなければならないことをしっかり説明し、バイバイをして出かけた方がが良いのでは、と。

その方が、別れた後、かれんちゃんが気持ちを鎮めやすい、と私は話しました。

その通りにして、Mちゃんは出かけてくれました。

 

赤いお靴を手に持ったまま、玄関ドアーにお顔を押しつけ、しばらく泣き止まないかれんちゃんでしたが。

私は抱きあげ、もう一度ママが一人で出かけなければならなかった理由を説明し、お庭に連れ出しました。

 

春の陽光を浴び、明るく輝くテラス。

その庭に、今週末、我が家のガーデナーさんが、樹木を植え付け予定の植栽コーナーがあります。

    

そこに、いつ知れずや、楚々とした野の花が咲き乱れていました。

春風にそよぐ、そのつつましい可憐な草花は、決して桜に見劣りしないほど、美しく感じられた私です。

私は、それを手折り、まだ涙を目に一杯浮かべたかれんちゃんの小さな手に、そっとのせてやると、瞬く間に顔が輝き、ご機嫌が良くなりました。

        

大人のみならず、幼子の心まで一瞬で癒す、野の花の威力は凄いものですね~

 

 

それ以来、パパが戻るまで、一度もご機嫌を損ねることなく、お食事も良く食べ、お昼寝も十分して、何一つ手のかからない良い子でした。

          

          

時に、また赤いシューズを差し出し、おんもに行きたいと、せがむ事もあったので、一度だけ、マンションの周りを二人でお散歩しました。

この年齢の子の目に映る対象は、すべてがとても新鮮なのでしょう。

旺盛な好奇心で、物事を一つ一つ確認するかのような愛らしい仕草に、私は笑みが絶えませんでした。

                

                 

手をつなごうとすると、それを振り払うようにして、一人で先にどんどん進もうとします。

でも、まだまだ危険な時期。私は仕方なく、コートのフードの先を軽く握り、いつでも制御できる状態を維持しました。

本人は、それには気付かず、一人で歩いているつもり。(笑)

誇らしく嬉しく、弾む幼子の心が、私に伝わって来るようでした。

まだ風邪が治りかけている体なので、無理はできません。

短いお散歩で切り上げ、家に戻りましたが、快い疲れに、体も満足したようで、11時前から早お昼寝。

二時間半近く、ぐっすり眠ってくれました。

          

           

その間、私は居間とキッチンの整理整頓に奮闘。

雑然としていた部屋が、みるみる片付き、素敵な雰囲気となりました。

インテリア雑誌に載せてもおかしくないような、家具の配置や調度品への次女のこだわりように、改めて魅せられてしまった私です。

ブロガーの取材魂がもりもり湧き、素敵なアングルスポットで、シャッターを何度も押しました。

この時撮った写真は、また日を改めてご紹介させていただきますね。

 

さて私が仕事が一段落付いた頃、かれんちゃんが、とてもご機嫌よくお目覚め。

                

その後もすべてが順調で、絵本もたくさん読んでやりました。

自分のお気に入りの本を持ってきては、私のおひざにちょこんと腰かけるかれんちゃん。

さぁ~読んでの気持ちが、無言でも伝わってきます。その繰り返しの動作が、何とも愛くるしく可愛い~!

 

パパが昼下がりに、お仕事を早く終え、戻ってきてくれました。

パパのお歌に合わせて手拍子をとるかれんちゃんです。

           

 私は、美味しいコーヒーにチョコレートで一服させていただき、持参した夕食用の数品の説明を彼にした後、ホッと一息ついて、娘宅を出ました。

次回は、我が家に一人でお泊まりもできそうなほどに、私にもなついてくれたかれんちゃんです。

これから、何かとお守に呼び出されそうですが、それも生活の張りにして、頑張りましょう。

 

又歩数計の写真を撮るのを忘れてしまった私です。

万歩計が励みとなり、帰りは我家まで徒歩で帰りました。
出かけるときは荷物が重たく、バスに乗るつもりでしたが、バス停を通りがかった近所の奥様が車を止め、娘宅まで送って下さいました。
有難うございます。

以前からブログ名教えて、と言われていますが、とてもとても恥ずかしくて、私と妹、夢路の家族以外どなたにも伝えていません。

歩数は、確か6200歩くらいでした。

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家族揃ってのお祝いがいっぱい♪

2012-04-10 05:25:35 | 

          

桜がまさに満開で、絶好のお花見日和に恵まれた一昨日、長女宅に我が家の家族が全員集いました。

長女のMちゃんは、アメリカ出張から帰国後、相変わらず仕事が多忙を極め、いまだに時差ボケの調整が、完全に出来ていない状態のようでした。

前日の電話で、「ご馳走ではないから。簡単な料理で構わない?」と。

「もちろん!全然構わないわ」と、私は応えました。

忙しい日々を過ごす若夫婦ながら、年に幾度か、多少無理をしてでも全員が集合し、楽しいひと時を過ごしてくれる事ほど、私にとり嬉しいことはありません。

ご馳走は二の次かしら。

桜の季節。
花より団子といいますけれど・・・・・・・

私は、お料理や団子より、家族の幸せの花を眺めるのが、一番好き。(笑)

            

            

 

さてこの度の集いは、いつになくおめでたい事がいっぱいでした。

桜ちゃん、お誕生日おめでとう♪

おばあちゃん、お誕生日おめでとう♪

K君、小学校入学おめでとう♪

R君、中学入学おめでとう♪

この順番だったかしら。

メインは、遅ればせながらの、さっちゃんの家族によるお誕生会といったところでしたが。

3月に、お友達を招いて、すでに一度お祝いを済ませてます。

その名残が電気の傘に・・・・・・・

              

      

皆グラスを掲げ乾杯!!!長女の音頭に合わせ、たくさんのおめでとうを、それぞれ、心を込めて言いました。

私も、おめでとうを言ってもらい、皆さんに感謝です。

主人は禁酒、次女の旦那さんも、帰りの運転のため、これ又禁酒。

でも、長女手作りの美味しいお料理に舌づつみを打ちながら、おしゃべりに花が咲き、大いに盛り上がりました。

 

 

長女の旦那さんは、友人とのゴルフで、わざわざ高知まで、一泊旅行に出かけ、戻ったばかり。

健啖な彼の、高知名産の美味しい食べ物の話題に、皆、耳を傾け、うなずいたり、参考にしたりと。

お土産に持ち帰ったしらすにゆずのしぼり汁をかけ、たっぷり振舞ってくれました。

とても、とても美味しかったけれど、彼の話の様子から、少々食べ過ぎの感が・・・・・、

確かシラスは、コレステロールが高いはずよ、と彼に伝えたところ、

「お母さん、よく知ってますね~そうなんですよ。もうこれ以上食べるのはよそう」ですって。

笑ってしまいました。

 

さて、いよいよバースデーケーキの登場です。

場所も、ダイニングキッチンから、居間へ移動。

長女が準備してくれたケーキには、さくらちゃんとおばあちゃま おめでとう、と書かれていました。

     

その後は毎年同じコースです。

       

         

いよいよ、さっちゃんが一番お待ちかねのプレゼントをそれぞれの家族から贈ります。

ところが、私はうっかり自分のプレゼントばかり写真に撮り、次女とおじいちゃんが選んだとてもとても素敵な贈り物を撮るのを忘れてしまいました。

チョット残念ですけれど、その説明は割愛します。

長女に、「最近のママのブログはいやに大作ね。(これは明らかに皮肉です。笑)、やたらと長~い。ちょっと長すぎじゃない」って意見されましたから。(笑)

 

私からのさっちゃんへのプレゼントは、ラルフのTシャツと、近所のお店で求めた、クシュクシュのヘヤ―バンドに、ハートの型をした鏡でした。

               

下の写真は、私への娘達からのプレゼントです。

         

 

日常用のスプーンなど、私の希望を取り入れてもらいました。

長女は、お花のブーケとスターバックスのコーヒー豆を手渡してくれながら、

「忙しくて選ぶ暇がなくて、こんなものでごめんね」と。

いえいえ、ありがとう!

気持ちだけで、ママは嬉しくて、感謝いっぱいです。

 

さくらちゃんは、自分の鏡を持つのは初めてのようでした。

ババの、そろそろお洒落心が出してほしいな~との願いが、これでちょっぴり叶うかしら。

とは言え、最近、とても成長し、少女らしくなってきたさっちゃん。

ババには、目を見張るものがあり、本当に嬉しく思います。

いつも元気いっぱいで、お兄ちゃん顔負けの勢いだけれど、性格がとても明るくサバサバしたところは、さっちゃんの大きな魅力の一つですものね。

その旨、ママに話すと、

「そうなの。クラスで、男の子たちにちびちびとからかわれると、私はチビよ。何か悪い?って言い返すんですって」と。

さすが、さっちゃん!肝が据わっていると、ババは感心しました。

私の家族では、ちょっと異色のさっちゃん。

今後の成長がとても楽しみです。

相変わらずK君と大の仲良しだけれど、この関係もいつまで持つでしょうか。

その内自意識が芽生えてくると、ぎこちなくなってくるのかしら?

 

昨日一番驚いたのは、かれんちゃんの一挙手一投足。

実に果敢で、何事も前向き。

お兄ちゃんやお姉ちゃんの妨害をはねのけて、前に突進するかれんちゃん。

孫達の末っ子として生まれ、鍛えられた逞しい性格を垣間見る思いでした。

 

4人4色、それぞれの個性が花開き、将来どんな人に成長していくのか、ババの今後生きる一番の愉しみ。

それを見届けるまでは、元気でいたいものです。

                       

      

昨日は、R君の中学の入学式でした。

初孫で一番手をかけたR君が中学生になるなんて・・・・・

特別の感慨に浸っています。

本当におめでとう!

制服姿が凛々しく、とてもよく似合います。

                    

       

多くの友人に恵まれ、勉学、余暇ともに充実した実り豊かな日々をと、心から願って止みません。

 

実は私は、長女宅に行く前に、そこから数駅の中目黒駅に降り立ちました。

お花見がてら、長女家が新婚時代を送り、R君が誕生し、保育園時代を過ごしたマンションと、その界隈の懐かしい思い出の地を巡って見たいと思ったからです。

妹のブログに紹介された、ピース岩手復興市にも寄りたいと思いましたが、駅の余りの混雑ぶりに怖れをなし、諦めざるを得ませんでした。

しかし、長女の家に行く途中の道は、桜並木の散策道になっています。

道行く人もほとんどなく、私は心行くまで、美しい桜を愛で観桜することができました。

正に、桜ちゃんのお花。

桜の華と、私が好きな葉桜の清々しさを身に着けた女性になってほしいけれど、ちょっとババの理想が高過ぎですね。(笑)

    

     

     

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至福のひと時

2012-04-08 07:46:46 | 暮らし

                 

一昨日の午前中の事。

柔らかな日差しを浴び、お庭のテラスが、とても居心地よさそうに見えました。

花壇の草花と樹木の緑の彩りが、目に鮮やかに美しく、得も言われぬ素敵な場所と、我が目に映り・・・・・・

そうだ!テラスでデスクワークの作業をしようと、急に思い立ち、実行。

                

ガーデナーのHさんの、「お庭で快適に過ごせる時間は春と秋の束の間の期間ですから楽しんで下さいね。

素敵なお庭で、羨ましいです~広さも、程良くて」との嬉しい言葉を思い出しました。

ガーデンファニチャーのテーブルの上に、料理本を数冊積み上げ、お茶を一服しながら、ページをめくるひと時。

私の身体は、お日様の温もりに優しく包み込まれ、ぽかぽか。

頬を春のそよ風がなで、小鳥のさえずりまで、快く耳に響いてきました。

 あぁ~幸せ!心が癒され、まさに至福のひと時。

こんな素敵な時を過ごせるのも、一重にHさんのお陰です。。

私は、自分自身のための余剰金の使い道で、最善の賢い選択ができたと、改めてしみじみ思える一瞬でした。

                

 

その後、屋内に入り、昼食の準備に取り掛かりました。

鶏卵を割りました。

すると、何と黄身が二つ入った卵。

                

まるで、小学生と中学生の卵といっていい、フレッシュな学生のK君とR君みたいでした。

これは吉兆の知らせに違いない、と勝手に思い込んだ私です。

お庭の幸せ気分の余韻が残る私の胸の内が、さらに輝いた一瞬です。

 

そして午後、熱を出したかれんのお守りで在宅中だった次女の旦那さんが、元気になったようだから、と二人で訪ねてくれました。

最近、急に一段と成長したかれんちゃん。

                

今では、我が家が、特別なお家と認識できているようです。

人見知りの強かったかれんちゃんが、じじ、ばばにも、親しみを一杯込めた愛嬌のある表情で、接してくれます。

片言ながら、言葉も数語、可愛い声で発します。

かんきつ類が大好きで、小さく刻んだものを小さなお手てで上手につまみ、パクパクお口に入れ、たくさん食べました。

お腹がいっぱいになると、パパに、どうぞと差し出します。

この子も、きっとほかの孫達のように、あっと言う間に大きくなってしまうのでしょうね~

そして、お兄ちゃんやR君、さっちゃんと同様に、私に感動や喜びをたくさん授けてくれるに違いありません。

私は、かれんちゃんにも、今からありがとうを、一杯伝えたい気持ちでいます。

ババとじじの希望の小さな星となり、何時までも、輝き続け、健やかに成長して下さいね。

 

K君の入学式の翌日の、幸せあふれる数々の出来事でした。

至福とは、このような日のことを言うのでしょう。

心映えのする至福の日々を、今後も度々紡げるよう、心がけてまいりたいものです。

 

今日はまた、家族一同揃って夕刻から、さっちゃんのお誕生祝いを、長女宅でいたします。

そのお話は、次回にでも。

桜は満開で、今日は絶好のお花見日和とのこと。

はかなき桜の命を惜しむがごとく、思う存分愛で、楽しまれる方々が多いことでしょう。

花冷えで、お風邪を召されませぬように、お気を付けて、お出かけ下さいませ。

 

投稿回数を減らすと宣言しながら、また書いてしまいました。

言葉が軽くて、だめですね~

この程度の短文ですと、家事の合間にぼつぼつと書き、あまり時間も取られず、楽な作業で助かります。

昨日の歩数

写真を撮るのを、また忘れてしまいました。

4900歩台でした。

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K君は、元気いっぱいで初登校♪

2012-04-07 09:26:06 | 

春もいよいよたけなわのシーズンに、差し掛かかってきました。

肌寒さが、今尚残りはするものの、ほの温かさが、心地よいこの頃。

コートを脱ぎ、軽快な服装で道行く人々を、多く見かけます。

ブログを綴ることで、日本の四季の移り変わりの美しさはむろん、繊細さ、ダイナミズム、奥行き等を一層味わえるようになり、これもブログの効用の一つと大変嬉しく思います。

 

さて、すでに触れたことながら、今春、我が家では、二つの喜ばしきことがあります。

長女の長男のR君は中学生に、次女の長男のK君は小学生になり、人生の新たな一歩を踏み出します。

産声を上げた時のじじ、ばばの喜びも束の間。

孫達の成長は、驚くばかりの速さでした。

その姿を眩しく感じながら、一方、我が身の老いを改めて認識したりと・・・・・・

これまた、人生の摂理ですね~

素直に自分の老いも認めがら、孫達の成長を心から喜びましょう。

声を大にして、ばぁばは、言います。

K君、R君、入学おめでとう!と。

 

 さて、そのK君の小学校の入学式が、我が家からもさほど遠くない市立の学校で、4月5日に執り行われました。

ババの私は、体調が余程悪くない限り、K君の保育園のイベントには、すべて参加し、親子と共に、心から楽しませてもらいました。

唯一遠慮したのは、入園式と卒園式だけ。

さすがに、この人生における晴れやかながら厳かなセレモニーにまで、年寄りがお邪魔するのは憚れました。

 

ところが、K君の入学式の前夜、娘から電話があり、「近いことだから、せめて記念写真を撮りに、校門前に来ない?」との声がかかりました。

 誘いを受けはしたものの、そのような晴れの場所の事。

記念撮影を撮るとあらば、いくら近くでも、軽装とはまいりませんものね~

何だか中途半端な行為にも感じられ、返事に迷いました。

「入学式終了後、その足で、うちに寄っていけば」とも、言いましたが、校門前で、家族の写真も撮ってほしそうでもあります。

「なぁ~だ!それが、第一の目的だったのだ」、と思うやいなや(笑)、みるみる親心が湧いてきて、迷いがなくなりました。

腕をふるって、私が、いい写真を撮ってあげましょう、と。

娘には、それが目的ではなかった、と弁解されましたけれどね。(笑)

 

その日、夫も誘い、それなりにおめかしして、娘が指定した時間の11時に小学校へと。

到着した時は、監視要員らしき職員風の人が一人立っているだけ。

式が終了した様子では、全くありません。

仕方なく、待つことに致しましたが、ほどなく出てくると思いきや、待てど暮らせど、ほとんど人影はなく、強い南風にも当たり続け、少々閉口。

夫と共に、校門の片方に身を寄せ、それを風よけにして忍び、ひたすら出てくるのを待ちました。

 

しばらくすると、もう一方、ご祖母さまらしい人が、カメラ片手にお見えになりました。

どちらからともなく声をかけ、おしゃべりをし、よい時間つぶしに。

その方は、親、子供達、孫と三代揃って、同じ小学校との事で、その人の落ち着いた境遇を、羨ましく感じたりしました。

私達は、転勤族でしたから、娘達は、海外も含め小学校を、三度転校しています。

 

しかし、その奥様が、私に話されるには。

「長女一家は、仙台で震災に遭い、こちらに避難し、もう東北には戻りたくないと言って、そのまま、ここに居付いてしまいました。

子供達もこの学校に転校しています。」と。

「孫達は、いまだに地震を異常に怯えます。三人の子供のことでは、いろいろありましてね~」と、ご苦労をにじませ、親しげにお話し下さり、

私は心からうなずき、傾聴させていただきました。

 3月11日以来、初めて直接、震災による体験談を聞く機会にも恵まれた私です

 

こんなおしゃべりをさせていただいたお陰で、1時間が、いつの間にか経過。

やっと晴れ姿の、親子が、三々五々、校門に向かってやってきました。

ぴかぴかの一年生。みんな大きなランドセルをしょっています。

ランドセルも、昔と趣が異なり、実にカラフル。

女の子の服装の、なんと華やかな事。

娘の頃は、紺やグレーが多かったように記憶していますが。

入学式後の光景も、昔とは、かなり様変わりです。

明る色に染まり、一層輝いた清々しい光景に、、私は目を見張り、この場に来てよかった、と感動を覚えながら、改めて思いました。

 

ところがです。

我が孫、K君は、少々お疲れのご様子。(笑)

その内目頭に涙をいっぱい浮かべ、ママの足元に身を寄せ抱きつき離れようとしません。

入学式の間は、見事に振舞い、ママ、パパも感心するほどだったようですが、その緊張が一気にほぐれ、お腹もぺこぺこだったのかな~

お腹がすくと、いつもちょっぴり不機嫌になるK君なんです。(笑)

そんな悲しいお顔は、晴れの舞台には不釣り合いよ、といいたいところでしたが。

婿の後の話では、規律正しい幼稚園の子と違い、保育園の子には、とかくありがちな現象のようです

 

良い写真を撮ろうと気構えてきた私でしたから、K君の悲しそうなお顔を見て、ちょっと拍子抜け。

さらに長蛇の列で、落ち着いて写真を撮るどころではありません。

校門前の写真は、慌てて数枚シャッターを押しただけ。

  

私は、不機嫌なK君を傍にとどめるのがやっとで、うっかり、ショールを外すのも忘れてしまいました。

 

前夜、梅の花ででも、お食事をご馳走するわ、と提案した私でしたが・・・・・・

K君は、旅行、学童の初日、入学式と続き、少々疲れている様子なので、家に戻りましょう、とのことで、学校から徒歩、5~6分の娘宅へと。

 

入学式の日にもかかわらず、家はかなり雑然としており、日頃の忙しさが、ひしひしと親の身に伝わってきました。

然もありなんです。

やっと、乳離れができた二歳未満の幼児を抱え、家事とフルタイムの仕事の両立。

住まいのマンションは、駅から一分とは言え、会社まで往復約2時間はかかります。

何となく母親の私には気がかりな部屋で、次女と昼食を共にしながら、しみじみと語りあいました。

K君は、すっかり機嫌を直し、お庭で自転車に乗り、元気いっぱい。

お婿さんは、午後から出社で留守でした。

 

娘宅を後にし、我が家に戻ってから考えたことは、もっと私は、娘達に協力すべきではないかと、いう事。

お部屋の整理整頓、夕食の下ごしらえ。

すべて私の得意分野ですから、その気になれば、50代の頃のように頑張れない訳はないでしょう。

但しブログへのかかわりは、今よりずっと減らさなければ、絶対無理なこと。

 

夫が退職後は、家をなかなか空けられなくなった私ですが、実は亡き母もそうでした。

父が現役の時は、足しげく飛行機で、そのころ在住の東京の私達の住まいに遊びに来てくれました。

そして、良く手伝ってもくれました。

しかし父が退職後は、その足が一気に遠のきました。。

この現象はいずこの家庭も、似たり寄ったりなのかも知れませんね~

 

ただ我が家の今の事情で、母と異なることは、娘達がフルタイムで働いていること。

ですから、私は母以上に娘達へもっと気を遣い、協力してやるべきでは、と思い始めたのです。

母は、今の私の年齢の頃には、すっかり弱気になり、力関係は逆転していました。

認知症が始まりかけているころでしたので。

その点、私は、整形的な病はありますが、まだ気力は十分みなぎっています。

せめて元気なうちは、効率的に家事を手早く済ませ、夫の世話と娘への協力の両立を図るべきでは、と真剣に考えています。

 

そのためには、ブログにかかわる時間を、もっともっと短くしなければなりません。

所詮、日記ブログと料理ブログの毎日更新の両立なんて、私には到底無理なことでした。

今後は、方針変更で、週に二、三回の投稿で、細々とでも、息長く続けていければ、と願っています。

或いは、10行くらいの短文を度々織り交ぜていくか、どちらかですね。

 

ブログ村を外れることも検討いたしましたが、この励みがありませんと、意志の弱い私はどうなってしまう事か?

何とも心もとない気が致します。

私のブログ生活は、まだまだ土台がぜい弱。

やっと最近、少し前の自分の日記を読み返しても、以前ほど恥ずかしい、と思わなくなってきたところです。

書き慣れて、文章への苦手意識が多少薄れてきたのかもしれません。

こんな時に辞めては、今までの努力が水の泡となってしまいます。

 

ですから、家事と娘達への協力優先で、PCに向かう時間は、極力短時間に制限し、今後も私なりにブログ生活を楽しみたいと。

方針変更のかれん桜ですが、辞めるわけではございませんので、今後とも末長くお付き合いのほど、よろしくお願い致します。

 

K君は、入学式の翌日は、待ちきれない様子で、ランドセルをしょい、元気いっぱい家を飛び出して登校したとのこと。

良かった!一安心のばぁばです。

昨日の歩数 5417歩

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爽やかな春空の下、草花の植え付け

2012-04-05 08:04:38 | ガーデニング

                 

昨日は、今年一番の爽やかな好天といってよかったのではないでしょうか。

真っ青な空に、純白の綿菓子のような雲がぽかぽかと浮かんで、まるで絵本に出てくる空を眺めているようでした。

訳もなく、メルヘンチックに感じてしまったかれん桜です。

このような時は、心が弾んでいる証拠。

            

                     

そのはずです。

ガーデナーのHさんのお仕事は、順調に捗り、庭の花壇、玄関ポーチ回りは、彩りがさらに増えていきましたから。

私好みの楚々とした草花がたくさんで、私は心躍る思いで眺めていました。

                    

                     

我が家の花壇は、東南向きで、日中ずっと日当たりが良いわけでありません。

その環境に合う草花が、よく分からないのが、私の一番悩みの種でした。

けれど、Hさんの的確な判断で、植えて頂くと、本当に安心。

植物にとっても、住みやすい好適な環境を与えてもらえるほど、幸せなことはないでしょう。

                       

            

            

とは言え、専門の方でも、むろん失敗はあるようです。

この度の失敗とは、水仙とチューリップ。

水仙の状態は、幾度も触れてきましたので、省略します。

チューリップは、葉が大きくなりすぎ、花が順調に咲いてくれるかどうか、懸念される状況との事。

その原因は、あくまで推測の域を出ないようですが・・・・・・

植える時期が早すぎたのかもしれません、とおっしゃっておられました。

お手入れをして頂くのが、年に4回のため、適期に植えられるとは限りません。

チューリップと水仙の植え付けが、少々早すぎたのかもしれない、と。

ですけれど、水仙では、十分魅了させてもらった私です。

来年は、我が家の花壇に咲き乱れる、水仙の理想の花姿に出合えると思うと、それだけで、期待に胸が膨らみます。

チューリップは、しばらく祈るような気持ちで開花を待ちましょう。

            

            

                      

クリスマスローズは、これから株が成長し、今年の冬には、もっと大きくなりますよ、とのことでした。

花が枯れたなら、切るもよし、あるいはそのまま放置するもよし。

ほっておくと、種が地面に落ち、増える楽しみももてる、とのことでした。さてどちらに致しましょう。

水仙は、葉の光合成で、球根に養分を十分蓄えさせるため、葉が枯れるまでは抜きません。

枯れたなら、球根のみ保存します。

我が家では、プランターに移植しました。

            

                      

昨秋、水仙と同様、私を魅了してやまなかったカラミンサに、瑞々しい新葉が付き始めています。

六月頃から、花が付き始めますとの事で、これもまた、私の大きな楽しみです。

昨年より、株も大きくなり、白の可憐で清楚な小花が、一層、花壇に清々しい華を添えてくれるに違いありません。

            

花壇のレイアウト上、既存の草花を一部、違う場所に移動したりなさりながら、新しい草花も、いろいろ植え付けて下さいました。

ほとんど、私の希望通り、宿根草のようです。

宿根草をお願いした訳は、芽ぶきの感動を味わえると共に、長期にわたって付き合えるため、、愛しさが一層増し、ガーデニングの醍醐味を味わえるえると思ったから。

それ以外に、まこと夢のない、現実的なお話ですが、花壇が充実するごとに、次第に、経費がかからなくて済む、といったことでしょうか。

                         

 新しい草花は、まだ花の名称が、よく私の頭の中で整理されていません。

Hさんから詳細の写真入りの報告が届いた時に、ご紹介させていただくつもりでいます。

我が家の花壇に多少でも関心を寄せて下さった方々は、しばらくお待ちくださいませ。

                            

 次回は六月の予定で、バラも数種植えて下さるそうです。

その時で、一年が経過し、我が庭の花壇の草花が、一応揃い、次のステップに入るといったところのようです。

 

私がガーデナーさんの作業を見て受けた感想は、植え付けの際、私より、もっと長いスパンで、花壇のレイアウトを考えておられることでした。

私は、花壇を作る時、植え付けるや否や、お花がいっぱいの完成品を目指してしまうところがありましたから。

その点が明らかに、Hさんは異なり、植え付け時は、小さな苗で、間隔も十分取られるため、一見寂しく我が目に映ります。

けれど、その方が、草花の成長と花壇の変化を日々楽しめ、これこそガーデニングの本当の喜びであることがよく分かりました。

お金ばかりかける横着ガーデニングだった私が、多少成長したということでしょうか。

でも、いつか独り立ちできるのかしら?(笑)

当分、まだまだ先になりそうです。

 

植え付け終了後、まるで天使のように清らかな雰囲気の素敵なHさんと、楽しい語らい。

感謝の言葉を述べ、お名残り惜しい気持ちで、お見送りしました。

                               

                                

                                 暴風雨な中、苦労して出かけ求めた桜のケーキです。とても美味しかった♪

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非常識極まりない私の行動

2012-04-04 08:31:35 | 暮らし

今日は朝から、ガーデナーのHさんが見えます。

そのため忙しく、ブログを落ち着いて書く時間が取れそうにありません。

気の利いた、間のある短い文章で終えたいところですが、そのよな文を書くのは、とても苦手な私。

とは言え、なんとしても短文で切り上げましょう。

 

昨日は、とんでもない悪天候でしたね。

春の嵐と言えば、風情があるけれど、そんな言葉を通り越し、まさに暴風雨といった感じでした。

気象的には、この時期、比類まれな事のようです。

未だに、自然の怒りが治まらないかのような現象。

春爛漫の良い時候を迎えるというのに、今後の我が国の行く方が、幾分また、不安になりました。

 

そんな悪天候にもかかわらず、私は何と外出し、とんでもない目に遭いました。

次女家に助け船を求めたのですが、次女に呆れかえられ、「今度ゆっくり話しますからね」と。

あぁ~怖い!お説教されるのかしら。(笑)

 

出かけた訳は、今日見えるガーデナーさんのために用意する、気の利いたお菓子が何もなかったから。

いつも休憩のお茶の時間には、スターバックスのコーヒーを淹れ、ケーキと共にお出しします。

ところがコーヒーも切れていて、手元に全くありません。

 

その買い物だけで帰宅すれば、さほど苦労しないですんだのですが、出不精の私です。

出かけるとなると、いくつかの気になる用事を一気に片付けようとします。

そのために二つの駅の周辺で買い物をすることに。

三割くらい安く買えるスーパーによるためには、スターバックスのコーヒーを求めた後、最寄り駅に戻らなければなりません。

そこに移動するときには、またバスを利用。

そしてさらに、数百メートル歩きました。

 

このような時、およそ2年前に車を手放したことが、悔やまれる一瞬です。

その道程では、もう風雨の激しさは、台風並み。

容赦なく私に向かって、雨と風が叩きつけてきました。

傘を半開きにして、その圧力に逆らうように、ただひたすら地面を見つめて目的地へと、黙々と歩き続けました。

辿りついた時には、洋服も髪もびっしょり。

ケーキとコーヒーを買えば、とりあえず緊急の用事は済ませたのですから、そのまま何故帰宅しないのでしょうね~

高齢者の私が、思い立つと、がむしゃらに突き進んでしまうなんて、あまりにも身の程知らず。

ですから娘に呆れかえられ、今度お説教しますとばかりに、たしなめられることに。

 

さて、日常の一週間分くらいの食材の買い物を済ませ、いつものようにタクシー会社にお迎えの依頼の電話をかけました。

車を手放したなら、ふんだんにタクシーを利用すると決めていたのですが、もたいなくて、利用するのは、スーパーで溜め買いをした時だけでしょうか。

ところが何度電話をかけても、プツっとすぐ切れてしまいます。

そして画面に、今通話中です、と表示されます。

外は相変わらず、恐ろしいような悪天候。

十数回電話したでしょうか。

やはり通じません。

仕方なく、ここは次女家にすがるしかないと思いました。

もうとっぷり日が暮れかけていました。

夫婦のどちらかが帰宅し、恐らく保育園にお迎えにいく時間帯です。

その際ついでに、私のお迎えもお願いしようと思い電話をかけたのですが、、実は旅行先から戻ったばかりでした。

日程を詳しく覚えていなかった私です。

むろんお迎えに、婿が来てくれ、レジ袋の持ち運びも、すべてやてくれました。

もし、娘達が、まだ旅行中でしたら、私は為す術がなく、さぞ途方にくれたことでしょう。

「お疲れのところをすみません」と、義息子に、私はただただ平謝り。

 

こんなわけで、とんでもないお誕生日になりました。

私の真心を込めたお茶菓子とコーヒー。

Hさんに喜んで頂ければ、昨日の苦労もなんのその。

今朝は、昨日の風雨で洗われ、抜けるように澄んだ青空です。

お庭が、いかに変貌することでしょう。

私も、お仕事の邪魔にならない程度にお手伝いをし、ガーデニングの知識も養いましょう。

 

昨日は、長女と妹の夢路から、おめでとう!の電話を頂きました。

改めて有難う♪。

新しい歳の二日目。

昨日の激しい雨風は、きっと薬払いだったに違いありません。

何だかいい年齢を刻めた気がしています。

 

これからも、今が一番素敵の思いで、日々を紡いでまいりたいと願っています。

今後とも、変わらぬお付き合いのほど、宜しくお願い致します。

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お誕生日の意義 憧れの女優さん達

2012-04-03 10:55:04 | 人生

今日は、何の日?

そうだ、私の誕生日だったわ。

その程度の感慨しかない私ですが。
いえいえ、感慨どころか、自分が到達した年齢を思い、少々愕然の心境、といった方が正しいかもしれません。

 

昨夜、夫に言いました。

身の程知らずの、厚かましい自画自賛。
ほどほどにすれば宜しいのですのにね~(笑)

相手が家族だから言えること。

自分を励ますためにも、娘達に良く問いかける、私の口癖です。

昨夜夫に語りかけた言葉は、「ねぇ~あなた。私、68歳になるのよ。あと2年で70歳。そんな歳に、私見える?見えないでしょ?
しわだってほとんどないもの」と。

寡黙な夫は、相変わらず、肯定も否定もしてくれません。

きっと、このようなことを図々しくしゃべる私に、内心呆れているだけでしょうね。

こんな私ですから、なかなか素直に、今日、自分がなった年齢を、認められません。

67歳、といえば、一昔前は、もう老婆、といった雰囲気ですものね。

私の母は、年齢より、はるかに若く見える人でしたが。

 

でも今の時代、女性は、みんな元気で、若々しい方が多いです。

たとえば、女優の吉永小百合さん。

       

私と同年齢ですが、そんなお歳には、とても見えません。

同じ年齢の彼女は、いつも私の目標です。

お間違いなく。
容姿ではありません。
そこまで私は、厚かましくありません。

楚々として、凛とした雰囲気です。

ネット上で自分の年齢を語る時、イメージ戦略で、私は、いつも吉永小百合さんを持ち出します。(笑)

 

さらに、一回り年上の、岸恵子さんも、私の目標なんです。

もう八十代になられるのに、信じられない若さと、美貌。

実は、数ヶ月前から私は、いつも使用する壁かけミラーの横に、新聞から切り抜いた彼女の写真を二枚、貼っています。

       

岸恵子さんは女優さんですけれど、前向きな波乱の人生を送られた方。

人生の豊かな経歴が、内面の輝きとなってにじみ出た知的な女優さん、との私の印象です。

吉永小百合さん同様、年齢に負けない、凛とした気品に満ちた姿に、とても惹かれます。

 

他に最近、突然、私の目標になった女優さんがいます。

野際陽子さん。

       

彼女も、既に70台後半に差し掛かろうとしている方。

NHKのアナウサーから転身し、女優になられた方ですね~

もう十数年前に求め、我が家の保存版になっていた、野際陽子さん特集の雑誌が出てきました。

きりっとした知性あふれる、彼女の垢ぬけた雰囲気の写真集に、先日、しばし見とれてしまいました。

それ以来、いつも手元に置いて、ときどき眺めています。

 

ある意味、厳粛なお誕生日に、私は何てミーハーなことを綴っているのでしょう。

言え、地が出てしまっただけかしら。(笑)

女優さんは、ある意味、夢を与えるお仕事でしょうから、しばしその夢に浸たらせてもらったかれん桜です。

 

私が生まれた年は、戦火の真っ只中。

敗退続く日本が、史上類のない戦術、神風特攻を強行したものこの年。

児童まで勤労動員され、学業は全面停止となり、国家財政は実質的に破たん。

そのような敗色濃い戦乱の中で、産声を上げ、被爆の洗礼まで受けた私です。

とは言え、私は、そんな両親の必死な苦労を知る由もなく、物心ついてからも、感謝の気持ち一つ抱かず、当たり前の日常を、当たり前に送らせてもらい、今の私があります。

戦後の厳しい食糧事情の中で、復興の最中に育ててもらいました。

 

歳を重ねるごとに、感慨が薄れる一方のお誕生日ですが。

生まれいずることの神秘と感動、その後の親の苦労に思いを馳せますと、感謝の気持ちが自ずと湧き、やはり特別な日として、輝いてまいります。

ブログを綴ることで、認識を新たにし、多少厳粛な気持ちになりました。

 

娘達が、延び延びになっている孫のさっちゃんのお誕生会の時に、一緒に祝ってくれるとのことですが、子供達の入学の準備とお仕事で、大変でしょう。

そんな気は遣ってくれなくてもいいですよ。

その内、入学祝を届けます。

 

さて、私は一人で、しみじみ感慨に浸りたいものですが、多分にブログ上の気取ったコメント。(笑)

きっと今日もいつもの雑事に追われ、なんだかあっという間に過ぎそうです。

4月の新年度、スタート台に立つ多くの方々に交じって、私もヨーイドン!

転ばないように気を付けて、新しい歩みを一歩一歩踏みしめて進んでまいります。

 

そして、改めて、亡き両親と家族に、ありがとうの感謝の言葉を贈ります。

       

             私のブログにお立ち寄り下さる皆さまにも、改めて本当にありがとう ♪

昨日の歩数 5013歩

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懐かしいサザエさん

2012-04-02 09:49:24 | 暮らし

待ちに待った4月を迎え、桜が満開の春爛漫は、もうすぐですね~

長女は昨夜、一週間の海外出張から無事に戻り、一安心といったところです。

今日は休む間もなく出社。体は大丈夫かしら?

我が子とは思えない逞しさです。

孫のR君の中学、K君の小学校の入学式も控え、私には忘れられない春になりそう。

まるで、乱暴な振る舞いで、いやがおうでも冬を追放したい挙動のようにさえ感じられた(変なたとえ 笑)二日間にかけての強い南風。

その春の嵐が、昨日は止み、さわやかな晴天でした。。

今日も良いお天気ですが、相変わらずひんやりした空気が漂い、、まだ暖房が手放せません。

でも、そろそろお出かけを積極的に楽しまなくてはもったいない。そんな気分に。

その気持ちを、ますます駆り立ててくれるような絵葉書が最近、我が家に届きました。

 

次女のご義母様からです。

 私が女性の鏡のようなかたと感じ、敬愛してやまない人。

大学で週に1回、講義もされています。

大変なインテリジェントでいらっしゃるにもかかわらず、優雅な物腰で、とても上品。

それでいて、絵葉書からも伺えるように、とても気さくな方でいらっしゃいます。

いつもお会いすると、会話が弾み、お話しが尽きません。

前にも触れたことですね~

承知の上ながら、文章の流れで、繰り返していますこと、ご容赦ください。(笑)

 

その絵葉書とは?

写真でご紹介しましょう。

        

 手にした時、思わず笑みがこぼれてしまいました。

恐らく、お住まいと同じ区域に所在する長谷川町子ミュージアムで求められたのではないかと思います。

絵葉書を見ていると、テレビの放映時に流れた、明るい弾むようなテーマ曲が聴こえてくるようですね~

そして、こんな季節ですし、家族そろって、サザエさん一家のように、どこかへお出かけしたい気分に、皆さんもなりませんか?

実は、昨夕食時に夫に、サザエさんが放映されていた頃の曜日と時間を尋ねたところ、

「今でもやってるよ。さくらは楽しみに見てるよ」と意外な、答え。

私は、テレビをほとんど観ない人なので、気がつきませんでした。

 

私は過去に、サザエさんの漫画本を手にして読んだ覚えはあります。

テレビも、テーマ曲を、何度も耳にした記憶があるので、ときどき観ていたのでしょう。

でも登場人物のキャラクターまで、詳しく記憶していないということは、集中して見ていたわけではないようです。

 

改めて、サザエさんを検索して調べてみたのですが、4コマ漫画で新聞連載が始まったのは、昭和21年に福岡の地方新聞。

私が誕生して間もない頃始まった漫画が、いまだに放映され続けているとは、大層な驚きです。

その後、長谷川町子さんが、東京に転居され、連載漫画が、朝日新聞に移りました。

病気の理由で、ときどき休載もある中、1953年から1974年までは無休で載ったようです。

この歳になり読み直すと、私が若かりし頃の時代背景と世相が読み取れて、面白いのかもしれません。

でもいま時の小学生である孫が、時代背景の全く異なるこのアニメを喜んでみるという事は、面白いだけでなく、、内容に普遍性の魅力があるのでしょう。

さすが国民的漫画、と感じ入りました

我が家からも、さほど遠くないミュージアムに、一度是非、訪ねて見たいものです。

昨日の歩数

又写真を撮るのを忘れてしまいました。

3000歩もいかず、運動不足甚だしいです。

3月の家計簿の収支決算、4月の献立の予定表作りなどのデスクワークに追われた1日でした。

首を酷使。案の定、今朝も首が痛く、頭がクラクラ・・・・・・

情けな~い状態です。

でも気力で、今日も1日、明るく元気に、家事に励みます。

断捨離は、あと2週間程度で終了しそうです。

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原発とがれき処理の問題

2012-04-01 07:08:39 | 社会 政治

自分で決めたタイトルですのに、綴る前から、なんだか気後れし、しり込みしたい気分です。
タイトルが、重たすぎて・・・・・・

報道記事を追い、関心は示してはきたものの、あまりに知らないことが多すぎて、書く自信など、全くありません。
ですから、このことについて論じる資格が、自分にあるかしら、と恥ずかしくもあります。

でも、今日は私の溜まった思いを、吐露してしまいたくなりました。

家族の体験を織り交ぜて、私の感性のみでお話しさせていただきます。
お読みぐるしい点がございましたら、失礼お許しくださいませ。

 

最近の新聞で、がれきの受け入れが自治体の間で広がっている、との喜ばしい記事を目にしましたが・・・・・・
その後、反対住民の理解は進んでいるのでしょうか。
静岡の島田市は、受け入れを早々と承諾したものの、住民はなお、納得していない様子でした。

単純に私の感想を述べるなら、拒絶する人たちは、あまりに自己本位で、被災地の方々の苦労を察しなさすぎる、といったことになりますけれど。
しかし、もし自分が住む場所から、目と鼻の先の地点で、その焼却がなされると分かったなら、もろ手を挙げて賛成できるかどうか。
孫達が近くに住んでいたなら、なおさらの事で、自分の振る舞いに、自信が持てません。

とは言え、私は、賛成派に回れると確信していますし、娘達も、きっぱりとその態度を表明するに違いありません。
娘達はともかく、私には私なりの根拠も有るからです。

そして、住民の過剰反応に、幾分疑問を抱かずにはおられません。
この根拠と、疑問を抱く理由については、後程述べましょう。

 

先日、亡き両親を偲ぶ会との名目で、親族が久しぶりに集まった時、夢路の長男のKちゃんと、しばらく振りに語り合うことができました。

かれは、第一線で活躍する、都の公務員です。
彼の話しぶりからも、仕事のやり甲斐と充実感が伝わってきて、私も大変嬉しく、頼もしく感じました。

その彼が言うには、「がれきを拒絶する人たちを、一概に身勝手と批判したり、責めたりはできないんですよ。
彼らには、彼らなりの言い分があり、その判断基準や、価値観は動かしがたいものだから」と。

かなりうろ覚えで、正確ではありませんが。
そのような内容でした。
私はそれを聞き、うなずくしかありませんでした。

 

しかし、焼却により放出される放射能物質が、人体に影響がないほど微量であるのなら、拒む必要が、何故あるのでしょうか?
余りの過剰反応でないか、と、どうしても思ってしまう私です。

マスメディアの影響などにより、不安を増幅しておられるのかもしれません。

さらに、反対する最大の理由は、影響がないという、政府の見解や発表されるデーターを信じることができないのでしょうね~
震災と原発事故の一連の報告で、政府や東京電力、原子力保安院が、真実を隠蔽してきたことによる住民の不信感は、極まりないものが有るのでしょうから。

過去の例を参照し、科学的実証で正確なデーターを積み上げ、それでもって、住民を説得するしかないのかもしれません。

情報が錯綜し、混乱している昨今。
心から信頼できる報道拠点が、一日も早く出現してほしい。
そんな思いで、私は今います。

痛み分け、などという情緒論で、語るべきことではないのかもしれないけれど、もし自分たちが被災地側の立場であるなら、と考え、思いを巡らせば、視点が変わり、かたくなな態度も柔軟になりはしないでしょうか。
今の状況下では、被災者と同じ立場になることも、決して非現実的なこととも思えません。

 

今日の記事を書くにあたり、広島の被爆者である私は、再度、広島と福島の放射線量の比較を知りたく思い、いろいろ検索してみました。
その結果は、私の今までの理解が、間違っていたことを認めざるを得ず、驚きを持って認識を新たにしました。、

私が、以前読んだ読みものでは、広島の放射線の方が、福島とは比較にならないほど強力といった内容だったのですが・・・・・・
どうもそれは間違っていたようです。

福島の方が、はるかに強力だったということが、分かりました。

読む方の不安を煽るだけなので、知識の未熟な私が、具体的に書くことは控えます。

 

しかしです。

福島に比べると、セシウムなどの放出量が少ないとはいえ、広島に落とされた原子爆弾は、人間を殺傷することが目的で、爆風、中性子、熱風等を伴い、単純には比較できないと、政府は言っています。

私と両親、三人は、その爆心地から3キロの地点で被爆しました。
私が一歳の時のことです。

このことはブログで、すでに触れたことがありますが、文脈上、再度書かせていただきます。

父は前日、出張先からも戻ったばかりで、その翌日は30分出社を遅らせて良かったのです。
その幸運で、九死に一生を得ることができました。

庭に面した縁側に腰かけ、出勤のために、ゲートルを足に巻いている時に被爆しました。
私と母は、屋内にいました。

そして父はその後、臆せず、当日に、爆心地から7~8分のところに位置する会社まで、出向いています。
その時の惨状は、数回聞かされたことがあります。

むろん帰りに黒い雨も浴びたそうです。

しかしその父が亡くなったのは、享年81歳でした。
スポーツも万能で、健康そのもの。
80代になるまで病気知らずの人でした。
ヘビースモーカーで、晩酌も欠かさず、健康的な暮らしからは程遠かったにもかかわらずです。

父の生きた証が、放射能を浴びても、健康を害するとは限らない、一つの良い例になりませんでしょうか。

 

母は、私に似て、体力はなく、気力で気丈に生きているような人でしたが、最後は医療ミスで、75歳の時、突然他界しました。
癌ではありません。
私は、一番放射能の影響を受けやすい乳児でしたが、今も内科的な病気は一切ありません。

この証が、放射能に怯える方々の、多少でも気休めになれば、との思いで書かせていただきました。

 

私は大学に入学するまで、広島を離れたことはほとんどなく、被爆者の方もたくさん知っています。
でもみなさん、とてもお元気で、被爆したことを口にする人は、全くと言ってよい程いませんでした。

運命的な過去の出来事として、冷静に受け止め、人生を前向きに、明るく生きる人たちばかりでした。

私の両親も、その典型で、被爆の話をしたのは、数えるほど。

父は、妹の夢路に似て、関心のある対象は、徹底的に究明する人でしたから、被爆の怖さは十分知っていたはずです。
でも、その不安を、家族に口にしたことは、一切ありませんでした。

そのお陰で、私も母も、放射能の影響に怯えることなく、平安な暮らしを、のびのびと送ることができたのです。

 

このような経験をたどってきた被爆者の私です。
ゆえに、がれきの焼却による微量の放射能でさえ、不安になる人達の心情に、如何せん、納得がいきません。
過剰反応では、との思いを抱かざるを得ないのです。

そこまで怖がる必要はありませんよ、と私の体験から申し上げたい気持ちでいっぱいです。。

 

私がいま、一番気がかりなのは、被災地の、特に福島の子供達の精神状態です。
幼い子が、放射能に怯え、痛々しい問いかけを親にする内容の記事を、新聞で、ときどき目にします。
余りに可哀そうで辛く、胸がどうしようもなく痛みます。

親御さま達のご苦労と不安は、計り知れないものがおありでしょう。

このような状況下、大変な事と思いますが、放射能から子供達を守るのと同じくらい、マスコミや風評、心ない言葉から、子供達を守って上げて下さい。

そして、幼い心が、不要な心配で怯えたり、傷つくことがありませんように。
すくすくと、健やかに育ってほしいと、心から願っております。

 

情報が錯綜し、混乱していると、先ほど書きましたが、この現象で、一番苦しんでいるのは、福島の人達でしょう。

放射能がいかに恐ろしいかを、いろんな情報を取り上げ、例えブログで綴っても、今尚厳しい現状で苦しんでいる人たちは、すでにできる対策は精一杯講じ、逃げ場のない状況下で、懸命に暮らしておられます。

その人たちの不安をあおるようなことを書いても、被災者の人達を苦しめるだけで、余り良い影響を与えないのでは。

広島の被爆者がそうだったように、現地で闘っている人達は、できるだけ不安は払しょくし、穏やかな日常を取り戻したい、と願っておられるのではないでしょうか。
そんな気がしてならない私です。

暗いことより、少しでも希望が差す明るい情報を取り上げられるものなら、取り上げたい。
私は、今回の出来事をブログで綴るにあたって、自らの姿勢はそうありたい、と願っています。

父の被爆体験とその後が、被災地の皆様やがれき問題で悩む住民の方々の、多少でも気休めになれば、幸いに存じます。

新しいスタートの季節、四月早々に、少々重たい話をしてしまいました。
多少でもご判読いただけるなら嬉しく思います。

昨日の歩数 5218歩

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