美濃屋商店〈瓶詰の古本日誌〉

呑んだくれの下郎ながら本を読めるというだけでも、古本に感謝せざるを得ない。

ずっと閉じ込められても生理的大惨事だけは心配ないが、しかし非常に狭苦しいので長時間そこに居座りたくはない(谷崎潤一郎)

2024年06月15日 | 瓶詰の古本

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学校で、「便所へ行きたい」と云ふことを英語では「アイ・ウオント・トウー・ウオツシユ・マイ・ハンヅ」と云ふのだと教はつたけれども、実際はどうであらうか。私は西洋へ行つたことはないが、支那で天津の英国人のホテルへ泊まつた時、食堂のボーイに「ホエア・イズ・トイレツト・ルーム?」と小声できいたら「W・C?」と大きな声で聞き返されたのには面食つた。それよりもつと困つたのは、杭州の支那人のホテルで俄かに下痢を催したので、「便所は」と云ふと、ボーイが直ぐに案内してくれたのはよいが、生憎そこには小便所しかないのである。私はハタと当惑した。なぜなら「大便所」と云ふ英語を教はつてゐなかつたからである。で、「もう一つの方だ」と云つてみたけれども、ボーイは悟つてくれないのである。外のことなら手真似でも説明できようが、此奴は真似をする勇気がない、そのうちに愈々催して来るし、よくよく困つた経験があるので、かう云ふ場合に使ふ英語を覚えておかうと思ひながら、実は今以て知らないのである。

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使用中の厠を間違へて開けて、「あ、誰か這入つてる」と叫ぶことがある、此の場合の「誰か這入つてる」を英語で何と云ふか知つてるですか、――と云ふ質問を、ずうつと前に或る席上で近松秋江氏が発したことがある。多分秋江氏は、ホテルか何処かの便所で西洋人の使つた言葉を聞いたのであらう。さう云ふ場合には「サムワン・イン」と云ふですな、――と、そのとき秋江氏は教へてくれたが、爾来二十有余年に垂んとするけれども、まだ此の英語は実地に応用する機会がない。

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濱本浩君が改造社の社員として京都に出張してゐる時分、或る時岡本の私の家を訪ねた帰りに、梅田から京都行の汽車の中で便所に這入つたが、ドーアを強く締めた拍子に握りの金具が落ちてしまつたので、今度は開けることが出来なくなつた。怒鳴つても叩いても、進行中の汽車の中では聞きつけてくれる訳がない。仕方がないので、当分は外へ出られないものと覚悟をきめ落ちた金具を拾ひ上げて、その先でコツコツとドーアを叩いてゐた。すると乗客の誰かゞ気がついて車掌に知らせたものらしく、京都へ着く前に開けて貰ふことが出来たと云ふ。私は此の話を聞いてから、汽車の便所へ這入る時にはドーアの開閉を乱暴にせぬやう、特に心を配ることにしてゐる。普通列車であつたら、最寄りの駅へ停まつた時に窓を開けて救ひを求める法もあるが、夜汽車の急行などでかう云ふ災難に遇ふと、何時間立ち往生をさせられるか分らないからである。

(『厠のいろいろ』 谷崎潤一郎)

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