今日が一番素敵

丁寧な暮らしを心がけながら、日々、折々のの心模様を素直に語ります。
今が一番素敵との思いを込めて。

計画を立てるのが大好きな私

2020-06-30 06:49:32 | 暮らし

前回の記事で暮らし方について相変わらず悩んでいる、と私は書きました。

この悩みは、私の趣味のようなもの。

深刻なものではなく、常に前向き。

もっと充実した時の重ね方はないかしらと思うが故で・・・。

こういうことを考えるのが好きな性格なんです。(笑)

惰性でなんとなく過ごすのが苦手。

私はそうだと、心身が却って疲れてしまいますから。

 

妹にこのことを話すと、

「そんなこと深刻に考えたりしない。

毎日適当に暮らしている」

と言いますもの。

皆さんもそうなのかもしれません。

 

いつも同じ画像ばかりアップしてごめんなさい。
写真を撮影する気力が薄れてきてしまっています。

暮らしがテーマなので、我が家の過去に撮った居間の画像をまた載せます。

 

以前に比べると随分良くなりましたが・・・。

私には「魔の時間」と呼びたくなるような時間帯が、60代になる前まではありました。

一日に1~2度、必ずと言っていいほど見舞われました。

食後が特にひどく、異常な倦怠感に襲われたものです。

子供が幼くて育児に大変な時でも、その魔が襲ってきました。

その様な時は、這ってでも働かなくては、と思ったものです。

 

私は今は正常ですが、若い時は低血圧で上は90前後。

100を超えたことはありませんでした。

 

 

もう数十年前のことです。

「食後低血圧」と言う言葉を知ったのは。

食後、血圧が急激に下がり、気分が悪くなる人がいる。

この記事を新聞で目にした時、魔の時間の理由が一気に解決した気がしました。

一時的にでも、私は恐らく食後に、ストンと大きな血圧の下げに見舞われていたのでしょう。

90より低くなれば気分が悪くなって当然。

そう思うようになりました。

 

60代頃から、次第に血圧は上昇。

今では120台と正常になり、魔と言うほどひどい時間帯は無くなりました。

 

それだけの理由のみならず、幼い時から、体力には欠け、疲れやすい体質で、その点では散々苦労した私です。

ですから思うようになってくれない自分の体を自己管理しながら、いかに日々を充実させるか。

そんなことばかり考えて過ごす私になってしまいました。

そういうたぐいの啓発本もたくさん読みました。

 

前置きが幾日も続いたような記事になりましたが、では今は自分はどんな暮らし方をしているかを次回では具体的に綴らせていただきます。

 

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時間泥棒ばかりしている私 

2020-06-29 06:52:19 | 暮らし

皆さんは家事をするテンポは速い方ですか。

ブログを拝読していると、どうしてこんなご馳走が束の間に出来てしまうのかしら、とよく驚かされることがあります。

それも、お出かけし帰宅後に準備されることも。

下ごしらえをなさっていらっしゃるのかもしれないけれど。

お見事としか言いようがなくて、感嘆してばかり。

 

私は外出すると、その日は夕食まで手掛けるのはもう無理。

疲れてしまって、そんな気力も体力もなくなってしまいます。

夫が居る時は、前日と同じものをテーブルにのせたり、多少上等のお惣菜を買ってきてお皿に盛ることが多かったです。

お弁当ではなだ万のお弁当が好きで、デパ地下でよく買いました。

 

そういえば身近に動作がとても速い人がいました。

それは妹。

もう随分前のことになりますが。

私が体調を悪くし、弱々しい声しか出せなくなった時期のこと。

その様子を心配するあまり、妹が手伝いに来てくれました。

家事全般をすべてこなしてくれましたが、その時の妹の動作の何と早かった事。

私は驚くばかりでした。

妹の話では、それが日常の当たり前のテンポとのこと。

 

そばにいた私は、生活音もそれなりに響き、少々心が落ち着かなくなる程でしたが。

妹の元気の素を知った思いになったものです。

 

真夏の水分補給は何よりも大切。
私にとってサーバーは必需品です。

画像に載っているガラスのサーバー。
耐熱ガラス器では定評のあるイワキの商品です。
デザインはシンプルですが、とても美しいフォルムで、私は眺めていても飽きない程。
取っ手付きなので、とても便利。
冷蔵庫の扉の収納場所にも収まってくれます。
私はもう一本購入予定でいます。

 

 

それからしばらくして、妹のテンポを真似ようと、私も猛スピードで家事に臨むように。

ところがそのせいで注意が緩慢になってしまったのでしょう。

足元の何かに躓ずいて、思い切り転倒。

体を激しく廊下に叩きつけてしまいました。

それ以来、すっかり元のスローテンポに逆戻り。

そんなことがありました。

 

自分には、自分にふさわしい暮らしのリズムがあるのだと痛感した出来事でしたが・・・。

それにしても動作ののろい私は、自ら時間泥棒を犯しすぎ。

歳を重ねると時間は有限との思いが益々強くなり、掛け替えのないひと時ひと時をを大切にしたい。

そんな思いが私は一層強くなってきました。

暮らし方の悩みはずっと尽きず、今日に至っていますが・・・。

その思いについて明日もさらに詳しく語らせていただきますね。

 

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シニアブログとライフスタイルブログ 

2020-06-28 06:58:13 | ブログ

ライフスタイルのブログを読ませていただくと、シニアブログとは内容の趣がかなり異なっているように感じます。

若さゆえの、センスの良さとおしゃれ感が漂っている。

とても堅実な暮らしながら、合理性では片付けられない工夫が色々なされていて、感心します。

無駄のない素敵な暮らしを目指す情熱のようなものが伝わってくる、と言えばいいでしょうか。。

 

一方シニアブログは、もっと現実的。

人間関係や日頃の暮らし、自分の病についての悩み事などが具体的に綴られている記事が多いようにも。

どちらがいいと言えることではありませんが、年齢差でブログの雰囲気がこんなに変わるものなのだと、ちょっとした驚きでもあります。

 

私はできれば両方のカテゴリーの良い所を生かしたそんな記事が書きたい、と欲張った望みを抱いていますけれど。

漠然と捉えた印象ですから、そう簡単には行きません。

でもふた世代位若い方々のブログはとても勉強になるので、もっとたくさん読みたいのですが。

 

今日はライフスタイルにふさわしい画像に

 

ブログ記事を読むのは楽しい事でも、結構時間がかかってしまう。

その時間を読書に当て、もっと本をたくさん読むべきでは。

そんな思いも最近はして、悩みます。

 

毎日時間欠乏症にかかっていて、一日の日課が、私は十分にこなせません。

一日があと数時間長ければ、といつも願ってばかりいる私。

時間の使い方が私は下手くそ。

それを痛感する日々です。

 

それなら一層のこと、睡眠時間を短くすれば、と思う事もありますが・・・。

そうすると、日中頭がボーとし、体も重たくなり、心地よいリズムで暮らせなくなってしまいます。

ですから、適切な睡眠は、私にとってはとても大切なことですのに。

コロナ騒動がストレスになっているのか、最近は以前のように熟睡できなくて。

睡眠の質がかなり落ちています。

 

ファミリールームと称しているこの部屋で、料理はむろん、計画を立てたり、パソコン作業に至るまで
日常の日課の大半をこなしています。

 

でも体調は、さほど悪くありません。

脚のむくみもなく、顔も割とすっきり。

 

最近ある心がけを極力守り、時間泥棒を自らしないように努めているせいかもしれません。

今後の記事で、最近の私の暮らし方につい、具体的に綴ろうと思っていますが。

いつも試行錯誤ばかりしていて、一向に暮らしのリズムがさだまらない私のこと。

過去記事にも、暮らし方がテーマの記事はたくさんあります。

でも恥ずかしくて、すべて削除してしまいたいほどなんです。

 

迷うのは、常に前向きの心がけでいるから、と思いましょう。

何となく漠然と日々を過ごすのは苦手なので。

いつももっと良い暮らし方はないかしら、と私は考えてばかり。

 

そんな私ですので、次回の記事も笑って目を通していただければ幸いです。

 

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沖縄の想い出~当時の姉妹写真

2020-06-27 06:51:34 | 想い出

6月23日は沖縄慰霊の日でした。

私はその式典の様子をテレビで観ながら、今年も、今なお鮮烈に私の心に焼き付いて離れないの絶景を思い出していました。

それは喜屋武岬。

沖縄本島南西端に位置する岬です。

沖縄戦でアメリカ軍に追われた住民が行き場を失い、身を投じた場所。

 

画像はすべてネットから拝借したものです。

 

もう十数年前になりますが、妹と二人で観光バスによる沖縄旅行に出かけたことがあります。

四泊五日の日程ではなかったかと思いますが、最後の日は自由行動でした。

その日、妹と私では観たい観光スポットが異なりました。

結局私の希望と妹のサンゴ礁を見たいという願い両方を叶えることに。

かなりの強行スケジュールでしたが。

私が是非行きたかったのは、糸満市の平和祈念公園とその先にある喜屋武岬。

 

公園までは順調にたどり着けましたが、その当時喜屋武岬までの行程には舗装された道路がありませんでした。

畑の中を通るデコボコ田舎道をタクシーで抜け、岬に辿り着いた私達。

人影は全くなく観光客は私達二人だけ。

 

 

お天気が良かったのも幸いしたのでしょう。

眼下に、果てしなく広がるコバルトブルーの海と、海岸に打ち寄せる白い波。

抜けるような青い空。

その絶景の余りの美しさに、息をのみました。

 

けれど、その美しさは深い悲しみを湛えているように見えて仕方なかった私です。

その場所から身を投じた、多くの沖縄の人達の悲しみと絶望が伝わってくるようだったから。

私も妹も言葉少なくじっと見つめるだけでした。

 

 

私の心に強く印象付けられた観光地は他にもたくさんあります。

例えば、観ると人生観が変わるとまで言われるアメリカのグランドキャニオンの壮大な風景。

イギリスの小さな村コッツウォルズ。

世界一美しい村、この世の天国と称されるだけあって、その村の美しさ、優しさ、温もりは、感動的でした。

でも私の心に一番鮮烈な印象を与え、どこの観光地よりも忘れがたいのは、今でも喜屋武岬です。

 

              

17年ほど前に妹と一緒に沖縄旅行した時の想い出写真です。

妹のブログ

https://blog.goo.ne.jp/yumeji_2014

 

太平洋戦争の末期、沖縄で繰り広げられた戦争が、如何に悲惨なものであったか。

終戦直前に生を受けて、戦争の記憶がまったくない私でも、想像がつきます。

そして戦後70年以上が経過した今でも、沖縄の人達の気持ちが完全に癒えていないことも。

 

基地問題も未だに解決がついていません。

あまりに複雑な問題なので、私は意見など述べられませんが。

沖縄が、まれにみる美しい風土を壊すことなく、ますます発展してほしいと心から願っています。

 

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東京都の感染者数に一喜一憂する日々

2020-06-25 06:43:24 | 社会 政治

緊急事態制限による自粛制限も全面解除となり、他都道府県への移動も自由にできるようになりました。

私は、このことをどのように受け止めればよいのか、戸惑ってしまいます。

何故なら、感染者数は激減したとは言い難い状況ですから。

(この記事は数日前に下書きした物ですが、昨日は50人越え。職場クラスターも発生で益々心配に。)

 

私は横浜に在住していますが、横浜都民と称される所に住んでいます。

先日、次女宅での団欒でおしゃべりしている時、婿が言いました。

「この地域の人は、みんな自分は都民だと思って暮らしているよ」と。

確かにそうなんです。

私も感染者数で気になるのは東京都の人数。

毎夕その数を知り、一喜一憂しています。

 

 

それを毎日メールで報せてくれる妹。

テレビ、パソコンのニュースに比べ、スマホでは格段に速くその情報を受信できるようですから。

人数が多い時には、ムックの絵画「叫び」の顔そっくりの絵文字が一緒に送られてくるのですよ。

 

それを見て、一瞬落ち込む私ですが。

多分にもう慣れっこになってしまい、以前ほど気にならなくなってきました。

でもでも、決して軽々しくは受け止められない現実。

緊急事態制限が発令後はしばらく限りなくゼロに近いところまで、感染者数が激減したのに、最近は毎日数十人。

その人数の分析によると・・・。

政府が繁華街で働く人達を積極的に検査した結果によるところが大きいらしく、感染ルートが分かっている。

そんな雰囲気も伝わってきて、少しホッとしますが。

 

小池さんのお話では、今後は自粛ではなく自衛とのお言葉。

どこか、今後は感染してもそれは自己責任ですと言われ、突き放された感じがしないでもありません。

言われまでもなく、その事は国民は十分承知していますよね。

 

でも自己責任の類の言葉が独り歩きすると、世間が冷たくなっていくのも、過去の社会問題で経験済み。

いろいろな事件に巻き込まれた人達が、いくら善意で頑張ってきたことでも、自己責任と言って厳しい批判を浴びてきたことでしょう。

今も感染者には冷たい目を向ける風潮があるようで気になります。

 

自衛が大切なことは確かだけれど、それだけではありません。

運命的な出会いや遭遇も大いに関係しているでしょうから。

 

 

日本に限らず世界の状況を見ていると、今では人の命より経済を優先する。

そんな行政方針が顕著になってきているように、私には見受けられます。

経済が奈落の底まで落ち込むと、もっと恐ろしい事態になるでしょうから、止むを得ない事なのかもしれませんが。

ワクチンが国民に投与される時期が到来するまでは、今の中途半端な対応で乗り切るしかないのかもしれませんね。

 

とは言っても、高齢者には特に危険なコロナウイルス。

自粛生活を今後ももうしばらく心掛けたほうがいいようにも思ったりしますが。

私も我慢がそろそろ限界。

化粧品と草花を求めて、デパートに行きたくて仕方ありません。

 

妹が言いました

「出かけるとしたら今の内よ。

もうしばらくすると、また感染者が増えて大変なことになるかもしれないから」と。

妹の言うことは確かに最も。

近日中に、勇気を出して、緊急事態制限発令以来まだ乗ったことのない電車に乗りましょう。

そして、デパートでだけでしか購入できないものを買うつもりでいます。

 

まだ当分は油断はせず、お互いに気を付けて暮らしてまいりましょうね。

 

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野球観戦は今では私の元気の素のひとつ♬

2020-06-23 07:04:33 | スポーツ

いよいよプロ野球が開幕しました。

3月のはずが6月まで延期。

でも未だに異常事態が完全に元に戻ったわけではありませんから、無観客での開催。

 

改めて、社会の異常さと緊迫を思わないではいられません。

想像さえできなかった、今の世の中の雰囲気。

早く以前の穏やかで平和な社会に戻ってほしい。

そしてスポーツの試合を、健全な雰囲気の中で心から愉しめますように。

ひたすらそう願っています。

 

昨年妹と横浜スタジアムで観戦した時の画像です。

 

去年は妹と、数度球場まで足を運び、周りの熱気に包まれ、ワクワクドキドして観戦。

カープが勝利を収めると、家路の足取りは軽く姉妹揃って上機嫌。

逆だと足取り重く、気持ちは沈みがち。

延長戦ともなると、帰宅は真夜中。

70代も後半になった私の体のどこに、そんなエネルギーが潜んでいるの???

我ながら呆れてしまいます。

 

 

昨年の試合で、ファイナルステージに残れるかどうかの瀬戸際の時、10点近くリードしていた試合を逆転されたことがありました。

その横浜球場の悪夢に居合わせた私達。

負けさえしなければ、その後阪神が負けなしの連勝でも、カープは三位となりファイナルステージに進めたのに。

今でも思い出すと、情けなくなりますが。

 

何が起きるか分からない。

それがまたスポーツの面白さと醍醐味ですね。

 

次女宅から借りて、今も預かったままです。

 

今はカープの選手なら、すべて顔と名前が一致。

個人の成績もかなり熟知している私ですが、数年前までは4番打者の丸選手の名前すら知りませんでした。

この方は、移籍し、今は巨人の選手ですね。

約一年で、すっかりカープ通になってしまった私。

今ではずっと前から熱心なカープファンだった妹と互角で話ができます。

 

この経緯を思い出すと、私の頭は、まだ認知症の懸念はなさそう。

そう思い、自分に少し自信が持てるようになりました。

 

野球観戦は、高齢者にとっては若返りと元気の素の秘訣にもなると、私は思います。

野球観戦のみならず、いかなるスポーツでも。

ただ野球は、サッカーと異なり、程よい間もあります。

ですから観ていても、あまり疲れない

老後の楽しみとして、私にはぴったり。

 

今、とても残念に思う事。

それは、夫が居る時にもっと一緒にカープの試合を愉しめばよかった、と言うこと。

その頃は余りに忙しくて、テレビはニュースさえ見ない日々でした。

自分はテレビ嫌いと思っていたのですが、どうもそうではなさそうです。

今では社会の情報を得たくて、色々な番組を観ていますし。

スカパーに加入し、野球観戦まで愉しむように。

自分の変わりように驚いています。

 

カープは2勝1敗で好スタート。

今年も応援頑張ります。

 

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人生初体験の出来事

2020-06-21 07:04:24 | 人生

最近この歳になって、人生初体験のことを私は勇気を出して決行しました。

なあ~んて、何て大げさな表現なのでしょう。(笑)

でもきっとこの記事を読んだなら、娘たちもさぞかし驚くのでは。

 

その初体験とは?

一週間ほど前のことです。

空気が異常に乾燥していたのか、のどが渇いて仕方ありませんでした。

いつも常備している麦茶も牛乳も切らしていて、お水しか飲むものがありません。

ところが、冷蔵庫の奥に、ビール缶が一本だけありました。

我が家を訪れるにあたって、若夫婦が準備した時の残り物だと思います。

 

アルコールは私の身体は受け付けないと思い、口にしたことはほとんどありませんでしたのに。

この日は、他に飲み物が何もなくて・・・。

ビーㇽ缶を自分のために開けて、初めて飲む。

そんな体験に挑戦しました。

 

ところが実に美味しい。

全部飲み干してしまいたいほどでしたが・・・。

訳もなく怖くなり、数口飲んだだけで、もったいないと思いながらも、すべて捨ててしまった私です。

 

ビール缶だけでは画像が味気ないので、我が家の来客用のグラスも添えてみました。

そばに添えたバカラのグラス。
日本サイズで作られていて、バカラにしてはお値段も手頃。
のどを潤していただくための来客用として、私はとても重宝しています。

さりげないデザインのグラスながら、高級感があり、とても素敵です。

 

 

アルコールにまつわる想い出は幾つかあります。

実は私の母のお里は、江戸時代創業の造り酒屋でした。

今春、親戚のお葬式に参列後の会食の時のこと。

その経理を任されていた会計士の従兄弟から、

「最近合併し、一時期の隆盛はもうないよ」

と言われ、訳もなく寂しくなりました。

広い家屋と池と小川の流れる日本庭園があり、いとこ達とよく戯れて遊んだ懐かしい思い出が、幾つかあるからです。

 

母は十一人兄弟の末っ子でしたが、母専用の子守りも居て、何不自由ない娘時代だったようです。

ところが、造り酒屋の娘ながら、母は一滴もお酒はたしめない人でした。

三人の伯母たちも、確かそのようでした。

 

天袋から、ブログの画像用に持ち出しました。
親の遺品ですが、目のお愉しみになれば嬉しいです。

 

母の体質に、私も似たのでしょうか。

新婚旅行に出かけた旅先のホテルで、私はとんでもない落ち度をしでかしてしまいました。

夫と、スタンドバーのような雰囲気のお店に行き、カクテルをご馳走になったのですが。

ジュースと変わらない味。

余りに美味しくて、私は一気に飲み干してしまったのです。

 

ところが大変なことに。

夜一気に体調が悪化。

何度も戻し、その夜はほとんど一睡もできませんでした。

夫は一晩中、私を介抱する羽目に。

 

今では懐かしい思い出ですが、それ以来、私はアルコール類はご法度。

益々敬遠するようになりました。

今は女性の方達も、ビール、ワインはむろん、、日本酒をたしなまれる方が多いですよね。

ブログでも、その様な方達をよくお見掛けします。

娘たちも同様です。

 

 

長女が独身の頃のこと。

会社帰りに買ったのか、ビールの缶を開けて食事前に飲み始めた時、私はびっくり仰天したものでした。

思わず注意の数言を。

きっと、時代錯誤甚だしい親の態度だったのでしょう。

 

そんな私がこの歳になって、、自分ひとりのために缶ビールを開けて飲むと言った初体験を。

今度家族が集まった時の一つ話にしようと思っています。

 

追記

思いがけずたくさんの応援をいただき、本当にありがとうございます。

最近、ブログのランキングが突然上昇し、驚きの数日でした。

でもさすがに、毎日頑張って投稿することに疲れてしまって。

無理することなく、気ままにのんびり更新したくなりました。

そのため、今後は不定期更新になると思いますが、今までと変わらないお付き合いの程

何卒よろしくお願い致します。

 

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探し求めていた花にやっと巡り逢え感激♬

2020-06-20 07:03:50 | ガーデニング

数日前、数時間ガーデニングに没頭しました。

無理をし過ぎると体に応えます。

ですから、ほどほどにと思っても、2~3時間がアッという間に過ぎ去ってしまうのが庭作業。

この日もその通りでした。

 

 

駅前の小さな花屋さんで求めた二種類の苗を植え付けるのが一番の目的でしたが。

この度の庭作業では、とても嬉しいことがありました。

母をたずねて三千里。

そんなお話があったように思うのですが、私はある花を求めて三千里。(笑)

そう言いたくなる程、長年の間探し続けていた草花にやっと巡り逢えたのです。

 

 

その植物の名は、「クフェア」。

こんな名前では、思い出せませんよね。

手持ちのガーデニングの本で、頭に浮かぶ花姿を探しても見当たらなくて・・・。

残念で仕方なく・・・。

いつか出逢えることを信じて、それなりの努力はしていたつもりでした。

まるで恋人みたい。(笑)

 

駅前の小さな花屋さんで、最近、思いがけずその花に逢えた時は本当に嬉しくて・・・。

胸の高鳴りが抑えられないほどでした。

とても地味で、どちらかと言えば和風ぽいお花なんですけれどね。

 

 

我が家の地味な庭を、初孫のR君誕生を迎えるにあたり、第一園芸のガーデナーさんにリフォームをお願いした時のこと。

花壇の縁取りとして植え付けて下さったのが、この花「クフェア」でした。

花期が早春から晩秋までと、とても長いです。

地味な花ですから、庭の彩としては脇役に過ぎませんが、実に良い効果をもたらしてくれます。

 

今、私は花壇を、テクスチャーの異なるカラーリーフ中心にし、テラコッタの鉢やプランターに植え付けた寄せ植えや草花で華やかさを出す。

その様な花壇を目指しています。

もともと百花繚乱のような華やかな庭はあまり好きではなく、落ち着いたしっとりした風情が好み。

そんなイメージを常に頭に描きながら、庭作業に取り組んでいる私です。

そうすれば手を余りかけなくていいですし、経済的にも助かりますから。

横着なところもある、いい加減な庭主にはぴったり。(笑)

 

クフェアの奥の花も同じお店で求めたものです。

花の名はサントリナ

手前の植物は、ラミュウムですが、いずれの植物も日光不足が心配

 

それにしても、今の庭はちょっと地味過ぎかな。

わが家は南東向きで、全面は私道ながらかなり広い道路。

日当たりは良いのですが、奥行きのない花壇は、植栽が影となり、半日蔭状態。

草花には厳しい環境です。

そのため、私の描く成長はなかなか望めません。

その点、リーフ物は、その様な環境でも、割と丈夫。

とてもありがたい植物です。

 

去年の寄せ植えで、とても気に入っています。

 

そんな地味な花壇を、今後はやっと巡り逢えたクフェアが、ピンクの彩りを添えてくれそうで、ワクワク。

大いに期待を寄せています。

 

 私はぎっくり腰には幾度もなりましたが、腰は割と丈夫。

腰痛に見舞われたことは余りありません。

とは言っても年齢を考えると、今後ガーデニングがいつまで愉しめるか不安。

でも、年相応の愉しみ方がきっとあるはず。

それを模索しながら、どんなに年を重ねても、草花に癒され元気づけられて余生を送りたい。

そう願って止みません。

 

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断捨離に思う事色々

2020-06-19 06:54:26 | 暮らし

断捨離と言う言葉を、仕切りに目にするようになったのはいつ頃からだったでしょうか。

この言葉は余りに流行り、脳裏から離れなくなってしまうほどでした。

それをしないと快適に暮らせない。

今も、そんな風潮がありますよね。

 

でも確かにこれは真実。

私もいつか徹底的に実行したいと願ってはいるのですが。

思うだけで、なかなか期待通りには捗ってくれません。

 

今日の記事は収納がテーマですので、我が家の食器類の収納場所の画像を
アップさせていただきますね。
前面の収納棚は引き出し以外、すべて食器が収まっています。

 

その理由として、我が家は収納スペースがとても多いことが挙げられます。

二階の納戸、階段下の納戸、小屋裏の収納場所、クローゼットも5か所もあり、ガラガラの引き出しもたくさんあります。

もう一つの理由は、私は何となく物を買うと言った衝動買いや、無駄な買い物はほとんどしない人生でした。

ですから物が溢れるようにあって困る、と言った思いになったことはありません。

洋服然り。

生活用品、小物などもそう。

ただし食器は多過ぎるようにも。

書籍も多くて、今一番積極的に処分している対象です。

 

居間にある食器棚です。

 

わが家の生活用具や日用品は、それぞれ厳選し、私なりに精一杯こだわって購入した物がほとんど。

ですからなかなか捨てられなくて、いつも悩みます。

自分の趣味に合った、好きなものだけにに囲まれて暮らせる幸せは、長年の努力のお陰と言えるかもしれません。

娘たちも私に似て、同様の暮らし方をしているように私には見受けられます。

 

空調を挟んで反対側にある食器棚です。
あら!左側の引き出しが空洞になったままだわ。
今その中の書類を昨日から整理中なんです。

 

それでも、自分の年齢や一人暮らしの境遇を考えると、物がまだまだ多過ぎ。

ごみ収集日には、少しずつ少しずつ、捨てるように今は心がけています。

一番気にかかるのは大きな粗大ごみ、

未だに夫家の古い仏壇が、二階のプレイルームに置いたままだったり。

和室の大きな座卓もそこにあります。

座卓は、孫たちが誕生してからは広い遊び場を確保したくて、二階に上げたたまま。

そろそろ下におろすか、一層のこと処分してしまうか迷います。

 

 

けれど、思い出品の断捨離を余り性急にするのも考え物ですね。

いつか、それはボケの一因にもなるとの記事を目にしたことがありますから。

落ち着いて臨みながら、これからも断捨離を、毎日少しずつ実行していきましょう。

 

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絶対無理と承知していても 年齢に左右されない人生が私の理想

2020-06-18 07:03:42 | 人生

私は4月3日で76歳になりました。

よくブログで60代の方が、もう年だとつくづく思う。

いよいよ高齢者に突入などなど。

そんなニュアンスの記事を書いておられるのをしばしば目にします。

そういえば、60代になった頃、私もそんな感慨に度々浸ったものでした。

その世代、体の節目を実感したのも事実です。

 

ですから、今日書く内容は、今更と言った感じ。

少々強気すぎて恥ずかしいのですが、これもまた、今の自分の率直な気持ちなんです。

数日前に下書きしたものですが、そのまま更新させていただきますね。

 

私はもう76歳。

あと4年で80歳になります。

自分の年齢を改めて実感すると、もっともっと弱気になり、不安で一杯にならないといけなくなるのですが。

果たして今、自分がそのような心境かと言うと、それ程でもありません。

自分のボケ行動に呆れたり、ショックを受けることは、しょっちゅうですし。

高齢者の身との自覚も十分ありますけれど・・・。

 

元気を維持するために一番大切なのは食事でしょうか
昨日の夕食です。
鯛の中華風蒸し焼き・シューマイ・なすとピーマンの香味炒め・青梗菜とトマトの中華風サラダ・中華風スープ
娘宅にも分けてあげたくて、頑張りました。
栄養のバランスには気を付けていますが、いつもはもっと粗食です。

 

私から見ると、60代なんてまだまだ若い。

心配する年齢ではありません、と申し上げたいです。

 

人生の大きな節目の一つに、年金暮らしのスタートがありますよね。

収入が激減しますから、確かにその時は気が引き締まる思いに。

いよいよ老後生活の始まり、と。

だからと言って、心が老け込むわけでは全くありません。

 

年金暮らしにも慣れてくると、慎ましい生活ながらそれが当たり前となり、

その収入で楽しい充実した暮らしが送れるようになります。

 

ほどよく日光に当たることも、健康維持には大切。

ガーデニングは老後の掛け替えのない楽しみになりました。

 

もちろん体力は衰えていきますから、5~60代の時のように活動はできないかもしれませんけれど。

私も、その年齢の時は、妹が飽きれる程、孫たちの面倒をよく見たものでした。

旅行も頻繁にしました。

 

でも今の私の体力では、それはもう無理。

脊柱管狭窄症を患い、歩行が困難になった時から、私の暮らし方も大きく変わりました。

もう無理をするのは止そうと。

二足歩行ができるだけ長くできるようでありたいと願うように。

 

私はお風呂が大好き

健康のためにも入浴は欠かせない日課です。

 

でも、前向きの気持ちさえ忘れなければ、年齢など関係なく年相応に、心豊かな充実した暮らしが送れると思うのです。

精神的には多少でも成長していますから、それが加齢による自信のなさをカバーもしてくれます。

 

60代と70代では、体力の衰えと容貌の変化は抑えがたいものがありますけれど・・・。

気持ちの張りは、5~60代の時と変わりなく維持できます。

 

年取ることを無駄に恐れないでほしいです。

と皆さんには声を大にして申し上げたい私です。

 

質の良い睡眠をとることも、健康にはとても大切。

緊急事態制限が発令されたころからコロナストレスのせいでしょうか。

睡眠の質が多少落ちていますが、9時前には就寝し、早寝早起きを実行しています。

 

私は後四年で80歳ですけれど。

まだまだ若い人に負けないで、日々を充実させる気概はあります。

70代も楽し。

80代も楽し。

90代はさすがに・・・。

でしょうか。(笑)

そう思い、気力が続く限り、私のブログのタイトル通り、「今日が一番素敵」の心持で日々を暮らしたく願っています。

 

朝6時25分から始まるテレビ体操も、3月からずっと続けています。

 

皆さんも年齢を重ねることを恐れないで、まだまだこれからの人生が楽しみ♪

そう思って、過ごして下さいね。

 

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孫息子来る(^^♪

2020-06-17 06:47:30 | 

15日、月曜日の午後の炎天下、次女家の孫息子K君が我が家を訪れてくれました。

去年の冬にもやってきて、二人で夕食を共にした楽しいひと時がありました。

ひとりで来るのは、それ以来でしょうか。

 

今回来てくれたのには、訳がありました。

前日の日曜日、いつも通り、一週間の食材の買い物をした後、次女宅で夕食の団欒を共にした私です。

そして帰宅時には、買い物袋を娘がすべて我が家の玄関まで運んでくれました。

 

画像はすべて次女家での団欒の夕食時のお料理です。

 

その後の就寝時。

とんでもない自分が犯したうっかりミスに気が付いたのです。

何と携帯を娘宅に忘れてしまったことを。

その携帯を、孫息子のK君が、翌日の午後届けてくれたのでした。

 

K君の話では、学校も始まったけれど、まだ午前と午後に分かれた分散授業とのこと。

オンライン授業もとても進んだ学校とかで、それも併用されているようです。

そのため午後は、平日ながら時間が空いていたK君。

 

決定版253レシピ ようこそ、私のキッチンへ

有元 葉子

集英社

すべてこの料理本のレシピのようです。
お気に入りの料理本で、以前に娘たちと次女の義妹さんに、私からプレゼントしました。
ようこその本題をクリックするとそのページになります。

 

K君が「今から行きます」と連絡があると、私は急に心がソワソワ、ウキウキ。

ブログ上で何度か言ってきたことですが、孫息子は、私の永遠の恋人ですから。

家の掃除と整理整頓は行き届いていたので慌てないで済みましたが・・・。

ポーチの階段の落ち葉と、その上にかぶさるように茂っている植栽が気になって仕方なかった私です。

永遠の恋人には、我が家のそんなむさ苦しさは見せたくありません。

慌てて外帚と塵取りを持ち、まず伸び放題の枝をバサバサと切り取り、階段と道路の清掃も頑張りました。

なんとかきれいになったと安心した所に、K君がやってきました。

 

 

昨日会ったばかりなのに、何だか別人のような印象。

背も伸び肩幅の広い体は一段と逞しくなったように感じられ・・・。

その印象をK君に伝えると、

休みの間、毎日ビデオを見たりして、腕立てなど筋力を鍛える体操をしているとのこと。

「ママもパパもしているよ」と言うK君。

仲良し家族の微笑ましい光景が目に浮かんでくるようでした。

 

幼い時から、穏やかな性格で、K君が怒ったり泣いたりする姿を見たことが、私は全くと言っていいほどありません。

私の心のオアシスのような存在。

そう思ってきたK君でしたが・・・。

今年あたりから次女宅に行くと、K君の印象が以前と変わって見えるようになりました。

とても無口になり、以前と比べると何だか無表情。

その感想を娘に伝えると、

「思春期だからしかたないわねね」

と次女は言いました。

 

 

ところがこの度我が家を訪れた時のK君は、以前と変わらないにこやかさと優しさ。

既にママから聞いて知っていたのだけれど、数日前、友人と連れ立って、初めて自分で買ったという上下の服を着ていたK君。

爽やかな色合いの服装でとてもとても似合っていたので、私は思い切り褒めました。

 

折角来てくれたのに、おやつになるようなお菓子も果物もなくて。

仕方なくカルピスと山崎のクリームパンを出しました。

何ともお粗末で、書くのが恥ずかしい。(笑)

でも育ち盛りのK君には何よりの物だったのでしょう。

とても喜んでくれました。

 

 

小一時間、我が家で過ごし、家路についたK君です。

その前に、ほんの気持ちだけに過ぎませんでしたが、お礼の印にお小遣いを手渡しました。

門を出て、幾度も振り返り、私に手を振るK君。

その姿に、胸がまたきゅんとしてしまった祖母の私です。

 

孫息子たちは、私の永遠の恋人との思いを一層強くした昼下がりのひと時でした。

 

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マスクが届く

2020-06-16 06:58:01 | 社会 政治

前回の記事では、炎天下でマスク着用がどんなに辛かったかを記事にした私ですが・・・。

政府からのマスクが、やっとわが家にも届きました。

新聞の報道によると、15日に、国民すべてにマスク配布が完了とのことでしたので、

その二日前に届いたことになります。

何だか、その遅さも心に刻まれ、忘れられない思い出になりそう。

二枚(夫が居れば・・・)でないのがかえすがえす残念ですが、私は有難く頂戴しました。

 

恭しく床の間に(笑)

 

アベノマスクと言われ、散々の悪評を買いましたから、わたしは却ってこのマスクが愛おしい。

安倍首相に同情の思いを抱いてしまいます。

 

私は最近、ある報道にとても感動しました。

それは、拉致被害者、横田滋さんのご子息の言葉です。

記事によると下記の通りでした。

 

哲也さんは、問題なのは「安倍政権」ではなく、「40年間何もしてこなかった政治家や、北朝鮮は拉致などしていないと言い続けたメディアである」と指摘した上で、「何もやってない人が政権批判をするのは卑怯だ」と非常に厳しい言葉で政治家やメディアを批判した。

この記事を読み、私は、よくぞおっしゃってくださったと、心から嬉しく思いました。

 

 

横田さんご家族だからこそ理解できた、安倍さんの優しさとご苦労だったのでしょう。

当事者にしか知り得ないこと、肌で感じられる事がたくさんあったのでしょう。

周りは複雑な事情も知らないまま、勝手な想像だけで、無責任に色々批判ばかりをする。

私はそんな今の世の中の風潮は何とかならないものかと、情けなくて仕方ありませんでしたから。

 

ですから、横田さんのご子息には、

「正直な気持ちを勇気を出して、よくお伝えくださいました」

と申し上げたい気持ちでいっぱいになりました。

 

夏椿の蕾

 

それなのに、私が理解に苦しむことがさらに起きました。

私はテレビは限られた番組しか見ないので、私の判断が正しいかどうか自信は持てないのですが・・・。

その横田哲也さんの発言をテレビや新聞でほとんど報道していないようですね。

この無視っていったいどういうことなんでしょうか???

私の読む新聞にも一行も載っていませんでした

私は呆れ、マスコミの本質を見抜いた思いがしています。

 

亡くなられた横田さんは、このような立派なご子息を持たれお幸せな方だと心から思います。

お父様の遺志を継ぎ、今後は双子の息子さん達がお母様を助け、拉致被害者救出のために頑張っていかれるのではないでしょうか。

遠からず、拉致被害者のご家族の皆様の願いが叶うことを、ひたすら祈って止まない私です。

 

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真夏のマスク着用なんて私は無理そう

2020-06-15 06:57:29 | 暮らし

夏の外出時にマスクの着用なんて、私は絶対無理。

そう痛感したのは、12日の外出時のこと。

我が家は、その日まで、まだ一度もエアコンは使用してませんでした。

窓から通る心地よい風に当たるだけで、暑さは何とか凌げていたからです。

 

ところが12日のお出かけから戻ると、正に私は死にてい。

息絶え絶え。

倒れ込みそうなくらい気分が悪く、体にこもった熱を冷やさないともう耐えられなくなりました。

今年初めてエアコンをオンに。

その気分の悪さは只事ではなかったので、軽い熱中症にかかっていたのかもしれません。

 

我が家のエアコン

 

外出の目的は、父母の菩提寺の年会費を振り込みに郵便局に行くこと。

そのついでに、郵便局の近くにあるお店にも寄って、食料品も数点購入しようと思いました。

私がいつも利用する郵便局は二つありますが、

この日は、徒歩15分程度で辿り着ける郵便局を選びました。

 

ところが歩き始めて5分位経過した時のこと。

自分がマスクを着けていないことに気が付いたのです。

大変なショック。

たかが、5分の道のりとは言え、炎天下の下、引き返すのはとても辛いことでした。

 

この日の服装はこんな感じ
私も参加しているライフスタイルブログでは、衣服のコーディネートの画像をよく見かけます。
それで、私もまねして、高齢者のファッションでも

 

一層のこと、マスクなしでこのまま出かけてしまおうかとも考えましたが、私にはそんな勇気はなくて・・・。

世の中の着用圧力は結構気になります。

他人の視線が怖い。

ですからしぶしぶ家に逆戻り。

マスクを着けて出直しました。

この無駄な行動で、最初からかなり疲れてしまったようです。

お昼寝前で、午前中の家事の疲労が出ている時の外出でしたから、なお更のこと。

夕暮れに、次女宅へ行く時のような軽い足取りではまるでありませんでした。

 

郵便局の用事を済ませ、向かいにあるお店で食料品を数点買いましたが・・・。

その時レジで「袋は有料ですが、どうなさいますか?」と店員さんに尋ねられました。

たかが5円に過ぎませんのに・・・。

遺族年金暮らしになってからは、節約観念がすっかり頭にこびりついている私のこと。

「自分のバッグに入れますから、要りません」と愚かな返答をしてしまったのです。

 

 

持ち物の重量は、袋を分けて分散すればかなり軽く感じられ楽になるとを承知している私でしたのに。

そのばかげた節約で、ずっしり重いバッグを提げて歩く羽目に。

結構上りも多い炎天下の坂道をトボトボ、トボトボ。

途中、幾度もマスクを顎まで下げ、一息ついてはまた歩く。

途中で気分が悪くなり足がもつれ、倒れそうにもなりました。

 

バッグはリバーシブルになっていて裏はこんな感じ
ポーチは最初からついていました

 

帰宅するとあまりに気分が悪く、コップ一杯麦茶を飲みほし、ベッドに直行。

そして思ったことは、真夏のお出かけにマスクなんて絶対無理。

疲労が倍加して耐えられなくなる、と。

 

そういえば熱中症予防のために、屋外で人との距離が2メートル以上ある時はマスクを外しましょうと、厚労省は呼びかけていますね。

ですから私も今後はそうしたいと思っていますが、どうしても気になるのは他人の視線。

 

 

マスクを着けたり、外したりと、なんだか落ち着かない真夏日を送らないといけなくなりそうですが。

高齢者の私はそんな思いはできるだけしたくありませんから。

きれいなお花でも飾って、快適なステイホームをできるだけ心がけます。

コロナ感染の危険はまだ至る所に潜んでいそうですもの。

 

皆様も熱中症にかからないように、マスクの着用は臨機応変にして、お健やかにお過ごしくださいね。

 

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紫陽花の想い出

2020-06-14 07:01:26 | ちょっと一服の記事

関東も梅雨入りし、数日が過ぎました

梅雨の花、紫陽花が我が家も今満開。

彩りが少なくなった庭で、思い切り清楚な輝きを放ち、私の心を弾ませてくれています。

そのカシワバ紫陽花を多少勇気がiいったけれど、一昨日は数本手折り花瓶にさしました。

花器は両親の遺品、今右衛門作の物です。

 

 

紫陽花と言えば、ずっと私が抱き続けている夢があります。

でも、なかなか実現できなくてそのまま。

その夢とは、和室の前の坪庭を、今の季節、アジサイの花で埋め尽くすことです。

 

庭のカシワバ紫陽花

 

数年前のこと。

この我が家を建築以来、ずっと庭の手入れのお世話になってきた植木屋さんに、お願いしたことがあります。

「坪庭に紫陽花を植えたいのですが」と。

すると残念な返事が返ってきました。

「この庭は陽がほとんど当たらないから、紫陽花には向いていません」と。

それでその時は、すっかり諦めてしまったのですが・・・。

今も、相変わらずその夢は捨てきれていません。

 

 

 私には紫陽花の花にまつわる、懐かしい良き想い出があります。

一つは、夫の実家の庭の紫陽花。

一時期、夫の転勤で数年間、郷里の広島に在住した年月がありました。

その時は、義父宅には、頻繁にお邪魔したものです。

 

全面は広い公園の角地。

広島の中心の商店街から5~6分の便利な立地でした。

義母さまは、夫が大学生の時に亡くなり、義父の妹に当たる薬剤師の叔母さまが同居していました。

義父は開業医でしたので、玄関を開けると、そこは診察室。

その横奥に廊下があり、右手に藤棚のある日当たりのいい庭を見ながらその廊下を通り抜けると、八畳の和室がふた部屋ありました。

その奥の和室には床の間があり、客間になっていました。

その前面にも、小さな坪庭があったのです。

 

梅雨の時期になると、その庭の右隅にガクアジサイがいつも咲きました。

緑ばかりの地味な場所の差し色のよう。

薄暗い庭にほんのりとした灯りをともしているかのようで・・・。

その美しさが際立って見えました。

 

ネットから拝借した画像です。

 

父は、広島の医師会でも活躍した行動力のある社交家。

まるで知識の泉のような教養を身に付け、旺盛な読書で文学通の人でした。

梅雨の時期は、義父の豊かなお話を、紫陽花の花に度々視線を向けながら伺ったものです。

 

お父様にとっても自慢の紫陽花だったのでしょう。

目を細め、アジサイをよく話題にされました。

ひっそりと咲いていたその姿を、今の季節になると、私は必ず想い出します。

ガクアジサイでしたが、小さな薄暗いお庭にはぴったり。

それは、高いビルに囲まれて日が当たらない場所に植えられていました。

ですから我が家の庭の坪庭でも咲くのでは、と私はつい期待してしまうのですが・・・。

 

鎌倉の明月院の紫陽花

 

鎌倉に梅雨の時期、一泊の一人旅をした時も、日当たりに関係なく寺院の境内至る所に紫陽花が咲き乱れていましたもの。

寺院にアジサイはぴったりですね。

その清らかな光景も胸に焼き付いています。

この記事を書きながら、来年こそ絶対紫陽花を植えることにしよう、と心に固く誓っています。

 

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私の聴力~これからの暮らしは気力次第

2020-06-13 07:06:20 | 健康

もうずっと前から悩んでいる事だけれど、自分の聴力の衰えが情けない。

昨年の夏頃だったでしょうか。

一度本格的な補聴器の検討を考え、その専門店を数度訪ねたことがありました。

でも50万近い高額の割には、その効果は期待したほどではなく、購入はしませんでした。

今後もっとひどくなると、真剣に補聴器を付けることも考えないとまたいけなくなるかもしれません。

 

最近、テレビを見る時間が以前よりはるかに多くなってきた私。

コロナ関連の情報がどうしても気になりますから。

これからは無観客とは言え、野球のペナントレースもいよいよ始まります。

私は、一昨年から妹の影響でカープの熱烈なファンになりました。

家事やデスクワークをしながらの観戦とは言え、三時間くらいテレビはつけっぱなしになります。

ところが、テレビの画面下のボリューム表示を見ると、いかに自分が大音量で聞いているかよく分かって、少しボリュームを落とすことがあります。

 

いつも視聴するファミリールームのテレビ。

 

そんな私には、今の居住環境は理想的。

角地で、テレビの設置してある後ろの窓から音が漏れても迷惑をかける家がありません。

その窓側の裏のお宅はご主人は数年前に亡くなられお一人暮らしの方ですが、いつも留守がち。

ポーラーのトップセールスマンとのことですから、都心にマンションでもお持ちなのかもしれません。

ですから、どんなにボリュームを上げても大丈夫。

 

夫が元気だった頃は、注意されたことがありました。

「二階まで聞こえてくる。どうしてそんなにボリュームを上げるんだ」と。

今は、そのYさんも居ません。

恐らく娘と同居していたら、同様の注意を受けたことでしょう。

 

今は一人身の気楽な生活なのでやり放題。

でも外に出て社会生活を始めると、途端に不自由に思う事がよくあります。

店員さんの説明がよく聴きとれなかったり、次女宅で夕食の団欒の時も、娘夫婦の話が聴きとりにくい。

とてもためになる話も聞かせてくれ、これはブログの話題に出来そうと思っても・・・。

肝心なところが聞こえてなくて曖昧。

そのためブログの話題にしづらいです。

 

居間のテレビ

年末の紅白歌合戦を家族全員で観る時くらいしか利用しません。
下が可動式になっているので、その時は中央に移動させます。

 

いつかこんなこともありました。

同窓会があり、その後二次会の喫茶店に向かう時のことです。

男友達と肩を並べて歩いている時、そのH君がいろいろ語りかけてきました。

その内に、彼が言いました

「今のところは、笑うツボだったんだけれどなあ~」と。

私が無反応だったのが物足りなかったのでしょう。

雑踏の環境ゆえ、私は彼の言うことを十分に聴き取れていなかったのですが。

聴力の衰えのせいとは言えなくて、とても恥ずかしい思いをしたことがあります。

 

こんな私ですが、よくとおる妹の声は聴き取れます。

ほとんど毎日電話で話している私達。

妹の話が聴き取れなくなった時は、どんなに高価でも一流の補聴器を買うつもり。

それほど寂しいことはありませんから。

妹のブログ

https://blog.goo.ne.jp/yumeji_2014

 

時代遅れも甚だしくて恥ずかしいですけれど、私はいまだにガラケイ。
ネットは見られないように設定していて
妹と娘達とのおしゃべり専用の機器として使用しています。

 

私のように70代のご高齢の方は、聴力に問題はございませんか。

心がけ次第で聞こえが良くなる。

そんな方法はないものでしょうか。

 

今でも体組計に乗ると年齢は相変わらず60歳なのだけれど。

聴力は衰えて80歳並でしょうか。

体力も同様。

 

でも気持ちは若いつもり。

だらしない生活は送りたくないので、若い人たちに負けないように充実した暮らしを、私なりに精一杯心がけるようにしています。

体のハンディは、気持ちで乗り越えられる。

常々、そう思っている私。

これからも、気力で頑張って、聴力の衰えもなんのその。

充実した日々を送れるように心がけたいです。

 

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