今日が一番素敵

丁寧な暮らしを心がけながら、日々、折々のの心模様を素直に語ります。
今が一番素敵との思いを込めて。

春休みの孫預かり奮闘記

2013-03-31 09:18:15 | 

三泊四日で、我が家に滞在した孫達。

長女のアメリカ出張からの帰国に合わせ、旦那さまが散歩がてら、都心の娘宅に孫達を送り届けました。

孫が去った後の静まり返った我が家で、私は脱力感に襲われ何もする気が起きず、家事も放りだし、昨夜は疲れを癒すべく早々と床に就きました。

今日は、またいつもの生活に戻り、また新たなリズムで再スタート、といったところです。

あと数日で69歳になる身には、かなり大変なお務めでしたが、孫可愛さで、何とか元気に乗り切ることができました。

今日、更新の記事は、孫達が滞在中の早朝、数十分のみ、数日かけてボツボツ書き綴ったものです。

それをまとめて投稿します。

 

               

 

昨日も、忙しい暮らしながら30分、必ずブログ日記を綴る事を実行した私でした。

今朝も、3人の孫達の安らかな寝顔を確認後、身支度、軽い朝食をとりあえず済ませ、PCの前に向かっています。

30分なんて、一本指のスローペースでキーボードを打つ私には、あっという間。

大した事も綴れないで終わってしまいますが・・・・・・

起きがけの未だすっきりしない頭には、適度な運動になっています。

 

小雨がそぼ降る、花冷えの1日だった27日。

長女家の孫達二人が我が家に到着したのは、なんと夜の帳も下りた8時前。

それまで、二人の行動がよく読みとれず、ハラハラし通しで、幾度、K君に電話をかけたことか。

出張に立つ前に詳しいことを何も伝えてくれなかったママとパパに、少々、不満を抱いた私でした。

中2になるお兄ちゃんが付いていれば、心配するほどのことでは全くないのかもしれないけれど、大切な孫の事。

預かる身の私は、そうも言っておられませんでした。

 

私は日が暮れる前に到着するものと思っていましたが・・・・・・

さっちゃんは、学童の最終日で、遠足の日。

お兄ちゃんは、「さっちゃんが、おばあちゃんの家には明日行くなんて言っていた」と、突然言い出す始末。

「パパは、今日から大阪に出張だから、こちらに来ないとお食事も食べれないわよ。万一地震でも来たら、大変な事になるからね」

と言って、説得。(これは、私の聞き間違いで出張は、金曜日からだったのですが)

お兄ちゃんは、「分かっているよ」と素直に応えるものの、さっちゃんの行動が心配で、学童保育へ、五時頃、電話まで入れてしまいました。

さっちゃんの話では、「一人では帰れないから、お家に着くのは6時半。だから7時ごろ家を出る」との事。

そんなに遅くと、少々びっくりし、不安になった私です。

けれど、対処のし応がなく、電車に乗車する時、乗り換え時に連絡を入れるように伝え、夫に、先に我が家に来て軽く夕食を済ませたK君と一緒に、駅まで迎えに行ってもらうことにしました。

 

              

 

そして我が家に無事に着いた二人。

R君が話すには、乗り換えのホームで、駅員さんが心配して

「大丈夫?」

と声をかけてきたとのこと。

「あなた達、家出少年とその妹と、勘違いされたのかもしれないわね」

と、笑いながら応えた私です。

「そうかも」

と言って、R君も苦笑いしていました。

小さなことですが、とても印象的なお話しで、子供たちへの目くばせを怠らない駅員さんの優しさに触れた思いがし、嬉しくなりました。

 

長女家の子供達が到着したところで、全員揃って遅い夕食。

K君は、すでに腹ごしらえしていましたが、改めてまた一緒に食べはじめました。

主菜は、たらコロッケです。

それにブロッコリーと人参のハーブドレッシング、切干大根の煮物、豚汁、青豆ごはん。

たらコロッケは、先日次女家に届けたところ大変好評でしたので、R君とさっちゃんにも、是非食べさせたいとのババ心でした。

育ち盛りながら、標準より背丈が低いR君を気にして、料理の献立には、栄養重視で、つい熱が入りますが。

いつも料理ブログに載せる献立と、然程変わりありませんね~

 

              

 

182センチあるパパと異なり背が低いR君ですが、今回会うと、また一回り大きくなっていて驚きました。

最近は会う度に、そのような印象を受けますから、この調子ですと、私の身長を超すのは間近い事でしょう。

早く大きくな~れ、といった祈るような気持ちで、孫達の成長を見守っている私です。

 

夕食後、私が今回、孫達を迎えるに当たり、これ以上の妙案はない、と自負して止まなかったR君用のお部屋に彼を案内しました。

とてもとても気に言ってくれ、

「至れり尽くせりだね」

と私の気遣いに恐縮した様子。

私は、見かけに寄らず大人びたR君の口調に、笑ってしまいました。

何かと世話をしようとすると、「おばあちゃん、ありがとう。でもいいよ、いいよ、その位、自分でできるから」といって遠慮するR君。

でも永遠の恋人ですものね。

ついほっておけなくて、大サービスしてあげたくなってしまいます。(笑)

 

               

 

さて、このお部屋。

実は妹のさっちゃんの心も掴んででしまったようです。

夜遅くなり、お兄ちゃん用の部屋に入り、

「私もここで寝たい」

と一瞬駄々をこねたさっちゃん。

無論説得し、下の和室で私とK君と一緒に寝るように言いました。

ところが、真夜中に突然目を覚まし、お布団の上に起き上がり、寝ぼけまなこで大きな声を張り上げて、又言いました。

「お兄ちゃんの部屋で寝た~い」と。

夢にまで、その部屋が現われるほど、さっちゃんの心をを魅了して止まなかったのでしょうか?(笑)

 

二人の様子を見て、思ったことがありました。

今度ママに会ったなら、今は二人共用の部屋になっている12畳の子供部屋をそろそろ仕切り、各自専用の個室を作ってやりなさい、と改めて忠告しようと。

既に幾度も、言い伝えてきたことですが。

自分専用のお部屋が持てれば、自己管理能力が更に身に付き、成長の糧と弾みにになるに違いありません。

 

親たちもそうしてやりたい、と思いながら、共働きの多忙な生活で、ついなおざりになっているのでしょう。

フルタイムで働きながら子育てをする娘達。

致し方のないことですが、育児に、私ほどのきめ細やかさはないな~と感じます。

何~んて、生意気な事を言っている私も、若い頃は日々反省の連続で、育児書を読みあさり、試行錯誤しながらの子育てでした。(笑)

 

この点を私ならもっと厳しくしつけて改善するのだけれどと、孫達の成長を見つめながら、思うことはいろいろありますが・・・・・・

私は好奇心と探求心をつぶさないように、遊びにおいては、余程危険な事、他人へ迷惑をかけることでない限り、めったに注意はしませんでした。

けれど一方、他人だけでなく、親、祖父母など目上の人達への言葉遣い、家でのお行儀はかなり厳しくしつけたものでした

しかし、世代の相違で、若夫婦達の育児観は、私と少なからず異なって当然ですものね。

子供達の育児を尊重し、干渉しすぎず、距離を置いて、そっと見守る方針を出来るだけ貫こうと思います。

 

    

 

孫達が思春期になり、時に家を出て、息抜きしたいと思うこともあるでしょう。

その時にはいつでも、私のお部屋が開放できるように、準備を怠らないようにしておきましょう。

R君に、「気分転換したくなったら、おばあちゃんの家にいつ来てもいいからね。歓迎するわよ」と言いました。

すると、

「土、日以外は無理だよ」

と言い、でもまんざらでもない、嬉しそうな顔をしていました。

 

次回はもう少し、我が家に滞在中の子供達の様子を綴り、春休み孫預かり奮闘記を終わりにしたいと思います。

 

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お休みのつもりでしたが・・・・・・

2013-03-26 07:31:50 | 

孫達を預かるに当たり、準備で忙しくなると思い、しばらくのお休み宣言をさせていただいた私でしたが・・・・・・

割りと順調に、家事と孫達を迎える準備がはかどっています。

そのため、数十分でも毎日綴り、ブログ記事を書く作業を怠らないようにしようと、気持ちを入れ替えしました。

まったくの中断は、私の精神状態にマイナスに働くことは明らかですから。

思うように書けないのでは、といった自信のなさが、また頭をもたげ、不安な気持ちに私をさせます。

いつもその気持ちは付きまとって離れない私ですが、書き慣れてくる内に次第に薄れ、気楽にブログに臨めるようになってきます。

ゆえに、その気持ちを維持するためにも、僅かな時間でも書き続けることが大事、と思うようにしました、

 

さて今回は、何を話題に致しましょうか。

成長がとても楽しみである一方、幾分の不安や心配の種でもある最愛の孫達についてでも。

ママが出張のため、明日から預かることになっている長女家の子供達は、新学年から、中2と小4年生になります。

家族旅行までの二日間、一緒にお泊まりする予定になっている次女家のK君は、小学校二年生に。

三人三様で(二歳のかれんちゃんを忘れていました。四人四様です。笑)個性は全く異なるため、対応するばぁばも、それぞれに幾分違う気遣いをしなければなりません。

私の目から見ると、感謝の言葉「ありがとう」、その他もっと基本的なしつけをしっかりしてほしいもの、と親への注文が無きにしもあらずですが。

働きながら子育てしている娘達。

余り要望を高くして、干渉するのも良くないのでは、と感じ、最近は見て見ぬふりを。

夢路と、孫の心配事の話題になると、「わが子でないのだから、心配しても仕方ないわ」と、お互いに開き直る事にしています。(笑)

 

とは言うものの、とても健やかに育っている四人の孫達です。

今後の成長が、本当に楽しみ。

 

今回、長女家の子達を預かるに当たり、私はひと工夫しました。

その工夫とは、中2になるR君には、私の部屋を明け渡し、提供することにしたのです。

 

            

                    

         すべて娘達が学生時代使用していた家具ばかりです。机は長女、チェストは次女用でした。

 

年齢的に、中2のR君は個室で自分が思い描く時間を、気ままに過ごしたい時期だろう、と思ったからです

私達に気を遣わないで、のびのび過ごせるようにとの、取り計らいといったところでしょうか。

無論、個室に閉じこもった生活は、私が望むことではありません。

折角、祖父母の家に久しぶりに来たのですから、私達と思う存分おしゃべりを交わし、楽しい時間を共有してほしい、と願っています。

4人の孫の中で、一番デリケートな所がある、優しい気立ての子。

余分な気を、いつも使わないで済むようにしてやりました。

その上に、R君の家とは一味違う暮らしをさせてやりたい、との思いも。

 

ママは働いていて、なかなかかまってやれないのでしょう。

R君のお部屋はいつ見ても、なんだか雑然としていて殺風景。

整然としたきれいな部屋で過ごす快適さも、教えてやれれば、と思いました。

R君の部屋に比べ、インテリアへのこだわりが強い次女家のK君の部屋は、なかなかお洒落です。

 

               

               

 

こういったところにも、多少の気配りしてやれたなら、その子の人格形成の上に、プラスに働くと思うのですけれど・・・・・

Mちゃんは、もう少しこの点で努力が必要かしら・・・・・・

留守を良い事に、老婆心から意見がましいことを言ってしまいました。(笑)

 

ところで一方さっちゃんとK君への対応はどのようにすればいいかしら?

こちらの孫達は、まだ余り気を遣う必要がない年齢です。

私はいつも通りの態度で、接することにしましょう。

恐らく二人して、元気いっぱい、ドタバタ劇を展開してくれるに違いありません。

私は美味しいご飯を、孫達に食べさせることに専念します。

 

今日はもう一回更新できたけれど、恐らく明日からは無理でしょうね~

お休み宣言は撤回し、気の赴くまま、ということにさせていただきますね。

 

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夫の検査のその後、お花見等、徒然なるままに・・・・・・

2013-03-24 06:46:49 | 病気

観測史上、二番目に早い桜の開花で、見ごろは昨日の土曜日だったとのこと。

今日は無情な雨が降るとの予想で、私は、何故そんなに咲き急ぎ、散り急ぐの?

と恨み事を幾分言いたい気分です。

 

          

                   残念ながら曇り空の一日でしたが、一瞬青空がのぞきました。

こんな様子ですと、ブロガーとしての感性でカメラを構え、桜の美しさを愛でながら、落ち着いてシャッターを押すチャンスを逃してしまいそう。

私のみならず、お花見の予定が狂われた方が多いに違いありません。

娘達が入学式を迎えた時は、小学校も中学校も、校門までの道のりに、それはそれは美しい桜並木がありました。

その桜の光景は、わが子の入学の喜びと共に、今も胸に焼きついて離れません。

しかし、この調子ですと、今年のその頃は、葉桜になりかねませんね~

最近は異常気象に何かと悩まされる私達ですが、我が国独特の季節の移ろいのデリカシーが次第に薄れていくのでしょうか。

とても悲しい事に感じられます。

 

          

 

            

さて、私が落ち着いて桜を愛でることができないのは、私の最近の暮らしが余りに多忙だからです。

日々、精力的に行動している妹、夢路には、この程度の忙しさで音をあげるなんて、といって笑われそうですが。

 

先週は週明け、記事でもお伝えしたように、夫の検査結果を伺うために、朝早く最寄りの病院に。

検査結果は、全く問題なしでしたが、他のお話しの内容に納得がいかず、やりきれない気持ちになったことも、すでにここに綴りました。

気持ちを整理したく、その後、病院から数分で行ける次女宅のマンションに寄りました。

そこでひと休憩し、気持ちを入れ直して歯医者さんへ。

そしてデパートまで出向きました。

 

         

 

翌日は次女宅へ。

卒業式で、まだ1年生のK君は、9時には帰宅でした。

そのため、ママに代って、K君を学童保育が始まる時間まで、私が面倒をみました。

この様子は、またその内ブログ記事にする予定にしています。

その後、昨日は予約がいっぱいで診てもらえなかった歯医者さんへ。

ここでもお知らせした抜けた歯の治療を。

先日の私の報告の内容は、間違っていました。

抜けたのは、インプラントではなく、さし歯の方でした。

自分の体の事ながら、どの歯が差し歯でインプラントなのか、全く把握できていない私。

大きな口を開けて、歯医者さん任せでは、自己管理不行き届き甚だしく、少々だらしなさすぎですね~

お恥ずかしいお話しで、申し訳ありません。

 

インプラントも、たまに抜けることはあるようですが、その時は歯槽膿漏が進んだ状態だそうです。

そのため、そうなると処置の施しようはなく、入れ歯でしか対応が出来なくなるとのことでした。

 

そして三日目は、さくらちゃんのピアノの発表会。

その様子は、前回の記事で詳しく綴りました。

 

          

 

さて、これからが本文かしら。

とてつもなく長い前文となりましたが。(笑)

四日連続のお出かけの最終日は、夫が手術を受けた渋谷のN病院に、最寄りの病院と同じく検査結果を伺いに出かけてきました。

こちらの担当医は、私が理想とする医師像そのままの、心から敬愛してやまない先生です。

ですから、お出かけの足取りも軽く、心も弾みがちです。

肝臓の状態は大変良好と、すでに数日前に聞いていますからなおさらのこと。

今日の目的は、前回の診察で納得できなかったことを、すべてお話しし、ご相談に乗って頂くことでした。

箇条書きにメモまでして。

年取ると、つい聞き忘れてしまい、あとで残念に思うことがよくありますもの。

 

そして相談した結果は、私の期待通りのお応えで、心のもやもやが晴れ、どんなにかすっきりしたことでしょう。

まず、こちらの病院ですでに受けた胃カメラを、最寄りの病院で又二重に受ける件について。

迷われることなく、こちらの画像と報告書を送り届けましょう、と言われました。

幾日頃には先生の手元に届いているはずですから、改めて受ける必要があるか尋ねてみるように言われました。

 

ピロリ菌除去の治療については、今は、以前ほど、この菌について騒がれなくなりました。

除去したからといって、胃がすっきりするわけでもありませんが、受けるに越したことはないでしょう。

こんな具合で、実に消極的な物言いでいらっしゃいました。

 

但し、今回の胃カメラの検査の結果、夫に胃炎の症状があることが判明しました。

悪性の兆候は全くないとのことでしたが、画像を見ると、その様子が私の目でも、明らかに確認できました。

ピロリ菌の有無は、今後更に検査しないと分からないことですが、それより先に、胃炎を直す事が先決では。

 

高額の新薬の治療については、本人の承諾がなければ、できないことですから、それを望まないなら、断ればいいですよ、と。

国の補助金が下りないうちに行うと、なんとなく人体実験の対象にさせられている、といった感じがしませんか?とも。

 

私の疑問に、実に納得のいく率直なご回答を頂くことができました。。

このような素晴らしい先生に巡り会えた幸運に、あらためて感謝しないではおられません。

 

けれど、最後は旦那さまの気持ち次第ですから・・・・・・

こういったことには問題意識をほとんど抱かず、お医者任せの旦那さまの事。

必ずしも、私の望み通りに行動はしてくれませんから、悩ましいところです。

最寄りの病院から、肝臓の名医として名高いドクターがいらっしゃるN病院に転院させるのも、私なりの大変な気遣いと努力を要しました。

果たして今後、どのような経過をたどるのか、今のところ見当もつきません。

病院にとり一番望ましい対応ではなく、本人の体に最適の治療で臨んでほしいもの、と心から願っています。

 

          

 

今週は、水曜日から4日間、長女の子供達を預かる予定になっています。

ママは、昨日、出張でアメリカに旅立ちました。

そのため、この週末は、体の疲れを癒し、水曜日後に奮闘できるように、体力を温存する予定でした。

ところが妹、夢路の記事を読み(プラチナのように輝いて)、お花見のデジカメ散歩をしないではおられない気分に。

ブロガ―の血が騒ぐ、といったところでしょうか。(笑)

私の驚くような変化。

ブログのお陰で、好奇心が旺盛になり、若返られたことを、喜びましょう。

 

そんな訳で、昨日は桜が映える青空には残念ながら恵まれませんでしたが、お散歩に出かけてきました。

そして、満開の麗しい妖艶な桜に、小一時間ほど見とれて過ごしてきました。

場所は我が家から7~8分程で辿り付ける、住宅地の中の小さな公園と里山的な広大な公園の二か所です。

広い公園を眼下に見下ろした時、その色彩の爽やかさと温かさに、とても感動しました。

 

          

前回訪れた時は、真冬の光景で、色合いが全く異なりました。

自然の営みが、風景の色彩を、こんなに変えてしまうものなのですね~

当たり前のことに、こんなに甚く感動できるのも、ブログの効用でしょうか。

 

          

 

追記

孫達を迎えるに当たり、なんだかとても忙しくなりそうです。

そのため、明日から今週いっぱいお休みとさせていただきます。

今日は割と冷え込みが強いようです。

皆様にはくれぐれもご自愛の程、お祈り申し上げます。

そして、爽やかな芽生えの季節を、今が一番素敵の思いで、楽しくお過ごし下さいね♪

 

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孫のピアノ発表会

2013-03-22 06:49:03 | 

最近、カメラの調子がおかしくて、私の期待通りの鮮明な画像になってくれません。

恐らく理由は、私の腕が悪いだけ、と思いつつ・・・・・・

もしや、と言った不安な心当たりもあります。

私は最近、小さなキャリーケースを購入しました。

ブロガーになって以来、外出時によくカメラ持参のことが多いためです。

荷を多少でも軽くし、慢性の肩こりの予防の一助になれば、との思いでした。

 

しかし、小さなケースのため、恐らくカメラは、それを引く時、その振動をもろに受けていることでしょう。

非常にデリケートな精密機器。

もしかしてその影響を受け、機能が狂ってしまったのではないかしら?

カメラに詳しい方が読まれたら、お笑いになるかも。

考え過ぎだよ、って。

 

きっとそうですね~

恐らく設定が何か間違っていたのでしょう。

それが見極められない私の知識の未熟さと、腕の悪さに起因しているだけでしょう。

 

こんなわけで、さくらちゃんのピアノの発表会に出かけ、写真撮影もそれなりに頑張ったつもりでしたが、どれもピンとが今ひとつ合っていません。

そんな画像ばかりですが、忘れることのできない家族のイベントです。

そのまま、載せることに致します。

 

弁解がましい前置きが長くなってしまいました。

これからが本文です.

 

              

 

三月二十日の春分の日の休日は、さくらちゃんのピアノの発表会で、旦那さま、次女家族と出かけてきました。

次女のお婿さんは、今アメリカに出張中のため、姿がありません。

私は、孫に贈るお花のブーケの買い物、その他の所用を果たすため、一足先に家を出ました。

目的地の会場に出かける途上、開花した桜が、はじめて私の視界に映りました。

卒業式を迎える華やかなはかま姿の女子学生さん達にも、数名出会いました。

春の風物詩に心弾み、いよいよ春との実感を強くすることができた私です。

 

発表会場に着くと、既に到着していた次女家と、長女家の人達の姿が目に入りました。

いつも、ズボンかショーツしかはかず、スカートやワンピースが大嫌いな桜ちゃん。

でも、発表会当日は、さすがにそうはいきません。

ファミリアで買い求めたとかの、清楚な長目のワンピースを身にまとい、すっかり女の子らしい姿に変貌していました。

ばぁばが、こんな姿の桜ちゃんにお目にかかれるのは、毎年家族一同が揃って迎える元旦と発表会の時くらいです。

他の出演者のお子さんたちは皆さん、お姫様のような華やかなドレスを装っています。

それに比べると、実に地味な服装ですが、桜ちゃんのみならず、ママ好みでもあるのでしょう。

 

 

             

 

 

しばらく取り留めもないお話しをし、いよいよ会場に。

開演時間が迫ってきました。

長女家の出演者は、さくらちゃんだけではありません。

パパも連弾で我が娘と一緒に出演します。

高校生までピアノの習い事を続けていて、クラシックへの造詣は人並み上のものがあり、大変な音楽愛好家の彼です。

そして日頃、息抜きと趣味でピアノを弾いています。

彼のここ1~2年の口癖は、「グランドピアノを買いたいな~置くスペースは十分あるから迷っているんだよ」です。

まだ実現していないようですが・・・・・・

 

            

                              名器のスタインウェイ

 

いよいよ開演となり、小さなお子さんたちの演奏から始まりました。

国際色豊かで、外国人のお子様も二名ほどいらっしゃいました。

9番目に、いよいよ桜ちゃんが登場。

去年は前日、緊張し過ぎて熱が出て、当日も腹痛に悩まされ、見かけによらず、とてもデリケートなさくらちゃんでしたが。

 

今年は、そんな緊張感は、ロビーで会った時にはひとかけらも感じらませんでした。

練習の努力の積み重ねで、自信があったのでしょうか。

曲名は、ソナチネ、OP.60 NO.1より ロッシニーの主題による変奏曲

誠に見事な演奏でした。パチパチパチ♪

1年間で、こんなに成長するものかと、驚かされました。

 

               

 

感動し、胸が熱くなりましたが、隣席におられた長女のご義母様は、感激のあまり涙が止まらないご様子でした。

いつも、深い理解を示し、嫁の娘を優しく見守って下さり、私は日頃、感謝に堪えないでおります。

この日も、素朴なお優しいお人柄に、改めて心打たれました。

 

孫の演奏が終わり、ほっとした後も、可愛いお子さんや、お姉さま、お兄さまの素晴らしい演奏が続きました。

我が子の演奏時は、緊張と安堵のお気持ちでいらっしゃるのは、いずこのご家族も同じでしょう。

 

一部終了で10分の休憩。

その後、二部が始まり、四番目に、さくらちゃんとパパの連弾がありました。

実に微笑ましく、素敵な光景です。

きっとさくらちゃんにとっても、人生の思い出アルバムの忘れられない1ページになるにちがいありません。

ママも幼い頃、ピアノが大変上手で、先生の余りの褒め言葉に、この子は特別な才能があり、将来はピアニスト、などと親ばかぶりのの発想をしたものでしたが。(笑)

旦那様に、可愛い我が子との連弾のお株は奪い取られてしまったようですね。(笑)

でもママとの連弾は、発表会ではよく見かけます。

但し、父娘のものは珍しいでしょうから、演奏会では、観客席の皆さんの目に新鮮に映ってくれたのでは。

 

               

               

 

Hさんもお疲れ様でした。

「その内、娘が上達し過ぎて、ついていけなくなるんじゃないの」と、彼を冷やかしたところ、

「まだまだ当分は大丈夫ですよ」と言っていました。(笑)

 

                                            

 

無事発表会も終わり、六時前、夕闇も迫る頃、家路に就いた私たちでした。

皆で一緒に夕食も、と考えていた私でしたが、次女は、子供達が最後まで付き合いきれない様子を見て、途中で会場を後に。

その時、旦那さまも、一緒に帰ってしまいました。

それで仕方なく、私も、急ぎ足で、夫が待つ我が家へと。

 

               

 

五分先の桜が、発表会の無事終了を祝って、途中まで帰りを共にした長女家、家族に、微笑みかけているかのようでした。

だってこの季節が一番ふさわし、い桜ちゃんですものね。

 

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納得がいかない医師の理不尽な言葉

2013-03-20 05:15:51 | 病気

一昨日は、予定通り、良いお天気の下、旦那さまと二人で最寄り駅近くにある、総合病院に出かけてきました。

予約時間が受け付け開始の8時半でしたから、家を出たのが8時前。

徒歩でも15分足らずで行けるところです。、

その日は旦那さまが、バス利用のつもりでしたので、素直に私も夫の後に付いて、バスへと。

 

最初の受付時間の30分以内の一人でしたから呼ばれるのも早く、アッと言う間に担当医との面談が終わりました。

その後、お墓参りをし、デパートまで足を延ばす予定にしていましたが・・・・・・

検査結果は全く問題なしだったにもかわらず、ひどく気分がめいってしまい、元気がなくなってしまった私です。

 

その後の予定はすべて取りやめにして、家に戻りたくなりました。

けれど、とりあえず駅前の次女のマンションに寄ることに。

無論誰もいません。

一人で、コンビニで買ったお弁当を口にしながら、先程会った担当医の高圧的の物言いを思い出し、相変わらず気分が治まりませんでした。

でも検査結果は、全く問題なしで本当に良かったです。

C型肝炎のウィルスが蘇生したとのショックな知らせを聞いたのが、去年の12月の事。

それ以来の詳しい検査結果の報告でしたから、かなりの不安を抱えて臨んだ私でした。

ですから、どんなにか安堵したことでしょう。

しかし、その他の事で、何ともやりきれない気持ちに私はなりました。

先生の患者への高圧的な態度、話された内容共に納得がいきませんでした

 

実は夫は手術を受けた渋谷のN病院で、最寄りの病院より先に、CTと胃カメラの検査を受けています。

MRIを受けるように言われた時も、既にCTの予約が入っていることを、この医師に伝えました。

同じようなことを一月も経過しないうちに、二度繰り返しても意味がないと思ったからですが。

しかし、こちらでも受けて下さいの一点張りで、患者の気持ちや事情等、全く察して下さろうとなさいません。

 

そして今回は、事もあろうに、胃カメラまで又受けるように命令されたのです。

無論夫は、数週間前に、その検査を受けたばかりであることを伝えました。

でも相変わらず、MRIの時と同様、この病院でも受けるように言われるのです。

 

数日後にはN病院で、その結果が分かります。

結果に問題なしでも、また再度、同じ検査をするなんて信じられません。

そして病院の収益のために1万円以上の無駄払いをまたさせられるなんて・・・・・・

 

もしピロリ菌が認められたら、国の助成が出るようになったので、その除去の治療を始めましょうと言われました。

肝臓の治療の上に、さらにまた新しい治療?

肝臓では今万全の治療で臨んでおり、C型肝炎の治療以外に、N病院で手術後、サプリメントを始め幾種類ものお薬を頂いています。

その上、さらにピロリ菌の除去の薬まで服用すれば、夫の体は益々薬漬けに。

果たして、71歳にもなり、その治療が必要不可欠なことなのでしょうか。

胃はとても丈夫な人で、トラブルを起こしたこと等ありませんのに。

 

更に驚いた事があります。

今年の秋ぐらいから、新薬のインターフェロンの治療を始めることにしよう、と言われたのです。

私は思わず、国の助成が出るようになったのでしょうか、と訪ねました。

すると、出るかどうか分かりませんが、始めた方がいいよ、とのこと。

 

昨年お会いした時、新薬のことを伺った私です。

助成が出ないと、数百万かかります、と言われ、身がすくんでしまいました。

その時はそんな支払いをしてまで、受ける必要はない。

国の助成が出るのを待った方がいい、と言われたはずでしたが。

 

先生の気分が変わられたようです。

私の夫は平凡なサラリーマンで、今は慎ましい年金暮らしですのに。

資産家とでも、勘違いされたのでしょうか?(笑)

つい最近、助成が出るようになった新薬の治療で失敗したばかりですのに・・・・・・

多少は責任も感じてほしいものです。

又始めるとなると三種類目のお薬になります。

 

少し前に、このブログでも触れた海外在住の頃知り合った友人のご主人さま。

国の補助あるインターフェロンの治療を二度受けても効果がなく、亡くなられたお話しをしました。

ですから、一方的に、そんな高額の治療を押しつけられても、私達は素直に返事など出来るわけがありません。

 

患者はお世話になっている以上、医師に対して非常に弱い立場にあります。

そこにつけ込み、無駄な検査を幾度もさたり、患者側の家族とじっくりと話し合うこともなく、高額な治療を押しつけてくる医師を、とても信頼することはできません。

妹夢路に相談したところ、病院を二股かけず、一つにすれば、と言われました。

私もそう思うのですが、インターフェロンの治療は毎週のこと。

通う苦労を察してか、近くの病院を勧めて下さったのは、都心のN病院の担当医だったのです。

 

もし後味の悪い形で縁を断ち切りますと、万一、旦那さまが緊急を要する容態になった時に困りますものね~

近くに懇意の医師がいることは大切なことかもしれない、と思ったり・・・・・・

私は、N病院の先生は、心から信頼し、医師の理想像をそこに見ている程です

もうすぐお目にかかりますので、先生に、この度の件についてご相談するつもりでいます。

 

最近は医師と患者の間柄も、強者と弱者の関係ではなく、対等の立場で話し合えるように随分改善されてきた、と言われていますが。

現実は必ずしも、そうなっていないようです。

今後どうなるのか、先が思いやられますが。

もし、N病院の胃カメラの検査結果に異常がなければ、また近くの病院で受けるなどと言った愚かな行為は、旦那さまに、絶対してもらいたくありません。

たとえ異常があっても、その報告文書と画像をN病院で頂き、提出すればよいだけですから。

 

以前新聞で、検査は病院で一番収益が上がる方法なので、利用されないように患者側は気をつけなければならない、と書かれた記事を読んだ事があります。

それを念頭に置き、二重の無駄な検査は避けたいところですが、担当医の要請を拒否する勇気もなかなかわかず、悩ましい所です。

 

色々納得がいかない、嫌な事ばかりですが、とにもかくにも、旦那さまの肝臓は、現在全く問題なしで、本当に良かった。♪♪♪

最後の手術後、1年半以上が経過しました。

いつまでも、この良好な状態が続いてくれますように。

 

今日もまたお出かけで、三日連続となります。

昨日、次女宅にいる時、幾度も立ちくらみがして困りました。

でも、気力を奮い立たせて、頑張るしかありません。

 

気持ちの整理をしたくて、ブログに今のもやもやした心情を、一気に吐き出してしまいました。

お陰さまで多少、心の重荷が軽くなった気がします。

画像も丁寧な推敲も省略させていただきますね。

 

お読みぐるしいかと思いますが、私の多忙な暮らしに免じて、失礼のほど、何卒ご容赦くださいませ。

 

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また災難続きの我が家

2013-03-18 05:35:06 | 暮らし

春の温かさと寒さが同居しているような、最近の気候。

1日の寒暖の差が激しくて、戸惑い気味の私です。

日中は温かですが、朝夕はまだ、暖房が手放せません。

そのせいか、ずっと大変良好だった体調が、少々下降気味で何だか情けない気分に。

こういう時は、恐らく肉体より、精神が緩んでだらしなくなっているのかもしれませんから、筋金を入れ直しましょう。(笑)

 

              

                ガーデナーさんが秋に植えて下さった寄せ植え。パンジーが終わったら何を植えましょう?

 

これから来週にかけて私の暮らしは、多忙を極めます。

今週は、最近夫が受けた二つの病院の検査結果を伺いに、病院に旦那さまに同伴してまいります。

次女のK君のお守りも頼まれています。

長女の孫娘のさくらちゃんのピアノ発表会もあります。

そして来週から一週間、次女に次いで、今度は長女のMちゃんが海外出張に出かけます。

妻として祖母として活躍の場が、ふんだんに訪れることでしょう。

今の体調で乗り切れるかしら・・・・・・

チョット心配ですが。

最近、いろいろなことがありましたから、その疲れが一時的に出てきただけ、と思うように致します。

 

これからしばらく、私の忙しさは尋常ではありませんのに、ここ数日間、立て続けに嫌なことに二度も見舞われました。

二度あることは、三度あると申しますものね~

三度目が、何だかとても心配です。

夫の検査結果に、何か悪い兆候でもなければ良いのですが・・・・・・

 

私の人生って、ハプニングが、これでもか、と言わんばかりに、続けて襲って来ることがよくあります。

一気に片付けられので、この方が我が身にはとっては好都合なのかしら???

そして、その後はまた数年、平穏な暮らしが訪れます。

ですから、今回もそう思って、何とか頑張って切りぬけたいものです。

 

二つの嫌なこととは、私のインプラントの歯が一本、芯棒もろとも抜けてしまいました。

半永久的と言われているのに、こんなことが起きようとは。

大変高価なものですので、こんなに早く抜けてしまうなんて、余りにショック!

私の想像では、簡単な修復では終わりそうにない気がして、今から治療代を想像してびくびくしています。

改めて抜けた歯を見つめ、どうしてこんなものが、そんなに高いのかしら?と疑問でいっぱいに。

保険がきかないので仕方ないのでしょうか?

明日夫の病院に出かけた後、その足で歯医者さんに行く予定にしています。

 

                

                            お見苦しい画像で申し訳ありません。

二つ目の嫌なこととは、我が家の玄関灯が、壁からはがれ落ち、コードが向きだした無残な姿に。

恐らく、二~三日続いた突風が原因ではないかと思っていますが・・・・・・・

鉄製の重量があるものなので、強風に耐えられなかったのかもしれません。。

夫が最初に気が付き知らせてくれ、現場を見た時は、こんなことが起きるなんて、と我が目を疑い唖然としました。

1年以上前に起きた、玄関の軒下裏の壁の落下を思い出してしまった私です。

 

   

 

築三十年になろうとしている我が家。

色々なところに支障が出るのは仕方ないことかもしれませんが、今後は家の維持費でますます出費が嵩みそうです。。

家だけでなく、人間もそうですね~

70数年生きてきた夫も、私も、健康はいつまでも保証されるものではなく。

医療費も、我が家は年金のみの暮らしですのに、この齢になっても三割で、重圧が大きくて困ります。

 

但し、今回の玄関灯の故障は、もしかすると前回の突風による被害と同じように、火災保険についている損害保険が適用されるのでは?

すっかりそのことを忘れていたのですが、ブログを綴りながら、突然思い出しました。

いつもお世話になっているリフォーム会社に原因を究明して頂くまでは、まだ何とも言えませんが。

 

前にもご紹介したことがありますが、我が家が契約している火災保険には、地震保険と、自然災害による損害保険もついています。

保険なんて無駄払いかもしれない、と思い、継続することに疑問を感じたことも幾度かありましたが、この年になって、その有難さが身に染みるようになってきました。

医療保険もしかりです。

但し医療保険は、入院時しか役立たず、日頃の通院でかかる医療費の重圧は、全く軽くしてもらえません。

 

一方損害保険は、精神的に大きな支えに、今なってくれています。

巨大台風、竜巻、突風など異常気象が発生しやすい、今の時代。

如何なる被害に遭っても、損害保険が私の暮らしの現状維持を保証してくれる、といった安心感は、とてもありがたいものです。

 

私が加入している保険は、地震を除けば、現状復帰+3割(1割だったかしら?うろ覚えですみません)の追加保証といった内容です。

毎年二月に一括で支払っていますが、私は家計簿上では、毎月分割にして記帳しています。

ですから、さほど負担に感じないで、大きな安心感が得られています。

もし万一のことがあり、一人暮らしとなり収入が半分くらいに減っても、この家に住む限り、この保険だけは契約を更新し続けたい、と思っています。

 

でも保険のお世話にならないで、平穏な毎日が暮らせるのが、1番良い事ですものね。

立て続けに好ましくないことが、二度起きた我が家。

二度あることは三度あるが、言葉通りにならないことを、ひたすら今の私は願っています。。

 

今週は、朝早いお出かけが連日となり、空いている日は金曜日のみです。

そして来週は、出張の長女に変わって代理母役も・・・・・・

その上歯医通い、玄関灯の修理・・・・・・・

こんな忙しさに、果たして私の体がついていけるのでしょうか?

 

ブログ綴りはとても無理そう。

頭の体操のつもりで、30分ほどは書く心掛けを忘れないでいましょう。

そして、完成すれば投稿する、といった気ままな対応になると思います。

或いはしばらくお休みするかもしれません。

 

こんな多忙な日々が待ち受けている私ですが、ネットで注文した草花の苗が、一昨日、数個届きました。

いよいよ、ガーデナーとして自立の時を迎えた感じがします。

このお話は、また日を改めて詳しくご報告させていただきますね。

 

            

           クリスマスローズ カラミンサ ブラネラ・ジャックフロスト ロータス・プリムストーン ドドナエア

 

気候不順な折柄、皆様、くれぐれもお体をご大切に。

そして、新緑が目に鮮やかな美しい春を、心からお楽しみになられますように♪

 

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姿勢

2013-03-16 05:19:23 | おしゃれ

今日の私のブログ記事のタイトルは、何とシンプルなことでしょう。(笑)

今日は姿勢についての、私の日頃の思いと、ごく最近の感慨を綴りたい、と思います。

実は前回、一部の方々の顰蹙を買うことを覚悟で恐る恐る載せた三枚の写真。

私の姿勢への感慨と喜びが込められたものです。

そんな気持ちは理解して頂けるはずはなく、自己顕示欲の強い人、との思いを抱いた方がおられたかもしれません。

その割にポイント数が減らず、広い心で受け止めて下さった方が多くて、改めて感謝の思いで安堵しました。

日本ブログ村のランキングに参加していなければ、みなさんの共感の度合いなど一切気にしないで、自分の愉しみのためにだけ、のびのびと文章が綴れ、写真もアップ出来るのですが。

今の私の立ち位置では、そうはいきません。

一昨日は、1日中ドキドキでした。

決して誤解なさらないでくださいね。

ランキングを気にしてのことではありません。

ご覧下さる方の印象が、やや気になりました。

「こんな写真をよく載せられるわね~」と言われそうで・・・・・・・

最近のトラブルのトラウマもあるのかもしれませんが。(笑)

 

                    

 

今回そんなご批判も覚悟で載せた理由が二つあります。

一つは、よぼよぼのおばあさんになってこの写真を見た時、十数年前のまだ元気な自分の姿をさぞ懐かしく思うに違いない、と。

私のことを知らないひい孫が見て、いろいろ想像してくれれば嬉しいと。

もう一つの理由。

こちらの方が、私の感慨が強く、載せる大きな理由だったのですが。

姿勢が数年前の自分と変わらないほど回復している、との喜びです。

 

自分の姿勢の悪さに、ここ数年間、悩まされ、その矯正のために、ずいぶん一人で闘ってきました。(ちょっと大げさな表現かしら)

私は数年前までは、自分の姿勢が他の人に比べて、特別悪いなどと思ったことは一度もありませんでした。

亡き母は、とても姿勢のよい人でした。

年老いて体調を崩してからも、いつも背筋をしゃんと伸ばして暮らしていました。

その凛とした姿が胸に焼きついていて、私もいくつ年を重ねても母のようでありたい、と願っていたのです。

 

               

 

ところが、あることを契機に、私の姿勢が急激に悪くなりました。

しかし妹から注意を受けるまで、その自分の変化に全く気が付いていなかったのです。

妹、夢路は、その時、私の姿勢の変わりように仰天したようでした。

 

その時とは二年半前の夏ごろのことです。

夫が、その前年、肝臓がんの手術を初めて受け、経過も良好。

大型連休には次女、長女家族も一緒に旅行を楽しんだ後、迎えた夏でした。

その頃から、私は急激に体調を崩し、原因不明の頚椎の痛みとだるさ、さらに声も思うように出せない程の息苦しさに、見舞われはじめました。

この症状が、なんとその後二年間も続くことになったのですが。

 

私の余りにひどい体調を心配して、妹が、その夏、一度手伝いに来てくれました。

そして、私の首が下にガックンと垂れた異常な姿勢に驚き、散々注意を受けました。

余りに心配したのでしょう。

白い紙に黒のマジックで、「首を上に!」と書き、冷蔵庫やシステムキッチンの扉など私の目につきやすい所、数か所に、ペタペタとそれを貼り付けて帰りました。(笑)

その後、夫が手術を受けた病院の整形外科の医師より、頚椎脊髄症と診断されてしまいました。

でも息苦しさの原因は不明のまま、体調不良が変わらず続くことになりました。

 

その年の秋、松山ご在住の大変お世話になった高校の恩師が亡くなり、悪い体調を押して、その葬儀に参列したことがあります。

その帰り、慶応の元工学部教授だったU君と一緒に新幹線で戻ってきたのですが、ホームで間接的に、私の姿勢の悪さを注意されてしまいました。

その時は、とても恥ずかしく、その理由を弁解がましく説明したものです。

U君は、小学校の担任だった先生に、正しい姿勢の大切さをとことん諭され、その後の人生のモットーの一つにしているとのことでした。

確かにいつ会ってもも姿勢がいい。

感心します。

 

               

 

そして、多少はまだ引きずっていたものの、体調が随分回復していた去年の秋、高校の同窓会が箱根であり、参加しました。

ところがU君に、また姿勢の悪さをやんわりと指摘されてしまったのです。

「姿勢で、~さんとすぐ分かったよ」と。

「あら!私、随分良くなってきた、と思っていたのだけれど・・・・・・」と反論する一方、また自信喪失。

今後、もっと自分の姿勢に注意を払わなければ、と反省したものです。

 

そして最近の事。

たまに私の足が向く、ファッションブランド某店でのこと。

店員さんが、「~さまは、姿勢がとてもおよろしいから」と言われました。

5~6年前の事でしたでしょうか。

同店で、やはり姿勢を褒められたことがあります。

その時、「年取ると、背中に肉が付いてくるものだけれど、~さんの背中はすっきりしていますね」と。

 

体調を崩してからは、姿勢がいい何ていう褒め言葉は、久しく聞くことがなかったので、たとえ社交辞令でも、本当に嬉しく天にも昇る心地でした。

やっと元の体つきに戻ることが出来たのでしょうか。

昨日載せた写真では、ほぼ私の数年前の姿が確認でき、回復を裏付ける証拠写真になる、と思いました。(笑)

ですから、喜びの余り、堂々とブログに載せてしまったわけです。

 

               

 

もう幾分肩の位置が後ろの方がいいのかもしれませんが、今年のお誕生日で69歳になる私。

この程度なら合格点を挙げてもいいかな~と思っています。(笑)

 

どんなに美しく着飾っても、姿勢が悪いと、その恰好を台無しにしてしまいますものね。

姿勢を正し、ジーンズに真っ白なコットンのブラウスをはおって、颯爽と青空の下を闊歩する。

そんな姿に、この年になっても憧れてしまう私ですが・・・・・・

そのためには、あと4~5キロ痩せなくては。

痩せても、そんな姿は、私には無理そうです。(笑)

 

姿勢をただすと健康にいいことはいっぱいありそうですね♪

参考までに・・・・・・・

私も暇な時、熟読してみようと思っています。

http://www.sisei-info.com/textb1.php

このテストによると、私は胸突き姿勢だそうです。
一見よく見えるけれど、実は悪い姿勢云々・・・・・・・
書いてある内容が、私にぴったり当てはまりました。(笑)

http://www.e-kinniku.net/hometraining/w0_yoisisei.html
http://www2.odn.ne.jp/karadahouse/siseitokenkou.htm
http://www.ark-yokohama.com/kaizen1/

 

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非日常の空間 ビューティ-サロン

2013-03-14 07:56:00 | おしゃれ

昨日は強風が吹き荒れ、今朝方、大きな地震も。

そして今は、雨と風で、なんだか荒々しいお天気です。

春はまだ足踏み、といったところでしょうか。

震源地のお近くの方は、驚かれたことでしょう。

お気を付けになって下さいね。

 

             

 

今日の話題は、また平凡な主婦の私には、ぴったりのお話です。

二週間ほど前になるでしょうか。

久しぶりに美容院に、また出かけてきました。

詳しく言えば、三カ月ぶりといったところです。

その時、担当の美容師さんに、「いつもきれいにセットされていますね」と、言われました。

前回の時も、同じ褒め言葉をいただき、ご専門の方からだけに、とても嬉しくなります。

ですから私は、次のように応えました。

「白いものさえ目立たなければ、こちらにまだ来る必要はないのですけれどね」と。

 

伸びた部分の生え際だけ白さが目立ち、カラーしたほかの所は、まだほとんど色落ちしていません。

倹約のために自分で染めてみようかしら、と思うことがありますが、髪が傷んでしまうのでは、と心配になりできません。

私の髪は、年齢にしては、豊かできれいな方かもしれませんが・・・・・・?

ですから、いつまでも大切にしたい、との思いが強くなります。

いえ、それほど質のいい髪ではありませんね~(笑)

雨には大変弱く、どんなにきれいにセットしても湿気を含くみ、鳥の巣のようになってしまうのが、悩みの種です。

 

その上、私は髪には結構、酷な対応で長年接してきました。

若い頃は直毛でしたけれど、歳を重ねるにつれくせ毛が強く出て、まとめづらくなってきました。

洗髪後、手ぐしできれいに整えられる髪に、とても憧れています。

私の髪は、そのままだと、クレージーそのもの。

右へ左へ、上へと跳ね、収拾がつかなくなってしまいます。

ですから、くるくるとの名称で呼ばれてるブロー器具で、熱を髪に直接当て、癖を伸ばしながらセットしていきます。

何時も美容院並みに時間をかけていますから大変。

私にとり、一番嫌いな大仕事ですが、乱れた髪のままでいるのは、もっと嫌なことなので、止むを得ません。

 

              

 

私はロングにしたことはないけれど、女優の萬田久子のような柳髪にも、とても憧れます。

次女の髪型は、この方に似ていますけれど・・・・・・

そのNちゃんが、いつか、「ママの髪は、年齢の割にとてもきれい」とほめてくれたことがあります。

更に次のように言いました。

「ママを見て、私も髪の手入れには、お金を惜しまないようにしているの」と。

 

でも私は、美容院でお支払いをする時ほ、「もったいないな~」と思ってばかり。(笑)

「たかが髪の手入れのために数万使ってしまうなんて。数カ月しかもたないのに」と。

三カ月に一回ですから、その際はフルコースでお世話になり、ヘヤ―ケア―用品も数点購入しますから、かなりの出費になります。

髪は、女性の命とも言われるほどですから、歳を重ねても、今の状態が維持できるなら、その代価は適切なものかもしれませんが。

 

              

 

濡れガラスのような黒髪から縁がなくなって、すでに何十年が経つでしょう。

とは言え、今の時代、日本の女性でも、黒髪の人はほとんど見かけなくなりました。

一方、この齢になりますと白銀のように輝く白髪にも憧れがないわけではありません。

めったに見かけませんが、白髪のとても似合う上品な女性にお会いすることがあります。

バラさんは、きっとそのようなお方でいらっしゃるのでしょう♪

白髪の似合う方は、年相応の気品と風格と、心の美しさを兼ね備えた方に違いない、と私は勝手に思っています。

 私はそんな自信はなく、ただの老婆になってしまいそうなので、せっせと髪は染めてもらっています。(笑)

 

  

       半身像のアップに耐えられるのは、美容院でセットして頂いた直後くらいでしょう。(笑)
       恐らく私の体力では会うことが叶わないでしょう、ひい孫が写真を見て、私を想像してくれると嬉しいです。

 

先日の美容院では、私の隣の席に座っておられた可愛いおばあさんが、気になって仕方がありませんでした。

若い美容師さんが、実に上手に話し相手をされているのにも感心。

セットが済み、お帰りになった後、その方の年齢を担当の方に伺ったところ、90代でいらっしゃるとのこと。

90代になってもお元気で、お洒落心を失わずお一人で美容院に足を運ばれるなんて・・・・・

素敵な人生ですね~

今もお一人暮らしでいらっしゃるとか。

「百歳を過ぎたお客さんもおられますよ」と言われ、またまたびっくりでした。

 

そしてさらにおっしゃるには、そんな方達がお元気な秘訣は、子供を頼らず一人で暮らしておられるからでしょう、と。

私も、そうありたい。

そして美容院にもせっせと通う、お洒落心を失わないおばあちゃんでいたい、と、しみじみ思いました。

 

「そんな年齢になっても、私はあなたのお世話になっているかしら」

と、笑って言ったところ、

「それはちょっと無理かな~」

「そうでしょうね。今はこの地域の統括部長さんでいらっしゃるのですもの、そのころは本社勤めでしょうね」

と、応えました。

すると、「~さんが来られる時は、私を指名して下さい。どこからでも、飛んで来ますから」と。

「本当~???そうさせてもらうわ」と、ジョークを、軽く笑って受け流した私です。(笑)

 

ビューティ―サロンは、名前の通り、非日常の寛げる素敵な空間です。

髪をきれいにして頂けるだけでではありません。

お客の対応を心得た美容師さんとの楽しいおしゃべり、頭と体のマッサージ、一服のお飲み物のサービス、雑誌は読みたい放題、その上仮眠もとれます。(笑)

「それにしても高いな~ブラウスが2~3枚買えてしまう」と思い、お支払いの際、嘆かわしくなるのが、玉にきず、といったところでしょうか。(笑)

 

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諦めと覚悟

2013-03-12 06:33:17 | 人生

三月十一日を迎えた昨日。

この日を、忘れることなど、今後も絶対あり得ないでしょう。

私達の心に深く刻まれた、痛ましい日。

その日からテレビや新聞で報道され続けた悲惨な出来事は、今なお鮮やかに、私の脳裏に蘇ってきます。

言葉ではうまく表現出来ないけれど、人生観が変わってしまったと言ってよいほどの事でした。

 

            

 

そしてその後、数カ月経ち、目にした言葉。

諦めと覚悟

昨年の今頃にも、このブログでご紹介したこの文句が好きになり、私の座右の銘の一つにしています。

 

人生で大切な諦めと覚悟

諦め、という語彙には、何かしら後ろ向きの響きがありますけれど。

ここでは、決してそうではありません。

諦めとは、運命は避けられないと知ること

覚悟とは、ゆえ与えられた時間の中で最善を尽くす事。

このように説明されていました。

 

今後、私の身にもどんな運命が待ち構えているか、知る由もありませんが・・・・・・

いかなることが起きようと、いつもその中で最善を尽くしていきたい、と願っています。

言うは易く行うは難しだとも、よく分かっているつもりです。

 

大震災により大きな打撃を受けた人達も恐らく今では、その厳しい運命を受け入れ、現状の中で最善を尽くして生きていこうと、懸命に努力しておられるに違いありません。

そのような人達の姿を報道する記事を目にする度に、人間の逞しさに感銘を受けてきました。

けれど、家族を失った方々の絶望的な思いと悲嘆は、そう簡単に癒えるものではないでしょう。

長い歳月の間に、その悲しみと寂しさが徐々に慰め癒され、以前と変わりない穏やかな日常が訪れることを、願って止みません。

 

               

                                我が家の窓から見えた朝日

 

 

復興も原発事故の収束も、期待したほど順調には進んでいないようです。

でも恐らく政府は、あらゆる手を尽くして取り組んでいるに違いありません。

或る日、読んだ記事によると、復興手当ては十分用意されていても、人手と復興作業のための機械設備や資材の調達がままならない、といったこともあるようです。

人間のすること。

理想通りには事が進まず、被災地の皆さまの焦りとやるせなさも、身につまされる思いで伝わってきます。

 

更に福島の方々は、震災の被害だけでなく、風評による差別まで受け、その苦しみは如何ようなものでありましょう。 

広島に原爆が投下された後しばらくは、植物さえ生えないと言われたそうです。

しかしそのような噂に耐え、ひたすら前進することで、今の繁栄と発展があります。。

私は三キロ地点で被爆しましたが、大病を患うこともなく、今日まで生き延びることができました。

再々述べましたが、私の父は当日爆心地から7~8分の距離に所在する会社に赴き、黒い雨にも当たっています。

それにもかかわらず、83歳まで病気一つ患うことなく、最後はがんで2~3年の闘病生活の末、亡くなりました。

 

最近驚くような報道を目にし、いたずらに放射線の恐怖におびえて暮らすのはよくない、と改めて思ったことがありました。

800メートルの地点で被爆し、顔や手にケロイドを負った山岡ミチコさんが、82歳で亡くなられた事です。

被爆10年後、アメリカで治療を受けた原爆乙女の一人でした。

長年にわたり、原爆の証言者として、平和運動にも貢献されたようです。

 

今はその頃と違い、医療も驚くほど進歩し、がんも早期発見できれば、不治の病ではなくなって来ています。

ですから、むろん注意は必要かもしれませんが、むやみに恐れ、ストレスを抱えて大切な人生をのびやかに過ごせないなんて、あまりに悲しい事では。

しかし、この度の事故は明らかに人災ですから、政府や東京電力に要求出来ることはどしどししたいものですね。

健康診断の無料化は当然のことではないでしょうか。

故郷を離れて暮らす避難民の方々のお暮らしは、いかにお辛いものであられることか。

精神的苦痛への十分な補償もあって然るべきです。

このあたりのことは認識不足で詳しくありませんが、もしかすると既に実施されているのかもしれませんが、十分には程遠いいものでしょう。。

 

出来れば、被爆者の私同様、医療費の免除があってもいいのかもしれません。

私は被爆手帳を持っていて、保険のきく医療費はすべて無料です。

それにもかかわらず、お医者嫌いで、めったに医院に足が向きません。

税金の無駄遣いを少なくする、こんな奇特な人間も中にはいます。(笑)

 

三月十一日になると、いろいろな思いが去来しますが、前のお宅の亡くなられたご子息様の葬儀は、大震災が起きた昨日、執り行われました。

その巡り合わせの偶然を、思わずにはいられませんでした。

お通夜、ご葬儀と参列致しましたが、ご両親とお姉さまのお気持ちを察し、痛ましさに、私の心身も打ちのめされています。

ここ3、4日、睡眠が浅くなり、熟睡できません。

奥様が夢の中に現れたりと・・・・・・

去年の夏頃から、すっかり回復し喜んでいた息苦しさが、再発してしまいました。

最近は体調がすこぶる良好でしただけに、少々残念で、一時的なことであってほしい、とひたすら願っています。

子に先立たれるほど、親にとってつらいことはありませんものね~

 

               

 

ですけれど、不安な今の時代、このような出来事が他人事には思えません。

震災などで、いつ我が身にも襲ってくるかもしれない親子の別れ。

人生は諦めと覚悟との思いを、一層強くしています・

 

I様ご家族が、この悲しみから立ち直られ、お元気になられますように、とひたすらお祈りしています。

 

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思い色々

2013-03-10 08:02:34 | 人生

ここ数日前から、突然気温が高くなり始めました。

今冬は厳しい寒さでしたから、ひたすら春の訪れを待ち焦がれた私。

けれど、あまりに季節の変化が急激過ぎても、少々戸惑います。

出来ることなら、日本特有の繊細な季節の移ろいを、もう少し味わいたかった、と。

まだちょっと肌寒く、でも日差しは早春の柔らかさと優しさに包まれて、といった感じのころがもう幾分長くても・・・・・・・

こんなわがままを言っていると、最近厳しい自然のご機嫌を損ねるかも。

空模様と気候には、どこまでも素直でいましょう。

 

               

                             我が家の和室前の坪庭に咲いた梅の花です。

 

一昨日は差し迫った用事で、デパートに出かけましたが、あまりに暖かで、ウールの上着では、もう暑いほど。

心なしか空気も、急な陽気で淀んでしまったのか、爽やかとは言えませんでした。

大型の植物店舗とデパートの間を往復運行しているシャトルバスの運転手さんが、夕暮れ時、乗り合わせた際に、次のように言われました。

「やっと今、青空が見えるようになってきた。今日はスモッグがひどかったですよ」と。

 

スモッグ、何て言う言葉は、久しぶりに耳にしたようにも。

環境対策で、都会の空気も水も、過去に比べると随分きれいになり、住みやすくなってきた我が国ですが。

その運転手さんの言葉を聞き、とっさにひらめいたのが、中国の最悪の大気汚染。

その影響が日本にも及んでいるとの報道を最近よく耳にします。

もしかしてそのせい、と思ったりもしましたが。

 

その上、今年は、花粉が例年の数十倍の飛散とか。

花粉症の方は、すでに難行苦行の日々であられるに違いありません。

我が家の旦那さまも、珍しくその症状に見舞われているらしく、ここ数日、ぼやいてばかり。

そういえば、私も一昨日の外出時、目に違和感が。

しょぼしょぼした感じで、すっきりしませんでした。

もしや、私も花粉症?

今までは、無縁の事でしたが。

 

               

 

さて、気候のお話はこの程度にとどめ、、デパートへ行った目的について。

実は今日、ピアニストとしてご活躍中の私の友人のお嬢様のコンサートに出かける予定になっていました

何か心ばかりのお祝いを差し上げたいと願い、、その贈物を物色する目的がありました。

そしてその際、着用したいと思った上着のお直しを、求めたお店にお願いしてありました。

それを取りに行かなければなりません。

とは言え、十数年前に購入したものです。(笑)

 

お嬢様のご家族とは、ロサンゼルスに在住の頃、とても親しくお付き合いさせて頂いていました。。

奥様は去年、心臓の大手術をされ、お見舞いに東京女子医大に出かけたことを、このブログでも綴りました。

ロス時代には大手電機メーカー支社のトップでいらしたご主人様を、夫と同じ病で数年前に亡くされています。

そのころはプール付きのお宅にお住まいで、我が家とは大違いでした。(笑)

お見舞いの際に、何が起きても前を向いて明るき生きていきましょうね、と約束しあった私達。

コンサートの愉しみだけでなく、ご家族全員に久しぶりにお目にかかれる嬉しさが募る一方のこの頃でした。

次女の方と日本人学校で大の仲良しだった長女と、孫を連れだって行く予定にしていたのですが。

 

すべての用事をこなし、家路に就く間も、私の脳裏をずっと離れず、気を重くしていたことがあります。

前回の記事で綴りました、前のお宅様の突然のご子息様のご不幸。

一昨日、あまりに心配で我慢できず、お電話でその後の様子を伺いました。

実は、亡くなられたのです。

お父様が運転する車の後部座席で突然襲った動脈瘤の破裂。

家に到着され声をかけた時点で、息子さんの異変に、初めて気付かれたとのことでした。

 

               

 

最近は当地を離れ、転勤先でお勤めでいらしたので、ほとんどお目にかかることがなかった私ですが。

いつもにこやかで、元気にご挨拶をして下さる好青年でした。

突然の悲痛な出来事に、お慰めの言葉が見つかりません。

 

実は一昨日、出かけている間も、ブログ上で、そのご不幸を語ったことが、良かったのかどうか、たえず自問自答をしていました。

一層の事、削除してしまおうか、とさえ思いました。

余りに辛い悲しいことゆえ、それをブログの題材として取り上げ綴ってしまったことが、大変心苦しく感じられてきたからです。

 

でも、これまで何もかも正直に包み隠さず書くことを、モットーにしてきた私です。

ですから今回のことも、私の人生の悲しい思い出として記録しておくことも止むを得ない、といった心境になりました。

 

ご両親のご意向で、ご近所のみなさんにもご報告なさらないとのこと。

偶然に知った、仲良しの四名だけで、お通夜とご葬儀に参列することになりました。

 

そのお通夜は、先程書きました、友人のお嬢様のコンサートの日に重なりました。

両方に伺うことも、ぎりぎりの時間ながら可能ではあります。

けれど迷いあぐねた末、コンサートの出席は、残念ながら取り止めにしました。

今日は、故人を忍び、ご遺族のお気持ちを察しながら、心静かにお通夜の時まで過ごす事にしています。

 

この度は、前のお宅で、息子さんが突然亡くなられる、といったご不幸がありました。

けれど今の時代、いつ誰に襲っても不思議でないような親子の別れ。

阪神大震災や東日本大震災では、もっと悲惨な家族の別れがありました。

地震の再来が噂されて止まない昨今。

このような不幸な出来事が、我が身にも、いつ襲いかかるやもしれません。

明日の命も分からない、こんな不安な時代だからこそ、家族の絆を、もっと大切にしなければ、と。

そして青空を仰ぎ、今日というかけがえのない日を愛しんで明るく過ごさなければ、と改めて、しみじみ思いました。

Iさんのご子息様のご冥福を心よりお祈り申し上げつつ、今日の記述は終わりと致します。

 

               

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救急車

2013-03-08 06:43:48 | 暮らし

一昨日の夕闇せまる頃、けたたましい救急車のサイレンが私の耳に入り、しばらくすると治まりました。

どちらかしら、と幾分気にはなりましたが、ご近所とは思わず、夕食の準備を進めていました。

ところが、ライトが点滅するような気配が、ファミリールームの窓越しに感じられます。

「もしやご近所?」、と急に心配になり、窓から覗いたところ、なんと前のお宅の前に、救急車が止まっているではありませんか。

 

私は仰天し、しばらく様子を窓越しに見ていました。

日ごろ親しくお付き合いしている、奥様のお宅です。

家から飛び出して、事の詳細を伺いたい衝動にかられましたが、今はそれを慎むべきと思い、取り止めました。

我が家同様、お子さま達は巣立ち、老夫婦お二人のお暮らしです。

でも、ご夫婦のお元気そうな姿は確認でき、ほっとしました。

恐らく、ご訪問客の突然のお体の異変ではないかしら、と勝手な憶測をした私です。

 

すると救急車の脇を、やはり私が親しくしているご近所の方が通り過ぎてゆかれました。

しばらく立ち話をしておられましたので、早速その方に電話を入れ、事の次第を伺いました。

 

何と辛いお話だったことでしょう。

たまたま赴任地から帰省されていた息子さんが倒れられたとのことでした。

心肺停止、との救急隊員の言葉が、耳にはいてきたとか。

 

信じられないお話しで、胸が張り裂けそうでした。

けれど、ご主人様はとても落ち着いた態度で、臨んでおいでだったようです。

ゆえに、恐らく大事にはならない見通しが立っておられるのでは。

私は、そのように思い、自分の気持ちを鎮めました。

 

              

 

世の中が、急速に高齢化に向かっている時代。

最近は救急車のサイレンの音を、よく耳にするようになりました。

二カ月ほど前でしたでしょうか。

やはり近所の奥さまで、私とほぼ同年齢の方が、骨折の災難に遭われ、救急車で病院へと向かわれました。

 

けれど、救急車が馳せ参じるのは、決して他人事ではありません。

我が家も幾度もそのような状況に見舞われ、救急隊員のお世話になってきたからです。

 

約二年ほど前、旦那さまが倒れ、救急車を呼ぶ事態になった時ほど仰天し、不安に襲われたことはありません。

思わず、死を連想してしまいました。

 

その年は、9月に大きな手術を控え、その前の処置的手術で10日ほど入院。

そして退院。

その数日後の出来事でした。

 

私は早朝に目を覚まし、身支度を整えようと思っていた矢先、二階でドスンと言う、日頃耳慣れない音がしました。

私は不安に襲われ二階に駆け上がったところ、旦那さまがお手洗いの前で壁を背に倒れ、失神状態だったのです。

術後、間もない時でしたから、私は肝臓の異変を想像せずにはおられませんでした。

 

救急隊員は、最寄りの病院へと夫を搬送する旨、伝えてきました。

けれど、私は咄嗟の判断で、「もし緊急を要しないのであれば、遠方ではあるけれど、N病院に向かってほしい」とお願いしました。

ひと月後に、そこで大手術に臨む事になっていたからです。

 

即座に承諾されたようには見えなかった私ですが、その車はいつの間にか国道を突っ走っていました。

そしてN病院に、無事また入院。

そして2~3週間後に、肝臓を半分切除すると言った大手術に臨み、無事退院が出来た旦那さまです

 

              

 

お恥ずかしいお話ですが、救急隊員に大変お世話になり、お礼を申し上げた際、思わずお財布を取り出し、料金を支払おうとしてしまった私。(笑)

これまで幾度もお世話になり、税金で賄われていることは、十分承知のはずでしたのに・・・・・・

遠方まで搬送していただいたので、特別料金がかかると、勝手に思い込んでしまったのでしょう。

無論笑顔で、救急隊員に断られました。

 

旦那さまが救急車のお世話になったのは、この一回限りですが、私は三度、亡き両親も数度ありました。

私が最初にこの車に面倒をかけたのは、三十代の後半、まだ若かりし頃の事です。

二度目の時は、人生の縮図の如く、いろいろな出来事に見舞われ、振り回され、多忙を極めていました。

心労も重なり、過労死寸前でした。

今更ながら、その時の状況を思い起こし、運が良かった我が身に、ほっとします、

このお話は、又いつか日を改めて、綴りたいものです

  

旦那さまに、夕食時に話しました。

「救急車のお世話にならないように心がけて暮らさないといけないわね~

とは言っても、年齢的に何時そんな事態に見舞われるかもしれない私達だけれど・・・・・・・

でも若夫婦家族がそんな状況には、絶対なってほしくないわ」と。

 

               

 

しかし我が家では、孫が一度、そのような事に見舞われました。

次女の義父母様の蓼科の別荘で過ごしている時の事。

真夜中に、孫を乗せた救急車は、脇が断崖絶壁の急な山の車道を疾走.

小さな町の病院へと向かいました。

私の旦那さまが手術を控えた数日前の事。

その話を聞かされた時、将来がある孫のことが夫の事以上に心配に。

私は生きた心地がしませんでしたが。

その後、そんなことはなかったかのように回復し、今は元気そのもののK君です。

 

今後は救急車のお世話になることなく、家族全員がつつがなく穏やかな日々を過ごす事が出来ますように、と心から祈って止みませんが。

前のお宅様の、その後の様子が、心配でなりません。

一昨日、夜遅くご実家に戻られていたお嬢様の車は、もうありません。

お宅の様子も、普段と変わりない静けさです。

恐らく大事にはならずに済み、落ち着かれたのではないでしょうか。

今日はそろそろお見舞いのお電話を差し上げ、ご様子を伺うべきかどうか、今迷っているところです。

お元気になられますように、とひたすら祈りつつ・・・・・・

 

 

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次女からの厳しい叱責

2013-03-06 06:00:42 | 家族

遅ればせながら、三月三日の雛祭りに、次女宅で過ごした夕餉のひと時の様子を、今日は綴りたいと思います。

今回は、少々招かざる客だったかもしれない私達夫婦。(笑)

声をかけたのは、私の方からでした。

次女は、先週は仕事が大層忙しかった上に、旦那さまが週末は学会で留守。

そのため、両家の両親を招いて雛祭りをする心づもりでいたのを、止めにしたようでした。

 

それなら、私が食事をすべて運ぶから、一緒に夕食をしましょうよ、と持ちかけました。

正に押しかけのお邪魔虫、といったところですね~(笑)

孫会いたさと、次女宅の内裏雛様に、一目お目にかかりたかったからなのですが。

 

          

 

さぁ~私は朝から、その準備に追われて大変なことに。

予定の四品を夕方までに作り上げないといけません。

そのお料理の品目は、五目ずし、お煮しめ、鯛の桜花サラダ、ごま豆腐。

日常の家事もこなしながら、ひたすら調理に専念。

日が暮れる頃、すべての料理ができ上がり、次女宅にお迎え依頼の電話を入れました。

 

「Hさんは、学界から戻ったばかりで夕寝中なので、目を覚ますまで、まだ2~30分かかりそうだから待っててね」とのこと。

明日、夫は最寄りでなく、手術を受けた都心の病院で、胃カメラとCCTの検査があります。

そのため、8時までに夕食を済まさないといけません。

時間が気になって、気が気ではありませんでしたが。

 

余談になりますが、一週間前に、C型肝炎の治療を受けている近所の病院で、MRIと血液検査をを受けたばかりの夫。

CTTとMRIを同じ月に受ける必要は全くないのですけれどね~

それぞれ担当が異なる病院だと、よく重複し、無駄な医療費がかかるので困りものです。

ここ一カ月で検査代だけで、4万円以上の支出となり、年金暮らしの身には大変。

でも医師の意向に背くことはできないので、仕方なく対応しています。

 

話がそれてしまいました。

お婿さんが迎えに来るまでに、脳裏を巡った思いということにしておきましょう。(笑)

さてNちゃんの言う通り、数十分経過したところで、HさんがK君と一緒に迎えに来てくれました。

その車に乗り込み、次女宅へと。

 

早く夕食の用意をし夫に食べさせなければ、と気をもむ私に、お婿さんと旦那さまは、「2~30分過ぎたからって、どうってことないよ」と言い、笑っていました。

確かにそうですけれど、時間通りに済ませれば、それに越したことはありませんもの。

 

私は、まずは1年ぶりにお会いする内裏雛様の前に立ち、かれんの健やかな成長を感謝しながら、しばらく見つめさせてもらいました。

 

 

 

その後、娘のエプロンを借り、私が持ち運んだお料理を、テキパキをお皿に盛り付け。

「もっと大きなお皿だと、私のお料理が映えるのに」などと言いながら。

 

K君もかれんちゃんも、とても元気そう。

かれんちゃんは、顔つきや動作から赤ちゃんぽさが抜け、幾分女の子らしくなったようです。

白いご飯が大好きで、おすしは苦手だとか。

私の孫達は、これまで全員、私の五目ずしには目がなかったのだけれど。

 

               

 

あら!珍しい。

そういえば生クリーム系のケーキも嫌いではなかったかしら。

今はどうなのでしょう。

全員が席に就き、夕食も終わりかけた頃、ちらっと、この度のネットの件に、私が触れてしまいました。

 

すると大変。

次女がせきを切ったように、私を責め始めたのです。

この度の事、私の対応が余りに大人げなくて、腹を立つを通り越し、悲しかった、と。

次女は某ブログは全く目にしていないようでしたが、私のブログ記事を読み、想像が付いたようです。

前の電話で、一切関わるな、と注意したのに・・・・・・

何故、その後無視できないの。

相手にするなんて、余りに情けない、と。

構うママにも非があるわよ、と。

 

かなりの剣幕でびっくりでしたが、

「Nさんが、現れなければ、傍観出来たんだけれど・・・・・」

と、つい弁解がましいことも言ってしまいました。

後は、娘のお叱りを黙って聞くのみの私。

内心では、親に向かってその態度は何?、と少々呆れてはいましたが。

 

しかし、次女の言うことは最もなことばかり。

注意されるまでもなく、私も深く反省しているこでした。

ですから、出来ればそっとしておいて欲しかった、というのが私の本音でしょうか。

その話題を切り出したのは私の方ですから、仕方ありませんけれど。

 

その上、同じ事でも、いい方次第で、受け取る側は快く聞けたり、反発したい気分になったり、と気持ちが随分変わってきます。

次女宅にいる間は、冷静さを装い穏やかに接していた私ですが、車の中で、口のきき方を一言、厳しく注意しておきました。

私に対したような切り口上で、子供達を将来叱っては可哀そう、と。

夫婦喧嘩は結婚以来、全くしたことがない仲良し夫婦ですから、私の注意は取り越し苦労だとは思いますけれど。。

 

大変な思いをして持ち運んだお料理のお礼は一言もなく、最後は私を責めまくるばかり。

どちらが大人気ない態度かしら・・・・・・(笑)

40代の頃の私でしたら、こんな娘の態度を見たら腹を立てたでしょう。

今回は、多少の弁解はしましたが、穏やかに聞いて、私からも一言、次女に注意して終わり。

これも年の功でしょうか。

 

               

 

ふと私の年齢の頃の亡き母を思い出しました。

私は、その頃、母のすべてを受け入れることができ、いたわりの情しかありませんでした。

亡くなるまで、注意したことも叱ったことも一度もなかったけれど。

もっと親孝行すればよかったとの悔いが、未だにあります。

 

娘達はその点、どうでしょうね~

恐らく、母に比べると、私はまだまだ若くて元気、と思っているのでしょうが・・・・・

ふと寂しくなった一両日でした。

とはいえ、親子喧嘩なんて、ここ4~5年、全くしたことはありませんけれどね。

 

どんなに落ち込んでも、腹が立っても、口から発する言葉、態度は、常に明るく前向きでいられるといいですね~

大変難しいことですが・・・・・・

 

  

  

 

こんなわけで、夕食後孫達の様子を写真に収めるつもりでしたが、忘れてしまいました。

画像は、次女宅のお雛様と、お料理のみです。

 

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最後の一個

2013-03-04 06:47:52 | 暮らし

の一個などとタイトルに書きますと、思わず何が最後?

と興味をそそられた方もいらっしゃるかもしれません。

残念でした。(笑)

大層なことではありません。

 

下にアップした画像の果物、デコボンのことです。

 

         

 

箱詰めだったこの果物の最後の一個が、愛おしくて、なかなか口にできない私です。(笑)

何と愛嬌のある姿でしょう。

眺めていると、思わず微笑みが。

心が温まってきます。

デコボン、という名前の由来は何かしら、と思い、でこぼんで検索しようとしたところ、「でこ」の変換で表われたのが、凸でした。

思わず、この表示で納得。(笑)

正にこの形そのものですものね~

2月から4月あたりまでが旬のようです。

 

この果物が届いた時、本当に嬉しかったな~!

お送り下さったのは、長女のお婿さんのご実家です。

頂戴した時の感動と感謝の気持ちを未だに忘れられず、最後の一個になったデコボンを、毎日眺めている私。

おみかんよりも、甘みとコクがあり、のど越しの美味しさは格別でした。

何時もなら、ひと箱果物を頂戴した時は、必ずご近所の仲良しさん数名におすそ分けする私ですが、今回は、一人占めしたくて、それができませんでした。

 

         

 

何故これほどまでに感動したかといいますと、去年の夏頃から、異常な喉の渇きに悩まされ続けていたからです。

最近は、随分良くなってきましたが・・・・・・

軽く4リットル位の水分(さ湯を飲むように心がけていましたが)は摂取していたと思います。

去年の暮れから今年にかけて、ミカン箱は二度も取り寄せ、のどの潤いを癒していました。

 

夏頃から始まった異常な渇きが心配になり、個人医院と総合病院でも検査を受けました。

ところが、血液検査の結果は、全く異常なし。

血糖、腎臓、甲状腺、肝臓の数値、すべてが正常でした。

 

のどの渇きは、その後次第に緩和されてきたものの、相変わらずでしたから、でこぼんの贈り物は、私には、正に天の恵みの如く。

感激ひとしおでした。

一昨日、スーパーに久しぶりに買い出しに出かけ、お値段を見てびっくり!

お高い果物なのですね~

一個、360円位していました。

余りに美味しかったので、また数十個取り寄せようかしら、と思ったのですが、お値段の高さに、少々躊躇している私です。(笑)

N様、本当に有難うございました。

 

昨日は次女宅で、雛祭りの夕餉の食卓を囲んで過ごしました。

前日の早朝、ほぼ書き終えた記述がありましたので、それを先に投稿します。

雛祭り当日の記事は、次回にでも・・・・・・

 

春一番が吹き荒れましたのに、その後の二日間は、また厳しい寒さに逆戻りの当地です。

春と冬のせめぎ合いで、三寒四温のこの頃ですが、冬が寂しい背を向け、去りゆく姿が見えるよう。

冬に幾分の名残を惜しんで(?)、本格的な春の訪れを、ひたすら待っています。

今が一番素敵との思いを込めて、今日も一日、大切に過ごす事ができますように♪

 

          

                                      昨日の朝焼け

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弥生、そして雛祭り

2013-03-02 05:50:03 | 暮らし

昨日から三月、弥生の月となりました。

関東地方には、春一番も吹きました。

何時になく厳しい今冬の寒さでしたから、ことさらの嬉しさを、私は隠せません。

 

「やよい」

何て柔らかな心和む響きでしょう。

弥生の由来は、ウィキペディアによると、草木がいよいよ生い茂る月、「木草弥や生ひ月(きくさいやおひづき)」が詰まって「、やよひ」となったそうです。

他に、花月(かげつ)、花見月(はなみづき)、夢見月、桜月、その他の別名もあるようです。

旧暦の名称ゆえ、ひと月のずれがあり、今の季節への違和感は多少はありますが、心にしっくりくる美しい呼び名ばかりですね~

 

          

 

一方、別れの季節でもある、やよい。

別れを惜しむ愛惜と新たなスタートへのの希望が若者たちの心を捉えて離さない月。

心模様が深くなる月、と言えば宜しいのでしょうか。

私にも、そんな時代が度々ありました。

改めて、人生の節目の年を思い起こし、かみしめてみるのも良いのかもしれません。

 

さらに弥生といえば、この柔らかな別名に一番似合う、ひな祭りの行事を忘れることができません。

既に、雛壇を飾られ、雅な雰囲気が漂っておられるお宅も、多いに違いありません。

私は一昨年、かれんにひな人形を贈ったばかりですが、今年も女児のお孫さんのご誕生で、そうされたご祖父母さまもいらっしゃることでしょう。

お孫さん達が初節句を迎えられた皆さまには、心よりお祝いを申し上げます。

 

          

 

さて我が家ですが、今年は七段飾りのひな人形を飾り付ける予定でいました。

去年は、旦那さまに、「1年おきでいいじゃないか」と言って、組み立てを断られてしまい、しぶしぶそれを了承した私です。

ですから、今年は飾る年になっていたのですが・・・・・

思わぬ出来事に心が少々奪われ、、ひな人形一式を出すのが、つい遅くなってしまいました。

4、5日前になって、やっと夫に、段飾りの組み立てをお願いした私です。

ところが、伝統的な風雅を味わう感性など、まるでない旦那さま。

あれやこれやの屁理屈を口にし、今年も組み立てを断ってきました。

 

          

 

その時の夫の屁理屈をご紹介しましょう。(笑)

「もう数日しかない。」

「二年くらい出さなくてもいいじゃないか」

「かれんはまだ分からない」

「長い間出さない時期があった」

私の問いかけの言葉は省略しましたが、こんな具合です。

私は、ブログに載せてやる、とばかりに、すぐ後にメモしておきました。(笑)

 

横着極まりない旦那さまで、本当にどうしようもありません。

それなら、私が一人で頑張ってすべての作業を引き受け、飾りつければ良いだけのことですが。

そこまでの気力はわいてこない、同様に横着者の私です。(笑)

と言うことで、飾り付けを完成することは叶いませんでしたが、せめて内裏雛だけでも、と思い、出して飾りました。

 

         

他のお人形は、箱の中ですすり泣いているかもしれない、とさすがに申し訳ない気持ちに。

せめて虫干しのために、飾らなくても箱から出し、新鮮な空気に当ててあげるつもりでいます。

 

最後に、あるブロガーさまが載せておられた、雛祭り行事についてのお言葉を、ご紹介させていただきます。

二週間ほど前位に拝読し、感銘を受け、コピペさせて頂いていました。

娘達にも、ぜひ読んでもらいたい、と思いましたので。

あざみさま、ごめんなさい。

お断りもしないで、ここに拝借させて頂きます。

 

古くから女児の情操教育に欠かせない大切な役割を持っています。
親子でお雛様を飾ったりお仕舞いすることで
季節の慣わしを覚えたり、大切な物を丁寧に扱う気持や
作法を育み、又幼少から美しいものを眺める事で素晴らしい
美的感覚が養われるのである。

自分のお雛様を眺める事で家族からの愛情を感じ
優しい心を育てます。

そのような環境で育てば素晴らしい女性になって
良縁に結び付くものであり、お雛様を飾る意義がそこにあります。

 

この記述通りですね~

娘達にも、なんとなく飾り付けて終わりにするのではなく、この行事を、娘の情操教育の一環として、大切に扱ってほしい、としみじみ思いました。

 

         

 

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