今日が一番素敵

丁寧な暮らしを心がけながら、日々、折々のの心模様を素直に語ります。
今が一番素敵との思いを込めて。

徒然なる記述ながら、皆様へ感謝の思いを込めて・・・・・・

2013-12-25 08:06:41 | 家族

今年も、ブログ綴りを、ほぼ中断することなく続けられ、一年が終わろうとしています。

拙いブログにもかかわらず、大勢の方がお立ち寄り下さいまして、たくさんの応援も頂戴し、本当にありがとうございました。

ブログ書きのみならず、私の暮らしの励みにもさせて頂き、感謝の気持ち一杯でおります。

それにもかかわらず、コメント欄は閉じている私です。

このような勝手な行為に終始しております事も、改めてお詫び申し上げます。

 

私のブログはあくまで個人日記のつもりできました。

私生活をかなり克明に綴ってきましたのも、将来自分自身が、過去の想い出を振り返る際、この日記が楽しむよすがになれば、との思いからです。

日々の暮らしの励みにもなっていています。

ブログを綴りながら、自分の気持ちを折々で、整理し反省もしてきました。

今では、自らを元気づけ、心の成長を助けてくれる原動力とも思っています。

 

一方では、時に激しい疲労に見舞われ、首と肩の凝りに悩まされもし、書き続けることに、疑問を感じたり、と。

そのために、必要以上に多くの時間も当ててしまいました。

気持ちはいろいろ揺れ動く、長短併せ持つブログ綴りですが・・・・・・

 

来年はどんな姿勢で、私はこの作業に臨むのでしょうか?

出来れば軽やかに、淡々と、が私の理想なのですけれど・・・・・・。

文章力にも、相変わらず自信が持てず、何事もスローテンポの私では、それは無理のよう。

一週間に一回程度の投稿が、自分の暮らしのリズムには合っていると思うのですが、つい何故だか頑張ってしまって。

もう一度、じっくり考え直して、新しい年からまた素敵なブログライフをスタートさせたいもの、と思います。

 

今日、このような書き出しで始めたのは、本日をもって、今年の記事の更新は終わりにしたいと思ったからです。

そのためつい、ブログへの感慨に浸り、このような文章で冒頭を始めることとなりました。

 

 

まだやり残した大掃除、年賀はがきのしたため、気になることがいっぱいで、追い立てられるような気持ちを抑え難い日々ながら、

我が家の前途は、随分明るくなってきました。

旦那さまの体調が日増しに回復傾向にありますから。

体につながっていた数本の管も次第に抜かれています。

今日、見舞うと、もしやすべてなくなっているのでは、との期待を抱いて、病院に出かけましょう。

クリスマスプレゼントを携えて・・・・・・

 

 

ここ数カ月、余りに大変な事が再三起こり、なんだか夫の治療も終盤に差しかかっているような錯覚に陥ってしまいます。

けれど、実際はこれからが本番で、がん摘出の手術に臨まなければなりません。

でもそのがんは、副作用の激しかった放射線治療効果が十分出ているとのこと。

かなり小さくなっているようですから、今の期待は、永久人工肛門にならないで済むことです。

ひたすら、それを願っている私ですが・・・・・・・

その明確な医師の判断は、年明け一カ月後あたりでしょうか?

 

 

とにもかくにも、旦那さまの体調が良くなっていることが何よりも嬉しく、一昨日は家族全員、その安堵感に包まれて迎えたクリスマス会でした。

娘達と三人で、調理中に、「パパがいないクリスマスは初めてね~」と語り、その寂しさで一瞬、胸が詰まってしまいましたが。

すぐ元気を取り戻し、いつもと変わらず、孫達中心の楽しいクリスマス会の中、至福の時が流れていきました。

 

私の料理ブログのレシピを時に見ながら、みんなで調理中

 

一番盛り上がったのは、おちびちゃんの孫達三人が演じた余興。

おもちゃ箱を打楽器に擬え、手で叩いて拍子をとりながら、クリスマスソングを三曲歌ってくれました。

かれんちゃんは、お兄ちゃんお姉ちゃんに前もって教えてもらったのでしょう。

その期待に応えようと、一番真剣に演じる姿が、何とも愛おしく・・・・・・

それに比べ、小二と小四のK君とさっちゃんは、照れがが先に立ち、度々笑い崩れんばかりの動作に。

それも又可愛いしで、眺めて拍手を送る、親達の顔も崩れっぱなしでした。

クイズも幾つかしてくれました。

 

 

お料理は、今回は持ち寄りにしてもらい、随分助かたわたしです。

今後はこのスタイルがいいな~

 

 

 

 

子供たちへのクリスマスプレゼントも、実に多彩。

たくさんの贈り物をもらって、一番感激し、うっとりした表情でそれを手にしていたのはかれんちゃん。

物心つき、物欲も多少現れる年ごろで、その有難さが分かってきたのですね~(笑)

そのプレゼント、すべてをご紹介は出来ないので、私からのプレゼントの画像のみアップします。

 

 

 

 

中2のR君へのプレゼントの本は、少々早すぎたかしら?(笑) 元気のなさが、幾分気がかりなので・・・・・・

何かを感じてもらえれば、と思いました。

 

今年も、余すところ僅かで、暮れようとしています。

後半に思いがけないことに見舞われ、心配もしましたが、終わりよければすべてよしの心境でいます。

今日は病院で、旦那さまの元気になった顔を、拝ませてもらいましょう。

そして、来年への英気を養い、新たな夢を抱いて、新しい年に臨みたいもの、と。

 

最近はさすがに疲労気味で、体力がすぐ尽きてしまう感がいたしますが・・・・・

規則正しい睡眠の大切さに今年の中頃、目覚め、私の体調も随分良くなってきました。

本年の一番の収穫かもしれません。

かれんちゃんが、クリスマス会を終え、家路につくとき、可愛い声で私に労いの一言をかけてくれました。

「おばあちゃん、ネンネしてね」と。

私の言葉のオウム返しに過ぎなかったかもしれませんが、何よりの言葉で胸に染みました。

 

来年は、旦那さまの回復を信じ、孫達の健やかな成長を、また祈り続けましょう。

殊更健康管理には留意し、新らたに迎える年の真っ白なページに、素敵な日々を描いていけるように、誠心誠意心がけたい、と願っています。

 

全く見も知らないネット界の方々ながら、温かな眼差しで、私の暮らしを見守っていて下さることも、折々で実感させて頂きました。

とても言葉では言い尽くせない感謝の気持ちでおります。

本当にありがとうございました。

未熟で至らないところもたくさんある私ですが、来年も変わらぬお付き合いのほど、よろしくお願い致します。

 

どうぞ皆様、くれぐれもご自愛の上、清々しい良き新年をお迎えになられますように、心よりお祈り申し上げます。

 

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私の人生設計は思案のしどころ

2013-12-22 05:20:52 | 暮らし

一昨日の昼下がり、本郷駅に着くと、我が家の地域とは天候がまるで違っていました。

強い北風が吹き荒れ、みぞれ混じりではないか(?)、と思えるような横殴りの冷たい雨。

気温は家を出た時よリかなり低く、別世界に迷い込んだかのようでした。

こんな寒さ、かって私、経験したことがあったかしら、と思うほど。

震えあがってしまったのです。

幸いにも、バッグには傘を用意していました。

けれど、とてもいつものように徒歩で病院に向かえる状況ではありません。

仕方なくタクシーを拾って、旦那さまのもとへと。

 

 先日のショッピングでは、代官山で突然雨に遭いました。

駅前で求めたビニール傘。お洒落な街には、無地の傘はなく(?)こんな素敵なビニール傘を手に入れました。

 

その前々日の水曜日は、次女が短時間ながら会社を抜け、パパを見舞い、またストーマ装具の取り付け練習をしてくれました。

(人工肛門の名称が、医学用語でストーマーです)

Mちゃんは、乗り換え地点の大手町からさほど遠くない所で働いています。

そのため、勤務中でも、時折、このようにパパの病室を訪ねてくれます。

会社が病院からは遠い長女は、週末に同様の気遣いを、ほとんど毎週してくれています

娘達のお見舞いほど、旦那さまにとって嬉しいことはありませんから、私も共に喜び、感謝いっぱいの気持ちでいます。

 

私と違い、賢い娘達のこと。(笑)

二度、体験し、次女はストーマー装具の取り付け方はもうすっかりマスターしたかのようで、自信あり気な様子。

「お正月にパパが戻ってきた際には、私がその世話をしてあげるから心配しなくて大丈夫よ」

と心強い言葉をかけてくれます。

パパが一時帰宅している間は(看護師さんのお話しでは、年内の退院は無理のようです)、ずっと我が家に滞在してくれるとのこと。

嬉しいことですけれども、娘達に頼ってばかりもいられませんんものね~

もし永久人工肛門になると、生涯この取り替えの作業を、私はやり続けなければなりませんから。

ですから、私が手慣れて、あっという間に終了といった風にならないと、困ります。

 

最近は、願わくば、その取り付けは回避してほしい、と強く願うように私はなりました。。

何故なら、私の外出がままならなくなってしまいそうだからです。

漏れるような緊急事態が夜に起きると大変ですものね~

妹・夢路にその懸念を話したところ、

「何とかYさんが一人で取り付けられるように工夫は出来ないの?」と。

 

それで昨日、病室でどこまでの工程を旦那さまが自分でできるか、尋ねてみました。

すると、取り外しまで、と私の願いが一気にしぼんでしまうような返答。

取り付けまでは、目の視野狭窄がひどいので、自分では無理のようです。

 

中央のお家は姪のKちゃんからの贈リ物です。
何の内祝いだったかしら?

 

私の将来の生活に、少々暗雲が、なぁ~んて大袈裟でした。(笑)

私はお家大好き人間で、外出できなくても然程ストレスがたまらない方ですから、何とか対応できるでしょう。

でもやはり不安がないわけではありません。

 

お話しが、また少々脱線しますが・・・・・・

私は、このブログを開設する前辺りから、更に詳しくお伝えすると、数年間、虚しく徒に打ち込んだ投資を辞めてから、緊縮家計を自らに課しています。

五年間といった、期限まで設けているのですが。

五年間、必死で貯蓄に励み、その損失を多少でも予定通りに取り戻せたなら、その後は緊縮を幾分緩めて、もう少し遊んで人生を楽しみたい、と。

取り戻せるといっても、数分の一に過ぎないのですけれど。

 

ところが、消費税の段階的アップ、年金の減額、それにもかかわらず物価は上昇では、その夢も次第にしぼみつつあります。

更にこの度の夫の病で、医療費が家計に占める割合が更に大きくなり、・・・・・・

そして、旦那さまの人工肛門が永久的になると、私のそんな願いにとどめが刺されそぉ~

私の行動が制約されてしまうことになるでしょうから。

 

日中は、介護ヘルパーの支援を受ければ、何とかきりぬけられるかもしれませんが・・・・・・

真夜中にハプニングが起き、夫が慌てて困惑している様子を思い浮かべるだけで、夜の外泊は無理のように感じられてきます。

さてさて、今後の私の人生設計を如何に立てるべきか、思案のしどころです。

またまた私の座右の銘、諦めと覚悟を思い出してしまいました。

運命は避けられない。与えられた時間の中で精一杯素敵に生きればよいだけですよね。

そう割り切って、くよくよしない事にします。

 

 

 

私が色々世話をし、病院に頻繁にお見舞いに出かけても、旦那さまは、ありがとうの一言さえ、かけてくれるわけではありません。

自分の苦労と努力が報われていないな~、といったストレスと虚しさを、時に感じないわけではありませんが・・・・・・

今に始まった性格ではありません。

新婚当時から同様です。

慣れっこの私のはずですが・・・・・

夫には何も期待しないで、「与える愛」に徹します。(笑)

 

昨日は、旦那さま用のクリスマスプレゼントも、多少奮発して購入しました。

そんなもの上げたからといって、嬉しさを素直に表現してくれる様な人ではありませんけれどね。(笑)

 

明日は、旦那さまいませんが、恒例の家族クリスマス会を、我が家で開くことになりました。

今日は、私が病院で午前中、ストーマ袋の取り付けの指導を受けるため、朝早くまた出かけます。

返りに、孫達のクリスマスプレゼントも買わなくては。

忙しい~!

体調を崩さないように気をつけて、頑張りましょう。。

 

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我が家もやっとクリスマスらしく

2013-12-20 10:16:26 | 暮らし

今年もいよいよ残りわずかですが・・・・・・。

指折り数え、クリスマスとお正月を待ちましょう、といったワクワクした気分になれなくなったのは、いつ頃からかしら?

嫁ぎ、主婦になった時からのようにも。

ワクワクするどころか、大掃除、お節料理の準備と、現実的な主婦の務めに追いに追われ、年間で一番多忙を極める時期になってしまいました。

でも、やはり特別なハレの日であることには変わりはなく、その日を精一杯素敵に過ごしたい、と願う気持ちは、この年になっても同様です。

 

さて、我が家のクリスマスの準備。

例年に比べると随分遅くなってしまいましたが、昨夜、その飾り付けがほぼ完成、といったところです。

毎年この時期になると、旦那さまが、その準備を多少は手伝ってくれました。

簡易階段を天井から下ろします。

そして、屋根裏に入り、クリスマス用品一式を取り出し、ツリーを組み立てるところまでは。

 

ところが、今冬は思いがけない入院生活で、それは叶いません。

ゆえに、私一人で頑張ってやり遂げました。

一方では、家事のほかに、季節の草花の植え付け、病院への往復も頻繁にこなさなければならなかった私です。

スローテンポながら、少しずつ少しずつ手を付け、やっと完成。

今は何だか、ホォ!とした気持ちでいます。

でき上がると、我が家も一気にクリスマスムードで、私の心も幾分華やいできました。

 

 

 

我が家のツリーは、アメリカから持ち帰ったものは、十数年前に幹の部分が壊れてしまい、今のは、二代目、といったところかしら。

代官山のクリスマスカンパニーで購入したものですが、これもそろそろ替え時なのかもしれません。

もみの細い葉が、取り付ける度にパラパラ落下。

そのために、褐色の部分が目立ちはじめ、よく見ると、枯れはじめた元気のないもみの木のよう。

でも離れて見る限り、さほど目立ちませんし、イルミネーションが瞬くと、とても美しいツリーに変貌します。

 

孫達が喜ぶ顔が早くみたいところです。

特に物心つき、一段と子供らしくなってきたかれんちゃんは目を丸くし、さぞ感激してくれることでしょう。

 

代官山のクリスマス用品専門のショップ

年中営業しています。

 

一昨日、長女から電話があり

「今年のクリスマスはどうする?」

と声がかかりました。

毎年、このシーズンになると、仕事が多忙を極める若夫婦ながら、日時を調整してくれます。

そして、家族全員が集まることを欠かしたことがない我が家ですが。

今冬は、旦那さまがいないクリスマスになりそうですし、病院通いは相変わらず続けなければいけません。

果たして、クリスマス会が開けるのか、娘達はむろん、私も迷うところでした。

 

でもこんな時だからこそ、このようなイベントは大切にして、元気を出すよい機会にしたいもの、と。

とは言え、いつものように私の手料理を家族に振る舞うのは時間的に無理そぉ~

そんな思いをMちゃんに伝えた私です。

 

毎年、クリスマスは長女家で、お正月は我が家に集まることが多いのですが・・・・・・

今年のツリーの飾り付けは、多少力を入れたので、みんなに見てもらいたい気もしています。

 

 

実は我が家のクリスマスオーナメントは長い歳月を経た古いものばかり。

ロサンジェルス滞在中のクリスマスシーズンに買い揃えたものです

その当時は、本物のもみの木に飾り付け、葉の芳香がお部屋中を優しく包みこんでくれたものです。

そのツリーを、アメリカでは年明けまで飾りました。

日本では、お正月準備でてんてこ舞いしている最中に片付けなくてはならず、とても大変ですよね~

 

その頃は、幼い子供達中心のクリスマスでしたから、クリスマス用グッズも可愛いものばかりなんです。

その思い出を大切に、その当時揃えた物で毎年のクリスマスを楽しんできた我が家でしたが・・・・・・

今年はささやかな変化を、と私は願いました。

幾分大人っぽい飾り付けを目指したつもりです。

 

妹・夢路から聞いた話ですと、

サンディエゴの留学先から戻った姪家族が、その冬用意したツリーの飾り付けは、ボールのオーナメントのみでとてもシンプルだったとのこと。

妹は、幾分物足りなさを感じたようでしたが、アメリカでは今、そのような飾り付けが主流のようです。

そういえば、デパートのツリーもそんな感じですね~

アットホームさには欠ける感がしますが、我が家も多少その流行を取り入れ、ボールのオーナメントを多くしました。

お部屋のほかの飾り付けも、例年より多少大人っぽく。

新しく購入したのは、クリスマスボールとツリーのアクセントにと求めた、星の形の飾り物です。

星型は望みの数揃えると、結構な値段になりましたが、他はほとんど既存のものですから、この程度の贅沢は許容範囲ということで。

何時になくすっきりした、多少シックなツリーになったでしょうか?

 

 

にわかクリスチャンになって、クリスマスを楽しむ方がほとんどの我が国ですが・・・・・・。

神様は、多少戸惑っておいでなのでしょうか。

けれど、世界中の人々がイエス誕生の日を楽しく過ごす様子をご覧になり、喜んで下さっているのかもしれませんね~

私はにわかクリスチャンとは言えないところがあるのですが、不信心極まりない暮らしをしていて、一向に教会に足が向きません。

教会にいきたいな~といった気持は常にありますのに。

 

世界中の子どもたちが、訪れるクリスマスを、心から楽しんで欲しいものですね~

実際は、貧困、自然災害、戦禍、難民暮らし等で、それが叶わない可哀想な子供達が大勢いることにも、私達は思いを馳せなければ、と。

ツリーを眺めていると、そんな思いになりました。

 

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徒然なるままに ブログ、夫の病、温かな励ましの言葉など・・・・・・

2013-12-18 10:35:42 | 病気

今朝、昨日一旦書き上げた文章を推敲し終えて、あとは画像を挿入するのみのところまできました。

ところが、操作ミスをしたらしく、推敲した文章が一瞬で消えてしまいました。

復元をクリックしても、いつものように現れてくれません。

年末の多忙時に、またやり直すなんて、「あぁ~情けなぁ~い!」といった心境です。

今七時を過ぎたところですが、いったんブログ綴りは取り止め、家事に集中します。

この調子では、投稿は午後になりそうです。

この予防のためには、一区切り書くごとに、投稿ボタンを押した方がよさそうですね~

皆さまも、お気をつけになって下さいね。

今日はこの無駄な時間を取り戻すため、画像はなしにさせて頂きます。

 

これからが本文です。

 

今日は珍しく、PCの前に向かっても、今ひとつ、ブログ綴りを楽しみたい、といった気分が沸いてきません。

数日前からなのですが、この作業の荷が重くなってきたようです。

年末ゆえ、気になる家事もあれこれとあり、年賀状もまだ手をつけていない私です。

ツリーの飾り付けと季節の草花の植え付けは、もうひと頑張り、といったところかしら。

ブログ書きがなければ、もっと家事がはかどって、気持ちがいいだろうな~、と思ったり・・・・・・

何度かお伝えしたことですが、私はいつもこの綴りを、起床後、身支度、朝食を済ませ、すぐ取り掛かります。

私としては、いやな肩こりや首のだるさを避けたいがため、20分間隔で一休み、数分、ウォーミングアップの家事、といったリズムを想定します。

ところが綴り始めると、キーボードをたたく手が止まらなくなってしまい、いつの間にか、その数倍の時間、集中してしまいます。

そして大筋を書き終え、ほっとした途端、何とも嫌な疲労感に見舞われます。

もっと気楽に書けばいいのに、と皆さんに笑われそうぉ~(笑)

恥ずかしくもありますが・・・・・・

そのくらい集中しないと、文章がまとめられない私です。

 

それに、ボードを叩くのは、右手の中指一本ですから、スピードも出ず、一部の筋肉にのみに負荷をかける作業をしているのでしょう。

背中と肩、首の懲りは、心配した通り、酷いものではありませんが、朝からやってきます。

そのため、10~20分程、また体を休めざるをえず、これが、とても情けない私です。

だって、清々しい朝っぱらから疲れてしまっては、1日の出鼻をくじかれるようで、何とも複雑な思いに。

「疲れるほどに、早朝、ブログ綴りを頑張る必要が何故あるの?」と、自問自答。

でも短時間、体を横にすると、気分がまた新たとなり、元気に家事に臨めることがほとんどなのですが。

 

最初からブログの愚痴で申し訳ありません。

こんなことを書きながらも、今朝もまた、頑張ってPCに向かっている私です。

時間を分散して、日中を通して書くとか、いろいろ試行錯誤して、体に負荷をかけない最善の方法を見つけ出さなくてはいけませんね。

来年の課題の一つにしようかしら。

 

さて、今日も夫の病について綴ります。

相変わらず、1日置きに、T大病院に夫を見舞うために、私は出かけています。

バス、電車、乗り換えて違う電車に、そして本郷到着。

そこから15分足らずの徒歩で病院に到着です。

この週末の土曜日は、忙しい中、長女が又見舞ってくれました。

日曜日は、私で、昨日の月曜は、次女が病院へと。

その日は、K君の学校で個人面談があったため、会社はお休みしたMちゃん。

そのため午前中をパパのお見舞いに当て、人工肛門の取り付けの指導も、受けてくれました。

 

その感想を聞いたところ、

「前もって、ネットでどんなものか下調べし、およその想像が付いていたから、さほど驚かなかった」

とのことでした。

それを聞き、私もそうすればよかった、と反省しました。

私は、よほどのことがないと、ネットの情報には頼らないところがあり、今回の夫の病に当たってもそうです。

とにかく、シンプルに事に当たり、必要以上の心配で悩まされる事のないように心がけています。

とは言え、人工肛門がどんなものであるか、その程度の事は事前に調べるべきでしたね~

そうすれば、この度のようなショックは受けないで済んだかもしれません。

 

さてその夫の容態は、次第に快方に向かっているといっていいでしょう。

土曜日、見舞い病室にいた長女に、

「パパの様子はどう?」

と電話をかけました。

「少し前に比べると、とても元気そうに見えるわ。

若いK先生のお話しでは、年内に退院できるかもしれない、ってことよ。

その後、家で体力を十分に付けてから、1月の末ごろ、大腸がんの手術になるかもしれない、と言われたわ。」

「そうなの~良かった~!年内に退院できるとは思わなかったわ。

それなら、例年通り、お節料理も頑張って作らなくてはね」

と応えた私です。

 

ところが次女が見舞った翌日、病室に入ると、なんだか熱っぽい顔を旦那さまがしていました。

久しぶりに、38℃5分といった高い熱が出ているようです。

心配する私に、その理由を説明してくれた旦那さま。

「腸内の二か所から出ている膿を抜く管が1本は取り外されたのだけれど、もう一箇所の方はまだ完治していなくて、その熱らしい。

抗生物質を新しいものに替えたようだ」と。

 

ベッドにぶら下がっている細い管から、相変わらず血液の混じった液体のようなものがしょっちゅう流れ出ています。

それを見ると、果たして年内に退院できるのかしら、と不安になりますが。

夫と先生で、無理のない退院時期を的確に判断してほしいものと、切に願っています。

 

前回の退院のように、せっかく我が家に戻っても、熱が下がらず寝たっきりの状態では、体力の回復も思うに任せず、心配ばかりして、何一つ良い事がありませんもの。

2~3日後から、軽い戸外の散歩ができる状態になってからの退院が理想ですね。

肝臓がんで退院した時は、確かそんな感じでした。

 

退院後のお散歩と言えば、最近伺った楽しい一つ話があります。

1週間ほど前の事でしょうか。

ロスアンゼルス支店勤務の時、ご一緒だった夫の同僚から、お見舞いの電話を頂きました。

どなたにも、夫は知らせていないはずですが・・・・・・

一人、その頃の上司だったHさんには、長女夫婦から贈られた巨人・カープ戦のチケットを1枚、差し上げたことがあります

そして、入院していたにもかかわらず、外出許可を取り、その試合の観戦を二人で楽しみました。

その方が恐らくお伝えになったのでしょうね~

家族ぐるみでとても仲良くお付き合いをしていた間柄で、ご主人様は実に明るい気さくな方。

その頃、幼かった娘達にとっては、憧れの人ではなかったかしら。

大変可愛がっても頂き、大好きなおじ様でした。

 

ゆえに、退職され、郷里の徳島に戻られた時は、共に老後をエンジョイする私の夢ははかなく消え、がっかりしたものです。

実はそのNさんも、十数年前に大腸がんを患われたのでした。

人工肛門は何とか付けないで済んだようですが、結腸と肛門を直接つないだそうです。

そのため、便意を催すと、あっという間のこととなり、近くに常にトイレがないと落ち着いた暮らしが出来なくなってしまわれたようです。

こんなご苦労も、実に明るい口調で、穏やかにお話しになられるNさん。

お電話をいただいた時、夫に代り、つい長話をしてしまった私です。

 

Nさんがおっしゃるには、退院した翌日から、自転車をこぎ始められたとか。

それが災いして、また再入院の憂き目を味わうことになられたようでした。

如何にも、Nさんらしい張り切りように、失礼ながら笑ってしまった私です。

 

そのNさんが、電話を切る前に、とても温かな言葉をかけて下さいました。

「何か困ったこと、心配なことが起きた時には、いつでも電話をかけるように。

自分でできることがあれば、何でも相談に乗りますから」と。

 

本当に優しいお方で、身内のような間柄です。

この言葉を、大変心強く受け止めさせて頂いた私です。

 

大腸癌という共通の苦労を共に経験した二方。

益々憎まれ口をを言いあい、話題に花を咲かせることでしょう。

又十年前のように、徳島を訪れることができると嬉しいのですが・・・・・・・

そして、この度のことが、過去の苦くも懐かしい思い出話と、1日も早くなってほしいものです。

 

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諦めと覚悟

2013-12-16 09:44:47 | 人生

1昨日は空は青く澄み渡り、良いお天気でしたが、北風がとても冷たい日でした。

そのような中、年に一度の私が住まう地区の道路年末清掃がありました。

この日を迎えると、いよいよ今年も残りわずか、と実感します。

 

この一年、ご近所の方々がみなさん、平穏無事に過ごされたのであれば、何よりのことですが・・・・・。

我が家はむろん、喜怒哀楽、いろいろな思いに彩られた1年でいらしたことでしょう。

救急車が近所に止まったことも数度あり、その度に何事?、と緊張が走る思いがしたものです。

 

ご近所で遭遇した悲しい出来事の一つ。

それは、大変親しくしている前のお宅の息子さんが、三十代という若さで突然亡くなられた事でした。

年が明けて間もない頃のことです。

温厚で聡明なご両親のもと、恵まれた環境で、不自由なくお育ちになられたお子様でした。

しばらく経ち、我が家で日頃大変仲良くお付き合いしている方々が四名集まり、その方を慰め励ます会を開いたものでした。

ご両親様は、時の流れに、多少は癒されておいでなのでしょう。

見た目には、随分お元気を回復されたかのように見えますが、その心中の寂しさは、今なお、お察しして余りあるものがあります。

今でもまだ信じられない思いがしている私です。

 

ご近所に限らず、今年は、このような思いがけない悲しい出来事が多すぎました。

それゆえの印象で、強く心に刻まれる年になりそうです。

他では、今もその方の写真を手元に置いて偲んでいる、高校生時代の親友の余りに突然の死。

一昨年の箱根の同窓会が、最後の再会となりました。

その時の輝いた麗しいお姿が、胸から離れず、いまだに信じられない思いがしています。

 

 

何かの集まりでお会いすると、いつも傍で寄り添うようにして仲良く席を共にする間柄でした。

似た者同士のところもあり、阿吽の呼吸で心が通い合う人といって良かったでしょう。

同じ沿線で、開業医の奥様でいらしたIさん。

決して遠くとは言えない距離にもかかわらず、お目にかかる度合いは数年に一度でしたでしょうか。

 

そして、この度の今生のお別れ。

悔やまれて悔やまれて仕方ない私です。

折々の小さな集いでは、お誘いの声をかけて頂きながら、夜の時が多く、お断りばかりしてきました。

今となっては、後悔先に立たずですが、高校を卒業後の人生について、もっともっと語り合いたかった。

そして時空の隙間を埋めて一層親しくなりたかったのに、といまだに惜別の情を抑えられないでいます。

 

葬儀後、参列した同窓生10人で、葬儀場に隣接したお食事処で、懐石料理を共にし、Iさんを偲んだ時のこと。

数日前にIさんと会ったばかりと言う隣の席の友人が、一言、私に告げてくれました。

「Iさんは、あなたのことが、とても好きだったと思うわよ」と。

私も同様でしたから、それを聞いた時は、いっそう悲しみがこみ上げ、たまらない気持ちになりました。

本当に大切な友人を失ってしまった、といまだに残念でなりません。

 

妹の夢路にこの話をしたところ、次のような感想を語りました。

「お姉さまは、親友を早く失うわね~。

心からの親友は、高校時代辺りから出来るものじゃあないかしら」と。

確かにそうかもしれません。

唯一無二といってもいい様な掛け替えのない友は、そんなにたくさんいるわけではありませんものね~

 

十数年前のことでした。

失ったもう一人の親友は、大学時代のクラスメイトです。

あっちゃん、という愛称で呼んでいました。

清らかな瞳が、いつも天を仰いでいるかのような心美しい人でした。

私が一番好きな曲といっても過言ではない、ペギー葉山さんの「学生時代」を聴くと、必ずあっちゃんの顔が浮かびます。

http://www.youtube.com/watch?v=iZ2CJlkAWCE

二人のお子様を残して50代で早世され、クリスマスシーズンの頃に、イルミネーションの輝くカトリック教会で、葬儀のミサがありました。

その時も、もっと度々あって友情をを深めたかった、と後悔したものです。

 

私に残された、学生時代の大親友は、一人になってしまいました。

やはり、お医者さまの奥さまで、名古屋にお住まいです。

身内以外で、私がこのブログを紹介している二名の友人のお一人なのですが。

夏頃、久しぶりのお電話があり、どんなにか感激したことでしょう。

このブログにも、その時の思いを綴りましたが。

心優しく、麗しいご性格は学生時代と全く変わりありません。

今は開業医となられたご主人さまを支え、多忙なお暮らしのようです。

 

やっこちゃん、このブログご覧になっていますか?

後で悔やむことのないように、これからでも遅くありませんもの。

度々、再会を果たし、これまで歩んできた人生への思いを語りつくしましょうね。

がんセンターのお偉いお医者様だったご主人さまに、いつか夫の病についてご相談に乗って頂くかもしれません。

その時は宜しくお願い致します。

 

寝室から望んだ朝焼けの光景

 

更に思いがけない、余りに悲しい突然の訃報が、1週間ほど前に喪中葉書として届きました。

私がとても敬愛して止まない友人のご主人様なのですが。

友のUさんは、パーキンソウ病を患われ闘病中の身でいらっしゃるだけに、余りに痛ましい出来事です。

私はその葉書を手に、呆然としてしまいました。

 

亡くなられたのは10月、旅行先のホテルでお一人だったようです。

足となり手となり、お体が不自由な奥様を常に支え続けておられたご主人様。

我が家にも、数度お車でお迎えに来られたり、私もその車に同乗させていただいた事もあります。

小柄な方でしたが、品格ある落ち着いた堂々とした振る舞いと、穏やかな慈愛に満ちた表情が忘れられません。

病弱な奥様をお一人残しての他界は、さぞ無念で心残りでいらしたことでしょう。

 

すぐお声ををかける勇気も湧かず、その時は友人に電話をかけました。

Iさんと親しくお付き合いしているグループの人達は、どなたも知らなかった事で、突然の訃報だったようです。

今後、どのようにIさんを慰め、支えて差し上げればよいかと、その友人と話し合ったりしました。

その数日後、Iさんにお電話をかけましたが、体調を崩されているようで、消え入りそうな弱々しい声でした。

 

大変な状況に追い込まれていらっしゃるにもかかわらず、自分の身の不幸は後回しになさり、どなたから聞かれたのでしょうか。

私の夫の近況をご存じで、しきりと心配して下さいます。

「そんなことどうでもいいのよ」と言い、お話を友人のことに向ける私でした。

前述した亡き友人達と同様に、気配りを忘れない、心のとても清らかなお方。

私は人生の模範として、いつも心の励みにさせて頂いています。

 

 

それにしても、運命のいたずらとしか思えない様な、悲痛な出来事が今年は多すぎました。

これも神様の思し召しなのでしょうか。

 

私の夫は今、薄紙を剥ぐような回復傾向にあり、安堵に浸ることがやっとできる状況になってきましたが・・・・・・

如何に努力しても、先に何が待ち構えているか、自分の将来を見通すことはできません。

又このブログでも度々ご紹介してきた、震災後、私が座右の銘にしている言葉、「諦めと覚悟」を、また思い出しています。

 

人生で大切な諦めと覚悟

諦め、という語彙には、何かしら後ろ向きの響きがありますけれど。

ここでは、決してそうではありません。

諦めとは、運命は避けられないと知ること

覚悟とは、ゆえ与えられた時間の中で最善を尽くす事。

このように説明されていました。

 

この言葉を、改めて噛みしめるこの頃。

明日の命は保証されてない我が身に思いを致し、新しい掛け替えのない日々を、真心込め精一杯、紡いでいきたいもの、と。

このブログを綴りながら、しみじみと思う私です。

 

      

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やっと病の峠を越えた旦那さま

2013-12-14 06:45:11 | 病気

気候は、、初冬の趣で、風邪の冷たさが身に染みるこの頃。

とはいえ、例年の年末より凌ぎやすく、外出が多い今の私は、大変助かっています。

そのお出かけのお陰で、 景色の色の微妙な変化をも、いつになく敏感に捉えられ、季節の移ろいを楽しむこともできる私です。

特に夫が入院する病院の界隈は、大学のキャンパス。

そのため樹木も多く、伝統を感じさせる重厚な建物と一体となった自然の風情が、私の目と心を潤わせてくれています。

 

私の年齢で、遠方のこの病院に足しげく通うのは大変な事ですが。

ましてやお出かけ嫌いの私です。

でもこの苦労をねぎらわせてくれる二つのことは、夫の少しでも元気になった顔を見たいといった気持と、家族が青春を謳歌したキャンパスに身を置ける嬉しさでしょうか。

昨日は、夫を見舞った後、次女が或るスポーツクラブで活躍していたグランドの前に立ち、写真に収めました。

このグランドは、病院の目の前にあります。

 

 

授業は駒場が中心でしたから、その場所と、我が家から遠方の本郷を行き来していた娘達(長女はテニスクラブでした)の行動力を今更ながら感心したりもします。

それから早、信じられない様な歳月が瞬く間に流れ、娘達も四十路を超えました。

一方私達は年を重ね、宿命の如く、頻繁に病にも見舞われる年齢に差し掛かっています

 

もう一度、最上の喜びだった娘達の大学入学式の頃に戻れるものなら戻りたい。

その頃よりは、遥かに成長したと思える今の私です。

もっともっと、いい母親として振る舞え、事あるごとに適切な助言もしてやれたでしょうに。

でも、今更後悔しても始まらないこと。

その時は未熟ながらも母親として,一生懸命生きていたのだ、と、そんな若かりし頃の自分を愛おしく感じたりもします。

 

さて、今日もまた夫の病気治療の話しに移ります。

私が病院に出かける時間は、一通りの家事とデスクワークを終了した午後からが多いのですが、一昨日は8時半過ぎに家を出ました。

10時半から、また人工肛門の取り付け方の指導を受けるためです。

私が何とかその時間に間に合い、ほっとした表情をしていると、旦那さまに言われました。

「何も時間厳守するようなことではないよ。慌てることなどないじゃないか」と。

確かにそうかもしれませんが、一応時間が指定されれば、お世話になっている身です。

それを守るのが礼儀というものでしょう。

夫の言う通り、実際に取り付け指導が始まったのは、11時半を回っていました。

約束の時間帯は、他の患者さんの処置に関わっておられたためです。

 

T大病院前から望むスカイツリー

 

そしていよいよ、またその指導を受けることに。

先日より、年配のベテランの看護師さんです。

「前回一通り見られたでしょうから、今日は奥様の手で、実際に取り付けを行ってみて下さい」と。

又露わな腸が目の前に・・・・・・・

目をそむけたい心境には、全く変わりありません。

戸惑い、しり込み、躊躇、そんな複雑な気持ちが私を支配しています。

 

でも私がやるしかない、と覚悟を決めました。

恐る恐る、腫れものを触る心境で、看護士さんのてきぱきした指示に従い、人工肛門の取り外しと取り付けを何とか自分の手で、無事終了することができました。

当初、夫は寝たままでした。

しかしそれでは、、私が強くかがみこむ姿勢となり、頚椎に悪い影響を与えてしまいます。

ですからベッドの頭を挙げてもらったり、私は椅子に腰かけてその作業に取り組んだり、といろいろ工夫をさせていただきました。

我が家のベッドは可動式ではむろんありませんから、このような事はできませんが、退院するころには、旦那さまも随分元気になっていることでしょう。

それに合わせて、また合理的な良い方法を見付けださなくてはいけませんね~

 

 T大病院の壁面にはめ込まれた装飾的意匠

 

この教えを受けている間に、看護士さんにもう一度お尋ねしたことがあります。

私が秘かに願っていることについて。

「もし永久的な人工肛門を取り付けることになれば、腸の出方はもっと小さくなりますか?

主治医のK先生はそのようにおっしゃられたのですが・・・・・・」と。

 

ところが、その看護師さんの答は、誠につれないもので、そのショックが未だに癒えないでいます。

「然して大きさは変わりませんよ」と。

がぁ~ん、とまた打ちのめされたような心境に。

この取り付けの作業を見て以来、睡眠が浅くなり、夜、幾度も目覚め、なかなか寝付けなくなってしまいました。

でも私以上に、旦那さまの気持ちは、もっと複雑でしょう。

 

 

その旦那さま、ここ一週間ほどの間に、体調は日ごとによくなり、酸素吸入器は数日前に取り外されました。

水分も、数日前から摂取できるようになり、やっと二日前から流動食が、口に入れられるようにもなりました。

日増しに気分もよくなってきているようです。

 

私は、旦那さまに言いました。

「いつも冷静で感情的な言葉を吐いた事がないあなたが、最悪、とか最低、なんていう言葉を度々使用したのですもの。

その時の辛さは、余程のものだったのでしょうね~

良くなって、良かったわぁ~

穏やかなあなたの表情を観て、私も、本当に安心」と。

 

寡黙な旦那さまも頷き、心から喜んでいるように私の目には映りました。

もうすぐ述べ三カ月に及ぶ入院生活と、在宅での闘病生活でしたが、峠をやっと超えた感がしています。

昨日、パパを見舞ってくれた長女からも、思わぬ吉報が。

このことについては、また次回にお話しさせて頂きます。

 

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逆境には強い私かしら???

2013-12-12 06:07:56 | 病気

今日の話題の中心は、前回の記事の終わりの言葉を引き継いで、続編めいた文章にしたいところですが・・・・・・。

思い出すだけで、少々気が重たくなってしまいます。

ですから先延ばしにしようかな~?

詳述するとなると、もう少し身についた事を整理して書きませんと、そのための用語も、思うように出てこなくて、適切な表現で綴れそうにありません。

区役所の福祉サービス課で受けた指導の内容もです。

伝えられるままに、ノートにはメモはしたのですが。

ただ書きなぐっただけの私です。

 

その事について、一言で私の感想を述べるなら、今後、私の余生に、思わぬ作業の苦労が待ち受けているといった印象。

その事とは、人工肛門の取り付け、そのケア―にかかる介護と時間の大変さです。

 

私の人工肛門のイメージは、もっと手軽で、軽やかに扱える医療品でした。

恐らく、渡哲也さんが使用されている印象がとても強いからでしょう。

その後も、俳優業を相変わらず素敵な雰囲気でこなしておられる姿から、人工肛門が、大それたことには思えなかったのです。

極論を言えば、私が想像していたモノは、袋をベタッと体に張り付け、さっとひと手間ではがれるイメージでした。

 

T大病院

 

ところが、先日看護師さんから1時間程度の指導を受け、

「これは大変そう!」

と、少々面食らってしまいました

まず最初に、思わず顔をそむけたくなるほどのショックを受けたのは、人工肛門の取り付け口の体の様子です。

生々しい腸が直径5センチ程度の形で体から飛び出し、盛りあがっているではありませんか。

(後日、先生から永久肛門になれば、もっと小さくなります、と言われ多少安堵しましたが)

こんなものを、2~3日置きに見つめて、夫の介護をするなんて・・・・・・。

臆病な私は、精神的に耐えられるかしら?、と自問自答せざるをえませんでした。

できれば、二度と目にしたくないものですのに。

その腸を、柔らかなガーゼをボディーソープで泡立てて、きれいに洗わないといけません。

体に貼り付けられた丸型の面板をはがすのも、バリッでは無論ありません。

リムーバーを使用し、徐々に皮膚を傷めないように行います。

もちろん、中の汚物の処理も・・・・・・

その他、その腸の形に合わせて面板に挟みで穴をあけたり、といろいろ細かな作業があります。

果たしてどの程度、旦那さまが一人でこなせるか、今のところよくわかりません。

しかし、目を患って、視野が狭くなっているYさんです。

その度に、私が傍で介護して、手伝わないといけないことは確実です。

 

取り替えるまでの装着中は、朝、昼、晩と三度にわたり、汚物を出しガスを抜くようです。

これは、Yさんが一人でできそうですね~

 

 

この指導を受ける一週間ほど前だったでしょうか。

ベテランの看護師さんに、区役所は年末は混雑するので、できるだけ早く介護申請の手続きをするように言われました。

その時は、私の自負心が頭をもたげたものです。

私は身体に不自由なところがあるわけでもないし、頭だってまだしっかりしているわ。

介護なんて依頼しなくても、その程度のお世話であれば、自分でできる、と。

 

その数日後、違う看護師さんに、そのお話しをし、取り付け方の指導を受けてから、介護申請を出すかどうか判断したい旨、伝えました。

その看護士さんが、おっしゃるには、

「奥さんだったら、大丈夫そぉ~一人でできそうに見えます」と。

或る看護士さんには、私が頼りなく感じられ、一方、違う方の目には、私がしっかりものに映ったのかしら?

と人の見方の相違を楽しんだりしていました。。

ところが、実際に経験してみて、一気に自信を失ってしまった私です。

 

 

ベテランの看護師さんが、長女に言われたそうです。

「お母さんは、様子を観てから、介護の申請を出すかどうか決めたい、と言われたようだけれど、それでは間に合いません。

認証には、しばらく時間がかかります。

もし退院して、風邪でも引きお母さんが寝込むと、取り換えの介護が出来る人がいなくなり、大変困りますよ」と。

本当にその通りですね~

納得でき、その注意を受けた翌日、すぐ区役所に赴き、手続きを済ませました。

 

実際に指導を受けた今は、すべて介護士さんににお任せしようかしら、と思うほど弱気になってしまっています

精神的にも辛そうですし・・・・・・

取りつけの姿勢は、私の泣き所の、肩と頸椎に悪い影響を与えそうなんですもの。

でもこれ以上医療保険費が膨らむのは押さえたいところですから、二人で頑張れるものなら頑張りたいです。

 

 

でも、昨日電話で友人と話した時のこと。

人工肛門が話題になりました。

友人の義弟さんは、4~5年前人工肛門を取りつけられたそうです。

しかしその後も、好きなゴルフを相変わらず楽しまれ、以前と全く変わりない暮らしぶりでいらっしゃるとか。

ただゴルフ後のシャワーのみは控えておられるようです。

主治医から、人工肛門を外し、もとの体に戻ることも可能と言われておられるとのこと。

しかし、その義弟さん、この方がなにかと便利だから、とおっしゃって、一生人工肛門で通すおつもりのようです

こんな話を伺うと、心配するのは私の取り越し苦労のような気さえしてきます。

 

 

けれど、私の場合、夫が一人では恐らく取り付け不可能といった特殊な事情がありますから。

それが今後、私の行動を制約することになるのでは、と心配しています。

けれど、私はもともとお出かけ好きでなく、家の中でも退屈せず、十分暮らしをエンジョイ出来る性格です。

それが幸いしてくれる事でしょう。

 

しかし、さすがに楽しい作業とは言えないこの日課。

ストレスを幾分感じないではおられないでしょうね~

でも逆境になると、かえって、ファイトも湧いてきます。

体調は、以前に比べるとかなり良好です.

 

このブログのタイトル「今が一番素敵」の言葉も噛みしめて、

プラス思考で日々を大切に暮らしていきたいもの、と・・・・・・。

 

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ささやかな気分転換を喜びはしたものの・・・・・・

2013-12-10 11:15:21 | 病気

ここずっと私のブログ記事の話題は、夫の病のことばかり。

少々暗い雰囲気で、わざわざお訪ね下さる方に、心苦しく思います。

それにもかかわらず、大勢の方がご閲覧下さり、身に余る応援も頂戴し、恐縮しています。

素直に喜び、心の励みにさせて頂いている私です。

本当にありがとうございます。

夫の症状が落ち着くまでは、私の関心はこのことに集中せざるをえず、まだ当分、話題の中心として終始致しますこと、なにとぞご了承下さいませ。

 

和室前の小庭のもみじの樹 青空に映え深紅に染まったもみじ葉がとてもきれい

 

恐らく旦那さまは、性格的に自分の病について、私がブログに綴る事は、嫌なはずに違いありません。

いつか、「俺の病気の事はブログに書くな」と、1度だけ注意された事があります。

「だって、それが書けないと、今の私の暮らしでは、記事の話題が何もなくなってしまうわ。

書くことで、気持ちの整理が出来、心も落ち着くの。」

と言い返したところ、それ以上文句を言いませんでした。

 

ブログには全く関心のないYさん。

妻のブログといえども、一切覗く気はないようです。

それに救われているところもある私達。

私のブログを読むと、Yさんはきっとストレスが高じて、また十二指腸潰瘍になってしまうかもしれませんものね~(笑)

私も、Yさんに読まれては、こんなに伸び伸びと自分の思いを発露はできなかったでしょう。

それ以上文句を言わず、私の愉しみを受け入れてくれた旦那さま。

その寛容さと懐の深かさに、感謝の気持ち一杯でいます。

 

 

さて今日は、前回の記事の続編でしたね~

またまた症状の異変で緊急事態を無事乗り越えたYさん。

その話しを聞かされ、心身ともに、また疲れ果てた私でしたが・・・・・・・

そのからだをごり押ししてまで取った、気分転換の行動についてでした。

予算の範囲内で出来た、実にささやかな変わり映えのない内容ですから、読む方は期待しないでくださいね。

 

夫の病室を出て心を落ち着かせるため、またタリーズで一服。

時計の針は五時前を差していました。

Yさんには、

「今日は買い物をしたいから、いつもより早めに帰らせてもらうわね」

と断ってその場を去りました。

 

私が最初に目指した場所は、東急本店のの屋上の園芸ショップ。

我が家からT大病院への経路の乗り換え地点、大手町の次が三越前です。

ですから日本橋三越のチェルシーガーデンには、旦那さまが入院以来、2~3度足を運びました。

でも今回は、久しぶりに東急の本店へと。

 

今、渋谷は大改造中で、私はすっかり苦手の場所に。

まるでお上りさんのようにうろうろして、なかなか目的地に辿りつけません。

尋ね尋ね、東急本店往復のシャトルバス停留所前に到着したところ、それらしきものがありません。

制服を着用した方が近くにおられたので尋ねると、恐縮しきった様子で、移動した停留所に案内して下さいました。

工事の進行具合によって、場所がくるくる変わっているとかで、まだしばらく、この状況は止むをえない事のようです。

 

東急家族の一員の如く、東急圏で暮らさせてもらっている私には、少々情けない状況ですが・・・・・・

2~3年後の渋谷駅構内の大変身ぶりを楽しみにすることに致しましょう。

 

さてその後、そのバスで東急本店に着き、早速、屋上へとまっしぐら。

既に時間は閉店一時間前になっていました。

灯りで照らされた屋外の売り場には、週末に備え入荷されたばかりなのでしょう。

所狭しとばかりに、お花の苗が並んでいます。

パンジー・ビオラが一番の目的でしたが、私の好みの色がなかなか見つからず、買う決断付かず迷ってばかり。

その間も閉店時間が次第に迫り、気が焦り、落ち着いて買い物をするどころではありません。

最後は、折角来たのだから、と適当に買いあさり、二千数百円の送料別で(高くて、びっくり!)、1万円そこそこの買い物でした。

満足できたとは思えず、その後、少々悔やんだりしたため、必ずしも、ストレス解消にはならなかったかしら。

我が家に届いたたくさんの苗を見て、植え付けの苦労も思わずにはいられませんでしたし・・・・・

でもその労苦が、今後の私の暮らしの潤いと心の癒しになってくれると思えば、頑張る気持ちも湧いてくるというものです。

 

 

 

それにしても、どうしたことか、原色の派手な色の何と多いこと。

私の好みは、中間色の楚々としたの花のイメージなのですけれど・・・・・・

恐らく、この意外な色の選択は、私の潜在意識の表れかもしれません。

自分を元気付けたいために、強い色の草花に惹かれたのかしら。

このせいで、花壇のカラースキームで大変な苦労をすることになってしまった私です。

このお話は、ガーデニングの話題を記事にした時にでも、綴らせて頂きますね。

 

 

さて、このお買い物後、私が取った行動は、既にブログでも触れたウナギ定食を頂くこと。

東急本店八階にレストラン街がありますが、いずれのお店も、なんだか高級店の構えで、格式ある雰囲気。

気軽には入れそうにありません。

買い物がてら幾度か、昼食時にこの階にきた事がある私ですが、一人で気楽に食べられるお値段ではなさそぉ~。

そのため、すごすご下の階に下りた覚えが何度もあります。

 

でも今日は気分転換のための外食のつもりでしたし、うな重が、最初から頭にあった私です。

疲労回復のために贅沢も必要、と気合を入れて、日本橋 ・鰻伊勢定ののれんをくぐりました。(笑)

とても美味しかった!

本当は、鰻が一枚乗ったうな重が元気回復のためには良いと思ったけれど、普段ご飯は、お茶碗軽く六分目しか食べない私です。

ご飯の量が多すぎて、迷い・・・・・・

挙げ句は下の画像、名称、「日本橋定食」になりました。

こじんまりしたお店で、落ち着いた雰囲気もくつろげて良かったです。

お料理の写真撮影は、なんとなくお店の雰囲気と周りのお客さんの目が気になり、カメラを落ち着いて向けることができませんでしたが。

さりげなく、慌ててシャッターをカシャ!

 

 

「さぁ~鰻も食べたことだし、これで元気回復」と暗示を自らにかけながら、エレベーターで1階に向かった私でしたが・・・・・・

途中の階で、そのドアが開きました。

すると目の前に、驚くほど広大なスペースの書店が目に飛び込んできました。

もともと、本屋さんが好きな私は、吸い込まれるようにエレベーターから出て書店の中の人に。

その店は、丸善。(店名は違ったけれど、丸善でした)

東急本店に、こんな大きな書店があるとはつゆ知らずの私だったのです。

お目当ての本も一冊あったので、最初にその本のもとに行きましたが、内容に少々失望し、買うの止めました。

 

その代わり、私の思い付きで惹かれ、衝動買いしたのが、使い方自由、マルチに使えるカバーノートです。

外ポケット、小物を入れられる内ポケットもついていて、日課のデスクワークで随時書きこむ計画ノート、筆記用具、定規、その他の小物、当座の書類がひとまとめにできとても重宝。

新しい年までお預けにして、年が改まった時から使用すればよいものを、待ち切れず、気分転換の素敵な手段とばかり早速使い始めました。。

 

 

デスクワークが大好きな私。

然程の事をしているわけではなく、新聞を読んだり、小説、料理ブック、園芸本等見て過ごすだけなのですが、この時間は私には欠かせない潤いのひと時。

その応援グッズの如く、ビビッドピンクのカバーノートが傍に存在してくれるようになりました。

休む前には、筆記用具などは、ここにしまってファスナーを閉じて席を離れます。

何だか、なかなか良い雰囲気!

カバーの華やかさが、私に若さと元気を取り戻させてくれるかのようです。

 

 

ささやかな気分転換ができ、満足していた私ですが、この行動は数日後まで伸ばすべきだったかもしれません。

週末は娘達が見舞ってくれ、珍しく中2日休みを取り、病院に出かけた私でしたが・・・・・・。

またショッキングな出来事に遭い、昨夜は余りよく休めませんでした。

このお話は、また次回に・・・・・・。

 

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相変わらず心休まらない日々ながら、気晴らしも・・・・・・

2013-12-08 06:47:09 | 病気

昨日は久しぶりに昼食後に、ブログ綴りにとりかかり始めた私。

午前中は、ほとんどPCを覗いていません。

これまで、この時間に書きはじめ、文章がスムーズに運んだ試しがない、といっても過言ではないほど。

とても苦手な時間帯です。

ランチを済ますと、通常はその後、即お昼寝タイムになりますから、頭はもやもやで集中力もありません。

綴りが思うように捗らず、いつも途中で投げ出してしまうのが落ち。

今日も無駄な時間を過ごしそうな予感・・・・・・

でも「今でしょう~」と思う気持ちもあり、キーボードを打ち始めました。(笑)

 

 

今朝は、昨日無理な行動を取り過ぎ、その疲れからかなり朝寝坊をしてしまった私です。

とは言っても起きたのは、七時半頃だったでしょうか。

通常は10時前に就寝、5時前後に起床がほとんどです。

 

起きて、ファミリールームに入ると、その部屋が何とも雑然としていて・・・・・・

その雰囲気に嫌気がさし、いつものようにすぐパソコンに向かう気持ちが沸いてきませんでした。

そういえば、昨夜は帰宅するなり入浴。

そして、すべてのことを放り出して床についてしまったようです。

 

ですが、今朝は、昨夜の夕食で頂いたウナギ定食と就寝前に服用したビタミン剤が効いたよう。

無理して行った気分転換のための夜遊び(?)も功を奏してか、最近にしては珍しく目覚めの気分は爽快でした。

 

 

前回の記事でもお話ししましたが、ここ数週間の私の生活は、精神的に安らげるような状況ではありませんでした。

緊急入院してから、旦那様は症状の異変で幾度外科的処置を受けてきた事でしょう。

一昨日、私がお見舞いに行った日までに、三度だったと思います。

ところが、5日、木曜日の真夜中、またまた突発的な異変があり、緊急事態に。

これで四度目。

私は、「もう止して!」と言いたい心境でしたが、その時の状況を伝える旦那さまの口振りは、いたって冷静。

 

私が病室に入り、「気分はどう?」と尋ねた際のこと。

夫の第一声は、私の心には、またまた冷や水ものでした。

「昨夜、また大変な事が起きたよ」と。

「えぇ~また!」と言葉を返した私は、泣きたい程の心境になりました。

 

 

前回の記事で、胃か大腸からの出血で貧血を起こし、輸血を始めた旨、お話し致しましたが、正確には十二指腸潰瘍からの出血のようです。

内視鏡にによる処置で、事なきを得て、止血は無事終了したはずでしたが・・・・・

また同じ所から大量の出血が真夜中におき、ストレッチャーで、再度手術室に搬送され、外科的処置を受けた旦那様でした。

内科医、内視鏡医、夫担当の若い先生二名の立会いの下で行われたとのこと。

 

真夜中にもかかわらず、諸先生方が揃い対応して下さったとの話しを聞き、さすが大病院、と感心もしました。

「若い女医さんが、実にテキパキした行動で、先生を呼び出し、事に迅速に当たってくれたよ」

と、寡黙な旦那さまにしては珍しく、丁寧に説明してくれました。

余程有難く思ったのでしょう。

 

それにしても、医師の仕事は激務で本当に大変ですね~

余程の使命感、奉仕精神、体力がなければ、人の命を預かるこの仕事は勤まらない、と思いました。

身を持ってそれを感じての、夫の率直な感想だったに違いありません。

 

又余談ですが・・・・・・

長女婿のHさんは、息子が医師になってくれることを望んでいるようだけれど、線の細そうなR君に、果たして勤まるかしら?

民間企業のサラリーマンの方が、はるかに楽な仕事のように思えます。

祖母の私は、ちょっと心配。

開業医になるにしても、十数年は大病院で、先輩医師の指導のもと、下積みの激務の臨床を経験してのことでしょうから。

もし医業を目指すなら、使命感を若い時から心に抱き、志を高くもって臨んでほしいものです。

 

 

木曜日の朝は、私は、いつもより早く家を出て病院に向かいました。

ストマ交換の指導を受けられ、主治医のK先生のお話しが伺えるとのことでしたから。

しかし、ストマは、真夜中のハプニングで漏れが生じ、交換日が早まったため、指導が受けられませんでした。

また、主治医の先生との面会も、外来の対応でご多忙だったらしく叶いませんでした。、

その代わりに夫担当の若い男性医師から説明を聞くことができた私です

 

その内容は、K先生が自宅にお電話をかけて下さった時のお話しと、ほぼ変わりありません。

突発的な出来事が色々起きてはいるけれど、放射線治療の副作用の炎症その他の症状は急速に改善され、良い数値になってきているとの事でした。

 

またもや胸を撫でおりし、旦那さまにも、言いました。

「よかったわね~心配するほどのことではなくて。

それにしても、無理のないことだとは思うけれど・・・・・・

できるだけ精神をリラックスして過ごしてね。きれいな音楽でも聴いて。

入院中のストレスだけで潰瘍が出来てしまうなんて、人の体は本当に繊細なのね~」

と感想を述べた私です。

 

長期の入院ながら、愚痴一つ言わず、日頃と変わらない表情で日々を送る旦那さま。

その強靭な精神力には、頭が下がる思いがしてきた私ですが・・・・・・

実際には、その心中は、たとえようのないストレスとの葛藤の日々なのでしょう。

目を患い、好きな読書もできず、テレビも見られないでは、気晴らしを何に求めたらいいのでしょうか。

友人や会社の元同僚から電話がかかってきても、心配をかけるだけだから、知らせないように、と言われています。

恐らく娘達のお見舞いが、一番気晴らしになっているのでしょう。

昨日は、長女のMちゃんが、午後から数時間、パパに付き添ってくれました。

 

目まぐるしく容態が変わる夫の姿を観て、私のストレスも相当なものになっていますが・・・・・・

根は楽観主義者の私のこと。

心配しながらも、旦那さまの回復を信じて疑っていません。

 

 

とは言え、ここ数日は体調が今ひとつの私です。

睡眠は十分取っているはずですのにね~

立ち止まって考え、ふと思い付きました。

きっとそうだわ。、

今の私の疲れは、肉体ではなく、明らかに心の疲労に違いない、と。

 

そこで病院の帰り、非常に疲れている身体にもかかわらず、気晴らしをするために、強引ににある行動に出ました。

なぁ~て少々大げさな表現過ぎますね~

日頃気になって仕方なかったことを、一つやり遂げただけ。

但しささやかなおまけをつけたので、それが幾分体力の増強になり、小さなお買い物も、心の潤いになってくれているかも。

このことについては、次回に続編と致します。

 

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ハプニングの症状にまた不安が募って・・・・・・

2013-12-06 06:53:36 | 病気

外は、、まるで春のような柔らかな陽光が輝き、空は真っ青。

実にさわやかな朝を迎えた昨日のこと。

私はといえば、その日のお天気の爽快さからは程遠く、前日の疲労を引きずったままでした。

病院から戻ったのは時計の針が10時を回ろうとしていた頃。

 

T大学構内の赤門に通じる夜の銀杏並木

 

出かける朝から体調が今一つでしたから、当然の成り行きではありましたが・・・・・・・

またまた見舞った旦那さまの症状にハプニングがありました。

その心配ゆえ、肉体のみならず、精神も疲れ切ってしまったようです。

 

夜景撮影のテクニックはゼロの私。

ストロボなしのピンボケ画像ですが、そのせいで灯りに照らされた銀杏が何だかとても幻想的に(笑)

 

とは言え、昨日はお見舞いに行かない私の休養日。

休養とは名ばかりで、外出が多く、なかなか捗らない家事とデスクワークを今日こそ一気に片付けたい、と望む日々です。

昨日も、そのような心構えで迎えた朝でしたが・・・・・・・

パソコンで思わぬハプニングがあり、すっかり意気消沈!

そのせいで、疲労が一気に倍加して、心身の重さがただ事でない気配。

こういう時は、時間を惜しまず眠るに限る、と起きて二時間足らずであるにもかかわらず、また床に就きました。

数か月前までは、こんな状況の時でも、老体を鞭打って家事に励んでしまうところがあった私です。

けれど睡眠の大切さを強く認識するようになってからは、そんな無理はしなくなりました。

 

この気持ちの変化を以前、ブログに書いた事もありますが、その後も、私はそれは実践しているといってよいでしょう。

そのせいか、日中の気だるさ、倦怠感といったものが減少し、随分元気になりました。

目まぐるしく変化する旦那さまの症状に気をもみながらも、1日置き、時に連日、遠方の病院に通い詰めることも、さして支障もなく、この数カ月無事にこなしてきました。

遅ればせながら睡眠の大切さに気が付いてよかった、と心から喜んでいる私です。

 

孫や娘達にも、いかに忙しくても睡眠を削ってまで対処しても、いいことは何もない、と伝えたいです。

規則正しい睡眠は確保することによってのみ、目の前の課題を効率よくスムーズにこなす事が出来る、と。

 

人生の終盤に差し掛かって、こんな当たり前のことに気が付くなんて、少々情けない私ですが。

気付かないで終わるより増しと思い、これからも日々この黄金律は守り続けようと思います。

 

 

睡眠のお話しで、前半が終わってしまったような今日の私のブログ記事の内容ですが、

ここまで読み通して下さった皆様も、多少気にしておられるでありましょう、パソコンと夫の病で起きたハプニングについて綴ることに致します。

まずパソコンについて。

とは言え、大したことではなく、どなたでも経験し、苦い思いを幾度も嘗められたのでは?

 

私は、ブログ記事の大半は、朝起きて間もなく集中して一気に綴ることが多いです。

残りは、家事の合間にボツボツ書いたり、推敲をしています。

昨日の朝も同様でした。

朝から気分が良くないにもかかわらず、無理してパソコンに向かいました。

前半だけでも書き終えていれば、残りはその流れの勢いで、何とか綴れるとの思いがいつもあります。

ですからとりあえず、前半だけでも書いて早く安心したかった私。

その通りに頑張り、ここまで書いておけば、あすの朝、時間をかけなくても大丈夫と、下書投稿ボタンを押しました。

ところが、何とインターネットの閲覧許可時間を過ぎていたのです。

そのため、その記事が消えてなくなってしまいました。

gooブログは、たとえ、操作のミスで書きかけの記事が消えても、ほとんど復元のボタンを押せば、もとの記事が現われます。

 

ところが、私の都合で勝手に設定したiフィルターには対応していないようで、いかに探しても現れてくれません。

疲れた体を押して、1時間ほどかけて7割方書き終えていた記事でしたから、大変なショックを受けました。

以前はよくありましたが、今回は本当に久しぶり。

不思議なもので、同じ記事は二度と書けませんね~

文章の出だしも、全く違うものになってしまいました。

 

 

蛇足ですが、私は最近デジタルアーツのブロックフィルターをこれまでとは違う使用の仕方をしています。

いつも、すべての時間帯を閲覧禁止の状態に設定しています。

そしてPCを使用したい時だけ、パスワードで開き、時間を決めて見たり書いたりするようにしています。

これは、もしかすると、最善の利用法かもしれません。

それ以来、だらしないPCとの付き合い方がほぼなくなりました。

何となくパソコンを覗いてしまう、といった無駄な動作が、今まで如何に時間の有効活用の妨げになっていたことでしょう。

とても満足しています。

 

盛りだくさんの内容になり、大変な長文になってしまいそうな予感。

申し訳ありませんが、辛抱できるお方は、もうしばらくお付き合いくださいませ。

次は、夫の病のトラブルです。

緊急入院、緊急の外科処置、緊急の手術と思いがけない事が、ここ数週間、連続して起き、心休まることがありませんでした。

やっと、多少落ち着いてきたのでは、と思っていましたが・・・・・・

ところが一昨日、病室に入ると、様子がいつもと違います。

医療機器が増えていて、なんだか物々しい感じ。

私の心に緊張が走りました。

 

夫の病室の窓からの風景です

 

夫の話しでは、ストマの便に出血が見られ、異常な貧血状態にあるため、輸血を始めたようだとのこと。

またまた何が起きたのかと、私の想像を超える出来事に、一気に心配が募りました。

助手の若い先生(若い二名の先生は12月から新しい方に変わりました)のお話しでは、ストレスが原因による胃か大腸からの出血とのことでした。

入院患者にありがちな症状で、心配はいらない事のようですが・・・・・・・

こういろいろな事が起きると、私は、さすがに少々疑心暗鬼にならざるを得ません。

もしや、急性の放射線の副作用ではなくて、非常に怖いと言われている後発性の副作用が、主人の体に早く現れたのではないか、と。

結局、その日は主治医にお会いすることが叶いませんでした。

 

余りに心配したせいでしょう。

昨日は、起きて間もなく再度床について体を休めたにもかかわらず、日中も体の疲労が取れなくて困りました。

けれど朝早く、昨日お目にかかれなかった主治医のK先生が、わざわざ我が家にお電話をかけて下さいました。

その内容を伺い、とても安堵した私です。

家事をしながら、「良かった!良かった!」と、私は幾度もつぶやいていました。。

この説明の内容は、前回の区役所で受けたお話しと共に、また日を改めて綴らせて頂きますね。

 

自宅近所の銀杏並木

 

手元に手続きを必要とする医療関係の書類も多くなり、いろいろな出来事が襲ってくるので、老体の私には抱えきれないほど。

頭が今にも混乱しそうです。

でも娘達はキャリアウーマンで、いつも傍にいて助けてくれるわけではありませんし。

心配事が起きると、妹の夢路には伝え、そのストレスのはけ口の対象になってもらっています。

一昨日はお見舞いのメールが、また入っていて、「大変な貴女に何もしてあげられなくて申し訳ないから、ランチおごります。

明日どこかでお食事を共にして、おしゃべりしませんか?」と。

 

でも、昨日は休養日の私。

わざわざそのために出かける意欲もわいてこなくて、、残念ですけど、断りました。

年が明けた頃には、夫が順調に回復し、心安らかにそんな時間を楽しみたいもの、と願っています。

 

今日もまた病院。

ストマの取り付けの指導を受けることになっています。

その帰りにでも、デパートとクリスマスカンパニーに寄りたい私ですが・・・・・・

心配事の多い日々ながら、確実な歩みで新しい年が目の前。

年末年始の準備にも精を出しましょう。

 

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私達ももいよいよ福祉サービスのお世話に

2013-12-04 11:39:19 | 病気

師走に突入し、クリスマスと迎春の準備を思うと、気持ちの焦りが次第に強くなる一方ですが・・・・・・。

お正月を、心から喜んで迎えられるか、微妙な我が家です。

今の状況では、旦那さまが、それまでに元気になってくれるとは、とても思えません。

何とか我が家で新しい年を迎えられたとしても、その後に直腸腫瘍摘出の手術が待っています。

放射線治療の効果で、癌そのものは随分小さくなっているようですが・・・・・・。

その際、永久的人工肛門の取り付けは、K先生のお話しでは、ほぼ確実のよう。

 

放射線治療で、こんなに苦労させられるとは、つゆとも思っていなかった私達。

こんなことなら、最初から一気に腫瘍を摘出して欲しかった、とさえ思ってしまいますが・・・・・。

その時の夫の症状から、放射線治療が最善と判断されたのでしょう。

こんな愚痴を言っても始まらない。

主治医のK先生に絶対的な信頼を寄せ、夫を見守っていくことが、家族にとっても一番心安らぐことです。

 

 私がよく利用して一休みするタリーズ

ネットが利用できる環境では、つい過多の情報に惑わされやすいものですが・・・・・・。

私は旦那さまの病の治療に当たっても、できるだけ雑音は(?そうとは限らないと思うけれど)、耳に入れ過ぎないよう心がけています。

癌カテゴリーの記事もあるようですが、むろんそんなサイトを開く勇気はない私。

きっと励みになる良い記事もたくさんあるのでしょうけれどね。

 

一方、行政が提供してくれる福祉サービスは、快く受け入れられるものは最大限に生かしたい、と。

特に経済的支援は、それを受ける権利を放棄するのは、余りにもったいないことですものね~

積極的に利用させていただこう、と思っています。

そのために、私達は介護保険、社会保険、その他の税金を払ってきたわけですから。

但し、国の厳しい財政事情、社会保障制度を察すると、過度にそれに頼り過ぎるのも考えものですね~

自分達でできることは自分で頑張らなければ、と思います。

 

 

その点で今大変迷っているのは、介護保険の利用についてです。

実は先週の土曜日、看護師さんから介護保険利用の手続きをするように、と勧められました。

年末は区役所も多忙で、その手続き完了が遅れがちになるため、早めに済ませた方がいいですよ、と。

夫は病を患っているとはいえ、頭はしっかりしていますし、私も曲がりなりにも健康体です。

何のために介護保険を利用するの?

と一瞬、戸惑いの心境になりましたが・・・・・・・。

 

人工肛門ストマーの取り付けを介護士に依頼することでした。

目を患っている旦那さまは、恐らく自分で取り付けることは無理でしょう。

私がその世話をするつもりでいましたが、人の手を借りないと出来ないほど大変なことなのでしょうか。

「お嬢さんたちは、その世話ができますか?」

と訊かれたので、

「日中はフルタイムで働いていますから、それは無理です」

と、答えました。

 

 

余程、私が頼りなく見えるのかしら?

確かに器用とは言えない私ですけれどね。(笑)

手際良く取り付ける自信もありません。

けれど通常、本人が取り付け可能であれば、私に出来ないはずはない、と自負しているのですが、

実際は如何に?といった心境で今はいます。

看護師さんのお話しでは、漏れると大変ですから、とのことでした。

ですからこの際、老人のやせ我慢は止して、慣れるまでは、介護保険を利用してお世話になるのが、最善の道かもしれませんね~

 

とは言え、いつまでも他人は頼りたくないといった気持には変わりありません。

二日置きに取り替えないといけないストマーです。

その度に他人が我が家に出入りする生活は、マイペースで暮らしたい私の生活のリズムを狂わしかねませんから。

チョッと嫌ですね~

 

介護保険の利用以外で、私がネットから知った知識は、ストマーの購入に当たって、国の助成が受けられること。

今病院から勧められているストマーは、10枚で7900円と表示されています。

年金暮らしの身にとっては決して安い価格ではありません。

夫の場合、肝臓とC型肝炎の治療代だけでも結構な額になり、私の家計簿では健康保険費の予算が食費に次いで一番大きくなっています。

さらにここに、大腸がんの治療費、ストマー代、介護士への支払い、とさらに医療費が膨らみそうな我が家。

受けられるものなら行政の助成を受けて、多少でも足しにしたい、と願います。

 

 

この相談をするために、一昨日、旦那さまを見舞う前に、早速、区役所に行ってきました。

どんなお話しがあったでしょう?

この内容は、次回に・・・・・・。

 

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緊急手術も無事終えて・・・・・・

2013-12-02 08:06:12 | 病気

一昨日の土曜日、病院に出かけた時、、風の冷たさに身がすくむ思いがしました。

今年一番の寒さではなかったでしょうか。

晩秋になっても、小春日和の日が多く、陽だまりの温かさを殊更嬉しく感じてきた私ですが、これからはいよいよ本格的な冬の到来?

出かける日が多い昨今の私にとり、冬将軍の活躍は困りものです

今年ばかりは、窓越しの雪景色に感激する心の余裕などありません。

雪道を踏みしめての病院通いは、さすがに怖い私。

幾度も転倒の憂き目に遭い、頭にけがを負ったこともありますから。

多少うら寂しい趣ながら、ハラハラ落ち葉の舞う季節が、ほのかな温もりを残したまま続いてほしいもの、と。

 

 

さて今日は、また夫の病の経過について綴りたいと思います。

余りに変化が激しくて、頭の整理がきちんとできていません。

そのため、正確にお伝えする自信はありませんが・・・・・・

 

幸いにも、主治医のK先生が、手術前の説明後、必ず治療・検査の説明書と書かれた用紙を手渡して下さいます。

そこには、患者とその家族に話した内容が、図解入りでまとめて記述されています。

私は、落ち着いた時間に改めて幾度もそれを読み込み、今後の治療と、これまでの経過を理解することができ、大変助かっています。

今日の記事も、それを頼りにお話しさせていただきますね。

 

夫は先日、腹腔内の一部にたまった膿を管を入れて抜く処置をして頂いたばかりです。

腸管に出来た微小な穿孔から腹腔内に汚い腸液が流れ、膿が形成され、その菌が血中に広がり、軽い敗血症をおこしていたようでした。

その処置のお陰で、旦那さまは幾分楽になったようでしたが、新たな問題が生じました。

横行結腸の拡張が日に日に強くなっているとのこと。

このままだと、また腸に穴があくリスクがあるし、食事も食べられません。

更に、直腸は相変わらずむくんでいて狭くなったままのようです。

 

このような状況から、穿孔の回避、炎症の軽快、食事摂取の確保、といった目的で、横行結腸の中央辺りに、一時的に人工肛門を作ることになりました。

その処置により、狭くなったS状結腸に便が流れることなく、食事が食べられるようになるとのこと。

 

 

そして孫の七五三の翌日、人工肛門造設術といった名称の、緊急手術となりました。

突然携帯メールが鳴り、主治医の先生からこの知らせがあり、病院に来てほしいと言われた時は、内心泣きたいほどの心境に。

昨日の七五三のお出かけ、その足で病院へと、さらにここ数カ月に及ぶ病院通いと自宅介護の疲労が一気に噴き出したような状態で、数時間とにかくベッドで休もうと、心に決めた矢先のお電話でしたから。

 

実はその前日、七五三のお参り後、夫を見舞い病室を出た時のこと。

私は余りの疲労から、我が家の遠さを思い、家路につく気力さえ湧いてきませんでした。

疲れを多少なりとも癒して返ろうと、院内のタリーズで一服することに。

ところがそこで、また寝込んでしまい、閉店間際に目が覚め、慌ててお店を飛び出した私です。

 

ところがまだ帰る気力が沸いてこなくて・・・・・・

お店の隣に設置されたロビーの長いすに腰かけ、長女に携帯でパパの様子を知らせていました。

その時の私の姿が、憔悴しきってよほど哀れに見えたのでしょうか。

たまたま、その場を通りかかられた女性医師のT先生が、小走りで私のもとに寄っていらっしゃいました。

「~さん、大丈夫ですか?ご気分が悪いのでは?本当に大丈夫?」

といつもの優しい笑顔で、お声をかけて下さったのです。

 

無論疲れただけで、少々気力減退の腑抜け状態になっていただけの私。

公共の場で、無防備のだらしない姿をしていたであろう我が身を、とても恥ずかしく思いました。

数言、言い訳とご心配をかけたお詫びとお礼を。

その後、足早に去られた素敵なT先生の後ろ姿を、私はすがるような思いを抱き、目で追っていました。

 

 

しかしいかに疲れていようと、女は弱し、されど母親は強し、いえ! 妻は強しですね~(笑)

翌日主治医から緊急手術の連絡をいただいて間もなくすると、一気に気持ちが立ち直り、しゃんとしてしまいました。

そして数時間後に病院に辿り着き、手術までの時間を病室で夫と共に過ごしました。

その日は、すでに三件の手術予定が入っていらっしゃった先生。

さぞお疲れでしょうに、その後に夫の手術を入れて下さいました。

六時過ぎに、手術室に入った夫。

数時間で無事終了。

先生方のお話しを伺い、旦那さまの安らかな寝顔をICUで見届けて、次女と共に家路につきました。

最寄り駅に戻ってきたのは、真夜中の12時近くだったでしょうか。

 

一旦安堵に浸りきってのこの車中で、次女から聞いた話ですが・・・・・・

 「私達は今、大変な状況にあるけれど、周りには、もっと辛い病の苦労を背負って頑張って暮らしている人達がいるのよね~」と。

将来があるお子さんが不治の病に罹った家族のことについてでした。

そのような心配を抱え、先が見えない暮らしであるにもかかわらず・・・・・・

職場では毅然とした態度を崩すことなく、明るく仕事に励み、家事、育児も両立して暮らしている女性上司や大学時代の友人の話しをしてくれました。

私程度のことで、泣き言を言っていては、少しばかり恥ずかしい、と思った次第です。

 

 

まだしばらく続く病との闘いながら、常に冷静で精神力は人並み外れて強い旦那さまのこと、

病に負けてしまうとは、到底考えられません。

夫の回復を信じ、平常心を失うことなく、素敵な暮らしを紡ぐことが、私には今、一番大切なこと。

心の持ちよう次第で、いかなる心配事も明るく乗り越えられるもの、と、精神が強いとは言えない自分を励ます日々です。

その心がけを忘れないで、今日もまた元気に病院に向かいましょう。

 

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