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西ドイツの戦後の政党と政治史

2012年12月19日 | 高3用 授業内容をもう一度

 【1949】年に建国した西ドイツでは、冷戦の影響で【KPD】(ドイツ共産党)は復活を認められず、【SPD】(社会民主党)もマルクス主義を否定することを求まられた。そのため政権政党になったのは、キリスト教系の政党を合同させた【CDU】(【キリスト教民主同盟】)であった。これはカトリック系の中央党とプロテスタント系政党から成立した。「【奇跡の復興】」と呼ばれる経済復興を成し遂げた【アデナウアー】はこのCDUの首相。
 一方、【SPD】の【ブラント】首相は70年代に「【東方外交】」を展開し、ポーランドと東ドイツとの国境線である「【オーデル・ナイセ線】」を承認し、さらに【72】年に東ドイツを国家として承認する「【基本条約】」を結び、さらに、国連に【同時加盟】を果たした。圧倒的に経済力の優位があるものの、【ブラント】首相は「東方」に外交政策の目を向けたのである。
 【1989年11月9日】、【ヤルタ体制】を象徴した【ベルリンの壁】が崩壊した。この時の【コール】首相は「1年以内に東西ドイツを統一する」を宣言し、【ヴァイツゼカー】大統領は後世に残る演説を行い、ドイツ統一を世界に呼びかけた。事実、1年後の【】1990年にドイツは統一された。


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