美濃屋商店〈瓶詰の古本日誌〉

呑んだくれの下郎ながら本を読めるというだけでも、古本に感謝せざるを得ない。

神怪不可思議に惹かれる人本然の心の憧憬を刻し、文学へ転生させるもの(牧野信一)

2022年10月16日 | 瓶詰の古本

 あはれよ、私は時代の夢を、古ぼけた一冊の皮表紙の書物の中にそらんじてゐた。ケルトやゲルマンの原始族は海賊を生業となし、転生宗教を奉じて霊魂の不滅を唱へた。「海賊族の信仰」と題するいとも怪しげなる歴史書であつた。
 “Young Narcissuso’er the fountain stood, And viewd his image in the crystal flood,――”
 「俺は今、偶々ここに人として生れて在るが、前の命は一羽の鸚鵡でモンゴリアの貴族に飼はれてゐた。禿鷹と生れてヒンダスの墓場の空を飛翔したこともあり、鰐と生れてナイルの上流に百年の生を享けたこともある。また数十年の間は或る寺院の天井に點される龕燈の火であつた。或る時は一巻の書籍として生れ、また或る時は一巻の書籍の中の単に一個の文字として生れた。また或る街では橋と生れて八十年の間多くの人の足に踏まれ、或ひは夜盗が所有する鍵束の中の一個の鍵であつたこともある。一本の寄生木として生れ、樅の梢にささやかな枝を伸したこともあり、樵夫の鋸と生れて数多くの大木を切り倒したこともある。貧しい漁夫の煙草の煙となつて瞬時の生を享けたこともあれば、一尾の鰯と生れて漁夫の子供に釣りあげられたこともある。」

(『天狗洞食客記』 牧野信一)

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